柳田国男 こども風土記

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 念木・ねんがら
 
 
 こういう話をしていると、自分の幼いころが際限もなく思い出される。秋の末に稲がり入れられて、水田の土がまだじくじくと柔かい時分に、日が暮れて寒くなるまで家に帰ることを忘れ、着物をよごして来てよくしかられた遊びがある。関東ではひろくネッキともネンボウとも呼んでいるが、それがまた木のかぎのさきをとがらしたものを、柔かい田の土などの中に打込うちこんで、相手の立てたのを倒す遊びであった。
 ちょうど片仮名のイの字をさかさにしたような棒で、現在は鉤の全く取れたただの木切きぎれを尖らせて打つ地方も多いようだが、私などは鉤が有るために面白く打てたのだと今でも思っている。庭やはたけで遊ぶと叱られるから田へ行くだけでなく、全く刈田かりた頃合ころあいの柔かさを、さがしてでも子どもはそこへ集まったのである。打ちかたの巧者こうしゃによっては自分のネンボウは深く刺され、同時に敵のをはね出して倒す。そうするとその棒をこちらへ取ってしまうのである。いろいろと工夫くふうをして自分の得手えてに合うようなのを削り上げ、それには名前をつけておいたりする子どももある。勝った獲物を二抱ふたかかえ三抱みかかえも、物置ものおきすみにしまっておいて、風呂ふろのしたにかれてがっかりした記憶も自分にはある。
 この遊戯は以前は全国的のものだったのである。したがってそれを詳しく説明する必要はまだないかも知れぬが、ここで私の考えようとするのは名称であって、それが不思議なほど南北に共通しているのである。もっとも東北のはしの方だけは笄打こうがいうち、またはツクシ打ちという名もありその他にも少しずつちがった地方名はあるけれども、だいたいにおいてネンという言葉が行き渡っている。関東平野でもネン棒があり、またネン木とったところもある。ネッキ・ネックイは根木・根杭であろうと、字を学んだ子どもはおよそ想像しているが、実は枝のさきを切って作るので、ただ土の中へ刺し込む点が、根と呼ぶのにややふさわしいだけである。言葉はこういうふうに形と心持こころもちとが、別々に移り動くものであるらしく、また必ずしも、学者によって吟味せられてもいない。私の心づいたのは、このネンは別に起りがある。或いは念の字の音であって、やはり中古から言い始めたのかも知れない。そうするとこの名前よりも遊びの方が古く、またもう一つ前の名があったにちがいないのである。
        
 
         
〔つづく〕
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