柳田国男 こども風土記

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 ゆの木の祝言
 
 
『日本外史』を読んで、笠置かさぎの山の行宮かりみやの御夢に、二人の童子が現われてくすの下を指ざし、ここばかりがせめて安らかなる御座所と、御告げ申したという記事に接するごとに、いつも子ども心には、あの「ゆの木の下の御事」を聯想れんそうせずにはおられなかった。そうしてこの二つはまるで関係のないことではないように、今でもまだ考えられるのである。
 ゆの木を私たちは柚子ゆずのことかと思ったので不審であったが、これを土地によっては、
 
やなぎの下のおん事は
 
と言わせていた家もある。ユというのは「ゆゆしい」などのユで、もといみの木または祝いの木のことであろうから、或いは最初門松かどまつなどの下に立たせて、子どもにめでたいことをとなえさせる習いがあったのかも知れぬ。信州の松本などには、盆の七日にも柱を立てて、その柱の根もとに一人のすわらせて、祭をしたということが、たしか天野氏の『塩尻しおじり』に見えている。神のりたもう木から我々の中へ尊い言葉を伝えるのが子どもの役であり、それがまた正月の御祝い棒に言葉を神聖にする力がこもるとした古代人の理由かと思う。
 しかし小児はそんな古い由緒ゆいしょを知らない。それに親たちの心持こころもちまでは呑みこめぬ者が多いので、いつしかこの特権は濫用らんようせられるようになった。一方にはこれをせんもないことだとあざ笑うような気風も、はやく文化の中心地には起っていたのである。安楽庵策伝あんらくあんさくでんの『醒睡笑せいすいしょう』は、元和げんな年間に書き上げたという笑話集だが、その中には「祝ひ過ぎるもなもの」という題で、そのような例が数多く出ている。
いわ鍛冶屋かじやの長佐といひて西洞院にしのとういんにありし。物いはふこと人に過ぎたり。年の暮に孫の七八つなるを近づけ、元日にわが顔を見、日本のかなとこは皆ぢいのかなとこぞといへとねんごろに教へし。あくる朝、やれ松千代まつちよ昨日きのうのことはといふ時、日本のかなしみは皆ぢいのかなしみやといへり。
 今でもこれに似た笑い話は、ぼつぼつと生まれつつあることと思う。無心な小児の言葉には思いがけぬ啓示のあることも事実だが、あんまりそれに重きをおいていると、時々は興のさめるようなことにも出遇であうので、まして西洞院の鍛冶屋の隠居のように、わざわざ工作を加えたのはたいていは結果がよくない。ところが昔の村の人たちなどは悠長ゆうちょうで、そう大して気にもかけずに子どもにはいいたいことをいわせて、おかしいことをいえばただ笑って、古い仕来しきたりの少しずつ変って行くのを、自然のままにまかせていたのだから面白い。おかげでまだ色々の昔が子供の間に残っている。
        
 
         
〔つづく〕
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