柳田国男 こども風土記

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 こどもの新語
 
 
 子どもは自分たちの遊戯を改良し、また発達させる能力をそなえているということが、ままごと鬼ごとの二つの遊びにおいてはことによく見られる。盆のかどままの行事はすでに成人が重きを置かぬようになった土地でも、彼らは一朝いっちょうにしてその模倣もほうを中止しなかったのみか、むしろその中の最も面白かった部分を残して、他を新たなる環境に適するようにかえていって、昔の生活様式を我々のために保存しているのである。御礼を言わなければなるまい。
 皆さんの郷土でままごとを何と呼んでいるか。これと今日流行のあねさまごととはどういう関係にあるか。とにかく子どもを理解するために、またわが身の昔を省みるために、も少し互いに他所よそのものを比べ合う必要があるかと思う。私などにも今はまだわからぬ言葉が多いが、気長に集めているうちには、案外なことが見つかるという経験だけはもっている。たとえば備前の邑久おく郡などで、ままごとをバエバエゴクというのは、かまの下にく火を形容した小児語がもとらしい。
 夕方子どもが食事を待つ間、明るく燃えるものに注意を向けていたことは、火と燃料とに関する多くの名称が、彼らの製作にかかるのを見ても察せられる。九州でバエラ、中部地方でバイタ、モヤとかボヤとかいうのもそれであり、近畿一帯で松毬まつかさをチチリ・チンチロなどというのもそれかと思う。だからバエバエゴクも御飯をたくわざということに解せられるのである。下総しもうさ海上うなかみ郡ではオミツチャゴというのがこの遊びの名である。今ではあの辺でもあまり耳にしないが、もとは台所を御水屋おみずやといっていたので、それで煮炊にたきの真似を御水屋事おみずやごとといい始めたのであろう。安房あわ半島に行くとケンゴトまたはケエヤドッコ、ケというのはつねの日の食事ごしらえで、その仕事をケシンといっている土地も他にはあるが、ケエヤドという語はちょっと解しかねる。これはカイヤドすなわち台所のことで、古語にもカイヤがあり、八丈島ではカイコヤとも呼んでいる。それが幼い者に採用せられたために、偶然に今も残っているのである。
 しかしままごとの起りは前にもいうように、毎日の食べ物ごしらえの真似ではなかった。何か改った日の食事の物々しさと、これに伴う興奮に印象づけられて、自分も役者として働いていたのが始めであった。それを忘れてしまうと新たにまた似合わしい名を付けて、少しずつ遊びの興味を補足して来たものと思われる。
        
 
         
〔つづく〕
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