「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」によるシンポジウムが11日、都内で開催された。後半の第2部ではパネルディスカッションが行なわれ、著作権保護期間の延長に賛成・反対それぞれの立場からパネリストが参加し、意見を交換した。
● 賛成・反対それぞれの立場から意見を表明、「データが不足している」と指摘も
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「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」シンポジウムの後半で行なわれたパネルディスカッション
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評論家の山形浩生氏は、﹁私は物書きでもあり、その一方ではネット上にあるフリーな素材を利用して、さらにそれを翻訳してフリーで公開するというプロジェクトもやっている。︵著作物を︶使う側でも作る側でもある。そう考えると、現在はあらゆる人が私のような状況にある﹂として、一部のクリエイターだけが作品を創作していた時代とは状況が異なっていると主張。﹁今は多くの人がWebページを持ち、ブログを書く。その中では過去の作品も使いながら、新しく物をどんどん作っていく。それをインターネットで公開できるという時代。こうした状況の中で、保護期間を延長することは本当に良いことなのか。それはむしろ後ろ向きの方向なのではないか﹂と疑問を投げ掛けた。
一方、漫画家の松本零士氏は、﹁先人のご遺族から涙ながらに﹃私の主人の著作権はあと数年で切れます﹄と訴えかけられた時に、どんな気持ちだと思いますか﹂と語り、保護期間を70年に延長すべきだと訴えかけた。﹁利用されるとかされないだとかという問題ではなく、作家というのは自分の信念に基づいて、自分の意思を心の目で書き記すのが仕事。保護期間が短ければ短いほどいいというのは間違いだ﹂と主張。また、過去の作品の応用については、古典と現代の作品を混ぜて考えるべきではないとして、﹁先人から多くの物を学ぶのは事実だが、学んだら学んだだけの敬意を存分に払うべき。作家の全生命をかけた作品︵の保護期間︶が、短くていいはずはない。私は70年ですら短いと思っている。これは、何のために自分は作家になったのかという信念を考えた時に、どうしても譲れない一線。いささか単純明快すぎるかも知れないが、私の心情としてはぜひ延長していただきたいと断固主張する立場﹂と述べ、保護期間の延長を訴えた。
劇作家の平田オリザ氏は、日本劇作家協会の常務理事という立場から﹁協会は劇作家の権利を保護する団体なので、権利延長に反対するという声明を出すのは難しいということになったが、理事会レベルではほとんどの理事が延長には反対だった﹂と説明した。著作者である劇作家がなぜ保護期間の延長には反対であるのかという点については、﹁これは劇作家という特殊な立場があると思うが、劇作家は作品が上演されるという二次利用を前提として書いている﹂という理由があるとした。また平田氏は、﹁何よりも懸念しているのは、50年が70年になった場合に、遺族の1人でも拒否してしまうとその作品の上演ができなくなってしまうこと。上演の場合には、拒否されるケースが多い。私は﹃上演は自由にしろ﹄という遺言を書くつもりだが、若くして亡くなった作家などはおそらくそんな遺言を書いている暇もなく亡くなられたのではないか﹂として、﹁その人たちの作品がせっかく陽の目を浴びたときに、見ず知らずの1人の親戚のために上演が拒否されていいのかどうか。延長よりもむしろ、作家が生きている間に保護・育成をしていただきたい﹂と主張した。
著作権の消滅した作品を公開しているインターネット上の電子図書館﹁青空文庫﹂の呼びかけ人である富田倫生氏は、保護期間の延長による影響の大きさを訴えかけた。富田氏は青空文庫について、﹁当初はPCの画面で電子本を読む仕組みだと思って始めたが、電子ファイルが提供されることで、視覚障害者が音声で作品を聞くことや、弱視の方が大きな文字で読むこと、点字の基礎データとしても使えるといった反響があった。当初思い描いていた幅を超えて、読書の支援システムとしての機能を果たしつつある﹂と説明。保護期間の延長については、﹁青空文庫では、法律の規定により毎年1月1日に、新たに公有となった作家の作品を公開している。例えば2006年には坂口安吾などの作品を公開できた。現在は2007年の高村光太郎の公開に向けて最終校正をしている最中。これが20年間延長されれば、青空文庫は新しい作家を20年間迎え入れられない。可能性は低いと思うが、もし過去に遡って保護期間の延長が適用されれば、現在公開している約6,000作品の半分を失う。これは青空文庫が失うのではなく、みなさんが失うということ﹂と、影響の大きさを語った。
慶應義塾大学経済学部助教授の田中辰雄氏は、経済学の立場から議論の手がかりとなるデータを調べることができるのではないかとして、調査項目の候補を挙げた。田中氏は、過去に保護期間が延長された際に作品数や売上が増加したかを調べることや、作家に直接アンケートを取ることで、保護期間の延長が創作意欲の向上につながるかという主張が裏付けられると説明。また、作品の経過年数と売上の関係から、期間を20年延長した場合の利益と不利益の推定、コンテンツの輸出入の比較による国際貿易の利益不利益のシミュレーションなどができるが﹁現状の議論においては、こうした十分なデータが揃っていない﹂として、議論は時期尚早だと指摘した。
● 誰と誰の対立を調整しなければならないのか
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(左から)漫画家の松本零士氏、作家の三田誠広氏、評論家の山形浩生氏
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パネルディスカッションの司会を務めた慶應義塾大学教授の中村伊知哉氏は、﹁なぜ延長の話をすることになったのかがよくわからない﹂と疑問を呈した。中村氏は、﹁文化庁の法制問題小委員会に参加していたが、そこでの議論はIPマルチキャストやコピーワンスなど、デジタルの技術が急速に広がる中で、今解決しなければ事態がどんどん進んでいくという切迫した問題であるという認識があった﹂として、﹁保護期間の延長は、今やらなければいけないというのはなぜなのか﹂と問いかけた。
作家の三田誠広氏は、﹁著作権の保護期間が50年から70年に延びることで創作意欲が増すかという話があったが、個人的に言って増すかどうかはよくわからない。ただ、ヨーロッパが70年であるというのを一旦聞いてしまうと、同じようなものを作っているのに、なぜ日本だけ50年なのかという疑問が出てくる﹂と前置きした上で、﹁なぜ今かと言うと、アメリカやヨーロッパで保護期間が延長されたのはごく最近のこと。だからこそ、なるべく早く対応して、必要な対策を取らなければいけない﹂と答えた。
また、中村氏は﹁もう1つわからないのは、いったい誰と誰の対立を調整しなければならないのかということ。壇上の方々は著作者であり著作権者であるが、それでも意見が割れている。これをどう考えればいいのか﹂と質問した。これに対しては山形氏が﹁自分の立場からすると、クリエイターとしては保護してほしいとも思うし、作品をもっと利用してほしいと考えるとあまり制限を付けないほうがいい。自分の中でどういうバランスを取るか、個人の中での立場の対立のような気がしている。その中で自分のアイデンティティをどこに置くかによって決まってくるのではないか﹂と回答した。
平田氏は、﹁先ほど古典ならいいという話があったが、演劇の世界で言えばチェーホフは完全に古典であって、シェイクスピアに次いで多く上演されている。しかし、チェーホフは100年前に44歳で亡くなっているが、もし80歳まで生きていて70年保護されたとするとまだ上演できない。チェーホフは古典ではないのかという議論になってしまう﹂として、﹁こうした議論は最後は社会常識ということになると思うが、クリエイターが自分の権利を一方的に主張することで、国民のコンセンサスが得られるのだろうか﹂と述べた。
富田氏は、﹁著作者が生きている時は、自分の作品の利用をある程度制限できるという機能は意味を持つ側面はあると思う。ただ、死んで数十年を経た時に、利用と保護が対立構造になっているとは思わない﹂と主張。芥川龍之介が自分の作品の未来について書いた﹁後世﹂という作品を紹介した上で、﹁保護期間の延長で自分の遺族が収入を得ることが、創作の動機につながるとは全く思えない。しかし、自分の作品を後の世に伝えたいという欲求が、創作の根源にあるということは非常によくわかる。そのことをテキストアーカイビングは支援できる﹂と訴えた。
● ﹁作家はお金の問題だけで仕事をしているわけではない﹂と松本氏
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(左から)慶應義塾大学経済学部助教授の田中辰雄氏、「青空文庫」呼びかけ人の富田倫生氏、劇作家の平田オリザ氏
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司会の中村氏からの﹁保護期間を延長してほしいというのは、お金の問題なのか、尊敬の問題なのか﹂という質問に対して、松本氏は﹁作家はお金の問題だけで仕事をしているわけではない。自分の信念をかけて、自分の表現したいものをより多くの人に受け取っていただきたい、共感を得ていただきたいと念じて仕事をしている﹂と回答。﹁作家も全員が70年がいいと思ってはいないだろう。何も無ければ自動的に70年だが、短くていいという人は選択できるような法制化をしていただければありがたい。金儲けのために訴えているのではない﹂と述べた。
田中氏は、﹁長く残って人々に読まれるもの、楽しまれるものを作りたいというのであれば、パブリックドメインに早くした方が多くの人たちに手に取ってもらえるのではないか﹂と主張。これに対して三田氏は、﹁私も青空文庫の活動を高く評価している。文芸家協会には著作権管理部があり、アーカイブに収録したいという申し出があれば協力できる。50年以内であっても、多くの作品は既に絶版となっている。こうした作品が青空文庫を通じて人の目に触れられるようになり、復刊されるといった実績が積み重なることで、遺族の方も青空文庫というのは自分達の財産を守ってくれるものだと考えるようになるだろう﹂と述べた。
質疑応答では会場からの意見として、﹁実演家は協会でも見解が分かれており、著作権についての総合的な検討をする必要があるように思う﹂﹁青空文庫は障害者の方が利用されているというが、それは日本の福祉行政の遅れではないのか﹂﹁著作権法が変わると及ぶ範囲がとても大きい。クリエイターの作品だけでなく、著作物であればすべて影響を受けるということを考えてほしい﹂﹁延長には賛成で、自分は子孫に何かを残したいと思う。壇上でも、賛成の方にはお子さんがいらっしゃる。そういう未来に対するイメージの持ち方の差もあるのではないか﹂と言った声が挙がった。
﹁共同声明は創作者団体からのボトムアップだったのか、それともどこかから要望があったのか﹂という質問に対しては、三田氏が﹁文化庁は行事のようなもので何もしていない﹂として、創作者側からの働きかけであると回答。ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウス氏の著作権が戦時加算の対象になるかを巡って最高裁まで争ったという指揮者は、﹁持てる者と持たざる者の議論だと思った。演奏にあたって使用料は大きな負担となっており、ヨーロッパなどでは新しい作品がどんどん演奏されなくなっているという問題がある﹂と訴えた。
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