中性子線
(熱中性子から転送)
原子核物理学における中性子線(ちゅうせいしせん、英: neutron beam)とは中性子の粒子線を言う。
概要
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中性子線を物質に当てると、中性子は物質内の原子の原子核と衝突を繰り返すうちにエネルギーを失って行く。やがて周りの原子︵分子︶の熱運動と熱平衡状態に達し、その熱運動と同程度のエネルギー状態︵kBT程度、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度︶となる。この状態になった中性子のことを、熱中性子と言う。常温 (300 K) での値はおよそ0.025 eVである。
中性子は電荷を持たないが、スピンを持つので、中性子線は、これを使った結晶構造解析、特に磁気構造の解析に有用である。
中性子線のエネルギーは中性子と同程度の質量を持つ物、すなわち出来るだけ軽い原子核との衝突で効率的に吸収される。よって中性子線を止めるためには水素原子を多量に含む水(巨大な水槽に沈める)やコンクリートなど厚い壁が必要である。重元素による遮蔽は有効ではない[注釈1][注釈2]。
中性子との核反応
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中性子線を物質に照射すると、中性子と物質中の原子核との様々な核反応が発生することになる。主に原子炉に関係するものとして、中性子による核反応は、吸収︵absorption︶と散乱︵scattering︶の二つに分けることができる[1]。
吸収(absorption)
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中性子が原子核に衝突するとき、中性子がその原子核に吸収されることがあるが、この核反応を吸収︵absorption︶と呼ぶ[2]。吸収反応には、原子核が中性子を吸収したのちに、
(一)他の粒子またはガンマ線を放出する捕獲︵capture︶[注釈3]と
(二)原子核自体が分裂する核分裂︵fission︶
の二つがある。
散乱(scattering)
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中性子が原子核に衝突するとき、その系から、また中性子が放出されることがあるが、この核反応を散乱︵scattering︶と呼ぶ[3]。散乱には、弾性散乱︵elastic scattering︶と非弾性散乱︵inelastic scattering︶の二つがある。
脚注
編集注釈
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(一)^ これは、ピンポン球(=中性子)を、同じピンポン球(=水素)が並んでいる空間に投げ込む(=入射する)場合と、ビリヤードの玉(=重元素)が並んでいる空間に投げ込む場合を想像すれば直感的にイメージできる。それぞれ実際には熱振動をしている訳だが、前者ではピンポン球同士がお互いにはじき飛ばし合って速度(=エネルギー)が均一になり熱振動に紛れてしまうのに対し、後者ではピンポン球が一方的にはじき飛ばされるばかりでほとんど速度は落ちない(=減速されない)。
(二)^ 水素に比較すれば重い元素であるホウ素やカドミウムと言った元素でも核反応により中性子線を吸収するが、反応を起こす中性子線のエネルギー幅は限られる上に遮蔽材として適当ではない。よってこれら単独で遮蔽材に用いられることはなく、水素原子で十分に減速させた後最終的にこれらの物質に吸収させるという方法が取られる。
(三)^ 捕獲によって、物質中の元素の原子核︵標的核︶は別の核種に変化する。これを利用したものとしたものとしては、ヒトの血漿中に含まれる23Naが中性子捕獲によって24Naに変化すると半減期約15時間でガンマ線を放つことを利用した、中性子線による急性被曝の検査手法などがある。
出典
編集参考文献
編集- 安 成弘『原子炉の理論と設計』東京大学出版会〈原子力工学シリーズ〉、1980年。