鞭打ち
身体を鞭で叩く刑罰
(鞭打ち刑から転送)
鞭打ち︵むちうち︶は、刑罰の1種で、鞭で打って苦痛を与え、これにより悔悟や自白を強要する罰。東洋では笞刑︵ちけい︶とも称する。世界中で刑罰、拷問として広く行われ、刑罰としてシンガポール、マレーシア、イスラム国家で行われている。
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鞭打ち
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スペインのキリスト教団体Confraternity of pen itentsによる鞭を打ちながら7時間の行進を行う鞭打ち苦行者︵Flagellant︶
鞭打ち刑の対象になるのは、国家によって様々であるが、主として窃盗、秤のごまかしなどの軽罪の犯人である。病人には鞭打ちを科さない︵治癒後に科する︶と決めている国、連打して死に至らしめる威力のある鞭を使う国などその執行方法も国によってさまざまである。
そのほか、宗教によっては苦行や儀式のために用いる場合もある。
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鞭
編集強力な鞭で連打すると外傷性ショックから死に至る危険がある。しかし、現代ではこのような致死性のある鞭の使用は禁止されており、鞭打ち刑で死亡したり重傷を負わないように規則が定められている。
懲罰性
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鞭打ちは公開で行われることもある。羞恥心と痛みの感覚を刺激するので、再犯防止には効果的であるという意見がある。また鞭打ちにより死ぬ事は少ないので、安全で苦痛の多い体刑として古代から行われてきた。
刑罰以外にも、若年者への懲罰としても多く用いられた。イギリスの寄宿制の学校などでは、伝統的に鞭打ちが行われてきた。この場合の鞭は、刑罰や拷問に用いられるような特殊な形状の鞭ではなく、枝むちなどの細い棒であるが、それなりの苦痛を伴うため、しばしば教育方法として適切かどうかという議論がなされてきた。
また、イギリス文化圏では、古い法律に﹁夫が妻を躾ける時に夫の親指より細い棒であれば叩いて良い﹂とする﹁親指ルール﹂が存在すると信じられていた。この通念は民間伝承が不文法にすり替わったもので、19世紀のアメリカ合衆国では、夫が妻を虐待した事件において﹃親指ルール﹄を根拠として、夫が無罪となった判例がある[1]。
紀元前509年に成立したウァレリウス法によって、ローマ市民の人権が保護され鞭打ちは免除された。
シンガポール
編集詳細は「シンガポールにおける鞭打ち刑」を参照
シンガポールでは、籐の鞭による鞭打ちが、犯罪に対する刑罰として採用されている。刑事罰としてだけではなく学校における生徒への体罰としても合法で行われている。学校において鞭打ちを執行できるのは学校長だけであり、一般教員が行うことは禁止されている。刑罰としては毎年千人以上の犯罪者に執行されている。
執行手順
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刑事訴訟法︵Criminal Procedure Code︶第325条から第332条で、鞭打ち刑の手順が定められている。鞭打ち刑の対象者は性犯罪や麻薬、窃盗を犯した16から50歳の男性で、医師が執行可能と判断した者である。女性および51歳以上の男性には、代わりに12か月以下の懲役が付加される。死刑判決を受けた者には、鞭打ち刑は課されない。
むち打ちはまとめて一度に行われ、複数回のセッションに分割されることはない[2]。しかし、あまりに過酷な刑であることが知れ渡っているせいか、専門家でさえも分割して行われているものと勘違いしていることがある[3]。これは、たとえ医療上の理由で完全な執行が行われなかったとしても、プロセスが繰り返し行われ、受刑者に不要な苦痛が与えられることがないようにするためである[4]。
むち打ちの間、受刑者の健康上、残りの執行を受けることが適切ではないと判断した場合、むち打ちは中止されなければならない[5]。この場合、犯罪者はその後裁判所に送還され、むち打ちの残りの回数が免除されるか、12か月以下の懲役に変換され元の刑期に追加されるか判断されることになる[6]。
受刑者が受ける鞭打ちは、最大24打︵18歳以下の少年の場合は最大10打︶とされている。籐の鞭は、直径1.27センチメートル未満、長さは1.5m程度の物を用いる[7]。18歳以下の少年には軽い鞭を用いる。刑務所内の規則を破った受刑者は、鞭打ち刑を受けていなくても、鞭で打たれることがある。
適用される犯罪
編集- 不法入国 - 3打以上
- 90日以上のオーバーステイ - 3打以上
- 武器の不法所持 - 6打以上
- 武器の不正取引 - 6打以上
- 不穏当な行為
- 強姦 - 12打以上
- 暴力行為 - 3から8打
- 海賊 - 12打以上
- ハイジャック
- 暴動
- 殺人未遂
執行例
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1993年、シンガポールで地域住民の自動車への落書きを含む破壊行為が起こっていた。逮捕された容疑者の供述から、シンガポールのアメリカンスクールに通うアメリカ人生徒マイケル・フェイ (Michael P. Fay) が浮かびあがり、自動車の破損や道路標識の窃盗を含む複数の犯行を認め、鞭打ち刑の判決を受ける。1994年には世界的な注目が集まる中で、アメリカ合衆国連邦政府は刑罰の執行を猶予するよう要請したものの、シンガポール政府は鞭打ち刑を執行し話題になった。
2024年、日本人の元美容師の男︵38︶に対する裁判で、男は地元の女子大学生に対して性的暴行を加えた罪などに問われ、裁判所は禁錮刑に加え、日本人に対して初となるむち打ち刑が判決で下る。シンガポールの裁判官﹁被害者に対して行った暴行は残忍かつ残酷で、量刑は重いものとなるべきだ﹂として、被告を禁錮17年6カ月と、むち打ち20回の刑が下された。なお現在上告有無は確認中である[8]。
アジア
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バングラデシュ
バングラデシュの裁判所では、2010年7月にファトワーによる刑罰を違憲とする判断を示しているが徹底されておらず、しばしば姦通罪などを理由とした私刑で女性が鞭打ちを受け、死亡する例が見られる[9]。
サウジアラビア
サウジアラビアでは、婚外性交渉や騒乱罪、殺人罪などで有罪となった被告に対して鞭打ち刑を命じることが可能であったが、2020年、同国の最高裁判所は鞭打ち刑の撤廃を発表した[10]。
アフリカ
編集アメリカ
編集宗教
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ユダヤ教の諸書の1つである﹃箴言﹄(ヘブライ語‥מִישְׁלֵי、 ミシレイ)13章24節には、﹁むちを加えない者はその子を憎むのである、子を愛する者は、つとめてこれを懲らしめる。﹂とある[14]。これを聖書とする宗教法人エホバの証人でも推奨されているが、厚生労働省は﹁理由の如何にかかわらず 鞭で打つなど暴行を加えることは身体的虐待に該当する﹂としており問題視している[15][16]。
また、旧約聖書の一書である﹃申命記﹄25:1-3には、以下の文がある[17]。
1.人と人との間に争い事があって、さばきを求めてきたならば、さばきびとはこれをさばいて、正しい者を正しいとし、悪い者を悪いとしなければならない。 2.その悪い者が、むち打つべき者であるならば、さばきびとは彼を伏させ、自分の前で、その罪にしたがい、数えて彼をむち打たせなければならない。 3.彼をむち打つには四十を越えてはならない。もしそれを越えて、それよりも多くむちを打つときは、あなたの兄弟はあなたの目の前で、はずかしめられることになるであろう。このことから、ローマ時代には裁判制度のサンヘドリンにて罪人とされたものは、裁き人の手によって40回未満の鞭打ちを受けた。 キリスト教では、新約聖書にはゴルゴダの丘に登る前に、39回のキリストの鞭打ちの描写がある。このことから信者の中で、苦行と改悔の手段とされる根拠となり、むち打ち苦行者が生まれることになった[18]。日本では、キリスト教伝道師の影響を受けたキリシタンが伝道師が苦行に用いたジシピリナというむちに由来するオテンペンシャという麻製のひもを束ねた道具を使用した[19][20]。 イスラム教ではカルバラーの戦いで亡くなったフサインの殉教日アーシューラーにて鞭打ちを行う行進や、剣や刃の付いた鎖を使用して流血を行う儀式Tatbirなどが行われる[21]。また、シャリーア︵イスラム法︶を順守する国では一般的な刑罰でハッド刑というクルアーンに刑罰の内容が明記された刑罰がある。例として、御光 (クルアーン)には、姦通した者に100回の鞭打ちとなっている。 仏教では、箠擯という鞭を打ち、叢林︵仏教の修行の場︶から追放する罰に使用された[22][23]。
儀式
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古代ギリシア時代のスパルタでは、アルテミス・オルティアの聖域にて通過儀礼として忍耐強い男らしさを証明するために、Diamastigosis︵ギリシア語:διαμαστίγωσις ︶という鞭打ちの儀式を行った[24]。
ほかにも、古代ローマ時代には、ルペルカーリア祭で裸の男性が子宝に恵まれるとして女性を鞭打つ儀式が行われた[25]。また、ディオニソスの儀式は多産を祈願する儀式で鞭打たれながら男女が絡むなどがある[26]。女神キュベレーの去勢された神官達︵ガッライ︶は、春の血の日︵Dies sanguinis︶に自らを鞭打ち、去勢を行った。
なお、﹁敬﹂という文字の甲骨文字や金文の形を羌族を鞭で叩くさまに見立てて、古代中国では他民族に神を敬うようにさせる儀式で鞭打ちが行われていたという主張がある[27]が、これは民間憶説に過ぎない。学術的には、﹁敬﹂という文字は音を表す﹁茍﹂と意味を表す﹁攴﹂とを組み合わせた形声文字で、羌族や鞭打ちとは関係がない[28][29][30]。
出典
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(一)^ ネイサン・ベロフスキー ﹃﹁最悪﹂の法律の歴史﹄ 廣田明子訳 原書房 2014年 ISBN 9784562049837 pp.232-233.
(二)^ 刑事訴訟法第330条
(三)^ “﹇連載﹈シンガポール在住国際弁護士が法律で読み解くニッポンの姿 ︻第3回︼ 鞭打ち刑で一発失神も?シンガポール﹁世界一の治安﹂の裏側”. 幻冬舎ゴールドオンライン (2019年8月21日). 2021年5月30日閲覧。
(四)^ “Yong Vui Kong v Public Prosecutor [2015 SGCA 11]”. SingaporeLaw.sg (2015年3月4日). 2017年12月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月28日閲覧。
(五)^ 刑事訴訟法第331条
(六)^ 刑事訴訟法第332条
(七)^ “シンガポールで日本人にむち打ち刑判決 経験者は﹁家畜のように並ばされ﹂”. 産経新聞 (2024年7月5日). 2024年7月4日閲覧。
(八)^ ANNnewsCH (2024-07-03), 日本人に初﹁むち打ち刑﹂20回 強姦罪で判決 シンガポール…禁錮17年6カ月に加え︻グッド!モーニング︼(2024年7月4日) 2024年7月4日閲覧。
(九)^ むち打ち刑で少女死亡、﹁殺人﹂と断定︵AFP.BB.News.2011年2月10日︶
(十)^ “サウジアラビア、むち打ち刑の撤廃を発表”. AFP (2020年4月25日). 2020年4月25日閲覧。
(11)^ Burke, Dave (2017年5月11日). “The women who are whipped… to show their LOVE”. Mail Online. 2022年11月19日閲覧。
(12)^ Quest.com, Africa (2016年1月10日). “ムチ打ち&全裸で牛ジャンプ!?エチオピア・ハマル族の成人儀式が衝撃的すぎて閲覧禁止レベル!”. 2022年11月19日閲覧。
(13)^ “Ecuador's indigenous justice system on trial” (英語). BBC News (2010年7月19日). 2022年12月4日閲覧。
(14)^
(jp) 箴言(口語訳)#第13章, ウィキソースより閲覧。
(15)^ “輸血拒否や“むち打ち”…﹁エホバの証人﹂の“児童虐待” 元2世・3世信者﹁人生壊した責任取って﹂|FNNプライムオンライン”. FNNプライムオンライン. 2023年2月27日閲覧。
(16)^ “声を聞いて・宗教2世‥エホバの証人、子どもへの﹁むち打ち﹂はなぜ? 教団広報に聞く”. 毎日新聞. 2023年2月27日閲覧。
(17)^
(jp) 申命記(口語訳)#第25章, ウィキソースより閲覧。
(18)^ "むち打ち苦行者(鞭打ち苦行者)". 世界大百科事典 第2版. コトバンクより2023年2月27日閲覧。
(19)^ Company, The Asahi Shimbun. “朝日新聞デジタル写真特集﹁守り抜いた信仰﹂の﹁キリシタンが苦行に使っていた鞭﹁オテンペンシャ﹂︵複製︶=長崎県平戸市︵30/51︶﹂”. asahi.com. 2023年2月27日閲覧。
(20)^ 長崎新聞 (2020年3月1日). “漫画﹁平戸切支丹ものがたり 苦行の鞭﹂発行 世界遺産・春日集落の信仰具 歴史伝える | 長崎新聞”. 長崎新聞. 2023年2月27日閲覧。
(21)^ “︻出口学長・日本人が最も苦手とする哲学と宗教講義︼そもそもシーア派はどうして生まれたのか?”. ダイヤモンド・オンライン. 2023年2月27日閲覧。
(22)^ 金子奈央﹁中国諸清規における罰則について﹂﹃東京大学宗教学年報﹄第30巻、東京大学文学部宗教学研究室、2013年3月、167-192頁、hdl:2261/55333、ISSN 0289-6400、CRID 1050845764051387264。
(23)^ Ozaki, Shozen﹁僧堂修行における規則と罰則﹂﹃印度學佛教學研究﹄第52巻第1号、日本印度学仏教学会、2003年、156-161頁、doi:10.4259/ibk.52.156、CRID 1390282680354694912。
(24)^ “古代都市﹁スパルタ﹂の軍事教育は早期から。生まれた時から過酷な運命を背負い、強靭な戦士へと育て上げられる男子”. カラパイア. 2023年4月19日閲覧。
(25)^ “チョコ、愛のスプーン、むち打ち…? バレンタインデーの歴史”. www.afpbb.com. 2023年4月19日閲覧。
(26)^ INC, SANKEI DIGITAL. “鮮明﹁ポンペイ・レッド﹂再び 遺跡群﹁秘儀荘﹂の修復完了”. 産経フォト. 2023年4月19日閲覧。
(27)^ “ムチでいましめて祈る儀式...﹁敬﹂ - 産経国際書会”. www.sankei-shokai.jp. 2023年4月19日閲覧。
(28)^ 張世超; 孫凌安; 金国泰; 馬如森 (1996), 金文形義通解, 京都: 中文出版社, pp. 2292–2294, ISBN 7-300-01759-2
(29)^ 黄徳寛 (2007), 古文字譜系疏証, 北京: 商務印書館, pp. 2118–2119, ISBN 978-7-100-05471-3
(30)^ 李学勤 (2012), 字源, 天津、瀋陽: 天津古籍出版社、遼寧人民出版社, p. 805, ISBN 978-7-5528-0069-2
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