MGC (トイガンメーカー)

かつて日本の埼玉県浦和市にあった遊戯銃メーカー

MGC (: ModelGuns Corporation) [1]1962[1]VPMGC[]
株式会社エムジーシー
MGC
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
330-0045
埼玉県さいたま市浦和区皇山町41-18
設立 1981年
業種 製造業
関係する人物 神保勉小林太三
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特徴

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MGC007使[]

MGC[2][]

CMCMGCCMC[3]MGC使[]

沿革

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1960

MGC

PX

1961





663



1962

111

P38



1963

VP

1964

PPKM3

1965

MGC



380

1966

(GM1)P08P38M1934[3]

1967

PPK2

1968

P38MP40M73HSC

1969



1970



M96PPK3MK3M1921

1971



[4][5]

1972

SIG SP47/841(GM2)

1973

M16MKV

1974

44

1975

M31M97P38(MJQ)

(AR18M1A1MP18)

1976

(ABS)

1977

32

WA M92

[6][7]

1978

M1

1979

WW2(GM4)P210-5M59

1980

205

M76M39[8]

1981



M11PPCM31RS2VP70

1982

(GM5)

1983

25

1989

NY.TOYMGCMGC

1990

M9()

1994

1116[4]

1996

125456

歴史

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初期(1960年 - 1970年)

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1960MGCMGC: 1962使

1962MGCVPMGCS&WPPK1963MGC

P

0071967PPKMGC使MGCMGC使MGCMGCM3

MGCMGCPPK使MGCM1910使MGC MGC

住民票登録制

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MGCMGC1965[10]MGC姿[5]MGCMGC (NKG) MGCMGCNKG[11]

直販店舗の展開

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住民票登録制販売[注釈 6]を契機にモデルガン業界が分裂したことでMGCは直販店舗を拡大し、当初は東京都(上野)に所在した店舗(1965年当初は1店舗、1967年に「MGCサービス部」として2店舗目を設置)について、1967年から全国展開(仙台・広島・福岡・新宿・名古屋・横浜・神戸・渋谷)していった(1981年まで)。1965年8月からは、映画『007』シリーズとのタイアップに基づき「ボンドショップ」という名称により展開されている。「MGCボンドショップ」一号店は1967年「007は二度死ぬ」より前の1965年に既に使われている。

ブローバックモデルガンの誕生

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1965MGC

使MGCMGC

MP40

()MGC MP40使M1934S&W M44M44MGCMGCBLK

大阪万博出店

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1970MGCMGC()使[]MGCRMI (Replica Model Incorporated) 西MGC[]

その他の拡販施策

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イメージキャラクターとして俳優の団次郎(現・団時朗)と契約した。さらに「アメ横でこっそり買うアングラ商品」という従来のモデルガンのイメージを払拭するため、(次の年代である)1971年以降も千葉真一(1971年)などの映画俳優や外国人モデルを起用し、鮮烈なイメージ効果を期したパンフレットや顧客の知識向上に努めて小冊子『ビジェール』を作成するなどの企業努力を続けてきた。このような営業努力により、地方の模型店などでもモデルガンが販売されるようになり、その社会的認知度が高まったことで顧客層も拡大し、MGCは業界分裂前よりも多くの新規顧客を獲得した[注釈 7]

規制過渡期(1971年 - 1977年)

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1971MGC

ABSMGC SIG SP47/8MGC 41ABS

MGC1977MGCABS

ABS樹脂製モデルガン

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ABSGun使使

MGC  (GM2) MGCABSSP

高級モデルガンの販売

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21977MGCMGCAR18M1MGC[]MGC30M92

ABSモデルガン全盛期(1978年 - 1985年)

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MGCMG()使調[12]MGABS

1980MGC2020MGC (MCW)

MGC宿西

MGC  (GM2) MGCMGC (GM5) 

1983

MGキャップの誕生

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MGC100%[8][9]

1MG (MG-CAP) 7mmMGC5mm7mm7mm3[10]100300400134

MGMG1MG1

ニューモデル5

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20MGC5ABSM31RS(RS2)S&W M39(GM5)M11P555M31RS宿54調5P5[11]MGC

CPブローバックの誕生

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マルシンが発売した閉鎖型ブローバック方式「プラグファイヤーカートリッジ」は従来のMGC型デトネーター式ブローバックを凌駕する遊底後退パワーを持つ構造で、他メーカーに先駆けてキャップ火薬による長物のブローバックを実現する事に成功していた。MGCでは多くのモデルをMGキャップ使用のデトネーター式ブローバックに変更していたものの、オートマグや長物などについてはパワー不足でキャップ化が実現しておらず、旧来の紙火薬式カートで多量の火薬を使用することで対応していた。そこでMGCでも閉鎖型ブローバックを開発する事となった。開発に携わった小林太三開発部長(当時)によれば、当初はカート構造が複雑になりコスト増となる閉鎖型については否定的だったという[注釈 12]。しかしながら構造上必要となるシール材にMGキャップの撃ち殻を再利用することでせめてものコストダウンを図ることとした。撃ち殻をピストンと見立てる構造をCap-Pistonと名づけ、これが製品名となった。 この新ブローバック方式はCPブローバック、CPカートリッジと名づけられ、新製品であるABS製M16A1とともに発表・発売された。カート構造はPFCに準ずるねじ込み式ケースの中にインナー、ピストン、MGキャップを入れてセットするものである。また、簡易型CPとして発火用のMGキャップをピストンに、底部インナーをファイアリングピンに見立てた部品点数の少ないカートリッジも開発し、VP70に搭載する事を発表したものの安定した性能が得られず、こちらは未発売のままお蔵入りとなっている。CP方式はその後ブローバックモデル全般に展開し、オートマグ、トンプソン、M1カービンなどもついに紙火薬と別れを告げた。その後、撃ち殻キャップの破損による不発や装填不良などに対応し、シール材をゴム製Oリングに改良したCP-HWカートに発展した。この改良によりさらにコスト増となったもののブローバック性能は安定し、MGCモデルガンの作動性を確実なものとした。

シューターワンとシューティングマッチ

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MGCRAY-X203

使使1[13]MGC使/

エアソフトガン転換期(1986年 - 1994年)

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MGCM93R AP 199030M9

MGC使1994

MGC宿2006312

リキッドチャージ式エアソフトガンの誕生

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SS-9000KG-9MGCMGCCMCMGC

MGC1MGC[14]

M93R

M93R

[]M93R-AP15M93R-AP

40M93RB[15]

4015

4030153030401515 

M93RBB使

7mmBB6mmBB

M93R -APMGC33M93RJ5MGC

M93R使MGC使MGC退使

ガスガン時代の幕開け

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M93RMGCS&W M459/659[16]MGCMGCMGCLE (GM6) GM6使S&W M645H&K MP5KMGC

/JACM12SS&W M7M16使U.S.M1

ヘビーウェイト樹脂

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MGCではABS製モデルガン全盛の時代から「軽い」という欠点のプラスチックに対して高比重プラスチックの研究を行っていた。成分配合などを変え、VP70に新配合プラスチックを一部採用したりしたものの、重く、かつABS樹脂に匹敵する耐衝撃性を持ち、金型での成型がしやすい素材を中々見つける事ができなかった。こうして試行錯誤を続けたのち、金属粉を樹脂に混ぜ成型を行い、高重量化を実現したヘビーウェイト樹脂を実用化した。当初は限定カスタムとしてナショナルマッチ・ホーグカスタムに採用され、その明るいグレーの地肌色は銃の表面色として違和感があったものの「重いプラスチック」はトイガン用の新素材として大いに注目されることとなった。その後、素材色をより黒く見せる試みや成型後に黒染めする等の改良が加えられた。素材色のままを「ナチュラルヘビーウェイト」、黒染めしたものを「スーパーブラック」と称し、MGCの樹脂製モデルガン、ガスガン製品全般に採用された。

この頃、既にモデルガン需要が下がっており新製品開発はほとんど無かったが、ヘビーウェイト樹脂を採用した既製品の焼き直し版として多くのモデルガンが再発売された。開発費をかけずにモデルガン新製品として発売できるヘビーウェイト樹脂はMGCにとってはもちろん、旧来のモデルガンファンにとっても明るい話題となった。他メーカーも追随し、高比重プラスチック製品を多数発売していった。なお、ヘビーウェイト樹脂は下地処理を入念に行い、ガンブルー液で表面処理する事により金属に匹敵する美しいガンブルーを表現する事ができる事から「ブルーイング」としてトイガンの新たな楽しみ方ができるようになった(ただしMGCが提唱したものではない)。後にMGCは磁性金属粉を混ぜ、より高比重としたスーパーリアルヘビーウェイト樹脂を開発したが、「磁石につく事が鉄と混同される」、「アクションには不向きな脆い性質」等の理由から数モデルに採用されたのみで販売を中止した。

ガスブローバックの誕生

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MGC1BBMGCH&K P7M13

M1911A1BB退

[17]MGC使

おもちゃ狩り裁判と製造部門廃業

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バブル経済の崩壊後の1994年3月30日、1977年から17年間続いた「おもちゃ狩り裁判」は高等裁判所の控訴棄却により原告全面敗訴の判決が下された。原告団の筆頭であったMGCは上告を断念することとなった。裁判開始時の中心にあった金属モデルガンはこの頃はほとんど生産されていなかった。この頃のMGC製品は既製品のリニューアル版やバリエーション展開等に終始しており、かつての勢いを失っていた。新製品が出ない、直営店の順次閉店といった暗い傾向が続く中、1995年3月ついに製造部門の廃業となってしまった。創立から35年目の出来事であった。小林太三副社長は独立し、自身のブランド、タニオコバを立ち上げることになった。

製造部門廃業後(1995年 - 2010年)

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MGCAMIKSCMGCMGC20065MGC1220074M4A1M92F.32CAW

20098MGC50M1911A1GM56M31211MGCMGCFBISFA

201062011320116

製造部門廃業後の製品と販売

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MGCMGCMGC使MGC

MGCMGCMGCMGCSWATSF-CQB[18]MGC

アメ横との決別

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ニューMGC上野店はモデルガン繁栄の象徴でもあった上野アメ横[注釈 19]に位置し、相次いで他店舗が閉店する中でも営業を続けていたが、ついに2006年3月12日をもって閉店する事が発表された。直営店(MGCボンドショップ)の頃から数えて40年以上、メーカー解散後も10年以上に渡り営業していた事もあり、その閉店には多くの愛好家達は衝撃を受け、閉店の日まで多くの客が訪れ一時代を築いたMGCとの別れを惜しんだ。閉店セールには閉店記念モデル(コルトM1911A-1 WW2記念モデル[注釈 20])の他新日本模型、限定カスタムが店頭限定で発売された。閉店後のメンテナンスについては、アメ横に唯一残る専門店のマルゴー[注釈 21]でも受け付ける旨の説明がなされた。

50周年記念

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上野店の閉店後も専門誌に広告を掲載し、Webでも製品紹介サイトを持つなど、製品の生産販売は行っていたため、規模は徐々に縮小されていくもののMGCブランドは生き残っていた。しかし上野店閉店の翌年の2007年にはメーカーの命ともいうべき資産であるMGC製品の金型(主力製品ガバメントシリーズを含む)を売却する事と工場取り壊しを行う旨が雑誌等で発表され、ついに完全消滅まであと一歩という暗いムードに包まれた。そうした中、2010年にMGC創設者である神保はMGC創設50年を区切りとして『MGCを作った男』という自伝を自費出版し、久々に明るい話題を発信した。2010年3月、溜池山王聘珍樓で行われた50周年記念式典には妹尾河童ほか業界関係者が多数招かれMGCの栄枯盛衰を懐かしみ、その歴史を讃えた。また、最後の記念モデルとして50周年記念刻印入りのカスタムモデルが数種発売され、一部製品には『MGCを作った男』[14]が特典として付属した。口コミでこの本の評判が広まったが、正式な新刊書籍で無いため一般流通せず、新日本模型で実費(700円)での直売という形でのみ配布が行われた。しかしながら50周年記念モデルの販売が終了する頃には新日本模型についても活動休止の周知がされ、Webサイトも閉鎖された。

メモリアルラストオーダー

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2010年6月より休業し最終整理を行っていた新日本模型・MGCは50周年カスタム以降も特に広告宣伝をすることもなく一部製品を極少数のみ断続的に出荷を続けていたが、ついに完全休業する事を決定する。2011年3月には完全休業を惜しむ根強いMGCファンの「MGC最後の製品」を望む声に応え、「51周年記念保存会」を立ち上げメモリアルラストオーダーモデルを限定発売した。50周年記念モデルはあくまで創立50周年を記念する意味合いが強かったが、51周年のメモリアルラストオーダーモデルはMGCの終焉を記念するモデルとなっている。最終販売モデルはボブチャウ・スペシャル、ボウランドロングコンプカスタム、ガバメントシリーズ80の3種(いずれもモデルガン)である[注釈 22]。メモリアルラストオーダー発売にあたり、Webサイトも一時復活した。

その後のMGC製品

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MGC<M4M92FCAW32CAWMGC[23]MGC[24]1980

サードパーティによるMGCカスタム

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1960年代後半よりMGC製品をベースとしたサードパーティ(カスタムショップ)によるカスタムが製作・販売されるようになる。MGTS、エジプト、コレナガアームズ、長興、ローマン商会といったショップが金属モデルの外観、内部チューン、カスタムパーツの製作販売に乗り出す。1970年代に入るとABS樹脂モデルが登場し、準メーカー製カスタムの位置づけのウェスタンアームズの他、ガンシップ、ガンルーム、むげん、東京メイクガン等も参入する。1980年代、特にニューガバメント(GM5)の登場によりサードパーティの参入は加速する。後にメーカーとなるハートフォードやJACの他、クオリティの高いカスタムパーツを製作したLAトップガンアート、プロップガンレプリカに特化したエディースショップなどバラエティに富んだショップが時代を支えた。

『ワイルド7』の飛葉カスタム(シークレットウッズマンの名称)にこのモデルのヘビーバレルモデル。通販では一週間の注文が100丁を越える人気で、カスタム終了後2年が過ぎても注文は続いた。第二弾はMGC 44マグナムフレームに同社のパイソン357のバレルを合体させた。スマイソン4インチ6インチのドリームモデルを発売した。元々サイズ違いで、現実的にはありえないが『Gun』誌で紹介されたスマイソンはモデルアップされておらず当時のマニアがガンシップに相談したのがカスタム誕生のきっかけになった。このウッズマンもスマイソンもモデルガンメーカーが生産をしたのは数年後である。

主な製品

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モデルガン

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ガスガン

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その他

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主な技術開発

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出版物

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Visiere - MGC

MGC- MGC

MGC - MGC2010875

参考文献

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Gun magazine =  :0103180911no. 120129)443420153[25]

[15][16]-

Combat =  : :0004241811no. 119806[26]

脚注

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注釈

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(一)^ 1960MGCC961978[2]

(二)^ 

(三)^ MGCFNP08M963

(四)^ 1993[9]

(五)^ Gun︿MGCMGC

(六)^ MGC

(七)^ MGCNKGMGCCMCMGC

(八)^ 4.510.013.50.70.004

(九)^ 

(十)^ 7mm

(11)^ P5CMCMGCCMC5P5SIG P220

(12)^ 使

(13)^ MGC

(14)^ Web[13]MGCDAMGC93RDA

(15)^ B

(16)^ DA

(17)^ M93RMGC使WA使使MGC姿

(18)^ M4A1M16A2

(19)^ 

(20)^ 

(21)^ MGCMGC201612

(22)^ M31RS250M31RS2GM57

(23)^ CAW32MGC

(24)^ 

(25)^ GunStriking : 4244

(26)^ CM1310

出典

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(一)^ Gale, Cengage Learning. ©2019 All rights reserved.; Plus Media Solutions, ©2019 (2019-04-18) (). Full Court Decision: R v GILL  2019  SASCFC 22 (8 March 2019). Premium Official News. Supreme Court of South Australia. edsbig:A582922141. https://search.ebscohost.com/login.aspx?direct=true&db=edsbig&AN=edsbig.A582922141&lang=ja&site=eds-live&scope=site 20211010 

(二)^ Gun20074

(三)^  使--191019661010-28NAID 40000915558ISSN 0287-6345

(四)^ 24319713149-157NAID 40000913976ISSN 0287-6345

(五)^  4271971731-48NAID 40000919781ISSN 0287-6353

(六)^  1977830824-47NAID 40000916238ISSN 0287-6345

(七)^  --(52.6.1,57)19784239995-10NAID 40002681221ISSN 0493-4067

(八)^   (︿)3381980845-50NAID 40003518275ISSN 0916-9806

(九)^   (126︿)469199394-9NAID 40003519947ISSN 0916-9806

(十)^ jpgGun1965781965 

(11)^ jpgGun1965121965 

(12)^   (,︿)323197931-22NAID 40000916064ISSN 0287-6345

(13)^ . www.taniokoba.co.jp. 20211010

(14)^ MGC2010ASIN B07SX1K64M 

(15)^ pdf7820161222235doi:10.11501/10958312ISSN 1884-999720211010 - 

(16)^ doi:10.11501/10958311VGI107020211010 

関連項目

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関連資料

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81119611124-31ISSN 0912-4632NAID 40002052498

 --(52.6.1,57)99919784235-10doi:10.11501/2784587ISSN 04934067

  使((1)12.6.29(2)12.6.29)1743200161188-193ISSN 0438-5888NAID 40003201584

外部リンク

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