「ムーディー・ブルース」の版間の差分
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[[1977年]]、かつて[[1969年]]に開催された[[ロイヤル・アルバート・ホール]]公演のライブ音源とスタジオ・アウトテイク5曲を収録したアルバム『Caught Live +5』がリリースされ、同アルバムの売り上げが好調だったことから[[1978年]]に正式に再始動し<ref>[http://www.allmusic.com/album/caught-live-5-mw0000312112 Caught Live +5 - The Moody Blues : AllMusic] - Review by Bruce Eder</ref>、マイク・ピンダーもバンドに復帰した<ref name=classicbands />。しかし、再結成第1弾アルバム『新世界の曙』録音途中で、マイク・ピンダーは続くツアー参加に難色を示し、録音途中でアルバム製作から抜け、プロモーションビデオやアルバム用写真撮影にも不参加。それに伴い、長年、6人目のムーディーブルースとまで言われたプロデューサーのトニ |
[[1977年]]、かつて[[1969年]]に開催された[[ロイヤル・アルバート・ホール]]公演のライブ音源とスタジオ・アウトテイク5曲を収録したアルバム『Caught Live +5』がリリースされ、同アルバムの売り上げが好調だったことから[[1978年]]に正式に再始動し<ref>[http://www.allmusic.com/album/caught-live-5-mw0000312112 Caught Live +5 - The Moody Blues : AllMusic] - Review by Bruce Eder</ref>、マイク・ピンダーもバンドに復帰した<ref name=classicbands />。しかし、再結成第1弾アルバム『新世界の曙』録音途中で、マイク・ピンダーは続くツアー参加に難色を示し、録音途中でアルバム製作から抜け、プロモーションビデオやアルバム用写真撮影にも不参加。それに伴い、長年、6人目のムーディーブルースとまで言われたプロデューサーのトニー・クラークも「マイクがいないムーディー・ブルースをプロデュースする意味がない」という理由で抜け、同じく長年録音エンジニアを担当していたデレク・バーナルズが、生オーケストラを使ったアレンジを加え、最終的なアレンジが完成した。こうして難題が続いた『新世界の曙』は、リリースまでこぎつけたが、続くツアーには、オーディションの結果、元[[イエス (バンド)|イエス]]の[[パトリック・モラーツ]]が参加した<ref name=moraz>[http://www.patrickmoraz.com/about.htm Patrick Moraz - A Biography] - patrickmoraz.com</ref>。 |
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その後、[[1981年]]発表のアルバム『魂の叫び』のレコーディングに際し、マイク・ピンダーから「レコーディングにだけは参加したい」との連絡がメンバーに入ったが、バンドはマイク・ピンダーの参加を認めず、パトリック・モラーツを正式なメンバーとし、『魂の叫び』のレコーディングを行う。この『魂の叫び』は、9年ぶりに全米1位を獲得<ref>[http://www.allmusic.com/artist/the-moody-blues-mn0000404434/awards The Moody Blues - Awards : AllMusic]</ref>、復活を印象付けた。『魂の叫び』録音でのグレアム・エッジのコメントが残っている。「イーグルスのホテル・カリフォルニアのようなドラム演奏をしたかった」実際、グレアム・エッジのドラム演奏は、過去のアルバムを通し、もっともダイナミックでパワフルな演奏を残している。 |
その後、[[1981年]]発表のアルバム『魂の叫び』のレコーディングに際し、マイク・ピンダーから「レコーディングにだけは参加したい」との連絡がメンバーに入ったが、バンドはマイク・ピンダーの参加を認めず、パトリック・モラーツを正式なメンバーとし、『魂の叫び』のレコーディングを行う。この『魂の叫び』は、9年ぶりに全米1位を獲得<ref>[http://www.allmusic.com/artist/the-moody-blues-mn0000404434/awards The Moody Blues - Awards : AllMusic]</ref>、復活を印象付けた。『魂の叫び』録音でのグレアム・エッジのコメントが残っている。「イーグルスのホテル・カリフォルニアのようなドラム演奏をしたかった」実際、グレアム・エッジのドラム演奏は、過去のアルバムを通し、もっともダイナミックでパワフルな演奏を残している。 |
2018年1月11日 (木) 22:52時点における版
ムーディー・ブルース The Moody Blues | |
---|---|
![]() UK.ブリストル公演 (2013年6月) | |
基本情報 | |
出身地 |
![]() ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム |
ジャンル |
プログレッシブ・ロック シンフォニック・ロック サイケデリック・ロック シンセポップ |
活動期間 | 1964年 - 現在 |
レーベル |
デッカ/デラム・レコード Threshold Records ロンドンレコード ポリドール・レコード ユニバーサル ミュージック |
公式サイト | moodybluestoday.com |
メンバー |
ジャスティン・ヘイワード ジョン・ロッジ グレアム・エッジ |
旧メンバー |
レイ・トーマス マイク・ピンダー パトリック・モラーツ デニー・レイン クリント・ワーウィック |
経歴
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/52/The_Moody_Blues_923-9509.jpg/220px-The_Moody_Blues_923-9509.jpg)
プログレッシブ・ロック期 (1964年 - 1974年)
1964年5月、バーミンガムでムーディー・ブルースとして初のライブを行う[1]。当時のメンバーはレイ・トーマス、マイク・ピンダー、グレアム・エッジ、デニー・レイン、クリント・ワーウィックの5人。デビュー最初期はR&B系グループとして活動しており、﹁ゴー・ナウ!﹂が1965年に全英1位・全米10位の大ヒットを記録するが、1966年春にクリント・ワーウィックが脱退し、同年にはリード・ボーカルとギターを担当していたデニー・レインも脱退[1]。レインは後にポール・マッカートニー率いるウイングスに加入する。 メンバー2人の脱退に伴い、バンドはジョン・ロッジとジャスティン・ヘイワードを迎え入れて、メロトロンやシンセサイザーなどの電子楽器を駆使した前衛的な音楽性に変わっていく。1967年発表の2ndアルバム﹃デイズ・オブ・フューチャー・パスト﹄では、1960年代の段階でオーケストラとの競演で新しいロックのスタイルを築き上げるなど、プログレッシブ・ロックというジャンルを生み出した草分け的な存在と言える[2]。 その後は、1968年﹃失われたコードを求めて﹄、1969年﹃夢幻﹄、1971年﹃童夢﹄といったほとんどのアルバムが英米で大ヒットを記録。ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、EL&P、ジェネシス等と共に1960〜70年代のプログレッシブ・ロック・ムーブメントを支えた。かつてジミー・ペイジは﹁本当にプログレッシブなバンドは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだけだ﹂と語っていた。 また、1967年に発売されたシングル﹁サテンの夜﹂は、発売当時は全英19位のヒットだったが、1972年にラジオ局から人気に火がつき、全英9位・全米2位・カナダ1位の大ヒットを記録し、彼らの代表曲となった。収録されているアルバム﹃デイズ・オヴ・フューチャー・パスト﹄も後年1972年にアメリカでチャートインし最高位3位迄上昇した。 1972年にアルバム﹃セヴンス・ソジャーン﹄を発表してからは、メンバー個人のソロ・アルバム製作や、アーティスト自身のレコード・レーベルでは先駆けとなる﹁スレッショルド・レコード﹂︵﹃夢幻﹄の原題から名称がとられた︶の運営などが活動の中心となり、バンド活動が停滞する。この時期はプログレッシブ・ロックの最盛期であり、この頃にほとんど活動を行っていなかった。1974年4月には、アメリカのカリフォルニア州に移住していたマイク・ピンダーが、家族との生活を優先させるためバンドを一度脱退する[3]。再始動以降 (1978年 - 現在)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f1/Moody_Blues%2C_Buffalo_Memorial_Auditorium%2C_October_31%2C_1981.jpg/220px-Moody_Blues%2C_Buffalo_Memorial_Auditorium%2C_October_31%2C_1981.jpg)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/ff/The_Moody_Blues_play_the_New_Theatre%2C_Oxford_-_geograph.org.uk_-_1001290.jpg/220px-The_Moody_Blues_play_the_New_Theatre%2C_Oxford_-_geograph.org.uk_-_1001290.jpg)
メンバー
現ラインナップ
- ジャスティン・ヘイワード Justin Hayward – ギター/ボーカル (1966– )
- ジョン・ロッジ John Lodge – ベース/ボーカル (1966– )
- グレアム・エッジ Graeme Edge – ドラムス/ボーカル (1964– )
-
ジャスティン・ヘイワード(G) 2013年
-
ジョン・ロッジ(B) 2013年
-
グレアム・エッジ(Ds) 2013年
旧メンバー
- レイ・トーマス Ray Thomas – フルート/ボーカル (1964–2002)
- マイク・ピンダー Mike Pinder – キーボード/ボーカル (1964–1978)
- デニー・レイン Denny Laine – ギター/ボーカル (1964–1966)
- クリント・ワーウィック Clint Warwick – ベース/ボーカル (1964–1966) RIP.2004
- ロドニー・クラーク Rodney Clark – ベース/ボーカル (1966)
- パトリック・モラーツ Patrick Moraz – キーボード (1978–1990)
ディスコグラフィー
スタジオ・アルバム
発売年 | 邦題 | 原題 | 順位(英) | 順位(米) |
---|---|---|---|---|
1965 | デビュー! | The Magnificent Moodies | - | - |
1967 | デイズ・オブ・フューチャー・パスト | Days Of Future Passed | 27位 | 3位 |
1968 | 失われたコードを求めて | In Search Of The Lost Chord | 5位 | 23位 |
1969 | 夢幻 | On The Threshold Of A Dream | 1位 | 20位 |
1969 | 子供たちの子供たちの子供たちへ | To Our Children's Children's Children | 2位 | 14位 |
1970 | クエスチョン・オブ・バランス | A Question Of Balance | 1位 | 3位 |
1971 | 童夢 | Every Good Boy Deserves Favour | 1位 | 2位 |
1972 | セヴンス・ソジャーン | Seventh Sojourn | 5位 | 1位 |
1978 | 新世界の曙 | Octave | 6位 | 13位 |
1981 | 魂の叫び | Long Distance Voyager | 7位 | 1位 |
1983 | 新世界への道程 | The Present | 15位 | 26位 |
1986 | ジ・アザー・サイド・オブ・ライフ | The Other Side Of Life | 24位 | 9位 |
1988 | シュール・ラ・メール | Sur La Mer | 21位 | 38位 |
1991 | キーズ・オブ・ザ・キングダム | Keys Of The Kingdom | 54位 | 94位 |
1999 | ストレンジ・タイムズ | Strange Times | 19位 | 93位 |
2003 | ディセンバー | December | - | - |
ライブ・アルバム/コンピレーション・アルバム
発売年 | 邦題 | 原題 | 順位(英) | 順位(米) |
---|---|---|---|---|
1974 | ディス・イズ・ザ・ムーディー・ブルース | This is The Moody Blues | 14位 | 11位 |
1977 | コート・ライヴ | Caught Live + 5 | - | 26位 |
1979 | アウト・オヴ・ディス・ワールド | Out of this world | 15位 | - |
1985 | ヴォイス・イン・ザ・スカイ | Voices in the sky | - | 132位 |
1990 | グレーティスト・ヒッツ | Greatest Hits | 71位 | 113位 |
1993 | ライヴ:ア・ナイト・アット・レッド・ロックス | A Night At Red Rocks | - | 93位 |
1996 | ヴェリー・ベスト・オヴ・ザ・ムーディー・ブルース | Very Best of The Moody Blues | 13位 | - |
2000 | ホール・オヴ・フェイム | Hall Of Fame | - | 185位 |
2005 | ラヴリー・トゥー・シー・ユー | Lovely To See You | - | - |
2007 | Live At The BBC: 1967 - 1970 | - | - | |
2010 | ワイト島 | Live at the Isle of Wight Festival 1970 | - | - |
日本公演
関連項目
脚注
- ^ a b The Moody Blues : AllMusic - Biography by Bruce Eder
- ^ ムーディー・ブルース『Days Of Future Passed』 発売50周年記念デラックス・エディションが11月発売 amass 2017/10/05
- ^ a b Interview With Mike Pinder - classicbands.com - 2013年3月3日閲覧
- ^ Caught Live +5 - The Moody Blues : AllMusic - Review by Bruce Eder
- ^ a b Patrick Moraz - A Biography - patrickmoraz.com
- ^ The Moody Blues - Awards : AllMusic
- ^ The Moody Blues 2003 - to present
- ^ ムーディー・ブルースのスタジオ・アルバムは2003年の『December』が最後? ジャスティン・ヘイワード語る amass 2016/03/04