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「古史古伝」の版間の差分

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'''古史古伝'''(こしこでん)とは、[[古代]]史の主要な史料([[日本]]の場合なら『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』など)とは著しく異なる内容[[歴史]]を伝える文献を一括して指す名称。

'''古史古伝'''(こしこでん)とは、[[古代]]史の主要な史料([[日本]]の場合なら『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』など)とは著しく異なる内容[[歴史]]を伝える文献を一括して指す名称。



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#日本のものの場合、[[上代特殊仮名遣]]に対応してない([[奈良時代]]以前の[[日本語]]は[[母音]]が8個あったが、5母音の表記体系である)

#日本のものの場合、[[上代特殊仮名遣]]に対応してない([[奈良時代]]以前の[[日本語]]は[[母音]]が8個あったが、5母音の表記体系である)

#成立したとされる年代より後(特に[[近代]]以降)の用語や表記法が使用されている

#成立したとされる年代より後(特に[[近代]]以降)の用語や表記法が使用されている


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日本のものの場合、[[江戸時代]]成立とみられる文献もあり、それらには江戸時代的な特徴はあるが、近代以後の用語などは存在しない。ただし、いずれの「古史古伝」においても「偽書である『古史古伝』ではなく、真書である」と主張する人々はかつて存在したか、もしくは現存している。

日本のものの場合、[[江戸時代]]成立とみられる文献もあり、それらには江戸時代的な特徴はあるが、近代以後の用語などは存在しない。ただし、いずれの「古史古伝」においても「偽書である『古史古伝』ではなく、真書である」と主張する人々はかつて存在したか、もしくは現存している。

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第2次世界大戦前には「神代史」「太古史」など言われ、戦後(1970年代頃まで)には[[吾郷清彦]]が「超古代文書」と呼んでいた。

第2次世界大戦前には「神代史」「太古史」など言われ、戦後(1970年代頃まで)には[[吾郷清彦]]が「超古代文書」と呼んでいた。



また同じ頃、[[武田崇元]](武内裕)は「偽書」「偽史」「偽典」などといっていたが、「[[偽書]]」「[[偽典]]」は用語としてすでに確立した別の定義が存在しており紛らわしいので、やがて「偽史」という言い方に統一されていった。

また同じ頃、[[武田崇元]](武内裕)は「偽書」「偽史」「偽典」などと発言しかし「[[偽書]]」「[[偽典]]」は用語としてすでに確立した別の定義が存在しており紛らわしいので、やがて「偽史」という言い方に統一されていった。



「古史古伝」との言い方は、吾郷清彦が著書『古事記以前の書』(大陸書房、[[1972年]])で最初に提唱したもので、この段階では「古典四書」「古伝三書」「古史三書」とされていたが、著書『日本超古代秘史資料』(新人物往来社、[[1976年]])では、「古典四書」「古伝四書」「古史四書」「異録四書」に発展した。初期の頃の吾郷清彦は「超古代文書」という言い方を好み、「古史古伝」とは言わなかった。あくまで分類上の用語として「古伝四書」とか「古史四書」といっていたものである。1980年代以降、[[佐治芳彦]]<ref>{{Cite web |title=佐治芳彦 {{!}} 人名事典 {{!}} お楽しみ {{!}} PHP研究所 |url=https://www.php.co.jp/fun/people/person.php?name=%E4%BD%90%E6%B2%BB%E8%8A%B3%E5%BD%A6&p=NjYw |website=www.php.co.jp |access-date=2022-06-24}}</ref>がこれをくっつけて「古史古伝」と言い出したのが始まりである。

「古史古伝」との言い方は、吾郷清彦が著書『古事記以前の書』(大陸書房、[[1972年]])で最初に提唱したもので、この段階では「古典四書」「古伝三書」「古史三書」とされていたが、著書『日本超古代秘史資料』(新人物往来社、[[1976年]])では、「古典四書」「古伝四書」「古史四書」「異録四書」に発展した。初期の頃の吾郷清彦は「超古代文書」という言い方を好み、「古史古伝」とは言わなかった。あくまで分類上の用語として「古伝四書」とか「古史四書」といっていたものである。1980年代以降、[[佐治芳彦]]<ref>{{Cite web|和書|title=佐治芳彦 {{!}} 人名事典 {{!}} お楽しみ {{!}} PHP研究所 |url=https://www.php.co.jp/fun/people/person.php?name=%E4%BD%90%E6%B2%BB%E8%8A%B3%E5%BD%A6&p=NjYw |website=www.php.co.jp |access-date=2022-06-24}}</ref>がこれをくっつけて「古史古伝」と言い出したのが始まりである。



下記の分類は前述の『日本超古代秘史資料』を基本としているが、その後、他の文献写本が発見されるに従って吾郷清彦自身によって徐々に改訂が繰り返され増殖していった。その分として若干の補足を加えてある。

下記の分類は前述の『日本超古代秘史資料』を基本としているが、その後、他の文献写本が発見されるに従って吾郷清彦自身によって徐々に改訂が繰り返され増殖していった。その分として若干の補足を加えてある。

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同様に『[[天書]]』(『天書紀』ともいう)・『[[日本総国風土記]]』・『[[前々太平記]]』の三書を異端古代史書として古史古伝と同様に扱おうとする説(田中勝也など)もあるが、このうち『天書』は古史古伝の類とはいえず、他の二書も超古代文書というほどの内容をもっているわけではない。

同様に『[[天書]]』(『天書紀』ともいう)・『[[日本総国風土記]]』・『[[前々太平記]]』の三書を異端古代史書として古史古伝と同様に扱おうとする説(田中勝也など)もあるが、このうち『天書』は古史古伝の類とはいえず、他の二書も超古代文書というほどの内容をもっているわけではない。



『先代旧事本紀』または『天書』と似たような位置にある史書として『[[住吉大社神代記]]』がある。[[天平]]年間成立とされているが[[平安時代]]中期頃の偽書と考えられている。『[[神道五部書]]』は、奈良時代以前の成立とされているが[[鎌倉時代]]の偽書と考えられている。『神道五部書』は直接には古史古伝ではないが、そのうちの『[[倭姫命世記]]』と『[[神祇譜伝図記]]』に神代の治世の年代が記されており、これが古史古伝の幾つかにある[[ウガヤフキアエズ王朝]]と同質の発想があるという指摘がある<ref>歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 菅田正昭「「神道五部書」にみる古史古伝の成立事情」</ref>。

『先代旧事本紀』または『天書』と似たような位置にある史書として『[[住吉大社神代記]]』がある。[[天平]]年間成立とされているが[[平安時代]]中期頃の偽書と考えられている。『[[神道五部書]]』は、奈良時代以前の成立とされているが[[鎌倉時代]]の偽書と考えられている。『神道五部書』は直接には古史古伝ではないが、そのうちの『[[倭姫命世記]]』と『[[神祇譜伝図記]]』に神代の治世の年代が記されており、これが古史古伝の幾つかにある[[ウガヤフキアエズ王朝]]と同質の発想があるという指摘がある<ref>歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 菅田正昭「「神道五部書」にみる古史古伝の成立事情」</ref>。



通常の古代史書が、解釈によって古史古伝と同様の内容があるとされる場合もある。吉田大洋は『古事記』が[[シュメール語]]で読めると主張したが、その解釈には超古代史的な内容もある<ref>吉田大洋著「謎の出雲帝国」(徳間書店 1980年5月)</ref><ref>歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 吉田大洋「「古事記」はシュメール語で書かれた」</ref>。[[高橋良典]]は『新撰姓氏録』を超古代史書として解釈している<ref>高橋良典著「謎の新撰姓氏録」(徳間書店 1980年2月)</ref>。これらは吉田大洋や高橋良典の解釈説の内容が超古代史と言うことであり、本文そのものが超古代史なわけではない。

通常の古代史書が、解釈によって古史古伝と同様の内容があるとされる場合もある。吉田大洋は『古事記』が[[シュメール語]]で読めると主張したが、その解釈には超古代史的な内容もある<ref>吉田大洋著「謎の出雲帝国」(徳間書店 1980年5月)</ref><ref>歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 吉田大洋「「古事記」はシュメール語で書かれた」</ref>。[[高橋良典]]は『新撰姓氏録』を超古代史書として解釈している<ref>高橋良典著「謎の新撰姓氏録」(徳間書店 1980年2月)</ref>。これらは吉田大洋や高橋良典の解釈説の内容が超古代史と言うことであり、本文そのものが超古代史なわけではない。


2023年12月2日 (土) 12:52時点における最新版







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  1. ^ ただし由来記・泉達録共に実際に地元(隠岐島・越中)の神社に祀られている地方固有の神々を登場させている。

参考文献[編集]

  • 吾郷清彦 『日本超古代秘史資料』新人物往来社、1976年。
    • (上記の復刊版)『日本超古代秘史研究原典 (愛蔵保存版)』大陸書房 ISBN 440402472X
  • 吾郷清彦 『古事記以前の書』大陸書房、1972年。
  • 藤原明『日本の偽書』ISBN 4166603795
  • 原田実『古史古伝論争とは何だったのか』・新人物往来社『歴史読本』2009年8月号
  • 原田実『『古史古伝』異端の神々』ビイングネットプレス、2006年
  • 田中勝也『異端古代史書の謎』大和書房、1986年。
  • 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」
  • 別冊歴史読本編集部編 『「古史古伝」論争』
  • 別冊歴史読本編集部編 『危険な歴史書「古史古伝」―“偽書”と“超古代史”の妖しい魔力に迫る!』 ISBN 4404027540
  • 別冊歴史読本編集部編 『徹底検証 古史古伝と偽書の謎』 ISBN 4404030770
  • 佐治芳彦『古史古伝入門―正史に埋もれた怨念の歴史 (トクマブックス)』徳間書店 新書 - 1988/10 ISBN 4195037557

関連項目[編集]

外部リンク[編集]