戦略情報システム
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戦略情報システム︵せんりゃくじょうほうシステム、SIS、Strategic uses of Information Systems︶の概念は、MIS︵経営情報システム︶の概念︵企業内部に限定された概念︶とは異なり、企業間の競争や預金者サービスのシステム概念︵企業外部との関係を重視した概念︶として登場した。この背景には、1980年代に、欧米での金融自由化、航空自由化政策︵航空運賃の自由化︶の導入に対応してに対応し、情報システムが大型コンピュータ本体による企業内活用から、情報ネットワーク︵コンピュータと通信システムとの結合︶として他社や消費者とのネットワーク接続の活用へと、情報技術の飛躍的発展したことが、背景にある。従って名称としては、SIN︵Strategic uses of Information Network Systems︶の方が誤解が少ないといってよい
実際、歴史欄に示すように、1980年代以降、金融機関や航空会社の各社は、一般消費者に直接アクセスできるATMネットワークや自動予約システム︵CRS︶の導入を競い、顧客獲得競争や競合他社との差別化に走ったのである。日本の場合は、世界に先駆けてオンライン化がスタートしたので、1970年代の日本の事例は、世界を先取りしたといってよい。 SISの定義としては、視点の異なる複数のものがある。これは、SISの実態が多様であることを反映している。ワズマンによる﹁企業の競争戦略を支援しまたは形成することを意図した情報技術の利用法﹂が有名であり一般的である。より分かりやすい定義は、シノットによる﹁情報技術を応用して顧客を獲得し市場を制覇すること﹂である。わが国では、根本忠明が﹁SISとは、顧客サービスの創造をめざす戦略展開を支援する、情報技術の革新的な活用をいう﹂と定義している。また、システムコンサルタントの辻淳二による﹁SISとは、時代の流れに合わせて企業が生き残る︵競争力の保持︶、変容する︵新市場の創出︶、進化する︵組織の革新︶のための機動力をもたらすシステムのことである﹂がより具体的である。 歴 史 日本での先駆例は、昭和40年代︵1960年代後半︶の都市銀行間でのオンイラン・システムの一斉導入による競争であった。これは、高度成長期を迎え、大企業を中心に企業の設備投資への膨大な融資に対応して都市銀行が大幅な資金獲得のために、一般大衆から預金者獲得のためのオンライン導入であり、当時当時︵1970年︶は世界最先端をいくものであった。当時はMISと呼ばれていたオンライン・システム︵オペレーション。システム︶であったが、実質は都市銀行の生き残りをかけた大掛かりな設備投資であり、預金者獲得競争のSISであった。この状況は都市銀行各社の社史に詳細が記録されている。アメリカの企業におけるオンライン・システム︵1980年代以降は、ネットワークに名称変わる︶の導入は、オイルショック以降の1970年代後半に入ってからであり、米の金融自由化や航空自由化後に競争が本格化し、その後欧州や日本の業界との世界競争に発展したのである。 国際競争が展開されるのは、日本では1980年代後半である。アメリカ国内での航空業界のCRS︵予約システム︶競争が、欧州や日本にも押し寄せ、各国の航空業界や旅行会社は、その対応に追われ、CRSの設備投資やネット提携相手の選択を迫られたのである。日本ではユナイテッド航空のCRSが国内で稼働︵1986年︶が始まり、マスコミは第三の黒船襲来と大騒ぎした。 日本で、企業での戦略情報システム︵SIS、Strategic Information System ︶への関心が高まり、SISブームが数年にわたり起こったのは、1989年に翻訳出版されたワイズマンの書の紹介︵訳書は1989年︶による。この競争戦略の概念は、M・ポーターの﹃競争優位の戦略﹄(1985年)から採用されている。今まで人間がやっていたルーチンワークを情報システムの導入によってより効率よく行うことを目指していたMISが、オンライン化がすすみ消費者や他社とのネットワーク化が可能になり始めると、経営トップの決断︵情報化の設備投資や提携戦略︶が求められるようになった。 SISの紹介する内容に誤解が大きいのは、DSS︵意思決定支援システム︶の概念︵ウィキペディア参照︶との混乱である。DSSは経営者の意思決定の判断に用いられる情報提のシステムであり、MISの3階層システムの最上位システム︵経営トップレベル︶である。これに対して、SISは預金者獲得競争や競合他社との競争優位のための情報技術であり、大半はMISの3階層の底辺システム︵オペレーション・システム︶である。
実際、歴史欄に示すように、1980年代以降、金融機関や航空会社の各社は、一般消費者に直接アクセスできるATMネットワークや自動予約システム︵CRS︶の導入を競い、顧客獲得競争や競合他社との差別化に走ったのである。日本の場合は、世界に先駆けてオンライン化がスタートしたので、1970年代の日本の事例は、世界を先取りしたといってよい。 SISの定義としては、視点の異なる複数のものがある。これは、SISの実態が多様であることを反映している。ワズマンによる﹁企業の競争戦略を支援しまたは形成することを意図した情報技術の利用法﹂が有名であり一般的である。より分かりやすい定義は、シノットによる﹁情報技術を応用して顧客を獲得し市場を制覇すること﹂である。わが国では、根本忠明が﹁SISとは、顧客サービスの創造をめざす戦略展開を支援する、情報技術の革新的な活用をいう﹂と定義している。また、システムコンサルタントの辻淳二による﹁SISとは、時代の流れに合わせて企業が生き残る︵競争力の保持︶、変容する︵新市場の創出︶、進化する︵組織の革新︶のための機動力をもたらすシステムのことである﹂がより具体的である。 歴 史 日本での先駆例は、昭和40年代︵1960年代後半︶の都市銀行間でのオンイラン・システムの一斉導入による競争であった。これは、高度成長期を迎え、大企業を中心に企業の設備投資への膨大な融資に対応して都市銀行が大幅な資金獲得のために、一般大衆から預金者獲得のためのオンライン導入であり、当時当時︵1970年︶は世界最先端をいくものであった。当時はMISと呼ばれていたオンライン・システム︵オペレーション。システム︶であったが、実質は都市銀行の生き残りをかけた大掛かりな設備投資であり、預金者獲得競争のSISであった。この状況は都市銀行各社の社史に詳細が記録されている。アメリカの企業におけるオンライン・システム︵1980年代以降は、ネットワークに名称変わる︶の導入は、オイルショック以降の1970年代後半に入ってからであり、米の金融自由化や航空自由化後に競争が本格化し、その後欧州や日本の業界との世界競争に発展したのである。 国際競争が展開されるのは、日本では1980年代後半である。アメリカ国内での航空業界のCRS︵予約システム︶競争が、欧州や日本にも押し寄せ、各国の航空業界や旅行会社は、その対応に追われ、CRSの設備投資やネット提携相手の選択を迫られたのである。日本ではユナイテッド航空のCRSが国内で稼働︵1986年︶が始まり、マスコミは第三の黒船襲来と大騒ぎした。 日本で、企業での戦略情報システム︵SIS、Strategic Information System ︶への関心が高まり、SISブームが数年にわたり起こったのは、1989年に翻訳出版されたワイズマンの書の紹介︵訳書は1989年︶による。この競争戦略の概念は、M・ポーターの﹃競争優位の戦略﹄(1985年)から採用されている。今まで人間がやっていたルーチンワークを情報システムの導入によってより効率よく行うことを目指していたMISが、オンライン化がすすみ消費者や他社とのネットワーク化が可能になり始めると、経営トップの決断︵情報化の設備投資や提携戦略︶が求められるようになった。 SISの紹介する内容に誤解が大きいのは、DSS︵意思決定支援システム︶の概念︵ウィキペディア参照︶との混乱である。DSSは経営者の意思決定の判断に用いられる情報提のシステムであり、MISの3階層システムの最上位システム︵経営トップレベル︶である。これに対して、SISは預金者獲得競争や競合他社との競争優位のための情報技術であり、大半はMISの3階層の底辺システム︵オペレーション・システム︶である。