高村光太郎 ︻たかむら・こうたろう︼ 詩人、彫刻家。本名、高村光太郎︵みつたろう︶。明治16年3月13日〜昭和31年4月2日。東京市下谷区西町に生まれる。父は高名な彫刻家、高村光雲。明治30年、東京美術学校に入学。彫刻を学ぶ一方、俳句や短歌を作りはじめる。明治39年から42年にかけて米英仏に留学。帰国後、芸術家の絶対の自由を宣言する﹁緑色の太陽﹂︵明治43︶をはじめ、戦闘的な美術批評を次々に発表する。大正3年、生の讃歌にみちた詩集﹁道程﹂を刊行。口語自由詩の最初の高度な達成として、高く評価される。昭和16年、発狂した妻・智恵子との愛と死をみつめた詩集﹁智恵子抄﹂を刊行。また、戦時中にファシズムに協力したことから、戦後、自らの戦争責任を厳しく追求した詩集﹁典型﹂︵昭和25︶を刊行し、大きな反響を呼んだ。昭和31年4月2日、肺結核により死去。享年73歳。代表作は﹁道程﹂、﹁智恵子抄﹂、﹁典型﹂、﹁緑色の太陽﹂、﹁ロダンの言葉﹂︵翻訳︶など。 ︹リンク︺ 高村光太郎＠フリー百科事典﹃ウィキペディア﹄ 高村光太郎＠文学者掃苔録図書館 著作目録 詩 ‥ 発表年順 翻訳︵詩︶ ‥ 発表年順 翻訳︵散文︶ ‥ 発表年順 評論︵美術︶ ‥ 発表年順 評論︵文学︶ ‥ 発表年順 アンケート ‥ 発表年順 エッセイ・その他 ‥ 発表年順 回想録 高村光太郎と言へば教授高村光雲先生の伜で、彫刻科の特待生︵？︶だつた。他の科の学生間にも有名な人だつた。へー高村光太郎は卒業したんじやないか、又西洋画へ入つて来たのか、好い身の上だなー、かうやつて親の力で、悠々勉強が出来る身分に、あやかりたいよと、貧乏学生は皆、羨やましがつた。高村光太郎は、余り他の学生と交際しなかつた。元来無口な人と見える。しかも我々の様に毎日来ない。折々やつて来て、木炭画のデッサンを描いて居た。黒田︵清輝︶先生も、何か言ふけれども、あまり身に泌みて教へては居ない様だつた。君はもう立派に一人前の作家だから教へる必要もなささうだと言ふ顔つきだつた。彫刻は、上手かも知れないが、デッサンも立体から平面になると、いささか勝手が違つて居た様だ。そのため尚一層、西洋画を習得する必要があつて洋画へ再入学したのかも知れない。しかしそれもこれも半年位で何時の間にか来ない様になつてしまつた。また我々からも、何時忘れるともなく忘れられて居た。かうして我々が社会に出て画壇に首を突つ込んだ頃は詩人高村光太郎の名は高かつた。しかし彫刻作品は、余り見る事が出来なかつた。ただ非常に高踏的な作家として世間からは尊敬されて居た。我々の如く踏んだり蹴つたりの目には会はなかつた様だ。 池辺鈞﹁美校の西洋画教室で﹂ 昭和32年11月 翁は水差しの水をコップへ注ぎ、レモンをナイフで輪切りにして、一枚ずつコップの水に浮かした。私たちにもそのコップの水をすすめながら、﹁私はごらんの通りの独り暮らしなのでお茶も差し上げられませんが、失礼ですがよろしかったら召し上がって下さい。このレモンは田舎の人から送ってもらったものです。ぼくはレモンが大好物なものだから﹂そう言って翁はいかにも美味そうにコップの水を一息に乾されるのだった。 そして翁はこんなことも仰った。 ﹁ぼくはずっと独りでいるので、よく人から何かにつけ不自由だろうと同情されるのですが、ぼくは年はとっていても見られる通り頑健なので、少しも苦にならないんです。水が好きでお茶を沸かす厄介はないし、冬でもふしぎに体が温かいので火を燃やす必要もないのです。以前ある人が面白い体操をおしえてくれましてね。非常に簡単な体操で、それを朝と就寝前に十分か十五分ぐらいづつやると奇妙に一日中体が温かいんです。ぼくは冬は何とも思わないが、夏の暑さには負ける性でしてね、ただ困ることは配給米をとりに行く時だけです。仕事をしている時は実にこれには困ります﹂ 一瀬稔﹁高村光太郎翁を訪ねて﹂ 昭和23年11月 私はよつぽどよくこの部屋を観察しようと思つて、入つて行きながら、四方八方を見廻しました。フランス語の本が一杯にならべられ、仏像や、彫刻や、様々な美術品が所せまいまでに、ごつたがへしに並べられ、積まれてある真中に、高村さんはわざ〳〵クツシヨンを直して、私のために椅子を用意して下さいました。 私の前に腰掛けた高村さんは、私の想像とは全然異つた、書生風の落付いた、静かな優しさうな、野蛮人――御自身の仰しやるやうに――のやうな恰好をして馴れない私をおど〳〵させないやうに気をつかつてゐらつしやるやうでした。私は直ぐ、ほんとうの親しさを、お目にかかつたその瞬間から、許された気安さを喜びました。 私等の向ひ会つた左側の壁にそつて、古い本箱が、一杯本をつめられて重さうに重ねられて、その中段あたりに、一人の面白い人形が腰掛けて、こちらを見てゐました。 ﹁あの人形は何でせうか。﹂ 私はあんまり失礼だとは思ひながら、それでも珍らしい、可愛らしい人形を飾る気持をなつかしく思ひながら、おきゝしますと、 ﹁あれはポリシネルといふドイツの人形です。いいえピノツチヨではありません、ピエロともちがつた、まあ人生を諷示してゐる人形です。あれを私は大好きですよ。この胸の所の布地なぞは実にいゝものですな。﹂ と、私に渡しながら、古いほこりの染んだやうな着物をきた、せむし人形を愛撫してゐらつしやる様子は、ほんとに、美術家らしい、純情を感じさせずにはゐられませんでした。 岡内籌子﹁高村光太郎氏の印象﹂ 大正12年6月 はじめての訪問でどんな話をしたかおぼえていないが、高村さんの巨木のような風格と、一片のこだわりもない爽やかな応待によって、わたしの気負った思いあがりが打ち砕かれたことは確かである。この異常にスケールの大きな詩人は、若気のわたしが侮蔑感をもって対していた日本詩壇の埒外にある芸術家だということがはっきりわかった。それからというもの、わたしは高村さんの作品をむさぼるように読み、Ｔ以上に熱烈な高村ファンになっていた。 その後、Ｔと別れてからも、しばしば林町のアトリエを訪ねた。特別の用事もなく勝手なときに押しかけてゆく無頼な若造の訪問が、高村さんにとっては迷惑なこともあったにちがいないと思うが、わたしは高村さんの顔に不愉快そうな表情が浮ぶのを見たことはなかった。高村さんと会っていると、こっちの心のしこりのようなものが自然に溶けてゆくのだ。ときには珍しい酒をふるまわれたり、智恵子夫人のつくられたにぎりめしを御馳走になったりした。そういえば一度、高村さんが尾形亀之助などと一緒に杉並のわたしの家へこられたとき、なにも御馳走するものがなくて、にぎりめしとお茶だけ出したことをおぼえている。﹁にぎりめしというのはうまいものですよ﹂と言って、高村さんがいくつも食べてくれたときは実にうれしかった。 岡本潤﹁高村さんに会って以来﹂ 昭和32年11月 宮嶋資夫はわたしが高村さんに紹介した。宮嶋は﹁山犬﹂というアダ名があったほど狷介で、だれとでもすぐ喧嘩をする男だったが、高村さんと会って飲んだりしているときには、山犬のように険しい目がおだやかになり、こまやかな親愛の情をあらわしてくるから不思議だった。﹁猛獣篇﹂をかいた詩人は、猛獣の気をしずめる秘術を心得ていたのかもしれない。それからもいろいろのことがあり、昭和十年の秋にわたしが検挙されたときなどは、高村さんは黙ってわたしの留守宅へ金を送ってくれたりした。 その高村さんが、戦争期にはいって、戦争協力的な詩をぞくぞくと発表されるのが、わたしにはどうしても腑に落ちなかった。ある日、高村さんをアトリエに訪ねたわたしは、いきなりぶしつけな質問を発した。 ﹁ああいう詩は本気で書いておられるのでしょうか﹂ 高村さんは、かつてわたしが見たことのない不機嫌な顔をして答えた。 ﹁ぼくは本気でない詩は書きません﹂ しかし、その語調にはただならぬ苦渋がこもっているように聞えた。わたしは、高村さんに会って以来、はじめての暗いショックをうけて帰った。 岡本潤、同上 ある日、私の前に十数枚の小さな絵を並べた。それは智恵子夫人の遺した紙絵だった。私は一瞬息をのんだ。花や、果実や、鳥、虫などが、さまざまな色の色紙に切り抜き合わされて、和紙に貼りつけてある。まるで天上の美のしたたりを目のあたりにする驚きと感動に、しばらくの間口もきけないほどだった。狂気の表現に他ならないそれらの紙絵について、またそれを飽かずに作っていた当時の夫人の様子について、高村さんは、ぽつり、ぽつりと、何かにうなずくような口調で語りやまなかった。 もう一つ忘れられない思い出がある。昭和十六年のことだ。訪ねると、アトリエの脇の小部屋のドアの裏側に、新聞紙が大きく貼りつけてあった。それはフランスの新聞で、パリがドイツ軍に占領された記事が紙面いっぱいに報道されていた。 パリが、自分の若き日の自己形成とは切り離すことのできない、あのパリが、暴戻︵ぼうれい︶なナチの軍隊に蹂躙されてしまった。たとえようもない衝撃だった。自分はこの大きな不幸を記念するために、敢えてその日の新聞を掲げておく……こういった意味の感慨を、高村さんは低い声で呟くように洩らした。沈鬱の深さを物語る無表情な面ざしだった。 木村徳三﹁文芸編集者 その跫音﹂ 昭和57年6月 いつでもさうであつたかどうかは知らないが、私の知つてる範囲内での高村さんは、所謂江戸ッ子流の金使ひをする人だつた。みみつちくなく、はずむ方だつた。派手に使つて、決してあたりに派手さを感じさせない、ふくみをいつでも持つてゐた。もつとも派手といつてもピンからキリまであつて待合遊びをしたといふ訳でもなく、場末のそんなところへ引つ張られていつたこともあるが、それは派手といふやうなものではなかつた。ただ金の使ひ方が、いつでも感じたことだが、鷹揚だつた。使はないときは使はないが、使ふときはゼンソクみたいにひつかかることなく、勢ひよかつた。 草野心平﹁赤城と高村さん﹂ 昭和32年3月 よほどアメリカでは腹の立つことが多かつたとみえて、よくアメリカ人と喧嘩をしたと話された。生活費を得るためにボーグラムといふ人の助手をして働き、夜はアメリカの芸術学生達と一緒に研究所に通つてゐたが、よくボーグラムの玄関掃除をしてゐると、通りがかりのアメリカ人が﹁ジヤツプ！﹂といふ罵声を浴びせかけるので、玄関を洗つてゐたホースの水をいきなり頭に向けて帽子を吹きとばしてやつた。それに因縁つけてくると物凄い腕力で黙らせてしまふので、しまひにはボーグラムの家の前をさけて通るやうになつたといふことである。研究所でも作品に意地悪い悪戯をされて、それが何度も何度もされるので、つひに腹にすゑかねて犯人を見つけて乱闘になつたが、例によつて腕力で相手を押へつけてしまつた。それからその男と友人になつたといふが、私は大東亜戦争の相手がもしアメリカでなくて、ロダンの国フランスであつたなら先生の立場もちがひはしなかつたかと、時々ひそかに思ふのである。日本では出刃庖丁は勿論、腕力沙汰などきいたことはないが、あまり酔つぱらつて無茶をやり出す者があると、時には顔が紫色になるほど鉄拳が飛んだといふこともある。 更科科蔵﹁高村先生の一面﹂ 昭和33年1月 その時分、兄は父にねだつて自転車を買つて貰つた。兄は昼は美術学校へ通ひ、夜は夜学へ行つて外国語や何かを勉強してゐた。今とちがつて電車が本郷へは引けてなかつたので、自転車がなくては夜の通学に堪へられなかつたのである。私はよく勉強する兄さんだと思つた。その外に与謝野鉄幹先生の新詩社へも常に行つてたやうだつた。社中では砕雨と号して年少歌人中の偉材だつた。後になつて私も見やう見真似で歌を作る事に興味を覚え、兄の外遊中、やはり新詩社へ通ひ晶子先生から源氏や万葉の講義を聞き、作歌を添削して貰つた。いいのは時々スバルに掲載された。さうしたところが兄から手紙で小ツぴどく叱られた。兄はあまり私を叱る事はなかつたが、この時は本当に叱られた。それは、学業半ばに歌なんかに凝つてゐては学校の勉強がおろそかになる、また、歌を勉強する程時間に余裕があるんなら、学校以外に英語でもフランス語でもドイツ語でも勉強しなければならないものが山ほどある、その方をみつちりやれ、といふのだつた。私はひどく恥ぢ、また感奮してその後兄の真似をして神田三崎町のマリー・イーストレーキの処へ夜学に通つた。 高村豊周﹁兄のプロフイル﹂ 昭和26年9月 ﹁手﹂の写真を選んでいただいていた時、先生が若い頃今でいうボディビルをなさつて、そのために手も体もめきめき大きくなり、力も強くなつた話をして下さつて、アメリカ時代に、どこか地下室のようなところで、黒ん坊のよた者にとりかこまれて肝を冷したことがあつたが、その時かたわらにあつたウエブスターの辞典を、﹁あれは大人が両手で持つてもかなり重いものだが、それを片手でこうやつて﹂と、机の上の雑誌をつまんで、動かしてお見せになり、﹁ろうそくの火をあおいで消して見せたら、力の強いのにおどろいて、逃げて行ってしまつた﹂とおつしやつた。 栃折久美子﹁三月三十一日のこと﹂ 昭和33年9月 その応接間で、私は或日高村さんが文字通り﹁烈火のごとく﹂怒るのをみた。私と二人で色々な話をしていたとき、例の玄関の赤い紐をひく人があつた。高村さんはかくし窓をあけて首実験をしてからその人を通した。大衆雑誌を出していたＫ社の記者で、私のいる応接間に通されると高村さんに鄭重に挨拶をして、実は今度の樹木愛護週間のために、何か樹木の詩をいただきたいが、と依頼していた。高村さんはもちろん課題詩などきらいであつたが、自分が彫刻家でつねに樹を刻んでいるのだから書かないこともない……と、その口調は甚だ重たかつた。うまくいつたと思つたらしく、その記者は、実は何月号ですから何日までに是非と言つた。すると、全く突然に高村さんは怒気を含んだ声で叱りつけた。 ﹁そら、そら、そら、またそれだ！ 詩が期限を切つたり課題したりでかけるものか。Ｋ社はいつもその手で芸術家を殺してきた。君のところのＮ社長に言いたまい。僕がそう言つたと。﹂ 高村さんの顔はめずらしく蒼ざめて、手がぶるぶるとふるえていた。︵中略︶高村さんは僕の友達だから遠慮はいらぬと答えて、同じ強い調子で、﹁君はまだ知らぬかもしれぬが、Ｋ社のＮは文学者をみな雑誌の機械みたいにあつかつて、雑誌の立身出世主義に合うものを書かねば、いつまでも書き直させて、しまいには誰の作品か判らぬようにしてしか原稿料を払わない。それでつい気が変になつて文壇から没落していった友人もいる。僕はその友人のことを思うとＮと言う男には我慢が出来ぬのだ。﹂……とまあ、ざつとこんなことを高村さんは述べた。 野田宇太郎﹁砕雨先生に関する断片﹂ 昭和32年11月 高村さんが彫刻家を以て任じてゐられるのは明かだつた。ロダンのことが話に出るたびに、日本の芸術家は伝統がないために、三十年はおくれてゐる、それだけ余計に仕事をしなければならないと言はれた。――私はもうぢき六十だが、六十になれば本当の自分のものが生れるだらうとも言はれた。さうしたら﹁高村光太郎彫刻の家﹂といふものを作り、そこに自分の作品を全部並べるつもりだといふので、僕はぜひ受付をやらせて下さいと、申し入れたものだ。さういふ時の高村さんの眼の輝きは、きらきらして美しかつた。木彫の小さな蝉とか蛙とかいふのを見せてもらつたが、大きな作品は決して見せようとはなさらなかつた。今日は一つ壊してしまつた、と言はれたこともある。つまり六十まではすべて実験だつた。そのあとの壮観を僕は夢の中に描いてゐた。いづれ気に入つたのが出来たら、小さな木彫を一つあげるといふ約束も、やはり僕の夢を美しくしてゐた。 福永武彦﹁高村さんのこと﹂ 昭和34年4月 さうして、戦争になり高村さんの戦争詩が次々と生れた。僕は依然として原稿の催促に出掛けたが、高村さんの戦争詩を話題にのぼせたことはない。それまでに、僕は高村さんに自分の詩を見せるくらゐ大胆になつてゐたが、それはあまりに傾向の違ふものだつた。僕にどうして先生の詩を批評することが出来よう。一度、たしかシンガポール陥落の時に、高村さんは昨晩電話で新聞社から詩を頼まれたので、と言はれた。何でも海軍のばかり作ると、陸軍の方がそねむといふ話だつた。その顔は気の弱さうな善意に曇つてゐた。僕は高村さんの戦争詩が不思議でならなかつたが、高村さんの口にする天皇崇拝を、ぼんやり理解することは出来た。僕はさういふ議論が苦手だつた。高村さんの書斎のドアには、ドイツ軍によるパリ陥落の新聞記事が貼りつけてあり、高村さんのフランス贔屓と思ひ合せると、その戦争詩は矛盾のやうに感じられた。そこには美がなかつた。そして高村さんは何よりも美を愛する人、戦争になつて美が次第に喪はれ、女性がモンペ姿になるのを苦々しく感じるやうな人だつた。 福永武彦、同上 之がきつかけになり、僕はよく高村君の処に出かけた。一週間に一度位は行つたらうと思ふ。高村君は仕事の中々出来ない人だつた。僕の方はその反対だつたから、高村君が見せたがらない半出来の彫刻で布がまいてあるのを僕は勝手にとつて、それを見ながら話した事を覚えて居る。 高村君の方は受け身で、僕の方が積極的に高村君に大いに仕事をしてくれるやうに、饒舌した事と思ふ。言ひたい事を言つても、高村君は少しもいやな顔をしなかつたので、僕はいい気になつて、言ひたいことを言つたと思ふ。 この頃でも高村君の顔はよく思ひ出すが、あの特色のある顔と、あの特色あるふく味声とは今でもはつ切り覚えて、いい感じを持つてゐる。僕は高村君の小さい木彫に愛着を持つて居る。彫刻をどんどんつくればいいのにと、いつもはがゆさを覚えて居たが、彫刻が出来ない気持に尊敬も持てるが、もつとどしどし仕事をしてくれればいいのにといつも思つて居た。 武者小路実篤﹁高村光太郎君に就て﹂ 昭和32年5月 いまから二十年前﹃中央公論﹄が時の有為の詩人の作品をあつめるため、私に指名をもとめた時に先づ高村光太郎をすゐせんした。しかし光太郎は﹃中央公論﹄のやうな大雑誌には詩は掲︵の︶せたくないと言つて断つた。そして、かれは名もない同人雑誌から頼まれた詩はこくめいに書いて、同人費に該当する金を為替に組んで送りとどけてゐた。かれはそんな事に純潔を感じ喜びをおぼえ、さつぱりしたいい気分を感じてゐたのだ。かれが、水野葉舟の編集してゐた銀行か何かの宣伝雑誌に、葉舟と親友であるためによく詩を書いて発表してゐたのは、いささかトンチンカンなものであつたが、かれは大雑誌を断つてもこの薄つペらな雑誌に詩を書いて平然とし、かへつてこれを徳としてゐたくらゐである。 室生犀星﹁高村光太郎﹂ 昭和33年2月
明治44年 大正15年 昭和31年
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