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内藤湖南「維新史の資料について」
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変換率がコンスタントに95%をこえてくれるようであれば、まあまあ使えますかね。逆に誤変換率が1割あるようだと……前途多難ですなー(^^)。下の内藤湖南「維新史の資料について」は一部抜粋です。
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2004.10.6
しだ/PoorBook G3'99
現代表記おきかえ版 維新史の資料について 内藤湖南 いずれの世でも革命のさいはかならず陰謀がこれにともなう。したがってこれに関する記録も多くは当時の陰謀からでた結果の記録であって信用しがたいものであることは、古来しばしば※見るところである。しかしある時期を経過するとそのときの陰謀に与かつた人びとの多くはなくなり、自然に観察が公平になるのと、従来の記録に反対の材料を発見して史実を一変することがある。どうかするとシナなどのような国では朝代のかわり目のみならず、おなじ朝代の間にあっても陰謀簒奪などのおこなわれた後では、ときとして右の順序をくりかえすことがある。 たとえば明の永楽帝が建文帝の位をうばったいわゆる靖難の役については、明の実録は建文一朝を認めないで、前代の洪武の年号をのばして書いておって、これを革除と称している。しかるに永楽帝のひまごかやしゃごの代くらいになって、建文帝が靖難の役に死なないで僧侶になってのがれたのがあらわれてきた。それをおわりには明の宮中に呼びかえして僧体のままで一生をやすらかに送らしめたという話があって、当時の信用すべき歴史家もその事をあきらかに認めている。清朝で明史をつくった時はその説をとらないで、建文帝は靖難の役に死んだものときめたのであるが、明代では一般にそうは信じなかった。 それはどちらが事実だかわからないとしても、ともかくいちじるしい事変ののちにはいろいろな歴史上の疑問が生じて、後に判断に苦しむようなことができてくる。しかしこれは多くは事変のしずまった時に、いろいろ陰謀などの跡をおおわんがために、勝利をしめたいっぽうの材料だけをとって記録とするからおきるところの結果であって、もしほかのいっぽうすなわち敗者の材料をはやくあつめておくならば、あいまいな疑問が生ずるということが比較的少なくなる。今日のごとく歴史がひとつの学問として考えられ、その真相をあらわすことがひとつの神聖な仕事として考えられる時代にあっては、ことにこの用意が必要であって、一時の順逆などという考えは、神聖な史実の前にはきわめて微力なものであると考えなければならぬ。 以上のごとき見地からわが維新史を観察すると、そこにいろいろな問題が生じてくるであろうと思う。今日の維新史料編纂局というものはいかなる方針でいかなる材料を収集しているかしらぬが、最初藩閥思想のもっとも強かった井上侯が主宰しており、その委員と称する人物は多く維新以後の藩閥方であった人びとであるところから見ると、はたして勝利者にべんぎな方法で作られていないということを断言し得るかどうかと思う。げんに維新前後の殉難者の待遇というようなものも、すこぶる公平を欠いているではないかと思うことがある。 戊辰の歳の革命戦争でまけたものは降服した結果となったから、そのときならびにそののちひきつづき勝ったものがとったところの態度に対してはさらになんらの苦情をもいわなかった。そののち数度の大赦特赦などがあって賊名などはのぞかれ、徳川慶喜公さえものちには公爵に列せられたけれども、維新の時に薩長に反対して戦死し、もしくは敗北の責を負うて死をたまわったものなどは、贈位の恩典によくしていない。これはもちろんとるにたらない順逆論であるけれども、とにかくこれとおなじ筆法をその三四年前すなわち元治元年に京都におこった事変に比較してみたならば、はなはだ矛盾しているということがわかる。 元治元年の騒動は長州そのほかの兵士が禁闕にむかって発砲し、それが会津薩摩の兵にやぶられ、あるいは戦死しあるいは自殺し、その統率者であった長州三家老は、翌年幕府の長州征伐に対して服罪して自殺した。これらも当時の順逆からいえばあきらかに賊名を受くべきもので、しかもその服罪のしかたは維新のさいの東北諸藩の家老などと同様であるにかかわらず、これらの人びとはすでに贈位の恩典によくしている。維新のさい勝利者がべんぎのためにした一時の処置は、べつに今日からとがめる必要はないけれども、維新以後五十年もたった今日、当時の騒乱はみなたんに意見の相違で、勝ったものもまけたものも朝廷に対して反乱をくわだてる意思がなかったということが明白になった以上は、その薩長であると反薩長であるとを問わず同一の待遇をあたえるべきであると思う。 | 青空文庫オリジナル版︵原文︶ 維新史の資料に就て 内藤湖南 いづれの世でも革命の際は必ず陰謀がこれに伴ふ。從つてこれに關する記録も多くは當時の陰謀から出た結果の記録であつて信用し難いものであることは、古來屡※見る所である。然し或時期を經過すると其時の陰謀に與かつた人々の多くは亡くなり、自然に觀察が公平になるのと、從來の記録に反對の材料を發見して史實を一變することがある。どうかすると支那等の樣な國では朝代の替り目のみならず、同じ朝代の間にあつても陰謀簒奪などの行はれた後では、時として右の順序を繰返すことがある。 例へば明の永樂帝が建文帝の位を奪つた所謂靖難の役に就いては、明の實録は建文一朝を認めないで、前代の洪武の年號を延ばして書いて居つて、これを革除と稱して居る。然るに永樂帝の曾孫か玄孫の代くらゐになつて、建文帝が靖難の役に死なゝいで僧侶になつて逃れたのが現れて來た。それを終りには明の宮中に呼びかへして僧體の儘で一生を安らかに送らしめたといふ話があつて、當時の信用すべき歴史家も其事を明かに認めてゐる。清朝で明史を作つた時は其説を採らないで、建文帝は靖難の役に死んだものと極めたのであるが、明代では一般にさうは信じなかつた。 それはどちらが事實だか判らないとしても、兎も角著しい事變の後にはいろ〳〵な歴史上の疑問が生じて、後に判斷に苦しむ樣な事が出來てくる。然しこれは多くは事變の鎭まつた時に、いろ〳〵陰謀等の跡を蔽はんが爲めに、勝利を占めた一方の材料だけを採つて記録とするから起る所の結果であつて、若し他の一方即ち敗者の材料を早く集めておくならば、曖昧な疑問が生ずるといふことが比較的少くなる。今日の如く歴史が一つの學問として考へられ、其の眞相を現すことが一つの神聖な仕事として考へられる時代にあつては、殊にこの用意が必要であつて、一時の順逆などゝいふ考へは、神聖な史實の前には極めて微力なものであると考へなければならぬ。 以上の如き見地から我維新史を觀察すると、そこにいろ〳〵な問題が生じて來るであらうと思ふ。今日の維新史料編纂局といふものは如何なる方針で如何なる材料を蒐集してゐるか知らぬが、最初藩閥思想の最も強かつた井上侯が主宰して居り、その委員と稱する人物は多く維新以後の藩閥方であつた人々であるところから見ると、果して勝利者に便宜な方法で作られて居ないといふことを斷言し得るかどうかと思ふ。現に維新前後の殉難者の待遇といふ樣なものも、頗る公平を缺いて居るではないかと思ふ事がある。 戊辰の歳の革命戰爭で敗けたものは降服した結果となつたから、其時並に其後引續き勝つたものが執つたところの態度に對しては更に何等の苦情をも言はなかつた。其後數度の大赦特赦等があつて賊名などは除かれ、徳川慶喜公さへも後には公爵に列せられたけれども、維新の時に薩長に反對して戰死し、若しくは敗北の責を負うて死を賜つたものなどは、贈位の恩典に浴して居ない。これは勿論取るに足らない順逆論であるけれども、兎に角これと同じ筆法を其の三四年前即ち元治元年に京都に起つた事變に比較して見たならば、甚だ矛盾して居るといふことがわかる。 元治元年の騷動は長州其他の兵士が禁闕に向つて發砲し、それが會津薩摩の兵に破られ、或は戰死し或は自殺し、其統率者であつた長州三家老は、翌年幕府の長州征伐に對して服罪して自殺した。是等も當時の順逆からいへば明かに賊名を受くべきもので、而もその服罪の仕方は維新の際の東北諸藩の家老等と同樣であるにかゝはらず、これ等の人々は既に贈位の恩典に浴して居る。維新の際勝利者が便宜の爲めにした一時の處置は、別に今日から咎める必要はないけれども、維新以後五十年もたつた今日、當時の騷亂は皆單に意見の相違で、勝つたものも敗けたものも朝廷に對して叛亂を企てる意思がなかつたといふことが明白になつた以上は、其の薩長であると反薩長であるとを問はず同一の待遇を與へるべきであると思ふ。 |
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底本:「内藤湖南全集 第九巻」筑摩書房
1969(昭和44)年4月10日発行
1976(昭和51)年10月10日第3刷
底本の親本:「増訂日本文化史研究」弘文堂
1930(昭和5)年11月発行
初出:談話筆記
1922(大正11)年8月
入力:はまなかひとし
校正:菅野朋子
ファイル作成:野口英司
2001年11月28日公開
青空文庫作成ファイル:
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