昔むかしトゥロンというフランスのある町に、二ふた人りのかたわ者がいました。一ひと人りはめくらで一人はちんばでした。この町はなかなか大きな町で、ずいぶんたくさんのかたわ者がいましたけれども、この二人のかたわ者だけは特別に人の目をひきました。なぜだというと、ほかのかたわ者は自分の不運をなげいてなんとかしてなおりたいなおりたいと思い、人に見られるのをはずかしがって、あまり人目に立つような所にはすがたを現わしませんでしたが、その二人のかたわ者だけは、ことさら人の集まるような所にはきっとでしゃばるので、かたわ者といえば、この二人だけがかたわ者であるように人々は思うのでした。 いったいをいうと、トゥロンという町にはかたわ者といっては一人もいないはずなのです。その理由は、この町の守り本尊に聖サンマルティンというえらい聖者の木像があって、それに願がんをかけると、どんな病気でもかたわでもすぐなおってしまうからでした。ところが私の今お話しするさわぎが起こった年から五十年ほど前に、町のおもだった人々が、その聖者の尊像をないしょで町から持ち出して、五、六里もはなれた所にある高い山の中にかくまってしまったのです。なぜそんなことをしたかというと、ヨーロッパの北の方からおびただしい海かい賊ぞくがやって来て、フランスのどここことなくあばれまわり、手あたりしだいに金銀財宝をうばって行ってしまうので、もし聖者の尊像でもぬすまれるようなことがあったら、もったいないばかりか、町の名折れになるというので、だれも登ることのできないような険しい山のてっぺんにお移ししてしまったのです。 それからというもの、このトゥロンの町もかたわ者ができるようになったのです。で、さっき私がお話しした二人のかたわ者、すなわち一人のめくらと一人のちんばとは、自分たちが不幸な人間だということを悲しんで、人間なみになりたいと遠くからでも聖者に願がんかけをしたらよさそうなものを、そうはしないで、自分がかたわ者に生まれついたのをいいことにして、人の情けで遊んで飯を食おうという心を起こしました。 めくらの名まえをかりにジャンといい、ちんばの名まえをピエールといっておきましょう。このジャンとピエールとは初めの間は市いち場ばなどに行って、あわれな声を出して自分のかたわを売りものにして一銭二銭の合ごう力りきを願っていましたが、人々があわれがって親切をするのをいい事にしてだんだん増長しました。そしてめくらのジャンのほうは卜うら占ない者しゃになり、ちんばのピエールのほうは巡じゅ礼んれいになりました。 ジャンは卜占者にふさわしいようなものものしい学者めいた服ふく装そうをし、目め明あきには見えないものが見え、目明きには考えられないものが考えられるとふれて回って、聖サンマルティンのおるすをあずかる予言者だと自分からいいだしました。さらぬだに守り本尊が町にないので心細く思っていた人々は、始めのうちこそジャンの広こう言げんをばかにしていましたが、そのいう事が一つ二つあたったりしてみると、なんだかたよりにしたい気持になって、しだいしだいに信者がふえ、ジャンはしまいにはたいそうな金持ちになって、町じゅう第一とも見えるような御ごて殿んを建ててそれに住まい、ぜいたくざんまいなくらしをするようになりましたが、その御殿もその中のいろいろなたから物も、聖サンマルティンの尊像がお山からお下りになったら、一まとめにして献けん上じょうするのだといっていたものですから、だれもジャンのぜいたくざんまいをとがめ立てする人はありませんでした。そしてジャンはいつのまにか金かねの力で町のおもだった人を自分の手てし下たのようにしてしまい、おそろしくえらい人間だということになってしまいました。そうなるとお金はひとりでのようにジャンのふところを目がけて集まって来ました。 ピエールはピエールで、ちがったしかたで金をためにかかりました。ピエールはジャンのようにえらいものらしくいばることをしないで、どこまでも正直でかわいそうなかたわ者らしく見せかけました。﹁私にはジャンのような神様から授かった不思議な力などはありません。あたりまえなけちな人間で、しかもいろいろな罪を犯しているのだから、神様がかたわになさったのも無理はありません。だから私は自分の罪ほろぼしに、何か自分を苦しめるようなことをして神様のおいかりをなだめなければなりません。この心持ちをあわれと思ってください﹂などと口ぐせのようにいいました。そこでピエールの仕事というのは大きなふくろを作って、それに町の人々が奉ほう納のうするお金や品物を入れて、ちんばを引き引き聖サンマルティンの尊像の安置してある険しい山に登ることでした。足の達者な人でも登れないような所に、このかたわ者が命がけで登るというのですから、中には変だと思う人もありましたが、そういう人にはピエールはいつでも悲しげな顔をしてこう答えました。 ﹁お疑いはごもっともです。けれどもいつか私の一心がどれほど強かったかを皆みな様さまはごらんくださるでしょう。海賊がせめこんで来なくなるような時代が来て聖サンマルティン様が山からお下りになる時になったら、おむかいに行った人たちは、尊像がどこにあるか知れないほど、町のかたがたの奉納品が尊像のまわりに積み上げてあるのを見ておどろきになるのでしょうから﹂ そのことばつきがいかにもたくみなので、しまいにはそれを疑う人がなくなって、ピエールがお山に登る時が来たということになると、だれかれとなくいろいろめずらしいものや金かねめのかかるものをピエールのふくろの中に入れてやりました。 ピエールは山のふもとまでは行きましたが、ほんとうは一度も山に登ったことはありません。人々の奉納したものはみんな自分がぬすんでしまって、知れないように思うままなぜいたくをしてくらしていました。 トゥロンにはたくさんのかたわ者ができた中にも、二人のえらいかたわ者がいる。一人は神様の心を知る予言者、一人は神様の忠義なしもべ、さすがにトゥロンは聖サンマルティンを守り本尊とあおぐ町だけあると、他の町々までうわさされるようになりました。 そうやっているうちに、海賊どもは商売がうまくいかないためか、だんだんと人数が減っていって、めったにフランスまではせめ入って来なくなり、おかげでフランスの町々はまくらを高くして寝ねることができるようになりました。 ここでトゥロンでも年寄った人々がよりより相談して、長い間山の中にかくまっておいた尊像を町におむかえしようという事に決まりました。それにしてもその事がうっかり海賊のほうにでも聞こえれば、どんなさまたげをしないものでもないし、また一つにはいきなり町におむかえして不幸な人々に不意な喜びをさせようというので、二十人ほどの人がそっと夜中に山に登ることになりました。 そうとは知らないジャンとピエールは、かたわを売りものにしたばかりで、しこたまたくわえこんだお金を、湯ゆみ水ずのように使ってぜいたくざんまいをしていましたが、尊像が山からお下りになるその日も、朝からジャンの御殿のおくに陣じん取どって、酒を飲んだり、おいしい物を食べたりして、思うままのことをしゃべり散らしていました。 ジャンがいうには、 ﹁こうしていればかたわも重ちょ宝うほうなものだ。世の中のやつらは知ち恵えがないからかたわになるとしょげこんでしまって、丈じょ夫うぶな人間、あたりまえな人間になりたがっているが、おれたちはそんなばかはできないなあ﹂ ピエールのいうには、 ﹁丈夫な人間、あたりまえの人間のしていることを見ろ。汗あせ水みずたらして一日働いても、今日今日をやっと過ごしているだけだが、おれたちはかたわなばかりで、なんにもしないで遊びながら、町の人たちがつくり上げたお金をかたっぱしからまき上げることができる。どうか死ぬまでちんばでいたいものだ﹂ ﹁おれも人なみに目が見えるようになっちゃ大変だ。人なみになったらおれにも何一つ仕事という仕事はできないのだから、その日から乞こじ食きになるよりほかはない。もう乞食のくらしはこりごりだ﹂ とジャンは相づちをうちました。 ところが戸そ外とが急ににぎやかになって、町の中を狂気のように馳はせちがう人馬の足音が聞こえだしたと思うと、寺々のかねが勢いよく鳴りはじめました。町の人々は大きな声で賛美の歌をうたいはじめました。ジャンとピエールは朝から何がはじまったのかと思って、まどをあけて往来を見ると、年寄りも子どもも男も女も皆みな戸そ外とに飛び出して、町の門の方を見やりながら物待ち顔に、口々にさけんでいます。よく聞いてみると聖サンマルティンの尊像がやがて山から町におはいりになるといっているのです。 それを聞いた二人は胆きもがつぶれんばかりにおどろいてしまいました。 ﹁奉納したものが山の上に積んであると、おれのいいふらしたうそはすっかり知れてしまった。おれはもう町の人たちに殺されるにきまっている﹂ とピエールが頭の毛をむしると、 ﹁おれのこの御殿もたからも今きょ日うから聖サンマルティンのものになってしまうのだ。おれの財産は今日からなんにもなくなるのだ。聖サンマルティンのちくしょうめ﹂ とジャンはジャンで見えない目からくやし涙なみだを流します。 ﹁でもおれは命まで取られそうなのだ﹂ とピエールがいうと、 ﹁命を取られるのは、まだ一思いでいい。おれは一いち文もんなしになって、皆にばかにされて、うえ死にをしなければならないんだ。五分切ぎり、一いっ寸すんだめしも同様だ。ああこまったなあ、おまけに聖サンマルティンが町にはいれば、おれのかたわはなおるかもしれないのだ。かたわがなおっちゃ大変だ。おいピエール、おれを早くほかの町に連れ出してくれ﹂ とジャンはせかせかとピエールの方に手さぐりで近づきました。 町の中はまるで祭日の晩のようににぎやかになり増さってゆくばかりです。 ﹁といって、おれはちんばだからとても早くは歩けない……ああこまったなあ。どうかいつまでもかたわでいたいものだがなあ。じゃあジャン、おまえは私をおぶってくれ。おまえはおれの足になってくれ、おれはおまえの目になるから﹂ ピエールはこういいながらジャンにいきなりおぶさりました。そしてジャンにさしずをすると、ジャンはあぶない足どりながらピエールを背せ負おっていっさんに駆け出しました。 ﹁ハレルーヤ ハレルーヤ ハレルーヤ﹂ という声がどよめきわたって聞こえます。 ジャンとピエールとを除いた町じゅうの病人やかたわ者は人間なみになれるよろこびの日が来たので、有うち頂ょう天てんになって、聖サンマルティンのお着きを待ちうけています。 その間をジャンとピエールは人波にゆられながらにげようとしました。 そのうちにどうでしょう。ジャンの目はすこしずつあかるくなって、綾あや目めが見えるようになってきました。あれとおどろくまもなくその背せな中かでさしずをしていたピエールはいきなりジャンの背中から飛びおりるなり、足早にすたこらと門の反対の方に歩きだしました。 ジャンはそれを見るとおどろいて、 ﹁やいピエール、おまえの足はどうしたんだ﹂ といいますと、ピエールも始めて気がついたようにおどろいて、ジャンを見かえりながら、 ﹁といえばおまえは目が見えるようになったのか﹂ と不思議がります。二人は思わずかたずをのんでたがいの顔を見かわしました。 ﹁大変だ﹂ と二人はいっしょにさけびました。たくさんの人々にとりかこまれた古い聖サンマルティンの尊像がしずしずと近づいて来ていたのです。その御ごり利や益くで二人の病気はもうなおり始めていたのです。 二人のかたわ者はかたわがなおりかけたと気がつくと、ぺたんと地びたに尻しりもちをついてしまいました。そして二人は、 ﹁とんでもないことになったなあ﹂ ﹁情けないことになったなあ﹂ といい合いながら、一人は目をこすりながら、一人は足をさすりながら、おいおいといって泣なきだしました。