二十三夜

萩原朔太郎




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『喧嘩だ、喧嘩だ、』
背中を突かれて驚く男、袂をくぐられて間誤付く女、跳ね飛ばされて泣くは子供、足下を攫はれてまろぶが年寄、呆氣に取られた人人の間を縫て、矢の樣に走つて行く一人の男。
『ほれ喧嘩だ』
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()()()※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)
『足を蹈んだのは僕が惡かつた、惡かつたから謝罪あやまる、ねえ君、これは僅かだけれど膏藥代に、な、納めて呉れ玉へ、さあ』
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『間拔奴、見損やがつたか、うぬ記憶おぼえとけ、深川のよし兄いてで鳴らしたもんだい、手前達てめいツたちの樣な、女たらしに、一文たりとも貰ふ覺えはないぞ、ヘツ、どうだい、そのつらは、いやにキヨロツキやがつて、憚乍ら口惜しけりや腕ツコキで來い、白痴ばかツ』
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『斯う成つちやあ一番腕ツコキだ、さあ野郎、文句は言はずと、出ろ』
男は片脚はづして下駄を脱いだ。
『イヨー、大哥あにい
『えらいぞ』
『音羽屋ア』
『やつちえねえ、骨はおれが拾つてやる』
彌次馬の騷ぐこと、夕立の如し。
『では、どうすれば好いんだ、ど、どうすれば……腕力なんて、野蠻な……僕は』
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『いやにじれつたいな、何うにも、恁うにも、おツかないなら、手を地べたに着いて謝罪んねえ、そこへ坐つて、チエツ、意氣地のない青二才だ』
「カツ」と痰を吐いたのが、胸の處へベツタリ絡みつく。
『なにをする』
流石の男も、少し正氣むきになつて、激した口調で
『失敬な、貴樣は』
『何だと』
芳は體を突き出した、苦み走つた、黒い眉毛がヒリリと動く。
『やつちまへ』
『疊ん仕舞へ』
彌次馬の聲援、畢竟は我が味方と、芳は勇み立つて、無手むずと對手の襟髮を掴むや、馬手めての下駄は宙を飛んで、その頬桁ほほげたを見舞はんとす。
『あれ、芳ちやん』
此の時女は耐り兼ねて、紳士の背後うしろから躍り出た。
『芳ちやん、お待ちツてば、アレ、そんな手荒なことを』
纖弱かよわい腕を延べて、男の右手に搦み付く。
『何をする、賣女ばいた
芳の眼色は、急に變つて體躯からだ震動ふるへた。
『う……うぬ、穢れだ』
滿※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)


『邪魔するな、ヤイ』
前に立つた男を突き飛ばして、なお吼けり行かんとする先に、亦もや手を拓げた一人。
『なぐれ』
『たため』
『しめろ』
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『殺せ、殺せ、妾を殺して……こ……この人に罪は無い、みんな妾が惡いのだから』
婀娜なまめかしい襦袢の袖が縺れて、男の肩に纏綿まとはる。背後から靠掛もたれかかる樣に抱きついて密接ぴつたり顏を押し附けると、切なげに身を悶えて
『堪忍してよ、芳ちやん………』
『………』
男は何か言はうとして、僅に手先を動かしたが『※(「口+云」、第3水準1-14-87)うん』と一唸呻うめき、言下に反繰そつくり返つて仰樣のけざまたふれた。
『あれ』
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   19866112101

kompass

201165

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