今年八つの一郎さんと、六つのたえ子さんとを、気だての優しい婆ばあやが、一人でお守りをしておりました。その婆やが或日のこと、お里へまいりました時、かわいいかわいいひばりの子を一つ袂たもとのなかへ入れてかえりました。それを見ると、一郎さんが、 ﹁おやっ!﹂ と云って婆やのそばへ駈けよりました。 ﹁あらっ!﹂ とたえ子さんも駈け寄ってのぞきこみました。 婆やはあまり二人の声が大へんなので、あとずさりをしながらにこにこして、 ﹁まあ、ま、そんなにおさわぎになってはいけません。これはね、婆やが今日、西にし田たん甫ぼの細道をとおると、どこやらで、ちち、ちち、と可かあ愛いい声がしますから、ふりかえって見ますと、すぐ道端の積つみ藁わらのかげに、こんな小さなひばりの子がひとつ、淋さびしそうにうずくまって鳴いておりました。あんまり淋しそうでしたし、こんなに可愛いでしょう、ですから婆やも急にほしくなって、そっと抱いて来てしまったのですよ。ですがまだ、生れたばかりの赤ちゃんですから、あんまりおさわぎになるとびっくりいたしますよ﹂と申しました。 子ひばりはまた、急に見知らぬお座ざし敷きへつれて来られましたので、おどおどして、ちいちゃい茶色のからだを婆やの袂の中へ中へともぐらせようとしてあせるのでした。 その様子がまた、何とも云えないほど可愛らしいので一郎さんが、 ﹁僕それをね、あの籠かごへいれて育てようや﹂ とお遊び場の方へ走せて行きました。そうかと思うと、たえ子さんも、 ﹁あたしも、あの袋を持って来るわ﹂ とあとから、続いてまいりました。 やがて一郎さんは去年の夏、きりぎりすを飼った空籠を持って、たえ子さんは、きしゃごのはいっていたちいちゃな糸いと網あみをさげて飛ぶようにして戻ってまいりました。そして、 ﹁さ、婆や﹂ と両方から、一時にお手々が出てしまいました。 婆やは、はたと困ってしまいました。たった一つしかない子ひばりを、どちらへ渡してよいものやらわからなくなったからです。婆やは、まごまごしておりますと、 ﹁さ、僕に﹂と一郎さんが急ぎますし、 ﹁あたしによ﹂とたえ子さんがせまります。 ﹁早くさあ﹂と一郎さんがつめよると、 ﹁よう、あたしに﹂とたえ子さんが手を出します。 ﹁僕におくれ﹂ ﹁あたしに頂ちょ戴うだい﹂ ﹁いやだ!﹂ ﹁いやよ!﹂ とうとう二人は云い争って、一度にどっと泣き出してしまいました。泣き出しながらも、なお一生懸命に、たった一つのひばりの子を、争い合うのを止めません。日頃なかのよい兄妹がこのありさまですから、婆やはますますあわててしまいました。 その時、ちょうどそこへ、お母様がお見えになりました。婆やは大助りの思いで、お母様にこのわけを申し上げました。お母様は、お母様がふいにお出でになったので、びっくりして、ばったり泣きやんで、ぼんやりとしている二人を、しばらく見くらべていらっしゃいましたが、やがて婆やの袂のなかをのぞきこんで、しきりに子ひばりをお眺めになりました。子ひばりはすっかりあたりが静かになったのに安心してか、ごま粒のような眼をぱちぱちやりながら、頭を左右に振るのでした。 ﹁お、お、お﹂ とそれをおいたわりになってからお母様は、 ﹁だがね、これはまだ親のひばりのお乳をほしがっている赤ちゃんひばりですよ。誰のお手々でも育ちはしないのですよ﹂ とおっしゃいました。婆やもまた、 ﹁さようでございますね、ですから、これは元の処へ置きに行ってやりましょう﹂ と申しますと、 ﹁そうですとも、それがよい、それがよい、ね、一郎さん、たえ子さん﹂ とお母様は、優しく優しくおさとしになりました。一郎さんも、たえ子さんも、欲しい欲しいと思いつめていた心が、急にとけてしまいました。 ﹁うん、返して来よう﹂ と一郎さんが機嫌よく云いますとたえ子さんも、 ﹁それがいいわねえ﹂ とはっきり申しました。 それから間もなくでした。すみれや、たんぽぽが咲き乱れて、お日様の光がのどかに照りわたった西田甫の畔あぜ道みちに、子ひばりを抱いた婆やのあとから、睦むつましく声をそろえて唱歌をうたいながら行く一郎さんとたえ子さんの姿が見えました。 あくる朝、二人がふっと眼を覚しますと、枕元に、一郎さんの方のには真白な大きなごむ鞠まりが、たえ子さんの方にはそれより少し小さくて、絹の色糸でかがったきれいなきれいな鞠が一つずつ置かれてありました。二人は驚いて、眼をぱちぱちしておりますと、婆やが参りまして、 ﹁この鞠はね、よく子ひばりをお返し下さいましたと云って親のひばりがお二人に置いてまいったのですよ﹂ と云って笑っておりましたが、やがてまた、 ﹁ほんとうはね、お母様が、子ひばりの代りにといって、昨日お二人ともお聞きわけがよかったので御ごほ褒う美びに下さいましたのでございますよ、あとでお礼をおっしゃりあそばせ﹂ と申しました。