病む子の祭

新美南吉





長男
長女
次男
三男(病気の子)


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長男  ごわごわするなあ、この着物。
母   いい着物だからさ。ほらいいにおいがするでしょう。
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母   そんな大きな声をたてるんじゃないよ、よし坊が目をさますから。よし坊が目をさましたら、またつれてってくれってきかないから。
  
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長男  それからね、こまもまわしたいって、いってたよ。
次男  きのうぼくに、竹馬たけうまにのりたいって、いってたよ。
  
母   よし坊は、みんなといっしょに、なんでもしたいんですよ。
  
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長女  おかあさん、よし坊はずいぶんやせたね。手なんかむぎわらみたいね。
長男  頭もあや子のゴムまりくらいだ。
  
   
(たんすをあける)
長女  あたしは、とうちりめんがいいわ。ほら、つばきの花の。
母   つばきの花のって?
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母   ああ、これだね、まだきられるかしら。
(女の子きる)
母   すこし短いわね。むりもないね、あれから、もう四年になるんだから。
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長女  あらいやだ。それ、おしろいの実よ、おかあさん。
母   どうして、そんなものがはいってたの。
長女  おしろいの実をしまっとくとね、色が白くなるんだって、みんながいうんですよ。
母   おやおや。
長女  それから美しくなって、みんながおよめさんにもらいにくるんだって。
母   あきれた子だね。
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母   どこでそんなに、おしろいの実をとるの。
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長女  あら、あたしはそうじゃなくってよ。あたしは、おキンちゃんのとこでいただいたのですよ。
  
長女  あたしは、そんなこと一ぺんもしやしないわ、かあさん。
母   そんなことしてはいけませんよ。でも女の子って、そんなに色が白くなりたいのかしら。(笑う)
(このとき、次男の着つけも終わる)
(花火の音がする)
長女  あら、びっくらした。
次男  でかいなあ、いまのは、二尺かもしれないよ。
長男  地ひびきがしたよ、表のつばきの花が落ちたよ。
長女  あたし、こわいわ、花火なんて。みぞおちのとこがどきんどきんするわ。
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長男  さあいこうよ。かあさん、おこづかいは。
   
次男  かあさん、ぼく、くつにあながあいてるから、よし坊のをはいてっていい?
母   もうあんたは、あなをあけちゃったの、まだ、こないだ買ったばかりじゃないの。
次男  だって、あながあいちゃったんだもの、ぼく知らないや。
   
次男  けんちゃんがわるいんだよ。
(泣きだす)
母   ないてもゆるしませんよ。さあ、男の子はなんでも正直に、男らしくいうもんです。
次男  けんちゃんがレンズを持ってきて、黒いもんならなんでも燃えるから、やってごらんっていったから、ぼくうそだと思って……。
母   それごらんなさい。あなたは、そんなことをするんです。
次男  だって、けんちゃんが……。
   
長女  ごめんなさいって、あやまりなさいよ、次郎ちゃん。
次男  かあさん、ごめんなさい。
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長男  おそくなるからもういこうよ。もうみんな、お宮へいってるよ。
母   よし坊ちゃんのおくつ、おまえにはけるのかい?
次男  うん。
母   じゃあ、あれをはいてらっしゃい。
長女  あ、よし坊が目をさました。
(みんな病気の子の方を見る。沈黙)
三男  にいちゃんたち、どこへいくの?
(母親、目顔で祭にいく子どもたちにだまっておいでと命ずる)
母   にいちゃんたちはね、学校で式があるので、いかなきゃならないんですよ。
三男  うそいってら。
母   うそじゃありませんよ。お昼からね、校長先生のお話があるのさ。
三男  かあさん、うそいってるよ。顔見ると、ちゃんとわからあ。
母   あら、この子は。
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母   そう、それはよかったね。にいちゃんたちはじき帰ってくるからね、よし坊ちゃんはかあさんとお家で待っていましょうね。
三男  いやだい。ぼくもいくんだ。
   
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長女  絵本買ってきてあげましょうか。
三男  いやだい、ねえさんのばか。
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次男  もういこうよ。
(靴をはきかかる)
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母   あのね、よし坊ちゃん、あんたにはもっといいのを、買ったげるからね。
  
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次男  だって、よし坊はもうはかないんじゃないの。
三男  次郎ばか、次郎ばか。
   
次男  ぼく、そんならじぶんのをはいてくよ。さあいこう、にいさん。
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長男次男  うん。
長女  じゃ、よし坊ちゃん、いいもの買ってきたげるから、待ってらっしゃいね。
  









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三男  かあちゃん。
母   なんだい。
三男  ぼくにも、祭の着物をきせてくれよ。
母   おまえさんは祭にいかないじゃないの。
三男  ぼくも祭の着物がきたいや。にいちゃんたちみんながきたんだもの。
母   そうかい。それじゃ、よし坊ちゃんにもきせてあげようね。
(母親、たんすから一枚の晴着をとり出す)
三男  それじゃないよ。そんなの学校にあがったとききたんだよ。
母   おや、かあさん、忘れっぽいね。ではこれだね。
三男  うん。
(母親きかえさしてやる)
三男  かあちゃん。
母   なにさ。そんなにしげしげと。
三男  子どもがおとなになるってほんと?
母   ほんとですよ。みんながどんどん大きくなって、おとなになるんですよ。
三男  おかしいなあ。
母   おかしかありませんよ。よし坊ちゃんも、にいさんやねえさんたちも、おとなになるんですよ。
三男  いつのこと?
母   まだ十五年も二十年も先のことさ。
三男  いくつねるの?
母   さあ、千も万もねるんでしょう。
三男  おかあさんは、はじめからおとな?
母   おかあさんだって、はじめは子どもだったんだよ。おねえちゃんみたいだったときもあるし、もっと小さな赤ん坊だったこともあるのさ。
三男  いつのこと?
母   ずっとむかしのことさ。
三男  ふうん。おかしいなあ。かあさんは、はじめからおとなじゃなかったの?
   
  
母   なれますよ。いまに、大きくじょうぶになりますよ。
(長女だまってはいってきて戸口で立っている)
母   おや、あやちゃん、いかなかったの?
(長女うなずく)
母   なにか忘れたの?
(長女、首を横にふる)
母   どうしたのさ。びっくりしたみたいに目を見はって。
長女  あたし、鐘撞堂かねつきどうの下んところから、帰ってきたの。
   
  
母   へんな子だね。じゃあ、もうお祭にいかないの。
(女の子うなずく)
   
長女  いいのよ、おかあさん。
   
(長女あがってきて、よし坊のまくらもとにすわる。母、用意をする)
三男  かあさん、近道していくといいよ。
母   近道って? おまえお医者さんのお家へいく近道知ってるの?
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三男  あそこからいくと、とても早いや。
  
母   ではいってきますよ。
三男  かあさん、お医者さん家のかどんとこで、去年の綿砂糖わたざとうのおじいさんが売ってたら、買ってきてね。
母   綿砂糖って?
三男  綿みたいになった砂糖だよ。
母   そんなものを、おまえはたべちゃいけないんですよ。かあさんが、卵を買ってきておいしくてあげるからね。
(病気の子、このあたりから力が衰える)
三男  卵なんて、しょっちゅうたべてるんだもの、いやだい。
母   じゃ、お医者さまにきいてみて、たべていいっておっしゃったら、買ってきましょうね。
(母親裏口から去る)
(花火の音)
三男  いまの花火、きっと旗が出たよ。
長女  見てきましょうか。
(長女縁側えんがわに出て空をあおぐ)
  
三男  山の上にだれがいるの?
長女  だれだかわからないわ。
三男  先生じゃないの。
長女  見えやしないわ、そんなことまで。
三男  だめだなあ、おねえさんの目なんか。
(女の子、枕もとにすわる)
三男  旗は、どこまでとんでくかなあ。
長女  やた村に、きっと落ちるわ。
三男  やた村で落ちないで、もっとどんどんとんでったらどこへいくんだろう。
長女  知らないわ、そんなこと。
三男  どっかの黒い海にいくよ。
長女  そうかしら。
三男  だめだなあ、おねえさんなんか。なんにも知らないや。
長女  知ってるわ、あたしだって。
三男  知らないや。
(沈黙。すぐ近くでひばりが鳴きはじめる)
三男  くにちゃんとこでもらったひなを持っておいでよ。
長女  どうするの? よし坊ちゃんがねてる間に、もうをやっといたわよ。
三男  もってこいよ。
長女  もってきてどうするのさ。にいさんたちに見つかると、とりあげられちまうわよ。
三男  にいちゃんたち、祭にいってら、ばか。
(女の子、裏口から出ていって、すぐボールばこを持ってはいってくる)
三男  はこから出して、ぼくの手にのせてくれよ。
長女  だめよ、そんなことしちゃ。まだ弱いんだから、手にとったら死んでしまうわよ。
三男  いいんだったら。
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三男  だって、ぼくとふたりでだいじにしろっていったって、ねえさん、ぼくにいったじゃないか。
長女  …………
三男  ぼく、手にのせて見たいんだよ。
長女  あれ、うそよ。
三男  なんだい、うそなことあるもんか。くにちゃんとこのおじさん、ぼくとなかよしなんだもの。
  
  
長女  いやだわ、いやだわ。
三男  よこせ、よこせってば。
長女  よし坊ちゃん、いやよ、そんな顔しちゃ。
  
(女の子、策つきて箱からひなをとり出して病気の子に渡す)
  
三男  ぼくの手にふるえが伝わってくるよ。軽いなあ。
  
(病気の子そっと雛をもったまま、長く見ている)
(女の子安心する)
長女  毛、やわらかいでしょ。




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長女  おはやしがこっちへやってくるかね。
三男  塩屋さんとこまでくるきりだい。あそこからまた帰ってしまうんだ。
長女  あの太鼓たいこね、おキンちゃんとこのにいさんがたたいてるのよ。今年ことしはじめてだって。
(はやしの音む)
長女  あら、もう塩屋さんとこのまえまできたわ。あそこのしいの木の下で休むのよ。
三男  …………
   ()()
三男  しめなくてもいいや。
(このあたりから病気の子の声、とみに衰える)
長女  でも、あたしなんだか寒いわ。裏のやぶがさわいでるわ。
(はやしの音、再びはじまる。そしてだんだん遠ざかっていく)
長女  あら、もう帰っていくのね。
(間)
長女  よし坊ちゃん。
(間)
長女  よし坊ちゃん。
三男  まだきこえるね、ねえちゃん。
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三男  まだきこえるよ。
長女  でももうが鳴くほどだけよ。
(間)
長女  もうなんにもきこえなくなってよ。こんどは、村のあっちのはしへいくのだわね。
三男  まだきこえるよ。
長女  あんたの耳の中に笛の音が残ってるんだわ。
三男  まだきこえるよ。
(間)
長女  なにをそんなにあたしの顔見てるの。いやよ、よし坊ちゃん。
三男  もうせん、ねえちゃんと花のかくしっこしたろう。
長女  いつのこと?
三男  ぼくが病気になるまえにしたよ。貝がらでふせて土の下にかくしたじゃないか。
  
三男  裏のきんかんの木の下だよ。
  
三男  まだあるかなあ。
長女  あんなとこだれもほらなくてよ。あたし見てこようか。
(女の子裏口から出ていく。やがて貝のからを持って帰ってくる)
長女  あったわ。かけひで洗ってきてよ。
三男  花はあった?
長女  しなびてたわ。
三男  しなびてた?
長女  しなびるわよ、冬を越したんですもの。
三男  ぼくのかばんのお弁当入れるところにね、もうひとつ貝があるから持ってきて。
(女の子さがして持ってくる)
三男  それ合わせてごらんよ。うまく合う?
長女  うまく合うわ。ほら、ちょうどてのひらを合わせたみたい。
(それを病気の子に渡す)
三男  まだ鳴るかなあ。
(口にふくんで弱々しくふく。鳴らない)
長女  土の中にあった間に、どこかきっと欠けたのよ。
  
長女  うそよ。なにもきこえやしないわ。
(病気の子、貝をくわえたまま耳をすましている。間)
  
長女  なにいってるの、よし坊ちゃん。あんた、どこ見てんの。
三男  花びらや笛の音といっしょに流れてくの。
(女の子とつぜん恐怖きょうふにとらわれて立ちあがる)
三男  かあちゃん……。
    
(女の子裏口からかけ去る)
三男  (弱く)かあちゃん……よし坊とね、鳥もいっしょにとんでくの。
(間)
(やぶのさわぐ音)
三男  (さらに弱く)かあちゃん……ぼく遠いの……。













椿
   196843220
   19744913012


199974
2006128

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●表記について