燕えんの恵けい王おうの墓の上に、一疋の狐と一疋の狸が棲んでいた。二疋とも千余年を経た妖獣であったが、晋の司しく空う張ちょ華うかの博学多才であることを知って、それをへこますつもりで、少年書生に化けて、馬に乗って出て往こうとすると、華かひ表ょう神じんが呼び止めて、
﹁君達はどこへ往くのか﹂
と聞いた。華表神とは墓の前にある鳥居の神である。狸は華表神の問いに答えて、
﹁司空の張華と、議論しに往くところだ﹂
と言った。すると華とり表いの木きの精が、
﹁張司空は才人であるから、二人が命を失うばかしでなく、その禍が俺たちにもかかってくる、どうかやめてくれ﹂
と言ったが、狸と狐は聞かずに出かけて往った。
そして二疋で、張華の処へ往って、張華に逢って議論をはじめたが、その議論にはさすがの張華も弱らされた。張華はこの少年たちはどうしても人間でないから、化けの皮を剥いでやろうと考えていると、知合の雷らい孔こう章しょうという者がやってきた。張華は雷孔章の顔を見ると、
﹁怪しい書生が二人来ている﹂
と言って話した。雷孔章は、
﹁君は国の棟梁で、賢者を薦め、不肖者を退けている人じゃないか、自じぶ個んより議論が偉いといって、妖怪あつかいにするは怪しからん、しかし真ほん箇とうに怪しいものなら、猟犬を伴つれてきて、けしかけたらいいじゃないか﹂
と言った。
そこで張華は猟犬を伴れて、少年たちのいる室へやへ入ったが、少年たちは平気であった。
﹁僕達の才智は、天から与えられたものだ、それを却って妖怪として、犬を伴れてくるとは怪しからん﹂
と狸の方が言った。張華はこれを聞くと、
﹁百年の精なれば、猟犬を見れば形を現わすが、千年の妖なら、千年の神木の火で見ればきっと形を現わす﹂
と言った。雷孔章が、
﹁そんな神木がどこにあるか﹂
と言うと、張華は、
﹁燕の恵王の塚の前の華表木が千年を経ているということだ﹂
と言って、使をやってその木を取らした。その使が木の近くにゆくと、空に青い着物を着た小児が現われて、
﹁君はどこからきたのか﹂
と言った。使は、
﹁張司空の処から華表木を取りにきた﹂
と言った。すると小児は、
﹁あの古狸が馬鹿で、わしの詞ことばを聞かなかったから、わしにも禍が及んできた﹂
と言って泣きだしたが、すぐ見えなくなった。
そこで使の者は華表木を伐ってみると、木の中から血が流れた。そして、その木を持って帰ってきて、それに火を点つけてみると、狸と狐の姿が現われた。張華はその二疋をつかまえててしまった。