A 大おほ隈くま侯こうが前まへの正しや月うぐわつに受うけ取とつた年ねん始しの葉はが書きは無むり慮よ十八萬まん五千九十九枚まいで、毎まい日にち々/々\郵いう便びん局きよくから大だい八車ぐるまで運はこびこんだと云いふが、隨ずゐ分ぶん君きみエライもんぢやないか。 B 大おほ隈くま侯こうのエライのに異いぞ存んはないが、郵いう便びん局きよくから大だい八車ぐるまは少すこしをかしいなア。 A ナニそんな事ことはどうでもいゝ。計けい數すうの正せい確かくな所ところが俺おれの話はなしの特とく色しよくだ。 B 成なる程ほど、君きみは子こど供もの時ときから數すう學がくではいつも滿まん點てんを取とつたと云いふのだね。 A さうさ。俺おれが先せん達だつて先せん祖ぞの計けい算さんをして、四十代だい前まへの俺おれの先せん祖ぞの數すうが、一萬まん九百九十五億おく二千一百六十二萬まん五千七百七十六人にんだといふ莫ばく大だいな數すう字じを發はつ表ぺうした時ときには、三十三萬まん三千三百三十三人にんの﹃中ちう外ぐわい﹄の讀どく者しやが一齊せいに僕ぼくの頭づな腦うの明めい晰せきを感かん嘆たんしたんだからね。 B ﹃中ちう外ぐわい﹄の讀どく者しやはそんなにあるのかい。 A ウン。ざつと三十三間けん堂だうの佛ほとけの數かずの十倍ばいと見みつ積もつたんさ。 B ぢや大おほ隈くま侯こうの葉はが書きの數かずも何なにかからの見みつ積もりだらう。 A イヤ、あれは本ほん統とうだよ君きみ。ちやんと新しん聞ぶんに書かいてあつた。それを精せい密みつに記きお憶くしてるのが即すなはち俺おれの頭づな腦うの明めい晰せきなる所ゆゑ以んさ。 B さうかい。大おほ隈くま侯こうひとりの分ぶんが十八萬まん幾いくらあるとすれば、…………。 A オイ君きみ。そんな不ふせ正いか確くな話はなしはよしたまへ。十八萬まん五千せん七百九十九枚まいだ。 B さうか。よし〳〵。大おほ隈くま侯こうひとりの分ぶんがそれだけあるとすれば、日にほ本んぜ全んこ國くで使つかはれる年ねん始しの葉はが書きは大たい變へんな數かずだらうなア。 A さうさ。非ひじ常やうなもんだよ。君きみは好いい事ことを聞きいてくれた。俺おれの頭づな腦うの明めい晰せきを一層そう確かく實じつに證しよ據うこだてる機きく會わいを與あたへてくれた事ことを君きみに感かん謝しやするね。待まちたまへ。大たい正しやう七年ねんの一月ぐわつ十五日にちまでに全ぜん國こくの郵いう便びん局きよくで取とり扱あつかつた年ねん賀がは葉が書きの總そう數すうは三千四百五十六萬まん七千八百九十九枚まいといふ統とう計けいが示しめされてる。 B 九十九枚まいとはさすがの君きみも少すこし窮きうしたな。僕ぼくなら二千三百四十五萬まん六千七百八十九枚まいと算さん出しゆつするんだがなア。 A 馬ば鹿かを云いつちやいかん。統とう計けいは神しん聖せいだ。勝かつ手てに算さん出しゆつして堪たまるもんか。それよりか君きみ、俺おれの今こん度どの年ねん賀がじ状やうの趣しゆ向かうを見みせてやらう。 B 又また俳はい句くだらう。先せん年ねん電でん車しやのストライキのあつた時とき、あれは何なんとか云いつたつけな、妙めうな俳はい句くの樣やうなものを書かいてよこしたぢやないか。 A ウン、あれは斯かうさ。﹃君きみが代よの電でん車しやも止とまる今け朝さの春はる﹄さ。 B もひとつ、何なんとかいふ首くびつりの名めい句くがあつたぢやないか。 A ウン、あれは俺おれのぢやないけれど、斯かういふんだ。﹃君きみが代よの社しや頭とうの松まつに首くびくくり﹄さ。 B それで君きみの今こん度どのは? A 奇きば拔つだよ。驚おどろくな。口くちで云いつたんぢや面おも白しろくないから書かいて見みせる。ソラ、これだ。
B 何なアんだ、隱いん居きよだの熊くま公こうだの澁しぶ六だのと。
A 馬ば鹿かだなア、澁しぶ六とは俺おれの變へん名めいぢやないか。﹃立りつ派ぱなユーモリスト﹄﹃日にほ本ん一のユーモリスト﹄として俺おれの盛せい名めいを知しらないとは、親しん友いう甲が斐ひのないにも程ほどがあるぢやないか。然しかしそれはマアいゝとして、﹃隱いん居きよ﹄と﹃熊くま公こう﹄とが分わからないとは、君きみの頭あたまは隨ずゐ分ぶんお粗そま末つなブロツクだね。
B ブロツク・ヘツドに分わかる樣やうに説せつ明めいしたらいゝぢやないか。
A いよ〳〵馬ば鹿かだなア此こい奴つは。凡およそ、洒しや落れ、皮ひに肉く、諷ふう刺しの類るゐを説せつ明めいして何なんになる。刺さし身みにワサビを附つけて煮にて食くふ樣やうなもんぢやないか。
B 僕ぼくは折をり々〳〵刺さし身みを煮にて食くふよ。中なか々〳〵うまいものだ。
A 仕しや樣うがないなア。ぢや説せつ明めいしてやる。よく寄よ席せで落らく語ご家かがやるぢやないか。横よこ丁ちやうの隱いん居きよが熊くまさん八さんに發ほつ句くを教をしへる話はなしだ。隱いん居きよが物もの識しりぶつて﹃新あら玉たまの年とし立たちかへる旦あしたかな﹄先まづこんな風ふうに云いふものだと作さく例れいを示しめす。すると熊くまさんが、﹃發ほつ句くツてそんなもんですかい、ぢや譯わけアねえ﹄と云いふので、﹃目めの玉たまのでんぐりかへる旦あしたかな﹄とやりだす。落らく語ご家かの見けん識しきからすると、﹃新あら玉たまの﹄は本ほん統たうの發ほつ句くだが、﹃目めの玉たまの﹄は無むち茶やな句くだとして、それで聽ちや衆うしうを笑わらはせようとするんだが、俺おれの見みる所ところは之これに異ことなりだ。即すなはち熊くま公こうの口くちから自しぜ然んに迸ほとばしり出でた﹃目めの玉たまのでんぐりかへる﹄といふ大だい膽たんな用よう語ごが寧むしろ奇きば拔つでいゝね。そこで﹃立りつ派ぱなユーモリスト﹄なる澁しぶ六先せん生せい之これに和わして、﹃世せか界いぢ中うのひつくりかへる旦あしたかな﹄とやつたんだ。どうだ分わかつたか。
B 分わかつたには分わかつたが、君きみの其その句くの何ど處こが面おも白しろい?
A 仕しや樣うがないなア。ロシアも引ひつくりかへつた。ドイツも引ひつくりかへつた。今いまに世せか界いぢ中うが引ひつくりかへるんだよ。
B それは分わかつてるが、あんまり面おも白しろい事ことでもあるまい。
A 面おも白しろいぢやないか。﹃世せか界いか改いざ造う﹄が講かう和わく會わい議ぎのモツトーになつてる。ウヰルソン大だい統とう領りやうは曩さきにドイツ國こく民みんに對たいして國こく家かそ組し織きの改かい造ざうを要えう求きうして、とう〳〵あの革かく命めいを勃ぼつ發ぱつさせた。日にほ本んは英えい佛ふつ米べい伊いの四國こくと共ともに支し那なに勸くわ告んこくを發はつして、早はやく南なん北ほくの爭あらそひを止やめて﹃世せか界いか改いざ造うの偉ゐげ業ふに參さん加かせよ﹄とやつたね。支し那なはお蔭かげで南なん北ほく合がふ同どうの大だい共きよ和うわ國こくになるだらう。今いまに此この筆ひつ法はふを以もつて日にほ本んこ國くな内いの政せい治ぢを改かい造ざうせよと迫せまるものがあつたら、君きみは一體たいどうする積つもりだね。
B そんな事ことを僕ぼくが知しるものか、僕ぼくは政せい治ぢなんぞに關くわ係んけいした事ことがない。
A だつて君きみも日にほ本んこ國くみ民んの一員ゐんぢやないか。
B 日にほ本んこ國くみ民んたる者ものは誰たれでも政せい治ぢに關くわ與んよする筈はずのものかい。
A 當あたり前まへぢやないか。
B 然しかし今こん日にちまで誰だれも僕ぼくに政せい治ぢじ上やうの相さう談だんなんど持もちかけたものが無ないのだもの。
A フン、それは相さう談だんをしない方はうが惡わるいんだが、向むかふで相さう談だんしなけりや此こつ方ちから相さう談だんしかけたら可いいぢやないか。
B 然しかし僕ぼくなんどが相さう談だんしかけたつて誰だれも相あひ手てになつて呉くれないだらう。
A それだからいけないよ、君きみは。何なんでも相あひ手てにさせるんだよ。相あひ手てにしなけりや承しよ知うちしないと云いふんだよ。それが政せい治ぢき機くわ關んを改かい造ざうする所ゆゑ以んなんだらうぢやないか。
B そんなに僕ぼくを叱しかつたつて仕しや樣うがない。
A 或なる程ほど、君きみを叱しかつたつて仕しや樣うがない。今いまに俺おれは大おほいに外ほかの奴やつ等らを叱しかつてやるんだから、今け日ふはマア君きみと女をんなの話はなしでもしよう。其その方はうなら君きみの專せん門もんだから。
B 別べつに專せん門もんといふ譯わけでもないが、政せい治ぢの話はなしより女をんなの話はなしの方はうが面おも白しろい。
A Mさんの近きん況きやうはどうだね。健けん康かうは大おほいに回くわ復いふくしたかね。
B あゝ、大おほきに此この頃ごろはいゝさうだ。最さい近きんの報はう告こくに依よれば、體たい量りやうが十二貫くわん三百五十匁もんめになつたさうだ。
A ヤア、君きみも女をんなの事ことになると、大だいぶん精せい密みつな數すう字じを擧あげてくるね。
B だつて、さう書かいてよこしたのだもの。あすのあさ來くる葉はが書きにはキツト又また五匁もんめぐらゐふえてゐるだらう。
A あすの朝あさ、葉はが書きが來くると極きまつてるかね。
B うゝ極きまつてるよ。毎まい日にち、朝あさと晩ばんと一枚まいづつ來くる。僕ぼくも毎まい日にち、朝あさと晩ばんと一枚まいづつ出だしてる。
A おや〳〵、驚おどろいたねえ。お睦むつまじいこツた。
B だつて是ぜ非ひさうして呉くれと云いふのだもの。
A イヤ大おほきに結けつ構こう。双さう方はうで一ひと月つき九十錢せんづつの散さん財ざいだ。精せい々〴〵葉はが書きの贅ぜい澤たくをやりたまへ。
B 僕ぼくの友いう人じんには、旅りよ行かう中ちう、毎まい日にち必かならず三度ど、留るす守ば番んの細さい君くんに葉はが書きを出だす人ひとがあるよ。
A おや〳〵。毎まい食しよ後くご三十分ぷんを經へて白さ湯ゆにて用もちゆかね。
B 全まつたく。始しじ終う葉はが書きを書かく癖くせをつけると持ぢや藥くの樣やうなものだよ。
A 持ぢや藥くは好よかつたね。何なにしろマアそれでヒステリー病びやうだの悋りん氣きび病やうだのが直なほれば結けつ構こうだ。年ねん始しじ状やうを無むや暗みに澤たく山さん出だしたりするのに比くらべると、君きみ等らのは蓋けだし葉はが書きり利よう用は法ふの上じや乘うじようなるものだね。
B まだ斯かういふのがあるよ。矢や張はり僕ぼくの友いう人じんだが、國くにの母はゝ親おやがひとりで寂さびしがつてゐると云いつて、毎まい日にち一枚まいづつ繪ゑは葉が書きを出だしてゐるが、モウそれを三四年ねん間かん一日にちも缺かかさずやつてるから感かん心しんだらう。
A ラヴレターなら昔むかしから、馬うまに積つんだら七駄だは半んなんて云いふ先せん例れいがあるんだけれど、母はゝ親おやへ毎まい日にち缺かかさずは全まつたく感かん心しんだね。蓋けだし葉はが書きり利よう用は法ふの最さい上じや乘うじようなるものかね。
B まだ斯かういふのがあるよ。矢や張はり僕ぼくの友いう人じんだが…………
A 葉はが書きに關くわんする君きみの知ちし識きは非ひじ常やうに豐ほう富ふだね。女をんなの話はなしばかりが專せん門もんかと思つたら、葉はが書きの話も專せん門もんだね。
B 僕ぼくは自じぶ分んが隨ずゐ分ぶんよく葉はが書きを書かくから、人ひとが葉はが書きを書かくのにも注ちう意いしてる。其その女をんなはね……
A 女をんなかい、それは?
B あゝ女をんなだよ。
A それが君きみの友いう人じんかい?
B あゝ友いう人じんだよ。女をんなの友いう人じんがあつたつて何なにも不ふ思し議ぎな事ことはあるまい。
A イヤ、別べつに不ふ思し議ぎとは云いはない。それで?
B それで其その女をんなはね。或ある時とき或ある男をとこに結けつ婚こんを申まを込しこんだ。
A 女をんながかい?
B あゝ、女をんながだよ。女をんなが結けつ婚こんを申まを込しこんだつて何なにも不ふ思し議ぎな事ことはあるまい。
A イヤ、別べつに不ふ思し議ぎとは云いはない。それで?
B それで其その女をんなはね。私わたしの一身しんを捧さゝげる人ひとはあなたより外ほかにはないとか何なんとか云いつてね。是ぜ非ひこの哀あはれなる悶もだえの子こを救すくつて下くださいとか何なんとか書かいたものだ。
A 葉はが書きにかい?
B イヤ、それだけは封ふう書しよだつた、さうだ。所ところが男をとこの方はうでは、まだ結けつ婚こんなんどする積つもりがなかつたものだから、﹃そんな事ことを云いつてくれては困こまる。自じぶ分んはまだ﹄何なんだとか斯かだとか云いつて曖あい眛まいな返へん事じをした、さうだ。
A をかしいぢやないか。其その男をとこと其その女をんなとは、それより以いぜ前んどんな關くわ係んけいに在あつたんかい。
B うゝ、それはマア双さう方はうの間あひだにキナ臭くさい匂にほひぐらゐしてゐたのだらう。其その中うち、女をんなが國くにに歸かへつて、暫しばらくしてから其その手てが紙みをよこしたんだ、さうだ。
A 何なんだか少すこしをかしいね。然しかしマアいゝや。それから?
B それから翌よく月げつの一日じつになると、﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄と只たゞそれだけ綺きれ麗いな柔やさしい字じで書かいた女をんなの葉はが書きが來きた。男をとこは又また好いい加かげ減んな事ことを云いつてやつておくと、又またその翌よく月げつの一日じつに葉はが書きが來きた。矢や張はり﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄と只たゞそれだけ書かいてある。男をとこは何なんとも云いつてやり樣やうがないので、其そのまゝ打つちやらかしておくと、又またその翌よく月げつの一日じつに葉はが書きが來きた。矢や張はり﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄とある。男をとこは困こまつて了しまつて、あんな葉はが書きを度たび々〳〵よこしてはいけないと云いつてやつたが、矢や張はり又またその翌よく月げつの一日じつには﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄の葉はが書きが來きた。其その後ご、男をとこから何なんと云いつてやつても、女をんなからは依いぜ然んとして毎まい月げつ一日じつに﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄の葉はが書きが來きた。とう〳〵それが一年ねん間かん續つゞいた。男をとこもさすがに少すこし心こゝろを動うごかされたけれども、まだどうあつても結けつ婚こんなどの出で來きる樣やうな身みの上うへでないので、仕しや樣うがないから葉はが書きを取とりツぱなしで、打うつちやらかしておいた。所ところが葉はが書きは矢やつぱり來くる。そして依いぜ然んとして﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄とある。男をとこは少せう々〳〵氣き味みが惡わるくなつた。とう〳〵又また葉はが書きが十二枚まいたまつた。丸まる二年ねん間かん、小こご言とも云いはず、怨うらみも云いはず、只たゞ﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄で責せめられたのだから堪たまらない。男をとこはとう〳〵落らく城じやうした。然しかし今いま更さら、何なんとか斯かとか長なが文もん句くの手てが紙みも書かけないものだから、﹃承しよ諾うだく、直すぐ來こい﹄と書かいた電でん報ぱうの樣やうな葉はが書きを出だしたんだ、さうだ。
A 其その女をんなが即すなはち現げん今こん房ばう州しうに出でや養うじ生やうの君きみの細さい君くんだね。
B ハハア、まあそんな譯わけさ。
A どうも永なが々〳〵と御ごち馳そう走さ樣ま。葉はが書きで始はじまつた御ごえ縁んだから毎まい日にち二枚まいづつの往わう復ふくぐらゐ當あたり前まへだね。然しかし何なにしろ葉はが書きといふ奴やつは面おも白しろいものだね。くど〳〵と長ながたらしい事ことを書かいた手てが紙みよりか﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄の葉はが書きの方が、遙はるかに君きみの胸むねをゑぐる力ちからを持もつてゐたんだね。
B 全まつたくさうだよ。だから僕ぼくは大おほいにハガキ文ぶん學がくを唱しや道うだうしてるんだ。
A ハガキ文ぶん學がくは好いいね。ソラよく雜ざつ誌しし社やなどで原げん稿かうを集あつめる一手しゆ段だんとして、諸しよ名めい士しに往わう復ふく葉はが書きを出だしたりするぢやないか。
B あゝ、あれは駄だ目めだよ。葉はが書き一枚まいぐらゐの短たん文ぶんで、ちよつと氣きの利きいた面おも白しろい事ことを書かき得える樣やうな名めい士しは幾いくらも居ゐないからな。
A 中なかには隨ずゐ分ぶん長ちや文うぶんの氣きえ焔んを吐はいてよこしてる人ひともあるぢやないか。誰だれも讀よみはしないだらうに。
B 全まつたくだよ。あんな人ひとに限かぎつて有いう數すうの惡あく文ぶん家か、乃ない至し、駄だぶ文ん家かだから堪たまらない。
A 待まてよ。此この對たい話わは﹃中ちう外ぐわい﹄に載のせるんだから、そんな話はなしは少すこし遠ゑん慮りよして置おかうよ。それよりかモツト葉はが書きに關くわんする無むじ邪や氣きな面おも白しろい話はなしでもないかい。
B あるよ。僕ぼくは一體たい、滅めつ多たに封ふう書しよといふものを書かかない。そんなに人ひとの見みて惡わるい樣やうな事ことを書かく場ばあ合ひはないからなア。それで僕ぼくは何なに用ようでも大たい抵てい葉はが書きで濟すますのだが、若もし一枚まいで足たりなければ二枚まい續つゞきにする。二枚まいつゞきにしたつて封ふう書しよと同おなじ事ことで三錢せんだ。たまに三枚まい續つゞきにする事こともあるが、状じや袋うぶくろに入いれたり、切きつ手てを張はつたりする面めん倒だうがないだけでも、一錢せん五厘りんの値ねう打ちはあるからな。
A 成なる程ほど、葉はが書きの二枚まい續つゞき三枚まい續つゞきはチヨツト變かはつてる。さすが君きみは葉はが書きの專せん門もん家かだね。
B 僕ぼくは又また折をり々〳〵葉はが書きで友いう人じんと論ろん戰せんする事ことがある。十枚まいづつも葉はが書きを往わう復ふくすると可かなり面おも白しろい論ろん戰せんが出で來きる。まじめな論ろん戰せんをやる事こともあれば、惡あく口こうの吐つきあひや皮ひに肉くの言いひあひをする事こともある。其その間あひだに顏かほを合あはせる事ことがあつても、口くちでは其その事ことは何なんにも云いはない。そして内うちに歸かへつてから葉はが書きを出だす。チヨイト面おも白しろいものだよ。
A 成なる程ほど、それも惡わるくないね。今こん度ど、君きみと俺おれとで一ひとつやらうか。
B やらう。是ぜ非ひやらう。葉はが書きの返へん事じなら僕ぼくはどんな忙いそがしい時ときでも直すぐ書かく。オヽ、それからまだ斯かういふ面おも白しろい話はなしがあるよ。矢や張はり僕ぼくの友いう人じんだが、――今こん度どは男をとこだが――或ある奴やつから少すこし取とるべき金かねがあるのに、どうしてもよこさない。いろ〳〵掛かけ合あつて見みたが埓らちがあかない。忌いま々〳〵しくて仕しや樣うがないけれど、まさかナグリに行ゆく譯わけにもゆかない。そこで毎まい日にち々/々\催さい促そくの葉はが書きを出だした。十日かも續つゞけて催さい促そくしたら何なんとか返へん事じぐらゐよこすだらうと思つたが、少すこしも手てごたへがない。いよ〳〵忌いま々〳〵しくて仕しや樣うがないので、又また十日かばかり續つゞけた。矢や張はり何なんの手てごたへもない。もう斯かうなつて來くると此こつ方ちも意い地ぢだ。畜ちく生しやう、いつまでゝも止やめるものかと根こん氣きよく書かきつゞけた。文もん句くは色いろ々〳〵に變かへて、或あるひは強つよく、或あるひは弱よわく、或あるひは罵のゝしり、或あるひはふざけ、種しゆ々/″樣\さ々ま〴〵の事ことを書かいてやつた。中ちう途とで凹へたたれては全まつたく敵てきに降かう伏ふくする譯わけだから、例れいの持ぢや藥くのつもりで毎まい日にち書かいた。もう斯かうなつて來くると、取とるべき金かねを取とらうと云いふ最さい初しよの考かんがへもなくなるし、又またそれが爲ために葉はが書きだ代いを費つひやすのは損そんだといふ樣やうな考かんがへもなし、只ただ是ぜ非ひとも仕しなければならない日につ課くわとして、毎まい日にち々/々\根こん氣きよく書かきつゞけた。たまには、こんな事ことをしてゐて結けつ局きよく馬ば鹿かを見みるのぢや堪たまらないと考かんがへた事こともあつたが、モウ二ヶ月げつあまり續つゞけて見みると、今いま更さらやめる譯わけにはどうしても行ゆかない。困こまつたものだとは思おもひながらも、一ひとつは習しふ慣くわんの惰だり力よくでとう〳〵五個かげ月つか間んやりつゞけた。さうすると、どうだらう。或ある日ひ先せん方ぱうの奴やつが突とつ然ぜん僕ぼくの内うちにやつて來きて……
A 君きみの内うちにかい?
B うゝ、實じつは矢や張はり僕ぼくのやつた事ことさ。
A だらうともつた。君きみが細さい君くんから施ほとこされた術じゆつを今こん度どは敵てきに應おう用ようしたんだね。
B マアさう云いつた樣やうな譯わけだらう。所ところで奴やつ、突とつ然ぜん僕ぼくの内うちにやつて來きやがつて、﹃どうも五個かげ月つか間んの葉はが書きぜ攻めには閉へい口こうしました。あなたの根こん氣きには實じつ際さい驚おどろきました﹄なんて云いやがつて、三十圓ゑんの金かねを置おいて行いつたが、僕ぼくア實じつに嬉うれししかつたよ。あれで若もしいつまでゞも放はふつて置おかれた日ひにや、僕ぼくたる者もの、實じつに進しん退たいきはまる所ところだつたんだが。
A さうさねえ。つまり根こん氣きくらべだね。然しかし如い何かなる人じん物ぶつでも、毎まい日にち々/々\葉はが書きで攻せめ立たてられちや放はふつて置おけないものと見みえるなア。假かりに俺おれが其その地ち位ゐに立たつたとして考かんがへて見みても、事こと柄がらの如いか何んに係かゝはらず、毎まい日にち葉はが書きで何なんのかのと云いつて來こられた日ひにや、實じつ際さいやり切きれまいと思おもふよ。別べつに自じぶ分んがそれについて弱よわ味みを持もつて居ゐないにしてもさ、永ながい間あひだには何なんだか斯かう不ふあ安んを感じて來きさうな氣きも持ちがするね。
B 全まつたく不ふあ安んを感かんじるよ。薄うす氣き味みがわるくなるよ。
A ﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄がよほどこたえたね。ハハヽヽ。
B ウフヽヽヽ、それからまだ斯かういふ話があるよ。或ある學がく校かうで學がく生せい間かんに教けう頭とう排はい斥せきが起おこつて、既すでにストライキをやらうとしたのだが、ストライキでは犧ぎせ牲いを出だす恐おそれがあると云いふので、ハガキ運うん動どうといふ事ことを誰だれかゞ思おもひついて、有いう志しの學がく生せいは毎まい日にち一枚まいづつ教けう頭とうに宛あてゝ辭じし職よく勸くわ告んこくの葉はが書きを出ださうと云いふ事ことに申まをし合あはせた。サア其その翌よく日じつから教けう頭とうの宅たくに葉はが書きが盛さかんに舞まひこむ。初はじめは二十枚まいか三十枚まいだつたが、追おひ々〳〵五十枚まいとなり、百枚まいとなり、二百枚まいとなり、三百枚まいとなつた。其その教けう頭とうは隨ずゐ分ぶん頑ぐわ固んこな男をとこで、こんな不ふつ都が合ふな示じゐ威うん運ど動うに讓ぢや歩うほしては學がく校かうの威ゐげ嚴んが保たもたれないと云いつて、葉はが書きが何なん百枚まい來きようと見み向むきもしなかつたが、其その状じや態うたいが一ひと月つきばかりも續つゞいて、葉はが書きの數かずが五百枚まいに達たつした時とき、とう〳〵教けう頭とうの奧おくさんが泣なきだして夫をつとに辭じし職よくを勸すゝめた。其その時ときには頑ぐわ固んこな教けう頭とう自じし身んもモウ好いい加かげ減んふ不あ安んを感かんじてゐたのだから、お前まへまでがソウ云いふならと云いふ樣やうな譯わけで、それをキツカケにして早さつ速そく校かう長ちやうの手ても元とに辭じへ表うを出だした。それでも學がく生せいの中なかの何なん人にんかは矢や張はり筆ひつ跡せきが證しよ據うこになつて退たい學がく處しよ分ぶんを受うけたんださうだが。
A フーン、そいつア面おも白しろい話はなしだね。學がく生せいとしては少すこし不ふお穩んな行かう動どうかも知しれないが、多たす數うの葉はが書きを受うけ取とる人ひとの心しん理りを研けん究きうするには好いい材ざい料れうだね。君きみは實じつ際さい、葉はが書きけ研んき究うの專せん門もん家かだよ。先さつきの貸かし金きんの催さい促そくといひ、﹃御ごへ返ん事じを待まつて居をります﹄と云いひ、皆みな面おも白しろい話はなしだね。
B 所ところが、此このごろチラと聞きいた話はなしだが、右みぎのハガキ運うん動どうを選せん擧きよ權けん擴くわ張くちやうの要えう求きうに應おう用ようしかけてゐる者ものがあるさうだ。
A ヘエ? それはどういふんだね。
B 僕ぼくは政せい治ぢじ上やうの事ことに趣しゆ味みがないから委くはしい事ことは知しらないが、何なんでも請せい願ぐわんの代かはりに、多たす數うの人じん民みんから衆しう議ぎゐ院んぎ議ちや長うに宛あてゝ葉はが書きを出ださうと云いふのださうな。
A さうか。そいつは面おも白しろいねえ。﹃普ふつ通うせ選んき擧よを斷だん行かうせよ﹄﹃我われに選せん擧きよ權けんを與あたへよ﹄なんて云いふ葉はが書きが毎まい日にち々/々\、何なん千枚まいも何なん萬まん枚まいも衆しう議ぎゐ院んへ舞まひこんだら、議ぎゐ員んも萬まんざら知しらん顏かほをしては居ゐられまい。
B 何なアに、あれらは無むし神んけ經いだから知しらん顏かほをしてるよ。
A だつて君きみ、若もしか國こく民みんの多たす數うが年ねん始しじ状やうを出だす樣やうな氣きになつて見みたまへ。俺おれの計けい算さんに依よれば、少すくなくとも三千四百五十六萬七千八百九十九枚まいの葉はが書きが衆しう議ぎゐ院んに舞まひこむ譯わけだ。若もし君きみの計けい算さんに讓じや歩うほするとしても、二千三百四十五萬六千七百八十九枚まいが舞まい込こむんだ。
B さうかなあ。議ぎゐ員んなんて云いふ連れん中ちうでも、それだけ舞まひこんだら矢や張はり多たせ少うの不ふあ安んは感かんじるだらうかなア。
A それや君きみ、少すこしは薄うす氣ぎ味みわるくなるだらうぢやないか。只たつた十八萬まん五千七百九十九枚まいの年ねん始しじ状やうが大おほ隈くま邸ていに運はこびこまれてさへ新しん聞ぶん種だねになるんだもの。三千四百五十六萬まん七千八百九十九枚まい、若もしくは二千三百四十五萬まん六千七百八十九枚まいの選せん擧きよ權けん要えう求きう書しよが、毎まい日にち々/々\大だい八車ぐるまで衆しう議ぎゐ院んに運はこびこまれるとしたら、如い何かに無むし神んけ經いでも堪たまるまいぢやないか。彼かれ等らは謂いはゆる﹃世せか界いか改いざ造うの偉ゐげ業ふ﹄に參さん加かすべき責せき任にんを有いうしているんぢやないか。國こく内ない政せい治ぢき機くわ關んの改かい造ざうを要えう求きうする人じん民みんの聲こゑを無む視しする譯わけに行ゆくまいぢやないか。どうだい君きみ、君きみはサウ思おもはないんか。
B 僕ぼくか。僕ぼくは政せい治ぢに關くわ係んけいがないのだから、そんな事ことはどうでもいゝ。然しかし事こと苟いやしくも葉はが書きに關くわんする以いじ上やう、其その點てんで聊いさゝか僕ぼくの注ちう意いを引ひいてるのだがな。
A 仕しや樣うがないなア。イヤ、然しかし有ありがたう。お蔭かげで色いろ々〳〵面おも白しろい話はなしを聞きいた。俺おれは之これからモ少すこし善よくハガキ運うん動どうについて考かんがへて見みなくちや。左さや樣うなら。いづれ又また。
︵大正八年︶