﹃古琉球﹄を世に出してから三十有四年になる。この書の目的は主として郷里の青年に郷土の知識を与えるに在ったが、恩師新村博士が中央の学界に紹介されたお蔭で、端はしなくも南島研究の手引となり、大正五年に論考数篇を加え、口絵二十余枚を添えて、再版を東京で刊行することが出来、同十一年には、岡村千秋君の尽力によって、第三版を郷土研究社で出して頂いた。 若い時分に書いたものなので、赤面の種になるのが多く、これで絶版にしようかと思っていたのを、三、四年前岡村君から、いまだに南島研究の入門たるを失わない故、第四版を出してはどうか、と慫しょ慂うようされたので、とにかく説の誤った所に注を施し、かつその後に発展させた所に著書もしくは論文の名を記入するに留めて、なるべく原形を保存することにし、昭和になってから物した論考で、まだどの著書にも収めてない十余篇を加えて、これを同君の手に渡し、章句の取捨はこれを一任しておいた。月日は能よく覚えていないが、今年になってから、同君が出版延引した言訳を、金城朝永君を通して私に伝言した後約一時間にして、執務中急死されたとの悲報に接した時、少からず驚かされた。原稿が間もなく手許に戻って来て、章句が適当に取捨されて、体裁の整えられたのを見た時には、一ひと入しお故人の労を偲しのばざるを得なかった。 今年の夏、青磁社の山平太郎君が見え、北人の﹁ユーカラ概説﹂に対して、南人の﹁おもろ概説﹂の欲しい旨むねを語られたとき、それには少くとも一ヶ年の日子を要すると答えたら、では何か南島に関する研究はないかとのことであった。そこで例の原稿を筐きょ底うていから取出して見てもらうと、差さし当あたりそれを出そうということになったが、逸いち早はやくもこうした美本となって世に出るようになったことに就ついては、青磁社の各位に感謝しなければならない。 今上じょ梓うしに際して、最初に出来上った一本を岡村君の霊前に捧げて、生前の厚情に酬むくいたい。 因ちなみに、索引を作製してもらったり、種々面倒を見て頂いたりした比嘉春潮君、並に本書の出版に努力された角川源義君に感謝の意を表する。
昭和十七年中秋
伊波普猷