『Out of the East(「東の国から」)』(1895 ・明治28年)に所収。もっとも好きだったという浦島伝説(小泉節子「思い出の記」)をモチーフにした作品。 天草の碧い海と青い空の間を人力車は軽やかに走ってゆく。ハーンの魂もこの中に遊び出る。青い色は現世の色、白い色は高貴な色。浦島とは誰なのか。玉手箱の白い煙(霧)とは何なのか。白日夢の中にそれらの解釈の糸口を得る。長浜村(当時)の泉(現存する由)から「若返りの水」の昔話にも触れている。また、作者自身が幼い頃、母と過ごしたらしい幸福な日々も回顧される。 訪れたかった長崎と滞在したベルヴュー・ホテル(南山手の居留地)は、酷暑で地獄であった。やっと脱出してたどり着いたのは、開港したばかりの洋式築港の三角港(みすみ、現・三角西港)であった。そこで休息したのが、大浦天主堂やグラバー邸・リンガー邸などを建設した小山秀(秀之進)の手になる、西洋式ホテルの「浦島屋」であった。そこには「乙姫様」もいた。このすずやかな姿の女主人は、経営者山下蹉一郎氏の芳夫人(東京出身)であったという(菊岡倶也「ハーンが描いた浦島屋の女主人・山下芳のこと」熊本アイルランド協会会報6号・1996年3月1日発行 [ウエブで閲覧可])。 なお、注記にある、チェンバレン教授による、竜宮城の砂浜と波の挿絵(狩野派の絵師・小林永濯)のある英訳本「浦島」(全頁)もウエブで閲覧できる(たとえば、梅花女子大学図書館→ちりめん本の世界→日本昔噺。「浦島」の英訳本はないが他の言語では、国際日本文化研究センター→データベース→日文研所蔵→ちりめん本データーベース、など)。(林田清明) |