一
風に靡なびいたマツチの炎ほのほほど無ぶ気き味みにも美しい青いろはない。
二
如い何かに都会を愛するか？――過去の多い女を愛するやうに。
三
雪の降つた公園の枯かれ芝しばは何よりも砂糖漬にそつくりである。
四
僕に中世紀を思ひ出させるのは厳いかめしい赤あか煉れん瓦ぐわの監獄である。若し看かん守しゆさへゐなければ、馬に乗つたジアン・ダアクの飛び出すのに遇あつても驚かないかも知れない。
五
或女給の言葉。――いやだわ。今夜はナイホクなんですもの。
註。ナイホクはナイフだのフオオクだのを洗ふ番に当ることである。
六
並み木に多いのは篠すず懸かけである。橡とちも三たう角かへ楓でも極めて少ない。しかし勿論派出所の巡査はこの木の古典的趣味を知らずにゐる。
七
令嬢に近い芸者が一ひと人り、僕の五六歩前に立ち止まると、いきなり挙手の礼をした。僕はちよつと狼らう狽ばいした。が、後うしろを振り返つたら、同じ年頃の芸者が一人、やはりちやんと挙手の礼をしてゐた。
八
最も僕を憂鬱にするもの。――カアキイ色に塗つた煙えん突とつ。電車の通らない線路の錆さび。屋をく上じやう庭園に飼かはれてゐる猿。……
九
僕は午前一時頃或町裏を通りかかつた。すると泥だらけの土どこ工うが二ふた人り、瓦ガ斯スか何かの工事をしてゐた。狭い路は泥の山だつた。のみならずその又泥の山の上にはカンテラの火が一つ靡なびいてゐた。僕はこのカンテラの為にそこを通ることも困難だつた。すると若い土工が一ひと人り、穴の中から半身を露あらはしたまま、カンテラを側わきへのけてくれた。僕は小声に﹁ありがたう﹂と言つた。が、何か僕自身を憐あはれみたい気もちもない訣わけではなかつた。
十
夜やは半んの隅すみ田だが川はは何度見ても、詩人Ｓ・Ｍの言葉を越えることは出来ない。――﹁羊やう羹かんのやうに流れてゐる。﹂
十一
﹁××さん、遊びませう﹂と云う子供の声、――あれは音おんの高低を示せば、×× San﹇＃﹁San﹂は30度位右上がり﹈ Asobi-ma show﹇＃﹁show﹂は30度位右上がり﹈ である。あの音おんはいつまで残つてゐるかしら。
十二
火事はどこか祭礼に似てゐる。
十三
東京の冬は何よりも漬つけ菜なの茎の色に現あらはれてゐる。殊に場ばす末ゑの町々では。
十四
何かものを考へるのに善よいのはカツフエの一番隅の卓テエ子ブル、それから孤独を感じるのに善よいのは人通りの多い往わう来らいのまん中、最後に静かさを味ふのに善いのは開幕中の劇場の廊らう下か、……
︵昭和二年二月︶