囚われ人

――寓話――

豊島与志雄





 退退
 
 

 
議一はふいに立ち上って、正夫をじっと見つめ、それからまた腰を下す。
 姿
 姿
 
沈黙。
 
 
 姿姿
議一は激しく卓を叩く。正夫はちらと顔を挙げるが、また顔を伏せて、静かに言う。
 
 
 
 退退



 退退
 退退退退
正夫君と呼びかけて、時彦は初めて差し伸べた右手を下し、両手の甲を腰に当てがい、真直に突っ立ったまま口を利く。
 宿
 退

 
 
 
 退
 ※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)
 

 


 愛子――正夫さん、正夫さん……愛子の方を見てごらんなさい。そっぽ向くもんじゃないわ。
姿
 
 
 使
 
 
 
 

 
正夫はちらと顔を挙げて、不思議そうに酒太郎の方を眺め、急に顔をしかめて俯向く。
酒太郎は両腕を差し出し、指をすっかり開いた両の掌をちらちら動かす。
 

 
 
 
 
 
 稿
 
 
 


 
正夫は顔を挙げて、煙吉を不思議そうに眺め、皮肉な薄ら笑いを浮べるが、それにも拘らず、溜息をついて、また顔を伏せてしまう。その方を、煙吉はちらりちらり見やって、腕組みをする。
 煙吉――正夫君、君はずいぶん煙草が好きなようだが、吸いすぎると体に悪いよ。煙草は口臭を去るとか、空腹の助けになるとか、考えごとをまとめるとか、いろんなことが言われてるが、それも適度な場合だけだ。吸い過ぎると、食慾が無くなるし、注意力が散漫になるし、記憶力が減退する。この俺が言うのだから、間違いはないよ。口臭を去るどころか、正夫君、君の口はひどく臭くなってるし、舌はざらざらに荒れてるし、歯は脂で真黒だ。少し慎しんだらどうかね。それに、ニコチンの害毒はひどいからね。
煙吉は向きを変えて、そばに突っ立ってる者たちを眺める。
 
 
煙吉は順々に呼びかける。相手は返事と共にこっくりこっくり二回頷く。
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
酒太郎が酒瓶を出すと、一同はそれぞれ、正夫に与えたのと同じ品物を取り出す。
 酒太郎――おい時彦、時計なんか仕様がないじゃねえか。もっと景気のいいものを出せよ。
時彦はにっこり笑って、時計を両の掌に包みこみ、その掌を開くと、まるで奇術のように、時計は沢山の小さな丸い玉になっていた。半透明の丸玉で、恰も真珠のようだ。それを彼は、卓上にざーとあける。
 
 



 
議一はおずおず近寄って、酒盛の仲間にはいる。そして彼一人だけ、椅子に腰を下す。
 
 
時彦が音頭を取って、ラ・マルセイエーズを歌い出し、一同それに和して歌いながら卓を叩いて拍子を取る。議一ひとり黙っている。
 
 
 
 
 
 


 
皆そこに集まってくる。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
その都度、互に顔を見合せて、怪訝な面持ちになる。
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
姿

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

姿姿姿

 議一――正夫君、さっきのお婆さんは、ほんとに君のお母さんかね。本人はそのように言っていたが……。
正夫は頬杖をついたまま、もう顔を伏せず、不敵な笑みを浮べる。
 
 
 姿
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一同は正夫の方を見る。――おかしなことに、彼等は最初立ち上った時からずっと立ち続けてるのだ。
 
 
 
 
 
 

 

 議一――あ、いけない。しまった。

 


使







 551-13-25
   19664111151

   1952277
 1
tatsuki

2005127

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