ずツと昔むか時し芝しばの金かな杉すぎ橋ばしの際きはへ黄こが金ねも餅ちと云いふ餅もち屋やが出で来きまして、一ひと時しきり大たい層そう流はや行つたものださうでござります。何どういふ訳わけで黄こが金ねも餅ちと名なづけたかと申まうすに、芝しば将しや監うげ殿んど橋のばしの際きはに極ごく貧ひんの者ばかりが住すんで居ゐる裏うら家やがござりまして金きん山ざん寺じ屋やの金きん兵べ衛ゑと申まうす者の隣とな家りに居ゐるのが托たく鉢はつに出でる坊ばうさんで源げん八ぱちと申まうす者、近ちか頃ごろ何どう致いたしたのか煩わづらつて寝て居ゐるから見みま舞つてやらうと金きん兵べ衛ゑが出でて参まゐり、金﹁御ごめ免んなさいよ。源﹁アヽ御お入い来でなさい。見みると煎せん餅べいのやうな薄うすつぺらの蒲ふと団んで爪つめで引ひつ掻かくとポロ〳〵垢あかが落おちる冷たさうな蒲ふと団んの上うへに転ころがつて居ゐるが、独ひと身りも者のだから薬くすり一服ぷく煎せんじて飲のむ事も出で来きない始しま末つ、金﹁私わつしはね今け日ふはアノ通とほり朝から降ふりましたので一日にち楽らくを仕しようと思つて休んだが、何どうも困つたもんですね、何なんですい病気は。源﹁ハツ〳〵いえもう貴あな方た、年が年ですから死しび病やうなんでせう。金﹁お前まへさん其そ様んな気の弱い事を云いつちやアいけませぬ、石いしへ獅しが噛みつ附いても癒なほらうと云いふ了れう簡けんで居ゐなくツちやアいけませぬよ。源﹁いえ私わつしはそら六十四ですもの。金﹁ナニ八十になつても九十になつても生きてる人は生きて居ゐます、死にたいからつて死なれるものぢやないから確しつかりして居ゐなくツちやア。源﹁有あり難がたう存ぞんじます、毎まい度ど御ごし親んせ切つにお見みま舞ひ下くだすつて。金﹁お前まへさん医いし者やに掛かゝつたら何どうです。源﹁いえ掛かゝりませぬ。金﹁其そ様んな事ことを云いはないでさ、此この奥おくの幸かう斎さい先せん生せいは大たい層そう上じや手うずだてえから呼んで来きて上あげませうか。源﹁いえいけませぬ、いけませぬ、ハツ〳〵医いし者やに掛かゝるのも宜ようがすが、直すぐと薬やく礼れいを取られるのが残念ですから。金﹁医いし者やに掛かゝれば是ぜ非ひ薬やく礼れいを取られますよ併しかし夫それが厭いやなら買かひ薬ぐすりでもしなすつたら。源﹁買かひ薬ぐすりだツて薬くす違りちがひでもすると大おほ事ごとになりますからまア止よしませう、夫それより私わつしは喫たべて見たいと思ふ物がありますがね。金﹁何なんです、遠ゑん慮りよなく然さうお云いひなさい、私わつしが買つて来きて上あげませう、何ど様んな物が喫たべたいんです、何どうも何なんだツて沢たん山とは喫たべられやしますまい。源﹁アノ私わつしは大だい福ふく餅もちか今いま坂さかのやうなものを喫たべて見たいのです。金﹁餅もち気ツけのものを沢たん山と喰くつちやア悪くはありませぬか。源﹁いえ悪くつても構かまひませぬ。金﹁ぢやア買つて来きませう、二ふたつか三みつつあれば宜いいんでせう。源﹁いえ、何どう卒ぞ三十ばかり。金﹁其そ様んなに喰くへやアしませぬよ。源﹁ナニ喰くへますから、願ひたいもので。金﹁ぢやア買つて来きませう。直すぐに出でかけたが間まもなく竹の皮かは包づゝみを二ふた包づゝみ持もつて帰かへつて参まゐり、金﹁サ買つて来きたよ。源﹁アヽ、有あり難がたう。金﹁サ、お湯ゆを汲くんで上あげるからお喫たべ、夫それだけはお見みま舞ひかた〴〵私わつしが御ごち馳そ走うして上あげるから。源﹁ハツ〳〵何どうも御ごし親んせ切つに有あり難がたう存ぞんじます、何どう卒か貴あな方たお宅たくへ帰かへつて下くださいまし。金﹁帰かへらんでも宜いいからお喫あがりな、私わつしの見て居ゐる前めえで。源﹁夫それがいけないので、私わつしは子こど供もの時じぶ分んから、人の見て居ゐる前まいでは物は喰くはれない性しや分うぶんですから、何どう卒ぞ帰かへつて下さい、お願ひでございますから。金﹁あい、ぢやア帰かへるよ、用があつたらお呼びよ、直すぐに来くるから。と金きん兵べ衛ゑは宅たくへ帰かへつたが考へた。金﹁はてな、彼あの坊ばう主ずは妙めうな事を云いふて、人の見て居ゐる前まいでは物が喰くはれないなんて、全ぜん体たいアノ坊ばう主ずは大たい変へんに吝けちで金かねを溜ためる奴やつだと云いふ事を聞いて居ゐるが、アヽ云いふ奴やつは屹きつ度と物ものを喰くはうとするとボーと火か何なにか燃もえ上あがるに違ちげえねえ、一番ばん見たいもんだな、食くひ物ものから火ひの燃もえる処ところを、ウム、幸さいはひ壁かべが少し破れてる、斯かうやつて火ひば箸しで突つツついて、ブツ、ヤー這はひ出だして竹の皮を広ひろげやアがつた、アレ丈だけ悉みん皆な喰くつちまうのか知ら。見て居ゐるとも知らず源げん八ぱちは餅もちを取とり上あげ二ツに割わつて中なかの餡あんを繰くり出だし、餡あんは餡あん餅もちは餅もちと両りや方うはうへ積つみ上あげまして、突とつ然ぜん懐ふと中ころへ手てを突つツ込こみ暫しばらくムグ〳〵やつて居ゐたが、ズル〳〵ツと扱こき出だしたは御おな納ん戸どだか紫むらさきだか色いろ気けも分わからぬ様やうになつた古ふるい胴どう巻まきやうな物ものを取とり出だしクツ〳〵と扱こくと中なかから反ほご古が紙みに包つつんだ塊かたまりが出でました。之これを執とつてウームと力ちか任らまかせに破やぶるとザラ〳〵〳〵と出でたのが古こき金んで彼かれ此これ五六十両りやうもあらうかと思おもはれる程ほど、金﹁おゝ金か子ねだ、大たい層そう持もつて居ゐやアがるナ、もう死ぬと云いふので己おれが見みめ舞えに行いつてやつたから、金きん兵べ衛ゑさんに是これだけ残あ余とはお長なが家やの衆しゆうへツて、施ほど与こしでもするのか知しら、今いま茲こゝで己おれが行いくと尚なほ沢たん山と貰もらへる訳わけだが。と見て居ゐると金かねを七なゝ八やツつづゝ大だい福ふく餅もちの中なかへ入いれ上うへから餡あんを詰つめ餅もちで蓋ふたをいたしてギユツと握にぎ固りかためては口へ頬ほゝ張ばり目めを白しろツ黒くろにして呑のみ込こんで居ゐる。金﹁ア、彼あれを喰くひやアがる、何どうも酷ひどい奴やつだナあれ〳〵。と見て居ゐる中うちに忽たちまち五六十両りやうの金か子ねを鵜うの呑みにしたから堪たまらない、悶もが掻き
つて苦しみ出し。源﹁ウーンウーン金きん兵べ衛ゑさん、金きん兵べ衛ゑさん。金﹁あい〳〵今いま行いくよ、今いま行いくよ。源﹁ウーン〳〵。金﹁何どうしたい。源﹁ハツ〳〵。金﹁おゝ〳〵お湯も何なにも飜こぼれて大たい変へんだ。源﹁ド何どう卒ぞお湯をもう一杯下さい。金﹁サお喫あがり。源﹁へい有あり難がたう。微ぬる温ま湯ゆだから其その儘まゝゴツクリ飲のむと、空からツ腹ぱらへ五六十両りやうの金か子ねと餅もちが這はい入つたのでげすからゴロ〳〵〳〵と込こみ上あげて来きた。源﹁ムツ、ムツ。金﹁オヽ吐はくのか吐はくなら少しお待ち、サ此この飯おは櫃ちの蓋ふたン中なかへ悉すつ皆かり吐はいてお了しまひ。源﹁ハツ〳〵ド何どうぞモウ一杯お湯を…。金﹁サお上あがり。源﹁へい有あり難がたう。グート息いきをも継つかずに飲のむと、ゴロ〳〵〳〵と喉のどへ詰つまつたからウーム、バターリと仰あふ向むけさまに顛ひつ倒くりかへつて了しまふ。金﹁アヽおい源げん八ぱちさん、源げん八ぱちさん、アヽ死んだ、何どうも此この金かねがあるんで今いま迄まで死しに切きれずに居ゐたんだナ、金かねを腹はらん中なかい入いれちまつてモウ誰たれにも取られる気きづ遣かひがないから安心して死んだのだが何どうも強がう慾よくな奴やつもあつたもんだな、是これが所いは謂ゆる有うざ財い餓が鬼きてえんだらう、何なにしろ此この儘まゝ葬はうむつて了しまふのは惜をしいや、腹はらン中なかに五六十両りやうの金か子ねが這はい入つてる、加おま之けに古こき金んだ、何どうして呉くれよう、知つてるのは己おればかりだが、ウム、宜いい事がある。直すぐに宅たくへ帰かへつて羽はお織りを引ひきかけ差さは配いに人んの宅たくへやつて来きました。金﹁エヽ今こん日ちは。﹁おや是これは能ようお出いでなすつた、金きん兵べ衛ゑさん今け日ふはお休みかい。金﹁へい、今け日ふは休みましてござります、就つきまして差さは配いさん少せう々〳〵お願ねがひがあつて出ました。﹁アヽ何なんだイ。金﹁私わた共しどもの隣とな家りの源げん八ぱちと云いふ修しゆ業げふに出ます坊ばうさんナ。﹁イヤあの坊ばうさんに困つて居ゐるのだよ、店たな請うけがあつたんだけれど其その店たな請うけが何どつ所かへ逃かけ亡おちをして了しまつたので、今にもアノ坊ばうさんに目めを瞑ねむられると係かゝ合りあひだと思つて誠に案あんじて居ゐるのサ。金﹁夫それが貴あな方た、段だん々〴〵詮あ索らつて見ますると私わたしと少し内ひつ縁かゝりの様やうに思はれます、仮たと令へ身みよ寄りでないにもせよ功くど徳くの為ために葬とむ式らひだけは私わたしが引ひき受うけて出してやりたいと存ぞんじますが、夫それに当たう人にんの遺ゆゐ言ごんで是ぜ非ひ火くわ葬さうにして呉くれろと申まうすことで。﹁成なる程ほど、夫それは何どうも御ごき奇ど特くな事で、お前まいが葬とむ式らひを出して呉くれゝば誠に有あり難がたいね、ぢやア何なに分ぶんお頼たのウ申まうしますよ、今に私わたしも行ゆきますが、早はや桶をけや何なにかの手てあ当ては。金﹁ナニ宜よろしうございます、湯ゆく灌わんや何なにかもザツと致いたしまして、早はや桶をけと云いつては高いものですし何どうせ焼やいて了しまふもんですから沢たく庵あん樽だるか菜なづ漬けだ樽るにでも入いれませう。﹁夫それが宜よからう、ソコでお前まへさんは施せし主ゆの事ことだから袴はかまでも着つけるかい。金﹁ナニ夜よ分るの事ことでげすから襦じゆ袢ばんをひつくり返して穿はきます。﹁デモ編あみ笠がさは被かぶらなければなるまい。金﹁ナニ三さん俵だらポツチでも被かぶつて摺すり小こ木ぎでも差さして往ゆきませう。﹁可を笑かしいな、狐きつねにでも化ばかされたやうで。金﹁ナニ構かまやアしませぬ。﹁ぢやア何なに分ぶん頼たのむよ。金﹁へい宜よろしうがす。﹁お寺てらは何ど所こだい。金﹁エヽ麻あざ布ぶの三さん軒げん家やなんで。﹁何どうも大たい変へんに遠いね、まア宜よい、ぢやア其その積つもりで。金﹁へい畏かしこまりました。是これから宅たくへ帰かへつて支した度くをして居ゐる中うちに長なが家やの者も追おひ々〳〵悔くやみに来くる、差さは配いに人んは葬さう式しきの施せし主ゆが出で来きたので大おほきに喜び提ちや灯うちんを点つけてやつて参まゐり﹁金きん兵べ衛ゑさん色いろ々〳〵お骨ほね折をり、誠に御ごく苦らう労さ様ま。金﹁何どういたしまして、何どうも遠ゑん方ぱうの処ところを恐おそ入れいります、何いづれも稼かげ業ふに人んばかりですから成なるたけ早く致いたして了しまひたいと存ぞんじます。﹁其その方はうが宜いい、机や何なにか立りつ派ぱに出で来きたね。金﹁ナニ板の古いのがありましたからチヨイと足を打うち附つけて置いたので。﹁成なる程ほど、早はや桶をけは大だい分ぶ宜いいのがあつたね。金﹁ナニ是これは沢たく庵あん樽だるで。﹁おや、山に十の字の焼やき印いんがあるね、是これは己おれン所とこの沢たく庵あん樽だるぢやアないか。金﹁何なんだか知れませぬが井ゐど戸ば端たに水が盛はつてあつたのを覆こぼして持もつて来きましたが、ナニ直ぢきに明けてお返し申まうします。﹁明けて返したつて仕しやうがない、冗じよ談うだん云いつちやアいけない、ぢやアそろ〳〵出かけよう。是これから長なが家やの者が五六人付ついて出かけましたが、お寺は貧ひん窮きゆ山うさ難んな渋んじ寺ふじと云いふので、本ほん堂だうには鴻こう雁がん寺じが二挺てう点ともつて居ゐる。金﹁皆みなさん嘸さぞお疲くた労びれでございませう、大おほきに有あり難がたう存ぞんじました。甲﹁何どうも可かあ哀いさうな事をしましたな、私わたしも長らく一し緒よに居をつたが喰くふ物も喰くはずに修しゆ業げふして歩き、金か子ねを蓄ためた人ですから少しは貯こゝ金ろがけがありましたらう。金﹁いえ何なにもありませぬよ、何どう卒ぞ皆みなさん此こち方らへお出いでなすつてナニ本ほん堂だうで莨たばこを喫のんだつて構かまやアしませぬ。其その中うちに和をし尚やうが出て来くる。和﹁ハイ何どうも御ごし愁うし傷やうな事で。金﹁何どう卒ぞ一ツ何なんとでも戒かい名めうをお附つけなすつて。此この仏ほとけは是これ々〳〵で餅もちと金かねを一緒に食くつて死んだのでげすから、とも申まうされませんが、戒かい名みやうを見ると﹁安あん妄もう養やう空くう信しん士じ﹂と致いたして置かれたのには金きん兵べ衛ゑが驚おどろきました。金﹁成なる程ほど、是これは面おも白しろうがすな。和﹁夫それでは引いん導だうを渡わたして上あげよう。グワン〳〵と鉦かねを打うち鳴ならし、和﹁南なむ無か喝ら
怛たん那の、
羅とら夜や耶や、南な無む阿お
耶りや、婆ばり慮よぎ羯やて諦いし爍ふ鉢ふ羅ら耶や、菩ふ提ち薩さ※と婆ば耶や﹇＃﹁足へん＋多﹂、359-2﹈。と神しん咒じゆを唱となへ往わう生じや集うしふを朗らう読どくして後のちに引いん導どうを渡わたし、焼せう香かうも済すんで了しまふと。金﹁何どうも皆みなさん遠ゑん方ぽうの処ところ誠に有あり難がたう存ぞんじました、本ほん来らいならば強おこ飯はかお酢すしでも上あげなければならないんですが、御ごし承よう知ちの通とほりの貧びん乏ばふ葬どむ式らひでげすから、恐おそ入れいりましたが何なにも差さし上あげませぬ、尤もつとも外へ出ますと夜よた鷹か蕎そ麦ばでも何なんでもありますから貴あな所たが方たのお銭あしで御ごか勝つ手てに召めし上あがりまして。甲﹁何なんだ人ひと面おも白しろくもねえ、先さきへ出よう〳〵。﹁金きん兵べ衛ゑどんお前まい是これから焼やき場ばへ持もつて行ゆくのに独ひとりぢやア困るだらうから己おれが片かた棒ぼう担かついでやらうか。金﹁ナニ宜よろしうがす、私わたしが独ひとりで脊しよ負つて行ゆきます、成なるたけ入も費のの係かゝらぬ方はうが宜よろしうがすから。﹁宜いいかえ。金﹁エヽ宜ようがすとも。と早はや桶をけを脊し負よひ焼やき場ばか鑑んさ札つを貰もらつてドン〳〵焼やき場ばへ来きまして。金﹁お頼たのう申まうします。坊﹁ドーレ。金﹁何どう卒ぞこれを。坊﹁ア、成なる程ほど、難なん渋じふ寺じかへ、宜よろしい、此こち方らへ。金﹁それで此この並なみ焼やきはお幾いくらでげす。坊﹁並なみ焼やきは一歩ぶと二百だね。金﹁ヘヽー何どうでげせう、三朱しゆ位ぐらゐには負まかりますまいか。坊﹁焼やき場ばへ来きて値ね切ぎるものもないもんだ、極きまつて居ゐるよ。金﹁ナニ本ほん当たうに焼やけないでも宜よろしいんで。坊﹁然さうはいかない、一いつ体たいに火が掛かゝるんだから。金﹁頭と足の方ほうはホンガリ焼やいて腹はらは生なま焼やきにはなりますまいか。坊﹁然さうはいきませぬよ、元もと膩あぶらだから一いつ体たいに火が掛かゝるでな。金﹁ぢやア明みや朝うあさ早く骨こつ揚あげに来きますから、死しが骸いを間まち違がひないやうに願ひます。坊﹁其そ様んな事はありやせぬ。金﹁何なに分ぶんお頼たのみ申まうします。と宅たくへ帰かへつたがまだ暗い中うちにやつて来きました。金﹁お早う。坊﹁えらう早く来きたな、まだ薄うす暗ぐらいのに。金﹁エヘヽヽ昨さく晩ばんは大おほきにお喧やかましうございます。坊﹁ウム値ねぎ切つた人か、サ此こつ方ちへ這は入いんなさい。金﹁へい、有あり難がたう。坊﹁穏をん坊ばう〳〵、見て上あげろ。穏﹁はい此こつ方ちへお出いでなさい、骨こつを入いれる物を持もつてお出いでなすつたか。金﹁イエ、何なにか買かはうと思おもつたが大だい分ぶ高たけえやうですから、彼あす所こに二升しよう壜どつこりの口の欠かけたのがあつたから彼あれを持もつて来きました。穏﹁彼あれは私わしが水を入いれて置いたのだ、無むや闇みに口くちなんぞを打ぶつ欠かいちやアいけませぬよ。金﹁エヘ、御ごめ免んなさい、兎とに角かく頂ちや戴うだいしませう、一体たいに黒くろくなりやしたな、何どうも、南なむ無あ阿み弥だ陀ぶ仏つ々／々＼々／々＼々／々＼、成なる程ほど此この木きの箸はしと竹たけの箸はしで斯かうするんですな、お前まいさん彼あつ方ちへ行いつてゝお呉くんなさい。穏﹁私わしが見て居ゐねえでは歯はつ骨こつや何なにか分わかるまい。金﹁ナニ知つてるよ、ちやんと心こゝ得ろえてるんだ、彼あつ方ちへ行ゆけ、行ゆかねえと撲なぐり附つけるぞ、行いかねえか畜ちく生しやう。箸はしで段だん々〴〵灰はいを掻かいて行ゆくと腹はらの辺あたりに塊かたまりがあつたから木と竹の箸はしでヅンと突つき割わると中なかから色も変かはらず山やま吹ぶき色いろの古こき金んが出るから、慌あはてゝ両りや方うはうの袂たもとへ入いれながら。金﹁穏をん坊ばうの畜ちく生しやう、此こつ方ちへ這はい入つて来きやアがると肯きかねえぞ、無むや闇みに這へい入りやアがるとオンボウ焼やいて押おつ付つけるぞ。と悪あく体たいをつきながら穏をん坊ばうの袖そでの下したを掻かい潜くゞつてスーツと駈かけ出だして行ゆきました。穏﹁アレ、乱らん暴ぼう狼らう藉ぜきな奴やつもあればあるものだ、アレ逃にげてツちまつた。金きん兵べ衛ゑさんは此この金か子ねを以もつて、芝しば金かな杉すぎ橋ばしの本もとへ、黄こが金ねも餅ちと云いふ餅もち屋やを出したのが、大たい層そう繁はん昌じやういたした。と云いふ一席せき話ばなしでござります。
つて苦しみ出し。源﹁ウーンウーン金きん兵べ衛ゑさん、金きん兵べ衛ゑさん。金﹁あい〳〵今いま行いくよ、今いま行いくよ。源﹁ウーン〳〵。金﹁何どうしたい。源﹁ハツ〳〵。金﹁おゝ〳〵お湯も何なにも飜こぼれて大たい変へんだ。源﹁ド何どう卒ぞお湯をもう一杯下さい。金﹁サお喫あがり。源﹁へい有あり難がたう。微ぬる温ま湯ゆだから其その儘まゝゴツクリ飲のむと、空からツ腹ぱらへ五六十両りやうの金か子ねと餅もちが這はい入つたのでげすからゴロ〳〵〳〵と込こみ上あげて来きた。源﹁ムツ、ムツ。金﹁オヽ吐はくのか吐はくなら少しお待ち、サ此この飯おは櫃ちの蓋ふたン中なかへ悉すつ皆かり吐はいてお了しまひ。源﹁ハツ〳〵ド何どうぞモウ一杯お湯を…。金﹁サお上あがり。源﹁へい有あり難がたう。グート息いきをも継つかずに飲のむと、ゴロ〳〵〳〵と喉のどへ詰つまつたからウーム、バターリと仰あふ向むけさまに顛ひつ倒くりかへつて了しまふ。金﹁アヽおい源げん八ぱちさん、源げん八ぱちさん、アヽ死んだ、何どうも此この金かねがあるんで今いま迄まで死しに切きれずに居ゐたんだナ、金かねを腹はらん中なかい入いれちまつてモウ誰たれにも取られる気きづ遣かひがないから安心して死んだのだが何どうも強がう慾よくな奴やつもあつたもんだな、是これが所いは謂ゆる有うざ財い餓が鬼きてえんだらう、何なにしろ此この儘まゝ葬はうむつて了しまふのは惜をしいや、腹はらン中なかに五六十両りやうの金か子ねが這はい入つてる、加おま之けに古こき金んだ、何どうして呉くれよう、知つてるのは己おればかりだが、ウム、宜いい事がある。直すぐに宅たくへ帰かへつて羽はお織りを引ひきかけ差さは配いに人んの宅たくへやつて来きました。金﹁エヽ今こん日ちは。﹁おや是これは能ようお出いでなすつた、金きん兵べ衛ゑさん今け日ふはお休みかい。金﹁へい、今け日ふは休みましてござります、就つきまして差さは配いさん少せう々〳〵お願ねがひがあつて出ました。﹁アヽ何なんだイ。金﹁私わた共しどもの隣とな家りの源げん八ぱちと云いふ修しゆ業げふに出ます坊ばうさんナ。﹁イヤあの坊ばうさんに困つて居ゐるのだよ、店たな請うけがあつたんだけれど其その店たな請うけが何どつ所かへ逃かけ亡おちをして了しまつたので、今にもアノ坊ばうさんに目めを瞑ねむられると係かゝ合りあひだと思つて誠に案あんじて居ゐるのサ。金﹁夫それが貴あな方た、段だん々〴〵詮あ索らつて見ますると私わたしと少し内ひつ縁かゝりの様やうに思はれます、仮たと令へ身みよ寄りでないにもせよ功くど徳くの為ために葬とむ式らひだけは私わたしが引ひき受うけて出してやりたいと存ぞんじますが、夫それに当たう人にんの遺ゆゐ言ごんで是ぜ非ひ火くわ葬さうにして呉くれろと申まうすことで。﹁成なる程ほど、夫それは何どうも御ごき奇ど特くな事で、お前まいが葬とむ式らひを出して呉くれゝば誠に有あり難がたいね、ぢやア何なに分ぶんお頼たのウ申まうしますよ、今に私わたしも行ゆきますが、早はや桶をけや何なにかの手てあ当ては。金﹁ナニ宜よろしうございます、湯ゆく灌わんや何なにかもザツと致いたしまして、早はや桶をけと云いつては高いものですし何どうせ焼やいて了しまふもんですから沢たく庵あん樽だるか菜なづ漬けだ樽るにでも入いれませう。﹁夫それが宜よからう、ソコでお前まへさんは施せし主ゆの事ことだから袴はかまでも着つけるかい。金﹁ナニ夜よ分るの事ことでげすから襦じゆ袢ばんをひつくり返して穿はきます。﹁デモ編あみ笠がさは被かぶらなければなるまい。金﹁ナニ三さん俵だらポツチでも被かぶつて摺すり小こ木ぎでも差さして往ゆきませう。﹁可を笑かしいな、狐きつねにでも化ばかされたやうで。金﹁ナニ構かまやアしませぬ。﹁ぢやア何なに分ぶん頼たのむよ。金﹁へい宜よろしうがす。﹁お寺てらは何ど所こだい。金﹁エヽ麻あざ布ぶの三さん軒げん家やなんで。﹁何どうも大たい変へんに遠いね、まア宜よい、ぢやア其その積つもりで。金﹁へい畏かしこまりました。是これから宅たくへ帰かへつて支した度くをして居ゐる中うちに長なが家やの者も追おひ々〳〵悔くやみに来くる、差さは配いに人んは葬さう式しきの施せし主ゆが出で来きたので大おほきに喜び提ちや灯うちんを点つけてやつて参まゐり﹁金きん兵べ衛ゑさん色いろ々〳〵お骨ほね折をり、誠に御ごく苦らう労さ様ま。金﹁何どういたしまして、何どうも遠ゑん方ぱうの処ところを恐おそ入れいります、何いづれも稼かげ業ふに人んばかりですから成なるたけ早く致いたして了しまひたいと存ぞんじます。﹁其その方はうが宜いい、机や何なにか立りつ派ぱに出で来きたね。金﹁ナニ板の古いのがありましたからチヨイと足を打うち附つけて置いたので。﹁成なる程ほど、早はや桶をけは大だい分ぶ宜いいのがあつたね。金﹁ナニ是これは沢たく庵あん樽だるで。﹁おや、山に十の字の焼やき印いんがあるね、是これは己おれン所とこの沢たく庵あん樽だるぢやアないか。金﹁何なんだか知れませぬが井ゐど戸ば端たに水が盛はつてあつたのを覆こぼして持もつて来きましたが、ナニ直ぢきに明けてお返し申まうします。﹁明けて返したつて仕しやうがない、冗じよ談うだん云いつちやアいけない、ぢやアそろ〳〵出かけよう。是これから長なが家やの者が五六人付ついて出かけましたが、お寺は貧ひん窮きゆ山うさ難んな渋んじ寺ふじと云いふので、本ほん堂だうには鴻こう雁がん寺じが二挺てう点ともつて居ゐる。金﹁皆みなさん嘸さぞお疲くた労びれでございませう、大おほきに有あり難がたう存ぞんじました。甲﹁何どうも可かあ哀いさうな事をしましたな、私わたしも長らく一し緒よに居をつたが喰くふ物も喰くはずに修しゆ業げふして歩き、金か子ねを蓄ためた人ですから少しは貯こゝ金ろがけがありましたらう。金﹁いえ何なにもありませぬよ、何どう卒ぞ皆みなさん此こち方らへお出いでなすつてナニ本ほん堂だうで莨たばこを喫のんだつて構かまやアしませぬ。其その中うちに和をし尚やうが出て来くる。和﹁ハイ何どうも御ごし愁うし傷やうな事で。金﹁何どう卒ぞ一ツ何なんとでも戒かい名めうをお附つけなすつて。此この仏ほとけは是これ々〳〵で餅もちと金かねを一緒に食くつて死んだのでげすから、とも申まうされませんが、戒かい名みやうを見ると﹁安あん妄もう養やう空くう信しん士じ﹂と致いたして置かれたのには金きん兵べ衛ゑが驚おどろきました。金﹁成なる程ほど、是これは面おも白しろうがすな。和﹁夫それでは引いん導だうを渡わたして上あげよう。グワン〳〵と鉦かねを打うち鳴ならし、和﹁南なむ無か喝ら怛たん那の、羅とら夜や耶や、南な無む阿お耶りや、婆ばり慮よぎ羯やて諦いし爍ふ鉢ふ羅ら耶や、菩ふ提ち薩さ※と婆ば耶や﹇＃﹁足へん＋多﹂、359-2﹈。と神しん咒じゆを唱となへ往わう生じや集うしふを朗らう読どくして後のちに引いん導どうを渡わたし、焼せう香かうも済すんで了しまふと。金﹁何どうも皆みなさん遠ゑん方ぽうの処ところ誠に有あり難がたう存ぞんじました、本ほん来らいならば強おこ飯はかお酢すしでも上あげなければならないんですが、御ごし承よう知ちの通とほりの貧びん乏ばふ葬どむ式らひでげすから、恐おそ入れいりましたが何なにも差さし上あげませぬ、尤もつとも外へ出ますと夜よた鷹か蕎そ麦ばでも何なんでもありますから貴あな所たが方たのお銭あしで御ごか勝つ手てに召めし上あがりまして。甲﹁何なんだ人ひと面おも白しろくもねえ、先さきへ出よう〳〵。﹁金きん兵べ衛ゑどんお前まい是これから焼やき場ばへ持もつて行ゆくのに独ひとりぢやア困るだらうから己おれが片かた棒ぼう担かついでやらうか。金﹁ナニ宜よろしうがす、私わたしが独ひとりで脊しよ負つて行ゆきます、成なるたけ入も費のの係かゝらぬ方はうが宜よろしうがすから。﹁宜いいかえ。金﹁エヽ宜ようがすとも。と早はや桶をけを脊し負よひ焼やき場ばか鑑んさ札つを貰もらつてドン〳〵焼やき場ばへ来きまして。金﹁お頼たのう申まうします。坊﹁ドーレ。金﹁何どう卒ぞこれを。坊﹁ア、成なる程ほど、難なん渋じふ寺じかへ、宜よろしい、此こち方らへ。金﹁それで此この並なみ焼やきはお幾いくらでげす。坊﹁並なみ焼やきは一歩ぶと二百だね。金﹁ヘヽー何どうでげせう、三朱しゆ位ぐらゐには負まかりますまいか。坊﹁焼やき場ばへ来きて値ね切ぎるものもないもんだ、極きまつて居ゐるよ。金﹁ナニ本ほん当たうに焼やけないでも宜よろしいんで。坊﹁然さうはいかない、一いつ体たいに火が掛かゝるんだから。金﹁頭と足の方ほうはホンガリ焼やいて腹はらは生なま焼やきにはなりますまいか。坊﹁然さうはいきませぬよ、元もと膩あぶらだから一いつ体たいに火が掛かゝるでな。金﹁ぢやア明みや朝うあさ早く骨こつ揚あげに来きますから、死しが骸いを間まち違がひないやうに願ひます。坊﹁其そ様んな事はありやせぬ。金﹁何なに分ぶんお頼たのみ申まうします。と宅たくへ帰かへつたがまだ暗い中うちにやつて来きました。金﹁お早う。坊﹁えらう早く来きたな、まだ薄うす暗ぐらいのに。金﹁エヘヽヽ昨さく晩ばんは大おほきにお喧やかましうございます。坊﹁ウム値ねぎ切つた人か、サ此こつ方ちへ這は入いんなさい。金﹁へい、有あり難がたう。坊﹁穏をん坊ばう〳〵、見て上あげろ。穏﹁はい此こつ方ちへお出いでなさい、骨こつを入いれる物を持もつてお出いでなすつたか。金﹁イエ、何なにか買かはうと思おもつたが大だい分ぶ高たけえやうですから、彼あす所こに二升しよう壜どつこりの口の欠かけたのがあつたから彼あれを持もつて来きました。穏﹁彼あれは私わしが水を入いれて置いたのだ、無むや闇みに口くちなんぞを打ぶつ欠かいちやアいけませぬよ。金﹁エヘ、御ごめ免んなさい、兎とに角かく頂ちや戴うだいしませう、一体たいに黒くろくなりやしたな、何どうも、南なむ無あ阿み弥だ陀ぶ仏つ々／々＼々／々＼々／々＼、成なる程ほど此この木きの箸はしと竹たけの箸はしで斯かうするんですな、お前まいさん彼あつ方ちへ行いつてゝお呉くんなさい。穏﹁私わしが見て居ゐねえでは歯はつ骨こつや何なにか分わかるまい。金﹁ナニ知つてるよ、ちやんと心こゝ得ろえてるんだ、彼あつ方ちへ行ゆけ、行ゆかねえと撲なぐり附つけるぞ、行いかねえか畜ちく生しやう。箸はしで段だん々〴〵灰はいを掻かいて行ゆくと腹はらの辺あたりに塊かたまりがあつたから木と竹の箸はしでヅンと突つき割わると中なかから色も変かはらず山やま吹ぶき色いろの古こき金んが出るから、慌あはてゝ両りや方うはうの袂たもとへ入いれながら。金﹁穏をん坊ばうの畜ちく生しやう、此こつ方ちへ這はい入つて来きやアがると肯きかねえぞ、無むや闇みに這へい入りやアがるとオンボウ焼やいて押おつ付つけるぞ。と悪あく体たいをつきながら穏をん坊ばうの袖そでの下したを掻かい潜くゞつてスーツと駈かけ出だして行ゆきました。穏﹁アレ、乱らん暴ぼう狼らう藉ぜきな奴やつもあればあるものだ、アレ逃にげてツちまつた。金きん兵べ衛ゑさんは此この金か子ねを以もつて、芝しば金かな杉すぎ橋ばしの本もとへ、黄こが金ねも餅ちと云いふ餅もち屋やを出したのが、大たい層そう繁はん昌じやういたした。と云いふ一席せき話ばなしでござります。