ある夏の朝のことです。ちびの仕した立て屋やさんが窓まどぎわの仕した立てだ台いにむかって、いいごきげんで、いっしょうけんめい、ぬいものをしていました。 すると、ひとりのお百ひゃ姓くしょうさんのおかみさんが通りをやってきて、 ﹁じょうとうのジャムはどうかね、じょうとうのジャムはどうかね。﹂ と、よばわりました。 この声が、ちびの仕した立て屋やさんの耳に、いかにも気持ちよくひびいたのです。それで、仕立屋さんは小さな頭を窓まどからつきだして、よびとめました。 ﹁ここへあがってきてくれよ、おかみさん、その荷にがからになるぜ。﹂ おかみさんはおもいかごをかかえて、階かい段だんを三つあがって、仕立屋さんのところへきました。そして、いわれるままに、ジャムのつぼをのこらずあけてみせました。仕立屋さんはそのつぼをみんなしらべて、いちいちもちあげては、鼻はなをくっつけてみました。そのあげくのはてに、こういいました。 ﹁よさそうなジャムだね、おかみさん。四ロート︵一ポンドの約三十分の一︶ばかりはかっておくれ。なに、四分の一ポンドぐらいあったってかまやしないよ。﹂ たくさん買ってもらえるとばかり思っていたおかみさんは、仕した立て屋やさんのくれというだけをはかってわたしましたが、ぷんぷんおこって、ぶつぶついいながらいってしまいました。 ﹁このジャムは、神かみさまがおれにめぐんでくださったんだ。﹂ と、仕立屋さんは大きな声でいいました。 ﹁これで強い力をさずけてくださるんだ。﹂ 仕立屋さんは戸だなからパンをだしてきて、大きなパンのかたまりからひときれ切りとって、その上にジャムをぬりつけました。 ﹁こいつはにがくはないだろう。だが、食べるまえに、このジャケツをしあげちまおう。﹂ と、仕立屋さんはいいました。 そこで、仕した立て屋やさんはパンをじぶんのわきにおいて、またぬいはじめました。けれども、うれしいものですから、つい、ぬいかたがだんだんあらくなってきました。 そのうちに、ジャムのあまいにおいが、ハエのたくさんとまっている壁かべをつたっていきました。ハエはにおいにさそわれて、パンの上にいっぱいあつまってきました。 ﹁やい、やい、だれがきさまたちにきてくれっていった。﹂ 仕立屋さんはこういって、よびもしないのにやってきたお客きゃくさんたちを追おっぱらいました。けれども、ハエたちには、ドイツ語ごなんかわかりません。ですから、追おいはらわれるどころか、だんだんになかまの数をふやしては、なんどもなんどももどってくるのでした。 こうしているうちに、とうとう、仕した立て屋やさんのかんしゃくだまが爆ばく発はつしました。仕立屋さんは仕した立てだ台いの穴あなから布ぬのきれをつかみだして、 ﹁待まってろ、こいつをくれてやる。﹂ と、さけぶがはやいか、そのきれで思いきってハエをたたきました。 仕立屋さんがきれをとってかぞえてみますと、ちょうど七ひきのハエが目のまえに死しんで、手足をのばしています。 ﹁なんて弱よわ虫むしなんだ。﹂ と、仕立屋さんはいって、じぶんのいさましいのに、われながら感心してしまいました。 ﹁こいつは、町じゅうに知らせてやろう。﹂ そこで、仕した立て屋やさんはおおいそぎで、帯おびを一本裁たって、ぬいあげました。そしてそれに、大きな字で、﹁ひと打うちで七つ﹂と、ししゅうをしました。 ところが、仕立屋さんは、 ﹁ふん、町なんかなんだい。世せか界いじゅうに知らせてやるんだ。﹂ と、いいました。 仕立屋さんの心しん臓ぞうは、うれしすぎて、まるで小ヒツジのしっぽみたいに、ぴくぴくうごいていました。 仕した立て屋やさんはその帯おびをこしにまきつけました。これから、世よのなかへでていこうというのです。だって、こんなしごと場ばなんか、じぶんのいさましさにくらべれば、あんまり小さすぎますもの。 でかけるまえに、仕立屋さんは、なにかもっていけるものはないだろうかと、うちのなかをさがしてみました。けれども、古いチーズがひとかけらしか見つかりませんでした。それで、そのチーズを、仕立屋さんはポケットにつっこみました。 町はずれの門のところで、一羽わの鳥がやぶのなかにはいって、でられなくなっているのを見つけました。これもチーズといっしょに、ポケットにつっこみました。 それから、仕立屋さんは、いさましく、大またに歩いていきました。身みがかるくて、すばしこいので、ちっともつかれませんでした。 そのうちに、道は山へさしかかりました。てっぺんについてみますと、そこには雲つくような大男がすわっていて、いかにものんびりとあたりをながめていました。仕立屋さんは勇ゆう気きをだして、その大男のほうへ歩いていって、よびかけました。 ﹁やあ、どうだね、きょうだい。おまえさんはそこにすわりこんで、ひろい世せけ間んをながめているってわけかい。おれもちょうどそのひろい世のなかへでていこうってとこさ。運うんだめしでもしようと思ってね。おまえさん、いっしょにいく気はないかい。﹂ 大男は、ばかにしたように、仕立屋さんをじろっとながめて、 ﹁きさま、どこの馬のほねだ。みっともない野やろ郎うだな。﹂ と、いいました。 ﹁なんだと。﹂ 仕した立て屋やさんはこういって、上うわ着ぎのボタンをはずして、大男にあの帯おびを見せました。 ﹁こいつを読めば、おれがどんな男か、わからあ。﹂ 大男は﹁ひと打うちで七つ﹂と書いてあるのを読んで、仕立屋さんがうち殺ころしたのは、てっきり人間だと思いました。それで、このちびすけをちっとはうやまう気持ちになりましたが、でもまあ、とにかくためしてやれ、と腹はらのなかで思いました。そこで、大男は石をひとつ手にとって、ぎゅうっとにぎりしめました。すると、その石からしずくがぽたぽたとおちました。 ﹁きさまに力があるんなら、このまねをしてみろ。﹂ と、大男がいいました。 ﹁なんだ、たったそれっきりかい。おれにとっちゃ、そんなこたあ、お茶ちゃの子こだ。﹂ 仕した立て屋やさんはこういって、ポケットに手をつっこんで、あのやわらかいチーズをとりだしました。そして、それをぐいとにぎりしめましたので、しるがだらだらとながれだしました。 ﹁どうだい、ちと、おれのほうがうわてだろう。﹂ と、仕立屋さんはいいました。 大男は、なんとこたえていいのか、わかりません。このちびすけに、こんなことができようとは、どうしても信じることができません。そこで、こんどは、石をひとつひろって、目ではほとんど見えないくらい高いところまでほうりあげました。 ﹁さあ、ひよっこ野やろ郎う、おれのまねをしてみな。﹂ ﹁うまくほうったな。﹂ と、仕した立て屋やさんがいいました。 ﹁だが、あの石は地じめ面んへおっこってきたじゃあないか。おれがいまほうってみせるのはな、二度ともどってこやしないんだぞ。﹂ 仕立屋さんはポケットに手をつっこんで、あの鳥をつかむと、いきなりそいつを空へほうりあげました。 鳥は自じゆ由うになったのをよろこんで、空へのぼっていきました。そして、どこともなくとびさって、二度ともどってはきませんでした。 ﹁おい、きょうだい、こんなことでいいのかい。﹂ と、仕した立て屋やさんがたずねました。 ﹁ちょいとばかしなげるなあ、きさまも。﹂ と、大男がいいました。 ﹁だが、こんどは、きさまにまともなものがかつげるかどうか、ためしてみようじゃないか。﹂ 大男は仕立屋さんを、大きなカシの木が地じべたにたおれているところへつれていきました。そして、 ﹁きさまにほんとうに力があるんなら、おれに手をかして、この木を森のそとまではこびだしてくれ。﹂ と、さそいかけました。 ﹁いいとも。﹂ と、ちびさんはこたえました。 ﹁それじゃあ、おまえは幹みきのところをかつぎな。おれは大おお枝えだを小枝ごとかつぐからな。なんてったって、こいつがいちばんほねのおれるしごとさ。﹂ こういわれて、大男は幹をかつぎあげました。ところが仕した立て屋やさんは、すましたもので、大枝の上にこしかけました。大男はうしろをふりむくことができませんから、大きな木をまるごと、おまけに仕立屋さんまでもいっしょにかついでいかなければなりませんでした。 うしろにのった仕立屋さんは、まことにごきげんで、陽よう気きなものでした。木をかつぐのなんか、まるで子どものあそびだとでもいうように、
お馬にのった仕立屋 さん
三人そろって町からでていった
三人そろって町からでていった
と、小こう唄たを口くち笛ぶえでふいていました。
大男はかなりのあいだおもい荷にも物つをひきずっていきましたが、もうどうにもそれいじょうすすめなくなりましたので、
﹁おい、木をおとすぞ。﹂
と、どなりました。
仕した立て屋やさんはひらりととびおりて、両りょ腕ううでで木をかかえました。こうして、いままでずっとかかえていたような顔をして、大男にむかって、
﹁おまえさんは大きなずうたいをしているくせに、こんな木ひとつ、かつげないのかい。﹂
と、いいました。
ふたりは、それからまた、いっしょに歩いていきました。やがて、一本のサクラの木のそばをとおりかかりました。すると、大男はじゅくしきったサクランボのなっている木のてっぺんを、ひょいとつかんで、ひきおろしました。そしてそれを仕した立て屋やさんの手にもたせて、サクランボを食べるようにいいました。でも、ちびの仕立屋さんでは、とてもその木をおさえているだけの力がありません。ですから、大男が手をはなしますと、とたんに木ははねかえって、それといっしょに、仕立屋さんも空へはねとばされてしまいました。
それでも、仕立屋さんがけがひとつしないで、おちてきますと、大男はいいました。
﹁なんだ、きさまには、こんなほそい枝えだをおさえているだけの力もないのか。﹂
﹁力がないんじゃない。﹂
と、仕立屋さんがいいました。
﹁おまえさん、ひと打うちで七つもやっつけた男に、こんなことがものの数にはいるとでも思ってるのかい。おれはな、下で猟りょ師うしがやぶんなかへ鉄てっ砲ぽうをうってるから、ちょいと木をとびこえただけなのさ。おまえさん、できるなら、おれのまねをしてとんでみな。﹂
大男はやってみましたが、木をとびこすことができないで、枝えだのあいだにひっかかってしまいました。こんなわけで、こんどもまた仕した立て屋やさんの勝かちになりました。
大男はいいました。
﹁おまえがそれほどいさましい男だというんなら、いっしょにおれたちの岩いわ屋やへきて、とまってみろ。﹂
仕立屋さんは、待まってましたとばかりに、大男のあとについていきました。
岩屋についてみますと、そこには、ほかの大男たちが火のそばにすわりこんで、めいめい丸まる焼やきにしたヒツジを一ぴきずつ手にもって、むしゃむしゃ食べていました。
仕立屋さんはあたりを見まわして、
︵こりゃ、おれのしごと場ばよりずっとひろいや。︶
と、思いました。
さっきの大男は、仕立屋さんに寝ねど床こをひとつきめてやって、
﹁それにもぐりこんで、ゆっくりねろ。﹂
と、いいました。
でも、ちびの仕した立て屋やさんには、その寝ねど床こは大きすぎました。ですから、仕立屋さんはなかへはもぐりこまずに、ほんのすみっこにはいこんでいました。
ま夜よな中かごろ、大男は、仕立屋さんがもうぐっすりねこんでいるものと思いました。そこで、大男はそっとおきあがって、大きな鉄てつの棒ぼうをひっつかみ、それで仕立屋さんのねている寝床をひとつ、ガンとなぐりつけました。そして、これで、あのバッタみたいなちびすけの息いきの根ねをとめたつもりでいました。
朝はやく、大男たちは森へでかけましたが、仕した立て屋やさんのことなんか、もうすっかりわすれていました。ところがそこへ、ひょっこり、仕立屋さんがいかにもゆかいそうに、へいきな顔をしてやってきましたので、大男たちはびっくりぎょうてんしました。そして、仕立屋さんがじぶんたちみんなをなぐり殺ころすのではないかと思うと、こわくなって、おおあわてでにげていきました。
仕立屋さんは、じぶんのとんがった鼻はなのむくほうへ、ずんずん歩いていきました。長いあいだ歩いたのち、とある王さまのお城しろの庭にわにはいりこみました。仕立屋さんは、ひどくくたびれていましたので、草のなかにねころんで、そのままねむりこんでしまいました。
こうしてねているあいだに、お城の人たちがやってきて、四しほ方うは八っぽ方うから仕立屋さんをながめまわしました。そして、帯おびに﹁ひと打うちで七つ﹂と書いてあるのを読みました。
﹁はてと、こんな平へい和わなときに、この大だい力りきの豪ごう傑けつはここでなにをしようというのだろう。﹂
と、みんなは口ぐちにいいました。
﹁これはきっと、えらいさむらいにちがいない。﹂
みんなは王さまのところへいって、このことを話しました。そして、
﹁もし戦せん争そうでもはじまりますと、これは、きっとたいせつな、役やくにたつ人になると思います。ですから、どんなことをしても、よそへおやりにならぬほうがよろしゅうございます。﹂
と、意いけ見んをもうしあげました。
王さまも、この忠ちゅ告うこくをきいて、もっともなことだと思いましたので、仕した立て屋やさんのところへおつきのものをひとりやりました。その男は、仕立屋さんが目をさましたら、さむらいになって、王さまにつかえるようにすすめろ、といいつかったのです。
使つかいのものは、ねむっている仕立屋さんのそばに立って、待まっていました。やがて、ようやくのことで、仕立屋さんが、うんとひとつのびをして、目をあけました。そこで、使いのものは、王さまからいいつかってきたことをもうしでました。
﹁いや、そのためにこそ、わたしはこの国へまいったのです。いつでもよろこんで、王さまにおつかえいたします。﹂
と、仕立屋さんはこたえました。
こうして、仕立屋さんはうやうやしくむかえられました。そして、とくべつの住まいをひとついただきました。
ところが、ほかのさむらいたちにとっては、仕立屋さんがじゃまでなりません。みんなは、こんなちびすけはどこか千マイルも遠くへいっちまえばいいのに、とひそかに思っていました。
﹁いったい、どうなるんだ。﹂
と、みんなはいいあいました。
﹁おれたちがあいつとけんかをはじめるとする。あいつが切りかかる。すると、ひと打うちで七人やられてしまう。それじゃ、とてもかなわん。﹂
そこで、みんなはかくごをきめて、そろって王さまのまえにでて、おいとまごいをしました。
﹁わたくしどもは、ひと打ちで七人もうちたおすような男とは、とてもいっしょにはおられません。﹂
と、みんなはもうしました。
王さまは、たったひとりのために、忠ちゅ義うぎな家けら来いをのこらずうしなってしまうのをかなしく思いました。そして、
︵いっそのこと、こんな男が目にとまらなければよかったのだ。できることなら、ひまをやりたいものだ。︶
と、考えました。
でも、王さまには、思いきってひまをやるだけの勇ゆう気きもありませんでした。なぜって、もしそんなことをしようものなら、この男が家けら来いもろとも王さまをうち殺ころして、かわりに王さまの位くらいにつきはしないかと、それが心しん配ぱいでならなかったのです。
王さまは、長いこと、ああでもない、こうでもないと考えぬいたすえ、ようやくうまいくふうを思いつきました。そこで、仕した立て屋やさんのところへ使つかいをやって、こういわせました。
﹁あなたが世よにもすぐれた豪ごう傑けつであるのを見こんで、ぜひたのみたいことがある。じつは、この国のある森のなかに、大男がふたり住んでいて、ものはぬすむし、人は殺ころすし、火はつけるし、とにかくひどい悪あく事じばかりはたらいているのだ。この男たちに近づくと、どんなものでも命いのちがあぶない。もしこのふたりの大男をやっつけて、殺してくれれば、王さまのひとりむすめを妻つまにあげるし、国の半はん分ぶんを持じさ参んき金んとしてあげよう。なお、馬にのったさむらいを百人あなたにつけてやって、すけだちさせる。﹂
︵こいつは、おれのような男にとって、やりがいのあるしごとだぞ。︶
と、仕立屋さんは心に思いました。
︵美しいお姫ひめさまと国を半分か、そうざらにあるしごとじゃあないな。︶
そこで、仕立屋さんはへんじをしました。
﹁いいですとも。大男どもは、かならずわたしがやっつけておめにかけます。百人のさむらいはいりません。ひと打うちで七つをやっつける男には、ふたりぐらい、ものの数ではありません。﹂
ちびの仕立屋さんは、のこのこでかけていきました。百人のさむらいたちは、馬にのって、あとからついていきました。森のはずれまできますと、仕立屋さんはおともの人たちにいいました。
﹁いいから、ここで待まっていてくれ。おれひとりで、かならず大男どもをかたづけてみせるから。﹂
それから、仕した立て屋やさんは森のなかにとびこんで、右や左を見まわしました。しばらくたったとき、ふたりの大男のすがたが目にとまりました。大男どもは、とある木の下にねころんで、ねむっています。ところが、そのものすごいいびきのために、木の枝えだが上下にゆれています。
それを見て、仕した立て屋やさんは、すばやく両方のポケットに石をいっぱいつめこんで、その木によじのぼりました。木のなかほどまでのぼりますと、するすると一本の大おお枝えだをつたって、ちょうどねむっている大男たちのま上のところまできて、そこにこしをおろしました。そして、かたいっぽうの大男の胸むねの上に、石をつぎつぎとおとしはじめました。
その大男は長いこと気がつきませんでしたが、それでもとうとう目をさまして、なかまをつっついて、いいました。
﹁なんでおれをなぐるんだ。﹂
﹁おまえ、夢ゆめでも見たんだろう。おれはなぐりゃあしねえもの。﹂
と、相あい手ての男はこたえました。
それから、ふたりはまたぐうぐうねこんでしまいました。仕立屋さんは、こんどは、もういっぽうの大男をめがけて、石をひとつおとしました。
﹁なにをしやがる。﹂
と、その大男がどなりました。
﹁なんでおれに石をぶっつけるんだ。﹂
﹁おれはなんにもぶっつけやしねえよ。﹂
と、さいしょの大男がこたえて、なにかぶつぶついいました。
ふたりはちょっとのあいだ口げんかをしていましたが、つかれきっていましたので、まもなくなかなおりをして、またまたねこんでしまいました。
そこで、仕した立て屋やさんはまたもやいたずらをはじめました。こんどは、いちばん大きい石をえらびだして、そいつをさいしょの大男の胸むねをめがけて、力いっぱいぶっつけました。
﹁なんてえひでえことをするんだ。﹂
大男はこうわめきざま、気がくるったようにとびおきて、なかまの大男をどんと木のほうへつきとばしました。そのとたん、木はぐらぐらっとゆれうごきました。
相あい手てもおなじようにしかえしをしました。それから、ふたりはいかりくるって、木をひっこぬいて、なぐりあいをはじめました。こうして、あばれまわったあげく、とうとう、ふたりともいちどきに地じべたにぶったおれて、死しんでしまいました。
さてそこで、ちびの仕した立て屋やさんは地べたにとびおりました。
﹁こいつらが、おれののっかってた木をひっこぬかなかったのは、いやはや、もっけのさいわいというもんだ。﹂
と、仕立屋さんはいいました。
﹁さもなきゃ、リスみたいに、ほかの木へとびうつらなきゃあならないとこよ。もっとも、おれみたいなやつは、身みがかるいからなあ。﹂
仕した立て屋やさんは刀かたなをぬいて、ふたりの大男の胸むねに二度、三度、ずぶりずぶりとつきさしました。それから、馬にのったさむらいたちのところへでていって、いいました。
﹁しごとはすんだぞ。ふたりとも、おれが息いきの根ねをとめてきた。だが、ちょいとほねがおれたぞ。やつらは、くるしまぎれに木をひっこぬいて、むかってきたからな。だが、おれみたいに、ひと打うちで七つもやっつけるものにむかっちゃ、歯はもたたん。﹂
﹁それであなたは、おけがもなさらなかったんですか。﹂
と、さむらいたちはたずねました。
﹁うん、うまいぐあいにいったんだ。﹂
と、仕した立て屋やさんはこたえました。
﹁あいつらに、おれの髪かみの毛け一本おらせやしなかったさ。﹂
さむらいたちは、どうしてもそれを信しんじようとはしませんでした。そこで、みんなは森のなかに馬をのりいれました。すると、たしかに、仕立屋さんのいったとおり、大男どもが、じぶんたちのながした血ちのなかにひたっています。しかも、あたりには、ひっこぬかれた木がごろごろしているではありませんか。
ちびの仕立屋さんは、王さまから約やく束そくのごほうびをいただこうとしました。ところが、王さまは、まえにした約束のことを後こう悔かいして、どうしたらこの豪ごう傑けつを追おいはらえるだろうかと、またまた考えていたところでした。
﹁おまえは、わしのむすめと国を半はん分ぶんもらうまえに、もうひとつ、いさましい手なみを見せてくれねばならぬ。﹂
と、王さまは仕した立て屋やさんにいいました。
﹁じつは、森のなかを︵1︶一いっ角かく獣じゅうがかけまわっておって、ひどい害がいばかりしておる。まず、こいつを生けどりにしてもらいたい。﹂
﹁一いっ角かく獣じゅうの一ぴきぐらい、大男ふたりにくらべれば、なんでもありません。なにしろ、ひと打うちで七つというのが、わたしの手なみなんですからね。﹂
こういって、仕立屋さんはなわを一本と、おのを一ちょうもって、森にでかけていきました。そして、こんどもまた、おともの人たちには、そとで待まっているようにいいつけました。
長いことさがすまでもなく、まもなく、その一いっ角かく獣じゅうがあらわれました。まるで、その角つので仕立屋さんをあっさりつきさしてくれようとでもいうように、仕立屋さんめがけて、まっしぐらにおどりかかってきました。
﹁しずかに、しずかに。﹂
と、仕立屋さんはいいました。
﹁そうあっさりとはいかんぞ。﹂
仕立屋さんはそこにじっと立って、待まっていました。けものがすぐ近くまできたとたん、ひらりと身みをかわして、木のうしろへまわりこみました。
一いっ角かく獣じゅうは、力いっぱい木につっかかっていったものですから、その角つのをぐさっと木の幹みきにつきさしてしまいました。そして、もういちどそれをひきぬく力もなく、そのまま生けどりにされてしまったのです。
﹁それ、小こと鳥りをつかまえたぞ。﹂
仕した立て屋やさんはこういって、木のうしろからでてきました。そして、まず一いっ角かく獣じゅうの首くびになわをかけ、それからおのでもって角つのを幹みきからひきはなしました。こうして、すっかりしまつがついたところで、そのけものをひっぱって、王さまのところへつれていきました。
王さまは、こうなってもまだ約やく束そくのほうびをやるつもりはありません。いよいよ、三つめの注ちゅ文うもんをだしました。仕立屋さんは、婚こん礼れいのまえに、森のなかでものすごくわるいことばかりしているイノシシをつかまえなければならない、もっとも、それには狩かり人ゅうどたちに手つだわせるが、というのでした。
﹁けっこうですとも。﹂
と、仕立屋さんはこたえました。
﹁そんなことは、子どもだましみたいなものですよ。﹂
仕立屋さんは、森のなかまで狩かり人ゅうどたちをつれていきはしませんでした。もっとも、狩人たちにしてみれば、そのほうが、ありがたかったわけです。なぜって、狩人たちはこのイノシシのためにはもうなんどもひどいめにあっていましたから、イノシシを追おいかけるなんてことは、ごめんだったのです。
イノシシは仕した立て屋やさんのすがたをひと目見るなり、口からあわをふき、きばをといで、仕立屋さんめがけてとびかかってきました。仕立屋さんを地じべたにつきたおそうというのです。
けれどもそれよりはやく、このすばしっこい豪ごう傑けつは、そばにあった礼れい拝はい堂どうにとびこんで、すぐまた上の窓まどからピョンとひととびでそとへとびだしました。
イノシシのほうは、仕立屋さんのあとを追おって、なかにとびこみました。ところが、仕立屋さんはそとがわをピョンピョンとびまわって、イノシシのうしろから扉とびらをピシャンとしめてしまったのです。
なかでは、イノシシがさかんにあばれまわりましたが、からだがおもすぎるうえに、無ぶき器よ用うなものですから、窓まどからとびだすこともできず、とうとう生けどりにされてしまいました。
ちびの仕した立て屋やさんは狩かり人ゅうどたちをよびよせて、このえものをよく見せてやりました。それから、この豪ごう傑けつは王さまのところへもどっていきました。こうなっては、さすがの王さまも、まえにした約やく束そくを、いやでもおうでもまもらないわけにはいきません。そこで、仕立屋さんにじぶんのむすめと国の半はん分ぶんをやりました。
もしも王さまが、じぶんのまえに立っている男は、豪ごう傑けつどころか、ただの仕立屋にすぎないことを知ったなら、きっと、もっとくやしがったことでしょうよ。
そこで、婚こん礼れいはたいそうりっぱに、といっても、みんなからは、あまりよろこばれもせずに、とりおこなわれました。こうして、仕した立て屋やさんからひとりの王さまができあがったのです。
しばらくたってから、わかいお妃きさきさまは、夜よな中かに夫おっとが夢ゆめを見て、こんなねごとをいっているのをききました。
﹁小こぞ僧う、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ、やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。﹂
これをきいて、お妃さまには、わかい王さまがどんな横よこ町ちょうの生まれのひとか、よくわかりました。そこで、あくる朝、おとうさまにこのなやみを話して、
﹁あのひとは仕した立て屋やにちがいありません。どうかおとうさまの力で、あのひとからあたしをすくってくださいませ。﹂
と、おねがいしました。
王さまはお妃きさきさまをなぐさめて、いいました。
﹁今夜はおまえの寝しん室しつの扉とびらをあけておきなさい。わしは家けら来いたちをそとに立たせておく。あの男がねこんだら、ふみこんでいって、しばってしまい、船ふねにのせて、遠くへつれていかせよう。﹂
お妃さまは、これで満まん足ぞくしました。ところが、王さまの刀かた持なもちがそばでこの話をのこらずきいていたのですが、この男はわかい王さまがすきでしたので、このたくらみをわかい王さまにすっかり知らせてしまったのです。
﹁よし、そんならじゃましてやれ。﹂
と、ちびの仕した立て屋やさんはいいました。
夜になりますと、仕立屋さんはいつもの時間に、お妃きさきさまといっしょにベッドにはいりました。
お妃さまは、仕した立て屋やさんがぐっすりねこんだころを見はからって、そっとおきあがりました。そして、へやの扉とびらをあけてきて、またもとのようにベッドに横になりました。
ちびの仕立屋さんは、ねむっているようなふりをしていただけだったのですから、ふいに、はっきりした声でどなりだしました。
﹁小こぞ僧う、ジャケツをこしらえろ。それから、ズボンをつくろえ。やらないと、ものさしで横っつらをひっぱたくぞ。おれさまはな、ひと打うちで七つをやっつけ、大男をふたりも殺ころしたんだ。そればかりか、一いっ角かく獣じゅうをひっぱってきたこともあるし、イノシシを生けどったこともあるんだ。そのおれさまが、なんでそとにいるやつらをこわがるものか。﹂
仕立屋さんがこういうのをききますと、みんなはすっかりこわくなって、まるで魔まお王うの軍ぐん勢ぜいに追おわれてでもいるように、われさきにとにげだしました。そしてそれからは、もうだれひとり、仕立屋さんに手むかおうというものはありませんでした。
こうして、ちびの仕立屋さんは、一いっ生しょうのあいだ、ずうっと王さまでいました。
︵1︶一いっ角かく獣じゅうというのは、馬のかたちをした、ひたいに角つのが一本ある、伝でん説せつ上じょうの動物のこと。