職業(教訓劇)

岸田國士







()()

姿


男優B  本を読むと、どんなもんでもみんな台詞せりふにしたくなるね。
女優B′  役者になりたてはそんなもんよ。
男優B  ぢや、君もおつつけ、さうなる組だ。
男優C  僕は、一昨日をとゝひの晩、あれ見に行つたよ。
女優C′  十人座でせう。どこか新鮮なところがありやしない。
男優B  新鮮でも未熟な果物くだものは腹をこはす。
女優C′  あたしは、新劇を見ると頭痛がするの。
男優B  さういふ症状もある。
B′  調
男優D  「なくしちやつた」
女優B′  「だから、あたしが拾つたの」
  ()使
女優D′  稽古不足なのね。
男優B  あの稽古ならいくらやつてもおんなじさ。
男優C  芝居をしてる本人たち、あれで面白いのかしら……。
男優D  子供は玩具おもちやをやらなくつても遊ぶもんだ。
女優B′  (また台詞の口調で)……「おゝ、神様、なぜあなたは、真実そのものに※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)をおつかせになるのです……」
C′  ()
  ()()()()()()

D′  





  
 便宜上、二三、規定を作つておく。
一、一人の人物は少くとも五分間舞台にあるべきこと。特別の場合を除き、十分間以上舞台にとゞまるべからず。
二、ある人物が登場する時機は、それぞれ自由なるも、故意に舞台をぜ返すやうな出方は慎むべきこと。
男優B  ちよつと、その時間の範囲内なら二度出てもかまひませんか。

  





  ()()()()
D′  ()()()
男優A  まあ、こゝへお掛けなさい。お丈夫さうなお子さんですね。
D′  ()
男優A  なるほど。お宅は、そんなに御遠方ぢやないんでせう。
女優D′  桜田本郷町でございます。
  ()
女優D′  あの、商売の方でございますか。
男優A  えゝ。
女優D′  あの……西洋家具をやつてをりますんです。
男優A  菱刈さんとおつしやるんでせう。
女優D′  菱刈……信行と申します。あら、どうして、それを御存じでらつしやいますの。
男優A  不思議でせう。さつき僕の友人が桜田本郷町にゐると云つたのは、その菱刈君のことですよ。
女優D′  でも、それがどうして……。
男優A  この坊つちやんを一目ひとめ見ればわかります。
女優D′  これで、女の子なんでございます。
男優A  女の子は男親に似るもんです。僕はもう五六年菱刈君と会ふ機会がないんですが、相変らず元気ですか。
女優D′  はあ、お蔭さまで……相変らず瘠せてはをりますけれど……。
  ()()
女優D′  普段こゞんでをりますけれど、ちやんと計れば五尺五寸たつぷりございます。
  
D′  ()
  
D′  
  
D′  

  


D′


男優B  (女優に向ひ)なんだ、お前そんなところにゐたのか。(男優Aに)おや、君は飯沼君ぢやないか。
女優D′  それがね、あなた……。
  
  
男優A  君の細君と知つたから、話をしたまでだ。それがわるいとでも云ふのかね?
  鹿 ()()
女優D′  随分ひどいことおつしやるのね、あなた。今日はじめてお目にかゝつたんぢやありませんか。
男優B  お前はだまつて家へ帰れ。
女優D′  いゝえ、帰りません。飯沼さんが御迷惑ぢやありませんか。
  
女優D′  そんなこと云つて、後で後悔しないでせうね。
男優B  後悔したらしたで、またそん時の話だ。
D′  
  
男優B  貴様は、おれの女房と知つて、それをこんなことにしてしまつたんだな。
男優A  想像にまかせる。
男優B  此処以外の場所で会つたことがあるか。
男優A  それも推察に任せる。
男優B  卑怯だぞ。はつきり返事をしろ。
  ()
男優B  証拠がなけれやいかんと云ふのか。そんなら、そつちこそ、さうでないといふ証拠をみせろ。
   
男優B  最近、ほかの女から来た手紙でも持つてるか。
  ()()
男優B  女房の名前を云つてみろ。
男優A  僕のかね?
男優B  いゝや、おれのさ。
  ()
男優B  それだ。
男優A  これか、常子さん……。
男優B  わざと知らん振りなんかするな。
男優A  常子さんか、覚えとかう。
男優B  おい、飯沼、頼むからほんとのことを云つてくれ。
男優A  おれの云ふことがほんたうかどうか、誰がそれを判断するんだい。
男優B  おれが判断する。
  
  ()
男優A  男と媾曳あひびきの最中……。

  


C′


男優B  (虚をつかれ)だあれ?
男優A  ぢや、僕はこれで失敬しよう。(起ち上る)
C′   
   
C′   
   
C′  ()()()
男優B  あゝ、さう……出ちやつたの。それやよかつた。

C′  





  
男優B  (何事もなかつたやうに)やあ、失敬。
女優C′  やあ、失敬、お気の毒さま。
男優B  (Aの立ち去るのを見送つた後)こゝもなかなか暑いね。
女優C′  夏だわね。冬と夏とどつちがいゝかしら……。
男優B  君は……?
女優C′  どうしたの?
男優B  僕、会つたことあるかしら?
女優C′  ないわよ。
男優B  ないね。
女優C′  すると、どういふことになるの。
男優B  僕は、少し疲れてるんだ。
女優C′  あたしも疲れてるわ。
男優B  真似まねをするのはよし給へ。
女優C′  帰つて寝ようつと……。
男優B  誰とね。
女優C′  余計なお世話よ。その台詞せりふ、なんかにあつたわよ。

  ()()


退
()
C′


男優C  ちよつと、君、そんなとこをうろうろしないでくれ給へ。邪魔になるから……。
女優C′  だつて、こゝは誰が歩いたつていゝとこでせう。
男優C  歩くところはほかにいくらだつてあるだらう。僕がなにをしてるかわからないのか。
女優C′  ふん、それで絵を描いてるつもりなんでせう。よく恥しくないわね。
男優C  (黙つてゐる)
C′  ()()

  



B′


女優B′  (女優C′に向ひ)飯沼さんつてかたにはもうお会ひしたの? なんておつしやつたい? まさかあんたの註文通りには行かなかつたらう。
女優C′  (しばらく考へて、急に、しくしく泣き出す)
B′   
女優C′  あたし……あたし……もう駄目だわ……諦めるわ……。
B′   
C′  ()
B′  
女優C′  あの人と?
B′  ()
女優C′  (うなづく)
女優B′  風采なんか、まあ、どうだつていゝわね。
女優C′  (考へる)
女優B′  一人、心当りがあるの。
女優C′  (B′の顔を見る)
女優B′  それが画かきさんなのよ。
女優C′  (眼をみはる)
B′  C′()()
女優C′  ぢや、話を進めてみて頂戴よ。
女優B′  (つかつかと男優Cのそばに進み寄り)あの、失礼でございますけれど、ちよつとお伺ひいたします。実は……。
男優C  なんですか。
女優B′  あの、先生はお弟子さんをおとりになりませんのでせうか。
男優C  僕はまだ修業中ですから、弟子なんか……。
B′  
男優C  僕、二十六です。
B′  C′C′
女優C′  えゝ。
女優B′  先生はまだお一人でいらつしやるんだらうから、身の廻りのお世話なんか、よく気をくばつてね。
女優C′  えゝ。
女優B′  (男優Cのシャツを指し)このおシャツなんかも、明日お天気だつたら洗濯をして差上げなさい。
女優C′  えゝ、わかつてるわよ。
B′  ()()()()
男優C  別にきまつてをらんです。
女優B′  と申しますと……。
男優C  友達のところをぐるぐる泊つて歩いとるんです。
B′  ()

  


B′退
C′



C′  ()
男優C  死んでやしない。
女優C′  生きてるわ。
男優C  苦しいんだ。
女優C′  ぢや、待つてらつしやい。今お医者を呼んで来てあげるから……。
男優C  お医者ぢやなほらない。
女優C′  あたしならなほせる?
男優C  君の姉さんでなけや駄目だ。

女優C′  あゝら、あきれた人ね、あんたは……。(男優Cの腰を蹴つ飛ばして退場しようとする)


男優D、洋刀を提げて登場。


男優D  その女、待てツ!
男優C  (絶え入るやうな呻き声。やがて、ぐつたりとなつてしまふ)
男優D  (女優C′の腕をつかみ、そこに引据ゑる)この男は、お前のなんだ。
女優C′  先生ですわ。
男優D  先生? 先生をやつつけたのか?
女優C′  やつつけたわけぢやないんですけど……。
  ()()
C′  
    宿
女優C′  あんた、偽巡査でせう。

男優D  (片手を口にもつて行つて呼子を吹く真似まね)ついて来たらわかる。(またピリピリピリ)


男優A、手を叩く。


  ()()()A′
女優A′  先生、筋は……?
男優A  筋は自分で作る。
女優A′  あら……。

  ()()

女優A′  (しばらく舞台の上を往つたり来たりしてゐる)
  ()
A′  調()()
  ()
A′  
男優E  察しろといふお許しは、まだ出てをりませんやうに考へますが……。
女優A′  ぢや、許すから、云つてごらん。
  殿
女優A′  小さくつて聞えないんだよ。
  ()()()
A′  ()()()()()()()
男優E  それで、わたくしは……。
A′  ()
  ()()()
A′  
男優E  これはなこと……。御前様ごぜんさまは、大きくおうなづきになります。
女優A′  そして、お前は、お手討だ。
男優E  如何いかがでございませう。お互ひに逃れられぬ運命、この辺で、妥協の道はございますまいか。
女優A′  喉がかはいたよ、あたしは。
  
女優A′  なに、あたしも一緒に行くよ。
  ()()
女優A′  さあ、おどきよ。見てないでいゝから、お前あつちを向いといで!(しやがんで清水に口を当てる真似まね
男優E  (首だけをそつちに向け)思ひがけない天女の口づけ、森の泉は……。
女優A′  (急に顔を上げたかと思ふと、口に含んだ水を、いきなり男優Eの面上に吹きかける)

  ()()()



A′


   ()
女優A′  先生、ちよつと、質問をさせて下さい。
男優A  なんだ。
A′  ()()()()()()()
  ()
女優D′  あたくし、胸がどきどきして、なんにもわかりませんでした。
男優A  困るな。ぢや、遠山君……。

男優C  僕も、誰がどうだつたかよく覚えてゐません。自分のことで頭がいつぱいでしたから……。






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   199135101

   19349517
 
   1933881
kompass
Juki
2008515

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