ぼたもち

三好十郎




おりき
新一
次郎
サダ
喜十
森山
おせん
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新一 そうじやねえよ!
次郎 そうだよ!
新一 そうじやねえよ!
次郎 そうだよつ!
新一 そうじやねえつたら!
次郎 そうだい!
新一 そうじやねえつたら、馬鹿!
次郎 馬鹿でも阿呆でも、そうだからそうだねえかよ!
新一 ちつ、次郎なんぞになにがわかるもんだ!
次郎 へつ、そんじや、新ちやんはなんでもかんでもわかるのけえ?
新一 なんでもかんでもと誰が言つた? ただそうじやねえからそうじやねえと言つてるまでじやねえか。
 
新一 真理みてえなツラ、いつした? そうじやねえつて、ただ俺あ――
次郎 わからねえなあ新ちやんも!
新一 わからねえのは次郎の方じやねえか!
次郎 んだから、この簡単明瞭な事実をだなあ、へえ――
新一 だから、事実そうじや無えじやねえか!

   





新一 そうじやねえつたら! 次郎はあんまり狭く、自分の境遇にとじこめられてばつかり考えるから、そうなるんだ! もつと、へえ、広く今の世の中のこと見てみたらどうなんだ?
   
  
    
新一 だつて、そりや、それとこれとは話が――
  
新一 そんじや、次郎だつて家へそう言つて学校行くようにしたらいいじやねえか!
  
新一 学校に行けなくとも自分で本読んで勉強できるよ。
  
新一 いけねえとは言わねえけどさ、お前が警察予備隊に入るだなんと言うからさ――
次郎 へん、新ちやんなんぞ、今では特権階級だかんなあ。それに町の工場に行つたりして共産党かなんかにカブレたアンベエずら。だからそんな――
新一 なんだと! 俺がなんで特権階級だ? へんな事ぬかすと、きかんぞ! 第一、警察予備隊に反対するだけで、なんで共産党にカブレたことになるんだ?
 
新一 あれは、あん時は、あんな事は俺がまちがつていたんだ。
次郎 まちがつちやいねえよ! 戦争はまちがつていたかも知れねえが、国のために働こうとした新ちやんの気持はまちがつていやあしねかつたと俺あ思う。
新一 まちがつていたと言つたら! まちがつていたんだ!
  
新一 ウソこけ! 次郎は家にいても先きの見こみが無えから予備隊に入ろうと思つているだねえか!
  
新一 国のために、なんでなるんだ? そつたら考え自体が反動だ!
次郎 それ見ろ、自分が以前した事は棚の上にのせといて人のことをやつける! おおよ、俺が反動なら、お前は猿だ!
新一 さ、猿だと!
次郎 そうよ、うぬが尻の赤いのを忘れて人の尻を笑う猿だ!
新一 野郎、言つたな!

次郎 言つたがどうした?


(……二人が睨み合つて立ちはだかつている崖道へ、下方の谷の方から若い女の声が、呼びかける)


サダ よおーい! そこに来たのは新ちやんに次郎ちやんじやねえかよう! (二人そちらを見るが、又睨み合つて、返事をしない)…… そんな所に突つ立つて、なによしてるだあ? 早う、おりてこう!

新一 ちきしようめ、なまいきな――(と口の中で言つてから、下へ向つて呼ぶ)おおい、サダちやんよう!


(ザザザと足音をさせて坂道を走りおりて行く)


次郎 へつ! (下へ向つて)サダちやあん!


(これもダダダと走りおりて行く)


サダ あらあら! そんな走ると、ころげ落ちるよう!


(言葉のうちにマイク急速にサダに近づいている)


新一 今日あ、サダちやん!
  
新一 次郎があんまりわからねえ事言うもんだ。
次郎 わからねえのは新ちやんだねえかよ!
 
新一 ううん、俺あ野辺山でおりて、オサキの追分の地蔵さんとこまで来て休んでたら、次郎がヒヨツクり。
サダ そうかや。
次郎 ばさま、いるの?
 
新一 じさまは?
 
せん (あがりはなから)え、あんだえ? あれま、甲州の新一ちやんと中込の次郎ちやんでねえかよ!
新一 伯母さん、今日は。
次郎 いいあんばいです。
 
りき よう来た。甲州でも中込でも、みんな変りねえか?
新一 うん。おつかあが、ばさまに分けてもらつて、開こんに植えたダンシヤクよく出来たから礼言つといてくれと。
りき そうか、そら、よかつた。
新一 これ、お茶だ、ばさまと約束してあつた。月給もらつたから直ぐ買つて持つて来た。
 
森山 新一さんとも久しぶりだ。はは、おぼえていやすかい、おかいこの指導で一二度甲州へ行つた森山でやすよ。
新一 おぼえていやす。今日は。
りき 次郎も突つ立てねえで、こゝさ坐れ。
次郎 うん。……これ、おつかあが。
りき あんだ?
 調
 
サダ (少し離れた土間の隅でガチヤガチヤ茶わんの音をさせながら)あい。
森山 すると、これが中込の松造さんとこの、へえい、こんな立派な総領がいたかなあ?
せん 総領だあねえ、二番目でやすよ。
  
せん ははは。
りき どうした、次郎は?
次郎 うん?
りき なんで、浮かねえツラあしてる?
次郎 ううん。
サダ (土間を歩いて来ながら笑いを含んで)つれ立つて来ながら次郎ちやんと新一ちやん、そこの坂の上で掴み合いの喧嘩やらかしそうにしてたよ。
せん へん、そりや又、なんでな?
次郎 俺、ばさまに相談に来たんだ。その事を新ちやんに話したら、俺のこと、馬鹿だつてんで――
新一 そうじやねえよ、俺の言うのは。
りき よしよし、んで、どんな事だ、言つて見ろ。
次郎 ……あとで言わ。
森山 おらだちに遠慮はいらねえよ。
次郎 ううん、あとでええです。
りき まあ、よからず、ユツクリあすんで行け。……
(森山と、だまりこくつている喜十に)
するつうと、なにかね、芹沢の金五郎は、どうしても折れようとはしねえつうんだね?
 
りき そんな事が、あつたかなあ。
 
 
喜十 ……へい。
 調
喜十 へい。
森山 へい、か。どうも、へえ――
りき はは、なあに、おらが口きかせて見べえ、やい喜十!
喜十 へい。
りき お前、そんで、金五郎が憎いか?
 調
りき 死ぬと? おのしがか?
喜十 俺なら、まだえゝよ。タンボだ。
りき ハツキリ言え。タンボが死ぬと?
喜十 そんだ。水口、一寸二寸とへずられてよ、水が切れりやタンボは死ぬだねえかよ。
りき 水口をへずるのか?……そんで、それを、金五郎がへずるのか?
 使 
せん ほんになあ! タンボの虫と言われた喜十さんだからなあ、そう思うのも無理あねえよ!
りき 阿呆ぬかせ、頭あ叩き割れば、それこそ、おつ死ぬべし!
 鹿   
森山 まあさ、そうイキリ立つても、金五郎は、此所にやいねえ。
喜十 だつてそうでねえか! 戦争すんで農地改革つうので、爪に火いとぼすようにして、金え拵えてよ、もとの入会いりあい分譲してもらつて、やつとまあ、これで小さいながら田地持ちの百姓だと、お前さま、勇んで稼いでるもんに、こんな事する奴、鬼だねえか!
森山 また、よりによつて隣り同士であんだけ仲の悪い芹沢と喜十さん、分譲地まで隣り合つちまつたもんだ。
せん ほんによ、因果だなあ!
喜十 鬼だねえか! どうしてこれが我慢していられるもんだ、ばさま! (ドンドンと畳を叩く)
りき わかつたわかつた。そう畳ぶつな、ホコリが立つていけねえ。見ろま!
 
森山 かげじや、しかし、喜十さんの方に同情しているもんも相当あるよ。
   ()
 
喜十 ばさまだから、しやべれるんだ。のし! 俺の身にもなつてくろい。
  
森山 いえさ、そこんとこをですよ、一度ばさまに話して、全体どうしたらいいか、ようく相談して――まずそう思つて喜十さんも私も、こうしてやつて来たようなわけで――

  





サダ ……あい、お茶がへえりやした。
 
(サダが茶わんをくばる音)
せん あい、中込の餅でやす。(箸にはさんで出す)
りき なんだ、へえ、こりやアンがついてら。
サダ 喜十のおじさん、手を出してくんなんし。
喜十 へい。
 
新一 うん。

森山 すまんなあ、お初穂の御しようばんになるなんぞ。


(一同、茶をすゝり餅を食う気配)


りき ……そんで、なにかや、次郎の相談つうのは何だつけよ?
次郎 あとで言わ。
りき もうかまわねえ、言つて見ろ。
次郎 ……おれ、家にいてもしよう無えから、東京に出ようと思つてよ、そんで――

 





喜十 おう、おう、おう! うわあ!
サダ あれ、どうしやした、喜十のおじさん?
せん 喜十さんよ! どうしただ?
喜十 おう、おう、おう!
りき どうしたよう、出しぬけに、こうれ!
森山 喜十さん、どうしやした?

   





りき ……そうかや。
森山 まつたく、無理ねえんでやんすよ、うむ。
        
新一 又言わあ! 直ぐそれだ次郎は。コーフンしてムチヤ言うが、そう簡単に行くもんか。
   
新一 なにを言う? それとこれとは別だねえか!
   
 
   
新一 だからよ、だから、俺が言うのは、この事と国の軍備の事をいつしよこたにして考えるが間ちがいだと言つてるまでだねえか。
  
 
  
  
  
新一 ゴタクと? 野郎つ! (ビシツと一つなぐる)言わして置くと――
次郎 やつたな!
サダ (ガタガタと、とめに割つて入る)これさつ! なによするの、あんた方! よしなもう!
せん (これもとめながら)なんてこつた、ま! イトコ同士でいて、そんなお前がた! 新ちやん、なぐるというなよくねえ!
新一 ちしようめ!
   
新一 だつてあんまり人をナメタ事ぬかすから――
 
 
 
次郎 ……うん、家に居ても、この先、しようねえから――

 





りき ……喜十よ、お前がなあ、村八分になりかかつとるについては、お前の方からは金五郎にも村の衆にも悪い事はなんにもしなかつただな?
喜十 こんりんざい、俺の方で悪い事はしたおぼえ無えです。
 鹿()
 
りき ……たしかに、喜十よ、悪い事しねかつたというの嘘じやねえな?
喜十 俺あへえ、たとえ神さまの前で嘘つく事あつても、ばさまの前で嘘あ、つきやせん。
 
喜十 へい?
  
喜十 ちがいやす。あんまりシツツコク、忘れねえで俺のことイジメるから――
  
次郎 だども、そんじや、おじさんの方は、どんなひどい目に逢つてても、イジメられつぱなしになつていなきやならねえのかい?
りき まあ/\、俺に委せておけ。
新一 村八分なんていう、そんな封建的な事、間ちがつてるよ!
  鹿鹿
喜十 だども、ばさま――
りき サダよ、わらじ一足出せ。
サダ わらじと? なんにしやす?
りき わらじをなんにするものだ。――おらがはいて行かあ。
サダ へえ、どこさ行くの?
りき 海の口まで、ちよつくら行つてくら。
森山 へい、するつうと――?
りき お前さまがたといつしよに行つて、喜十の言うのが本当かどうか見てみやんしよう。都合で須山のおだんなや芹沢の金五郎と逢つて見べえ。
  
 
 
喜十 けつこうでやす。ひやあ、ありがてえ!
 
次郎 俺もいつしよに附いて行かあ!
新一 俺も行く。
りき よせ/\、お前だちは川上からまつ直ぐに家さ帰れ。
せん んだけど、ばさま、そつたら足元から鳥が立つように急がずとも――
りき なに、こんな事あ早い方がええ。
サダ あい、わらじ。たびは、え?
 
次郎 うん。
 
りき ほうか、軍隊か? (わらじをはきながら)
 
 
次郎 うん、出てえ。
 
 ()
 
次郎 ……ありがとう、ばさま。
りき なあによ泣きさらす? 娘つこじやあるめえし、メソメソするの俺あ大きれえだ。
 ()()
りき さようさ、どうすればいいだか。
森山 外国でもこの点は早く考えてくれて、どつか移民さしてくれるとか、してくれねえと――
りき うん。いずれはそうお願えするほかに無えようだなし。
 
 
次郎 え? 軍備は、いけねえの、ばさま?
りき いけねえ。(極くあつさりした言い方)
次郎 ……すると、外国から攻めて来たら、どうすんだ?
りき 攻めてくると誰が言つた?
次郎 誰も言やあしねえけどさ、もし来たら、手をあげて取らすんか?
  
次郎 ……だども――
 
次郎 ……するつうと、ばさまは、よその軍隊が攻めこんで来ても抵抗しねえのか?
りき 抵抗たあ、なんだ?
次郎 刃むかわねえかというんだ?
 
次郎 そんだら、もうそうなつたら、手おくれだねえか! 殺されるだけだ。
     
サダ なんとまあ、大きな声よ。耳が、ガン/\いわあ!
   
喜十 へい!
サダ はは、はは!

 










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200916
2013108

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