一
ある山やまのふもとに、大おおきな林はやしがありました。その林はやしの中なかには、いろいろな木きがたくさんしげっていましたが、一番ばんの王おうさまとも見みられたのは、古ふるくからある大おおきなひのきの木きでありました。 また、この林はやしの中なかには、たくさんな鳥とりがすんでいました。しかし、なんといっても、その中なかの王おうさまは、年としとったたかでありました。多おおくの鳥とりたちは、みんな、このたかをおそれていました。 ある日ひのこと、古ふるいひのきの木きと、たかとが話はなしをしたのであります。 ﹁いま、人にん間げんは、ひじょうな勢いきおいで、いたるところで木きを伐きり倒たおしている。いつ、この林はやしの方ほうへも押おし寄よせてくるかしれない。人にん間げんは、りこうかと思おもうと、一面めんは、ばかで、自じぶ分んから火ひを出だして、自じぶ分んの住すんでいる家いえも、また、せっかくりっぱに、仲なか間まのためになった街まちも、みんな焼やいてしまう。そんなことは、俺おれたちが考かんがえたって、想そう像ぞうのつかないことだ。そうして、家いえが失なくなったり、街まちが焼やけてしまうと、あわてて大おお急いそぎで、俺おれたちのいる方ほうへやってくる。そんなにまで俺おれたちは、人にん間げんのために尽つくしているのに、ありがたいとは思おもっていない。﹂と、ひのきの木きは、話はなしかけました。 くるくるとした、黒くろい、鋭するどい目めをしたたかは、これをきいていましたが、 ﹁人にん間げんというやつほど、わがままなものはない。おまえさんが、そう怒おこんなさるのも無む理りはない。私わたしたちだって、これまでずいぶんこらえてきたものだ。﹂と、たかは、おうようにいいました。 ﹁しかし、あなたがたは、自じゆ由うに飛とんで歩あるける身から体だだから、なにも、人にん間げんのいうとおりにならなくてもいいのだ。人にん間げんのいないところへいってしまえば、つらいめにもあわなくてすむというものだ。﹂ ﹁ひのきの木きさん、おまえさんも、年としをとって、すこし、もうろくなさったとみえる。私わたしたちの仲なか間まが、人にん間げんのために、どれほど、働はたらいて、どれほど、いじめられてきているか知しれたもんでない。だいいち考かんがえてみなさるがいい。人にん間げんは、馬うまや、牛うしや、犬いぬや、ねこのために、病びょ院ういんまで建たててやっているのに、私わたしたちの病びょ院ういんというようなものを、まだ建たてていない。こうした大だい不ふこ公うへ平いは、ここに挙あげ尽つくされないほどある。これに対たいして、あなたがた同どう様よう、私わたしたちが、黙だまっているものですか。﹂と、年としとったたかはいいました。 空そらを暗くらくするまでしげったひのきの木きは、黙だまって、たかのいうことを聞きいていました。 ﹁おい、兄きょ弟うだい、もうよく話はなしがわかった。俺おれたちは、みんな人にん間げんの仕し打うちに対たいして不ふへ平いをもっているのだ。しかし、まだ、これを子しさ細いに視しさ察つしてきたものがない。だれかを、人にん間げんのたくさん住すんでいる街まちへやって、検しらべさせてみたいものだ。そして、よくよく人にん間げんが、不ふら埓ちであったら、そのときは、復ふく讐しゅうしよう……そうでないか?﹂と、ひのきの木きはいいました。二
たかは、曲まがったくちばしを、木きの皮かわで磨みがいて、聞きいていました。 ﹁それは、いいところに気きがついたものだ。さっそく、視しさ察つに、だれか、やったらいい。おまえさんには、だれがいいか、心こころあたりはありませんか。﹂と、たかは、ひのきの木きにたずねました。 ひのきの木きは、うなずきました。 ﹁それは、やはり、人にん間げんの姿すがたをしたものでなければ、この役やく目めは、果はたされないだろう。幸さいわい、あの乞こじ食きの子こを、にぎやかな街まちへやることにしよう。あの子こには、俺おれも、おまえも、いろいろ世せ話わをしてやったものだ。﹂ ﹁私わたしは、あの子こに、他よ所そから、くつをくわえてきてやった。また、着きも物のをさらってきてやったことがある。﹂と、たかはいいました。 ひのきの木きは、身みう動ごきをしながら、 ﹁俺おれは、あの子こに、いろいろな唄うたの節ふしを教おしえてやったものだ。また、あの子こが父ちち親おやといっしょに、この木きの下したにいる時じぶ分んは、雨あめや、風かぜをしのいでやったものだ。蔭かげになり、ひなたになりして護まもってやったことを、あの子こは、よく憶おぼえているはずだ。あの子こは、俺おれの荒あらい肌はだをさすって、小お父じさん、小お父じさんといったものだ。﹂ ﹁あの子こなら、いいだろう。﹂ ﹁あの子こなら、だいいちに、心こころから俺おれたちの味みか方たなんだ。﹂ こういって、古ふるいひのきの木きと、年としとったたかとは、話はなしをしていました。 夕ゆう方がたになると、父ちち親おやと子こど供もとは、ひのきの木きの下したに、どこからか帰かえってきました。子こど供もは、木きの枝えだで造つくった、胡こき弓ゅうを手てに持もっていました。 二ふた人りは、そこにあった小こ舎やの中なかに、身みを隠かくしました。 ﹁父とうちゃん、さびしいの。﹂と、子こど供もはいいました。 ﹁ああ、さびしい。﹂ ﹁父とうちゃん、なにか、おもしろい話はなしをして、聞きかしておくれよ。﹂と、十一、二の男おとこの子こは、父ちち親おやに頼たのみました。 ﹁そんなに、さびしければ、あした街まちへいってみろ! 町まちへゆきゃ、おもしろいことがたんとあるぞ。独ひとりでいって見みてこい。おらあ、ここに待まっている。帰かえったら、見みてきたことをみんな聞きかしてくれ。﹂と、父ちち親おやはいいました。 子こど供もは、黙だまっていました。 このとき、頭あたまの上うえのひのきの木きに風かぜが当あたって、鳴なっていました。その音おとを聞きいていると、 ﹁それがいい。それがいい。﹂といっているようでした。 ﹁いってみようかしらん。あしたは、天てん気きだろうか?﹂と、子こど供もはいって、小こ舎やの入いり口ぐちから、くりのまりのような、毛けののびたくびを出だして、空そらの景けし色きをながめると、林はやしの間あいだから、雲くも切ぎれのした、青あおい空そらの色いろが、すがすがしく見みられたのです。そして、たかの空そらを舞まって鳴なく声こえが聞きこえました。 ﹁いってみろ! いってみろ!﹂ たかは、こう叫さけんでいました。三
乞こじ食きの子こは、胡こき弓ゅうを持もって、街まちへやってきました。父ちち親おやは、村むらを歩あるいて、子こど供もは、一ひと人りで街まちへきたのであります。 いい天てん気きでありました。ある橋はしのところへくると、馬うまが重おもい荷にを車くるまにつけて、引ひいてきかかりました。そして、そこまでくると、もう歩あるけなそうに、止とまってしまいました。 馬うま引ひきは、綱つなで、ピシリ、ピシリと馬うまのしりをたたきつけました。馬うまは、苦くつ痛うにたえかねて跳はね上あがりました。 これを、見みている人ひとたちは、みんなびっくりしました。 ﹁ちと、荷にが、重おもすぎるのだ。﹂といった人ひともあります。 ﹁かわいそうに。﹂と、馬うまに、同どう情じょうした人ひともあります。 乞こじ食きの子こど供もは、どうなることかと思おもって、しばらく立たって見みていました。そのうちに、とうとう馬うまは、橋はしを渡わたって、重おもい荷にぐ車るまを引ひいていってしまいました。このとき、先せん刻こく、馬うまを﹁かわいそうに。﹂といった人ひとが、そばの男おとこに向むかっていったのです。 ﹁人にん間げんは、ああして、馬うまや、牛うしをずいぶん思おもいきった使つかい方かたをしているが、幸さいわいに馬うまや、牛うしがものをいえないからいいようなものの、もし馬うまや、牛うしが、ものがいえたら、きっとそんな使つかい方かたはできないだろう。けっして、黙だまってはいないからね。ものがいえないで幸さいわいだ。﹂といいました。すると、相あい手ての男おとこは、それに、答こたえて、 ﹁たとえ、ものがいえなくても、馬うまや、牛うしや、また、ねこや、犬いぬが、笑わらったり、泣ないたりしたら、どうだろうね。﹂といいました。 ﹁どんなに、気き味みの悪わるいことか。﹂と、二ふた人りは、こういって笑わらいました。 子こど供もは、この話はなしを帰かえったら、父ちちや、山やまの木きや、鳥とりに、話はなしてやろうと思おもいました。 子こど供もは、街まちを歩あるいていますと、鳥とり屋やがありました。大おおきな台だいの上うえで、男おとこが、三人にんも並ならんで、ぴかぴか光ひかる庖ほう丁ちょうで鶏とりの肉にくを裂さき、骨ほねをたたき折おっていました。真まっ赤かな血ちが、台だいの上うえに流ながれていました。その台だいの下したには、かごの中なかで他たの鶏にわとりが餌えを食たべて遊あそんでいました。 鳥とり屋やの前まえに、二ふた人りの学がく生せいが立たって、ちょっとその有あり様さまを見みてゆきすぎました。子こど供もは、﹁なんというむごたらしいことだろう。﹂と、思おもいました。そして、自じぶ分んも、学がく生せいの後うしろについて、ゆきかかりますと、学がく生せいが、話はなしをしていました。 ﹁鶏にわとりというやつは、ばかなもんだね。仲なか間まが殺ころされている下したで、知しらぬ顔かおをして、餌えを食たべているんだもの。﹂といいました。すると一ひと人りは、それを打うち消けすようにして、 ﹁人にん間げんだって同おなじじゃないか、毎まい日にちのように、若わかいもの、年とし寄よりの区くべ別つなく死しんで墓はかへゆくのに、自じぶ分んだけは、いつまでも生いきていると思おもって、欲よく深ふかくしているのだ。﹂といいました。 子こど供もは、これを聞きいて、なるほどと思おもいました。四
子こど供もは、いちばん、街まちの中なかのにぎやかなところにきかかりました。
彼かれは、小ちいさな手てに持もっている胡こき弓ゅうを弾ひいて、風かぜから習ならった、悲かなしげな唄うたをうたいはじめました。すると、通とおる人ひと々びとは、みんな不ふ思し議ぎな顔かおつきをして、子こど供もを見みお送くりました。
そこには、きれいなカフェーがありました。多おおくの若わかい女おんなが、顔かおに、真まっ白しろに白おし粉ろいを塗ぬって、唇くちびるには、真まっ赤かに、紅べにをつけていました。そこで、やはり、その女おんなたちも、いい声こえで、唄うたをうたっていましたが、子こど供もが、風かぜから習ならった、悲かなしい唄うたをうたってきかかりますと、みんなが黙だまってしまいました。
子こど供もは、カフェーをのぞきました。ここなら唄うたをうたったら、お銭あしをくれるであろうと思おもったからです。円まるいテーブルが幾いくつもおいてありました。その一つのテーブルに、男おとこが、酒さけに酔よっていい気き持もちでいました。対むかい合あって腰こしをかけている、白おし粉ろいを塗ぬった女おんなも、すこしは酔よっていました。テーブルの上うえには、ビールのびんが、港みなとの船ふねのほばしらのように並ならんでいます。男おとこは、ガブ、ガブ、みんなそれを飲のんだものと思おもわれました。
女おんなの声こえで、なにかいったようですが、それは子こど供もの耳みみに、よく入はいりませんでした。それよりも、子こど供もは、二ふた人りが、酒さけを飲のんでいる、すぐそばに、かやの若わか木ぎが、鉢はちに植うわって、しかもその根ねが、真まっ白しろに乾かわいているのを見みました。
ビールを、ガブ、ガブ、飲のむかわりに、一杯ぱいの水みずを、かやの根ねもとにやればいいのにと、子こど供もは、思おもったのです。
﹁この木きに、水みずをやらんと枯かれてしまうよ。﹂と、子こど供もはいいました。
すると、酒さけに酔よっている男おとこは、怒おこりました。
﹁なに、いらんことをいうのだ。さっさといってしまえ!﹂といって、小ちいさなコップに残のこっていた、ウイスキーを子こど供もの顔かおに、かけました。子こど供もは、目めから、火ひが出でたかと思おもいました。
子こど供もは、その日ひの暮くれ方がた、涙なみだぐんだ目めつきをして、ふもとの林はやしの中なかへ帰かえってきました。小こ舎やの中なかには、父ちち親おやが待まっていました。
子こど供もは、この日ひ、街まちで見みてきたいっさいを父ちち親おやに向むかって話はなしました。
古ふるい大おおきなひのきの木きは身みぶ震るいをしました。
﹁いま、子こど供ものいったことを聞きいたか。﹂と、年としとった大おおたかに向むかっていいました。
﹁人にん間げんは、すこしいい気きになりすぎている! ちっと怖おそろしいめにあわせてやれ。﹂と、たかは、怒いかりに燃もえました。
﹁俺おれたちは、今こん夜や、あらしを呼よんで、街まちを襲しゅ撃うげきしよう。﹂と、ひのきの木きは、どなりました。
﹁私わたしたちの力ちからで、ひとたまりもなく、人にん間げんの街まちをもみくだいてやろう。﹂と、たかは叫さけびました。
たかは、黒くろ雲くもに、伝でん令れいすべく、夕ゆう闇やみの空そらに翔かけ上のぼりました。古ふるいひのきは雨あめと風かぜを呼よぶためにあらゆる大おおきな枝えだ、小ちいさな枝えだを、落らく日じつ後ごの空そらにざわつきたてたのであります。