風ふう船せん球だまは、空そらへ上あがってゆきたかったけれど、糸いとがしっかりととらえているので、どうすることもできませんでした。 小こと鳥りが、窓まどからのぞいて、不ふ思し議ぎそうな顔かおつきをして、風ふう船せん球だまをながめていました。 ﹁小こと鳥りさん、おもしろいことはありませんか。﹂と、風ふう船せん球だまはたずねました。 ﹁おもしろいことですか、それはたくさんありますよ。いま、あちらの町まちの上うえを飛とんできますと、にぎやかな行ぎょ列うれつがゆきました。お祭まつりがあるのでしょう……。また、あちらの港みなとへは、大おおきな汽きせ船んがきて泊とまっています。それは、りっぱな船ふねでした。これから、私わたしは、もっとおもしろいことをさがそうと思おもっているところです。﹂と、小こと鳥りは答こたえたのであります。 ﹁おお、私わたしも、空そらへ上あがって、自じゆ由うに飛とんでみたいものだ。﹂と、風ふう船せん球だまは、ため息いきをつきました。 小こと鳥りは、風ふう船せん球だまが、しきりに上あがりたがっているのを見みてわらっていました。そのうちに、どこへか姿すがたを消けしてしまったのであります。 ﹁ああ、あのかわいらしい小こと鳥りは、どこかへいってしまった。いっしょに旅たびをしたかったのに……。﹂と、風ふう船せん球だまはなげいていました。 どうかして、空そらへ上のぼってみたいと風ふう船せん球だまはなおも考かんがえていましたが、これは、自じぶ分んを捕つかまえている糸いとを説ときつけるにかぎると悟さとりましたから、﹁なんで私わたしを、そんなに苦くるしめるのですか。私わたしが空そらへ上あがったら、おまえさんもいっしょに愉ゆか快いなめがされるじゃありませんか。私わたしは、自じぶ分んひとりだけおもしろいめをしたいというのではありませんよ。﹂と、風ふう船せん球だまは糸いとに向むかっていいました。 糸いとは、お嬢じょうさんのいいつけを守まもっているのであります。しかし、風ふう船せん球だまが、自じぶ分んひとりで楽たのしむのでない、いっしょに愉ゆか快いなめをしたいといったのをききますと、なるほどなと考かんがえました。なぜなら、自じぶ分んも、こうしていたのでは、いつまでたっても、おもしろいめがされなかったからです。 ﹁いや、お嬢じょうさんに対たいしてすまないから、どうしても放はなすことはできない。﹂ と、糸いとは答こたえました。 ﹁そんな、がんこなことをいうものでありませんよ。いま、あの小こと鳥りが話はなしたことを聞きかなかったのですか。町まちには、にぎやかな行ぎょ列うれつが通とおるというし、港みなとには、大おおきな汽きせ船んがきているということでした。はやくいって、それを見みたいという考かんがえにはなりませんか。﹂と、風ふう船せん球だまは糸いとをそそのかしたのです。 ﹁なるほどな。﹂と、糸いとは感かん服ぷくしました。 ﹁じゃ、私わたしは、たんすの環わから離はなれて、あなたといっしょについてゆきますよ。﹂と、糸いとはいいました。 ﹁さあ、早はやく、お嬢じょうさんに見みつからないうちに、二ふた人りは、この窓まどから逃にげ出だしましょう。﹂と、風ふう船せん球だまと糸いととは、相そう談だんをきめてしまい、やがて、紫むら色さきいろの風ふう船せん球だまは、長ながい白しろい糸いとをしりにぶらさげながら、窓まどから飛とび出だして、空そらへ空そらへと上のぼってゆきました。 お嬢じょうさんは、へやへはいると、たんすの環わに結むすんでおいた、風ふう船せん球だまがなかったのでびっくりしました。これは、いたずらな弟おとうとが、どこへか持もっていったか、飛とばしてしまったのだと思おもって、弟おとうとに向むかって小こご言とをいいますと、坊ぼっちゃんは、そんなものを僕ぼくは知しらないといって、かえって姉ねえさんにくってかかったのであります。 ﹁それは、きっと糸いとがひとりでにほどけて、飛とんでいったのかもしれないから、もう一つ買かっておいでなさい。そんなことでけんかをしてはいけません。﹂ と、お母かあさんはいわれたのでした。 飛とんでいった風ふう船せん球だまは、思おもいきり高たかく上あがりました。いつか、自じぶ分んの体からだは、雲くもの上うえに乗のるだろうと思おもって、喜よろこんだのであります。はじめて、こんなに高たかく空そらへ上あがった風ふう船せん球だまは、どこが町まちだやら、港みなとだやら、その方ほう角がくがわかりませんので、ただ、あてもなく飛とんでいました。 ﹁そのうちに、自じぶ分んは、きっとおもしろいところへ出でられるにちがいない。﹂と思おもっていました。しかし、だんだん疲つかれてきたのか、体からだがしぜんに降おりてくるような気きがしたので、どうしたのだろうと風ふう船せん球だまは、不ふ思し議ぎでなりませんでした。 ﹁おかしなこともあれば、あるものだ。﹂と、考かんがえているうちに、ふと、思おもいあたったことがあります。自じぶ分んのしりに、長ながい白しろい糸いとがついて、いっしょに飛とんでいるということです。 ﹁なるほど、これで原げん因いんがわかった。自じぶ分んは、こんなやっかいなものをひきずっているのだ。こいつをどこへか落おとしてしまう工くふ夫うをしなければならぬ。﹂と、ひとり言ごとをいいました。 風ふう船せん球だまが、こういったのを、糸いとは聞きいてしまいました。 ﹁じつに、けしからんことだ。私わたしが、おまえを自じゆ由うにしてやったのではないか。そのときの約やく束そくをすっかりわすれてしまって、私わたしをどこへか落おとしてしまうとは、まことに不ふに人んじ情ょうな話はなしだ。風ふう船せん球だまが、その気きなら、自じぶ分んにも考かんがえがあるから……。﹂と、糸いとは怒おこってしまいました。 風ふう船せん球だまが、林はやしの近ちかくを飛とんでいるときに、糸いとは、しっかりと木きの枝えだにつかまってしまった。すると、いままで軽かろやかに飛とんでいた風ふう船せん球だまは、たちまち動うごけなくなってしまいました。 ﹁なんで、おまえさんは、そんなものにひっかかったのだ？﹂と、風ふう船せん球だまは、糸いとに向むかって不ふへ平いをいいました。すると糸いとは、 ﹁それは、こちらがいうことだ。さあ、飛とべるなら、かってに飛とんでみよ。﹂といいました。 そのうちに、風かぜが吹ふいてくると、糸いとは、きりきりと風ふう船せん球だまのまわるたびに、幾いく重えにも枝えだにからんでしまって、もはや、どんなことをしても離はなれませんでした。 ちょうど、そのとき、お嬢じょうさんは、新あたらしい風ふう船せん球だまを買かってきて、前まえのように糸いとをたんすの環わに結むすびました。そして、自じぶ分んは、外そとへ遊あそびに出でてしまいました。すると、その後あとで、たんすは、風ふう船せん球だまと糸いとに向むかって、前まえには、二ふた人りが話はなし合あって、この窓まどから、旅たびに出でかけていったが、いまごろは、にぎやかな町まちや、港みなとの景けし色きをながめているだろう。と、いうことを物もの語がたったのでした。これを聞きくと、新あたらしい紅あかい風ふう船せん球だまは、糸いとに向むかって、自じぶ分んたちもこれから仲なかよくして、いっしょに出でかけてみないかと話はなしかけたのであります。糸いとは、たんすから話はなしを聞きいたので、なんでこれを断ことわりましょう。喜よろこんで、約やく束そくしてしまいました。﹁さあ、早はやく、お嬢じょうさんの留る守すの間まに逃にげ出だそう……。﹂といって、仕した度くをしている最さい中ちゅうに、ふいにお嬢じょうさんがへやへはいってきました。 ﹁あら、もうすこしで、飛とぶところよ。前まえの風ふう船せん球だまも坊ぼうがしたのでない、ひとりでに飛とんでいってしまったのね。﹂といって、もうけっして逃にげてはいかないように、お嬢じょうさんは、その風ふう船せん球だまで、まりをつくってしまいました。春はるの晩ばん方がたのことで、往おう来らいの上うえは、黄きい色ろく乾かわいていました。お嬢じょうさんは、お友ともだちとまりをついて遊あそんでいました。そのまりは、よくはね上あがりました。そして、お嬢じょうさんの体からだのまわりをおもしろそうに飛とびました。けれど、遠とおくそこから離はなれて、どこへゆこうともしませんでした。 林はやしの枝えだにかかった風ふう船せん球だまは、一ひと晩ばんじゅう、そこで風かぜに吹ふかれて、風かぜにからかわれていました。明あくる日ひになると、いつか窓まどからのぞいた小こと鳥りがそこを通とおりかかって、気きの毒どくそうに、そばの枝えだへとまってながめていましたが、なにもいわずに立たち去さってしまいました。風ふう船せん球だまは、恥はずかしいので、べつに、こちらからは、言こと葉ばもかけませんでした。そして、ただ、糸いとの仕し打うちをうらんでいました。 へやの中なかのたんすだけは、二つの、風ふう船せん球だまがどうなってしまったか、その身みの上うえについて、すこしも知しるところがなかったので、二つとも、幸こう福ふくに暮くらしていると思おもっていました。