あるところに、踊おどることの好すきな娘むすめがありました。家いえのうちにいてはもとよりのこと、外そとへ出でても、草くさの葉はが風かぜに吹ふかれて動うごくのを見みては、自じぶ分んもそれと調ちょ子うしを合あわせて、手てや足あしを動うごかしたり、体からだをしなやかに曲まげるのでした。 また、日ひの輝かがやく下したの花はな園ぞので、花はなびらがなよなよとそよ風かぜにひらめくのを見みると、たまらなくなって、彼かの女じょは、いっしょになってダンスをしたのであります。 両りょ親うしんは、自じぶ分んの娘むすめをもてあましてしまいました。母はは親おやは、ダンスなどというものは、きらいでありましたから、 ﹁もう、これほどまでいって、それでも聞きかないで、踊おどりたいなら、おまえは家うちにいないほうがいいから、かってにゆきたいところへいって、踊おどりたいだけ、踊おどったらいい。﹂と、母はは親おやはいいました。 母はは親おやは、娘むすめに裁さい縫ほうを教おしえたり、また行ぎょ儀うぎを習ならわしたりしたいと思おもったからです。けれど娘むすめは、それよりか、自じぶ分んかってに踊おどりたかったのであります。 ﹁お母かあさん、私わたしは、もっと旅たびへいって、踊おどりのけいこをいたします。そして、それで身みをたてたいと思おもいますから、どうぞ、お暇ひまをください。﹂と頼たのみました。 両りょ親うしんは、いつか、娘むすめが自じし身んで気きがつくときがあるであろうと思おもって、涙なみだながらに、それを許ゆるしました。 娘むすめは、あるときは、雲くもの流ながれる方ほうへ向むかって歩あるいていきました。また、あるときは、水みずの流ながれる方ほうへ向むかって、旅たびを続つづけました。そして、白しら壁かべや、赤あかい煉れん瓦がなどの見みえる、気き持もちのいい町まちへ着つきました。 彼かの女じょは、町まちの中なかを歩あるいていますと、小ちいさな劇げき場じょうのようなところがあって、そこには美うつくしい花はなの飾かざりがしてあり、旗はたなどが立たててありました。そして、看かん板ばんに、﹁どなたでも、踊おどりたいと思おもう人ひとは、踊おどりなさい。歌うたいたいと思おもわれる人ひとは、歌うたいなさい。そのかわり、上じょ手うずでなければ、人ひと々びとが笑わらいます。﹂と、書かいてありました。 彼かの女じょは、この劇げき場じょうの前まえに立たって考かんがえました。 ﹁踊おどりたいには、踊おどりたいが、上じょ手うずに踊おどれるだろうか？ 下へ手たに踊おどって、人ひと々びとから笑わらわれやしないだろうか？﹂ しかし、彼かの女じょは、べつに頼たよっていくところのきまった身みでもありませんから、上じょ手うず、下へ手たはそのときの運うん命めいと思おもって、とにかく出でて踊おどることにしました。 彼かの女じょは、みんなの前まえで踊おどりました。 ﹁草くさの葉はの踊おどり﹂ ﹁赤あかい花はなのダンス﹂ こうした、二つの踊おどりは、みんなに不ふ思し議ぎな感かんじを与あたえました。みんなは、喜よろこびました。拍はく手しゅしました。彼かの女じょは、あたかも、なよなよと草くさの葉はが風かぜにもまれるように、柔やわらかに体からだを波なみ打うたせて踊おどりました。また、真まっ紅かに咲さき乱みだれた花はなが、風かぜに吹ふかれて、いまにも散ちりそうなようすを、手てを振ふり、足あしを動うごかし、体からだをひねって、してみせたのであります。 ﹁なんというおもしろい踊おどりだろう……。﹂と、みんなは口くち々ぐちにいいはやしました。 ここに、金かね持もちのお嬢じょうさまがありました。お父とうさんや、お母かあさんは、たくさんのお金かねを残のこして、この世よの中なかから去さられたので、お嬢じょうさまはりっぱな、大おおきな家いえになに不ふじ自ゆ由うなく、独ひとりで暮くらしていられました。 このお嬢じょうさまが、ちょうど劇げき場じょうにきて、娘むすめの踊おどりを見みていられましたが、踊おどりばかりでなく、この娘むすめがたいそう気きにいられました。 ﹁おまえさんは、わたしの家うちへきませんか。﹂と、お嬢じょうさまは、踊おどりが終おえると、娘むすめにあって話はなされました。娘むすめはお嬢じょうさまに向むかって、 ﹁私わたしは、ただ踊おどりたいのです。私わたしを自じゆ由うに踊おどらせてくださればまいります。﹂といいました。 ﹁わたしは、おまえさんから、その踊おどりを習ならいたいのですから、そんな、気き兼がねはすこしもいりません。﹂と、お嬢さまさまは答こたえられました。 娘むすめは、その日ひから、お嬢じょうさまの家いえへ住すむことになりました。 お嬢じょうさまの家いえは、りっぱなお家うちでした。そして、青あおい着きも物のをきた、もう一ひと人り美うつくしい娘むすめがいました。その娘むすめは、いい声こえで一日にち唄うたを歌うたっているのでした。 ﹁この娘むすめさんは、おまえさんと異ちがって歌うたうことが好すきなんです。それで、こうして、好すきな唄うたをうたっているのですよ。おまえさんは、今きょ日うからかってに、この家うちで踊おどりなさるがいい。﹂と、お嬢じょうさまは、いわれました。 娘むすめは、自じゆ由うなところだと思おもいました。そして、はじめて、長ながい間あいだの望のぞみがかなったように思おもいました。いい声こえで、歌うたっていた少しょ女うじょは、ぶどうのような、うるんだ目めでじっと、新あたらしく、ここへきた娘むすめを見みながら、 ﹁あなたは、草くさの葉はや、赤あかい花はなから、踊おどりを教おそわったとお姉ねえさまから聞ききましたが、私わたしは、また唄うたを小こと鳥りから、あのみみずから……風かぜから、いろいろなものから習ならいましたの。私わたしは青あおい着きも物のを着きて、こうして歌うたっていると、ちょうど自じぶ分んが小こと鳥りのような気きがして、それは、うれしいんですよ……。﹂ 青あおい着きも物のの少しょ女うじょが、お嬢じょうさまを姉ねえさんといいますので、彼かの女じょもまた、お嬢じょうさまのことを姉ねえさんということにしました。 この唄うたを歌うたうことの好すきな少しょ女うじょは、やはり自じぶ分んの家うちにいる時じぶ分ん、朝あさ晩ばん、歌うたっていましたので、唄うたをきらいな、気きむずかしいお父とうさんは、娘むすめをしかって、どこへでもいってしまえといいました。それで少しょ女うじょは、泣なく泣なく家いえを出でて、やはり、この町まちにやってきました。そして、劇げき場じょうの前まえを通とおりますと、 ﹁歌うたいたいものは、だれでも、はいって遠えん慮りょなくうたいなさい。まずければ、人ひとに笑わらわれます。﹂と、このときも、看かん板ばんに書かいてありました。 少しょ女うじょは、こずえに止とまって、小こと鳥りが自じゆ由うにさえずるときの姿すがたを思おもい出だしました。また、夏なつの晩ばん方がた、眠ねむそうに、唄うたを歌うたっているみみずの節ふしを思おもい出だしました。それが、みんなの喝かっ采さいを博はくしました。このときも、お嬢じょうさまは、ここにきていて、この少しょ女うじょの唄うたを聞きかれました。そして、少しょ女うじょをお家うちへつれて帰かえられたのでした。 ﹁花はなの踊おどりには、赤あかい着きも物のを着きるといい。﹂と、お嬢じょうさまはいって、この踊おどりの好すきな娘むすめには、美うつくしい花はな弁びらのような着きも物のを、造つくってくださいました。 その日ひから、家うちの中なかで、青あおい着きも物のの少しょ女うじょはうたい、赤あかい着きも物のの娘むすめは、花はな弁びらの風かぜに吹ふかれ狂くるうごとく踊おどるのでありました。 ある日ひのことです。りっぱな、お嬢じょうさまの馬ばし車ゃが門もんの前まえに止とまると、お嬢じょうさまは、黒くろ髪かみを両りょ方うほうのふくよかな肩かたに乱みだした、半はん裸らた体いの若わかい女おんなをつれて、お家うちの中なかへはいられました。 青あおい着きも物のの少しょ女うじょも、赤あかい着きも物のの娘むすめも、この怪あやしげな女おんなを見みて、目めを円まるくしてびっくりしていました。 ﹁この人ひとは、魔まじ術ゅつ使つかいなのよ。今きょ日うから、この家うちで、いっしょに暮くらすことになったの。﹂と、お嬢じょうさまは、驚おどろいている二ふた人りに向むかっていわれました。 黒くろ目め勝がちな、唇くちびるの赤あかい、眉まゆの濃こい、髪かみの長ながい女おんなは、黙だまって、二ふた人りに向むかって頭あたまを下さげました。魔まじ術ゅつ使つかいの女おんなは、おしなのでした。 ﹁おまえさんには、黒くろい着きも物のがよく似に合あうようだ。﹂といって、お嬢じょうさまは、魔まじ術ゅつ使つかいの女おんなには、黒くろい着きも物のをきせました。 その女おんなは、なんでも、魔まじ術ゅつをインド人じんから教おそわったということです。人にん間げんをはとにしたり、からすにしたり、また、はとを皿さらにしたり、りんごにしたりする不ふ思し議ぎな術じゅつを知しっていました。いままで、いい声こえで歌うたっていた青あおい着きも物のの娘むすめが、魔まじ術ゅつにかかってからすになったり、いままで赤あかい着きも物のをきて踊おどっていた娘むすめが、たちまちの間あいだにはとになるかと思おもうと、美うつくしい、華はなやかな着きも物のをきて、笑わらって、それをばごらんになっていたお嬢じょうさままでが、どこへか姿すがたが消きえてしまったり、最さい後ごに、魔まじ術ゅつ使つかい自じし身んも、白しろい煙けむりをたててなくなってしまったりするかと思おもうと、目めの前まえへ一本ぽんの草くさが芽めを出だし、それがすぐ大おおきくなって花はなが咲さき、その中なかから人にん間げんが生うまれる――それが、お嬢じょうさまであったり、また、はとが、生うまれかわって箱はこの中なかから出でるときは、いつのまにか、赤あかい着きも物のをきた娘むすめになったりするような、それは不ふ思し議ぎなことばかりでありました。 ﹁もっとおもしろいなにか芸げいをする娘むすめさんたちが、集あつまってこないものかね。﹂と、お嬢じょうさまは、その後ごも劇げき場じょうへいってみられたけれど、それから出でた女おんなは、平へい凡ぼんなものばかりでした。 ﹁お姉ねえさま、きっと旅たびに出でたらおもしろいことがあると思おもいます。﹂と、青あおい着きも物のをきた少しょ女うじょがいいました。 ﹁わたしも、そんなことを思おもっていたのよ。もうこの町まちの生せい活かつにも飽あきましたから、四人にんが旅たびへ出でて、ゆくさきざきの劇げき場じょうで、私わたしたちの芸げいをしてみせたら、かえっておもしろいかもしれない。﹂と、お嬢じょうさまはいわれました。 そこで、四人にんは、旅たびへ出でたのであります。そして、ゆくさきざきでいろいろの芸げいをしてみました。四人にんの年とし若わかい女おんなたちは、いずれも美うつくしい顔かおで、見みる人ひと々びとをうっとりとさせました。中なかでも男おとこたちは、かつて、こんなに美うつくしい女おんなを見みたことがないといって、感かん歎たんしました。そして、まれには、結けっ婚こんを申もうし込こんでくるものもありましたけれど、四人にんは、けっして、それらの人ひとたちには、取とり合あいませんでした。魔まじ術ゅつ使つかいの女おんなはおしではありましたけれど、顔かおのどこかに、いちばん多おおく人ひとを魅みする力ちからをもっていました。 夏なつのはじめになると、北ほっ国こくの海うみは青あお々あおとして冴さえていました。彼かの女じょらは、この海かい岸がんの小ちいさな町まちにはいってきて、そこの劇げき場じょうで踊おどったり、歌うたったり、また魔まじ術ゅつを使つかったりしてみせました。まだまったく開ひらけていない土と地ちの人ひと々びとだけに、どんなに驚おどろいた目めつきをして、この美うつくしい女おんなたちをながめたでありましょう。 ﹁真まっ赤かな着きも物のをきて、花はなのように踊おどる。﹂といって、喜よろこびました。 ﹁あの黒くろい着きも物のをきた女おんなは、なんというすごいほど美うつくしい女おんなだろう。そして、魔まじ術ゅつを使つかう。﹂といって、驚おどろいてうわさをしました。 また、町まちの男おとこも、女おんなも、美うつくしいお嬢じょうさまについて、また、風かぜのあたる緑みどりの林はやしを思おもわせるような、唄うたを上じょ手うずに歌うたう少しょ女うじょについて、いろいろの評ひょ判うばんをしました。そのうちに、彼かの女じょらは、この小ちいさな北ほっ国こくの町まちにも別わかれを告つげて、遠とおい西にしの国くにを指さして、旅たび立だたなければならぬ日ひがきました。 彼かの女じょらの、この町まちを去さってしまうということは、楽たのしみと色しき彩さいに乏とぼしいこのあたりの人ひと々びとに、なんとなくさびしいことに感かんじられたのであります。そこで、いよいよその日ひがくると、若わか者ものたちは、外そとに出でて彼かの女じょらの立たつのを見みお送くっていました。 四人にんの美うつくしい女おんなたちは、赤あかい馬ばし車ゃに乗のりました。赤あかい馬ばし車ゃは、青あおい海うみを左ひだ手りてにながめながら、海かい岸がんを走はしっていったのであります。 初はつ夏なつの光ひかりに照てらされて、その赤あかい馬ばし車ゃは、いっそう鮮あざやかに、色いろが冴さえて見みられました。そして、青あおい海うみの色いろと反はん映えいして、美うつくしかったのでした。馬ばし車ゃは走はしって、走はしっていきました。海かい岸がんの道みちは、しだいにけわしくなりました。 一方ぽうは山やまで、切きり落おとしたようになって、一方ぽうは深ふかい深ふかい崖がけであります。その崖がけの下したには、大おおきな波なみが打うち寄よせていました。 赤あかい馬ばし車ゃは、どう誤あやまったものか、勢いきおいよく走はしってゆくと、その崖がけからまっさかさまに海うみの中なかへと四人にんの女おんなたちを乗のせたまま落おちてしまいました。そして、いままで、赤あかく火ひの燃もえついたように、走はしっていった馬ばし車ゃの影かげは、もはや、どこにも見みえませんでした。太たい陽ようは、そのことを知しってか、もしくは知しらずにか、すこしの変かわりもなく、白しろい道みちを照てらし、青あおい海うみの面おもてを照てらしていました。 たまたま、馬ばし車ゃが崖がけから落おちたのを見みていたものがあって、大おお騒さわぎになりました。人ひと々びとはそこへいってみました。けれど、馬うまも、人ひとも、また赤あかい箱はこも、なにひとつ名なご残りをとどめていないので、みんなはそのことをはなはだ不ふ思し議ぎに思おもいました。 ﹁魔まじ術ゅつ使つかいの乗のっている馬ばし車ゃだから、どんな魔まじ術ゅつを使つかって、姿すがたを消けしたのかもしれない。﹂といったものもありました。 その後ご、この話はなしは、この海かい岸がんの不ふ思し議ぎな話はなしとなりました。 暗くらい晩ばんに、北ほっ国こくの海うみを航こう海かいする船ふねが、たまたまこのあたりを通とおりますと、どこからともなく、若わかい女おんなの歌うたう声こえが、聞きこえてくることがあるといいました。また、ある漁ぎょ船せんは、夜よる、雨あめの降ふる中なかをさびしくこいでいると、あちらから一そうの小こぶ舟ねがやってきて、音おともなくすれちがう。その舟ふねの中なかには、赤あかい着きも物のをきた女おんながただ一ひと人りすわって、泣ないているのを見みたというものもありました。 毎まい年とし、初はつ夏なつのころのことであります。この海かい岸がんに、蜃しん気きろ楼うが浮うかびます。赤あかい着きも物のをきた女おんなが踊おどり、青あおい着きも物のをきた女おんなや、黒くろいからすの影かげなどが、空そらに見みえるかと思おもうと、しばらくして、消きえてしまい、晴はれわたった、輝かがやかしい太たい陽ようの下したで、顔かおも形かたちも見みえないで、女おんなの笑わらう声こえがきこえる……。こんな神しん秘ぴて的きな現げん象しょうをこの海かい岸がんの人ひと々びとは、いままで幾いくたびも見みたり、聞きいたりしたということであります。 ――一九二五・三――