ふるさと
漢那浪笛
常によく見る女(ひと)なれど、
心の欲を云ひいでむ、
また、語るべき機(を)会(り)もなく、
胸もどかしく、過ぎゆくか。
実にも二(ふた)人(り)がその中は、
砕けちりしく花硝(ガラ)子(ス)――
夕日の国の寂寥に、
絡(から)みて沈む香(かう)の色。
せめては夢にその女(ひと)と、
微(ほゝ)笑(ゑみ)つくる嬉れしさを、
ふかき思ひに抱きしめ、
無言の恋をくちづけむかな。
ながき黒(くろ)髪(げ)のその中に、
あやしく匂ふまなざしの、
たゆたひつゝもしなやかに、
見つむる色の、不思議さよ。
花毛氈の草のへに、
彩(あや)羽(は)うちふる、楽の譜か、
姿すゞしく、移(うつ)香(りか)の、
やをら心にしみいりて、
愛の泉にゆあみする、
新らしき、吾が酔ひごゝち。
子守唄、静かにうかび、
平安の木かげの夢を
ゆりさます、真昼のまひる。
吾れは今、椰子の実こぼる
南(みんなみ)の、森をしたひて
草にふし、豆の葉とりて、
恋愛の、一つにもゆる
唇に、曲(ふし)折りかへし、
若かき日の、心うたひぬ。
嘯き吼ゆる黄牛よ、
目路にかゞなふ、屠(はふ)殺(り)場(ば)を
知るやしらずや、あな哀れ、
ものおぞましき足どりに、
牧場の草を、いでたちぬ。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
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