金魚は死んでいた
大下宇陀児
﹁おやおや、惜(お)しいことしちまつたな﹂
思(おも)わず口(くち)から出(で)たひとりごとだつたが、それを聞(き)きとがめた井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)が、ふりむいて、
﹁なんだい。何(なに)が惜(お)しいことしたんだね﹂
というと平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)が、さすがに顔(かお)を赤(あか)らめひどく困(こま)つた眼(め)つきになつて、
﹁いえ……その……金(きん)魚(ぎょ)ですよ。こいつは三匹(びき)ともかなり上(じょ)等(うとう)のランチュウです。死(し)んでしまつているから、どうも惜(お)しいことしたと思(おも)いまして﹂
と答(こた)えたから、捜(そう)査(さ)の連(れん)中(ちゅう)も鑑(かん)識(しき)の連(れん)中(ちゅう)もあぶなくぷッと吹(ふ)きだすところだつた。
眼(め)の前(まえ)に、人(にん)間(げん)の死(した)体(い)があつた。
庭(にわ)先(さ)きの土(つち)の中(なか)に、大(おお)ぶりな瀬(せと)戸(も)物(の)の金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)が、ふちのところまでいけこんであつて、その鉢(はち)のそばで、セルの和(わふ)服(く)を着(き)、片(かた)足(あし)にだけ庭(にわ)下(げ)駄(た)をつつかけた人(にん)間(げん)の死(した)体(い)が、地(ぢ)べたに這(は)いつくばつている。
のちにわかつたが、死(し)の原(げん)因(いん)は青(せい)酸(さん)加(か)里(り)による毒(どく)殺(さつ)だつた。死(した)体(い)の両(りょ)手(うて)がつきのばされて、鉢(はち)のふちに掴(つか)みかかろうという恰(かっ)好(こう)をしている。多(たぶ)分(ん)被(ひが)害(いし)者(ゃ)は、苦(くる)しみもがき、金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)のところまで這(は)いよつてきて、口(くち)をゆすぐか、または、鉢(はち)の中(なか)の水(みず)を飲(の)もうとしたのだろう。その時(とき)、まだ口(くち)に残(のこ)つていた毒(どく)が水(すい)中(ちゅう)へしたたりおちたために、金(きん)魚(ぎょ)も死(し)んだのだと思(おも)われる。しかし、問(もん)題(だい)はこの毒(どく)殺(さつ)死(した)体(い)だつた。断(だん)じてまきぞえをくつた金(きん)魚(ぎょ)ではない。だのに、人(にん)間(げん)の死(した)体(い)のことではなくて、死(し)んだ金(きん)魚(ぎょ)のことを先(さ)きにいつたから、いかにもそれは滑(こっ)稽(けい)な感(かん)じがしたのであつた。
事(じけ)件(ん)は五月(がつ)六日(か)の朝(あさ)、発(はっ)見(けん)された。
場(ばし)所(ょ)は、岡(おか)山(やま)市(し)の郊(こう)外(がい)に近(ちか)いM町(まち)で、被(ひが)害(いし)者(ゃ)は、四年(ねん)ほど前(まえ)まで質(しち)屋(や)をやつていて、かたわら高(こう)利(り)貸(か)しでもあつたそうだが、目(もっ)下(か)は表(おも)向(てむ)き無(むし)職(ょく)であつて、それもたつた一(ひと)人(り)きりで暮(くら)していた刈(かり)谷(やお)音(とき)吉(ち)という老(ろう)人(じん)である。
発(はっ)見(けん)者(しゃ)は、老(ろう)人(じん)の家(うち)のすぐとなりに住(す)んでいて、去(きょ)年(ねん)あたり開(かい)業(ぎょう)した島(しま)本(もと)守(まもる)という医(いが)学(く)士(し)だつたが、島(しま)本(もと)医(い)師(し)は、警(けい)察(さつ)へ事(じけ)件(ん)を通(つう)報(ほう)すると同(どう)時(じ)に、大(たい)要(よう)次(つぎ)のごとく、その前(ぜん)後(ご)の事(じじ)情(ょう)を述(の)べた。
﹁私(わたし)は今(け)朝(さ)急(きゅ)患(うかん)があつて往(おう)診(しん)に出(で)かけました。ところが往(い)きにも帰(かえ)りにも、老(ろう)人(じん)の家(うち)の門(もん)が五寸(すん)ほど開(ひら)きかかつていたから、へんなことだと思(おも)つたのです。近(きん)所(じょ)でもよく知(し)つていることですが、老(ろう)人(じん)はかなりへんくつな人(じん)物(ぶつ)です。ひどく用(よう)心(じん)ぶかくて、昼(ひる)日(ひな)中(か)でも、門(もん)の内(うち)側(がわ)に締(しま)りがしてあり、門(もん)柱(ちゅう)の呼(よび)鈴(りん)を押(お)さないと、門(もん)をあけてくれません。私(わたし)は気(き)になりました。となり同(どう)士(し)だから、時(とき)々(どき)口(くち)をきき合(あ)う仲(なか)で、ことに一(おと)昨(と)日(い)は、私(わたし)が丹(たん)精(せい)したぼたんの花(はな)が咲(さ)いたものですから、それを一(ひと)鉢(はち)わけて持(も)つて行(い)つてやり、庭(にわ)でちよつとのうち、立(たち)話(ばなし)をしたくらいです。私(わたし)は老(ろう)人(じん)には、その時(とき)に会(あ)つたきりですけど、どうも気(き)になつてなりません。それで、帰(きた)宅(く)後(ご)三十分(ぷん)ほどしてから、老(ろう)人(じん)の家(うち)へ行(い)つて見(み)たのですが、……﹂
そこは医(い)師(し)だから、すぐにもう毒(どく)死(し)らしいと気(き)がついたのだという。
その時(とき)、すでに体(たい)温(おん)がなかつた。
島(しま)本(もと)医(い)師(し)の意(いけ)見(ん)でも、またあとできた市(しけ)警(い)の医(い)師(し)の意(いけ)見(ん)でも死(し)んだのは前(ぜん)日(じつ)の夕(ゆう)方(がた)からかけて九時(じご)頃(ろ)までの間(あいだ)らしい。大(たい)輪(りん)の花(はな)をつけたぼたんの鉢(はち)が、金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)にほど近(ちか)い庭(にわ)石(いし)の上(うえ)にのせてあつた。その花(はな)は、のめずり倒(たお)れた老(ろう)人(じん)の死(した)体(い)を、笑(わら)つて見(み)おろしているという形(かたち)で、いささか人(ひと)をぞつとさせるような妖(よう)気(き)を漂(ただよ)わしている。
家(うち)の中(なか)は、昼(ひる)間(ま)なのに、電(でん)灯(とう)がついていたが、これはむろん、事(じけ)件(んは)発(っせ)生(いと)当(う)時(じ)からつけつぱなしになつていたのだろう。庭(にわ)へ向(む)いた縁(えん)ばな――金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)から六尺(しゃく)ほどのへだたりがあつたが、その縁(えん)ばなにウィスキイの角(かく)びんと、九谷(たに)らしい盃(さかずき)が二つおいてあつた。一つの盃(さかずき)からは、ハッキリした被(ひが)害(いし)者(ゃ)の指(しも)紋(ん)が検(けん)出(しゅつ)されたが、他(ほか)の一つには、何(なに)かでふいたものと見(み)えて、全(ぜん)然(ぜん)指(しも)紋(ん)がついていない。しかしこれで大(だい)体(たい)の推(すい)測(そく)はついた。
すなわち老(ろう)人(じん)は、多(たぶ)分(ん)縁(えん)ばなに、庭(にわ)下(げ)駄(た)をはいて腰(こし)をかけ誰(だれ)かとウィスキイを飲(の)んでいたものであろう。
しらべると、びんに半(はん)分(ぶん)ほど残(のこ)つたウィスキイに青(せい)酸(さん)加(か)里(り)が混(こん)入(にゅう)してあつた。だから老(ろう)人(じん)は、それを一(ひと)口(くち)か、せいぜい二(ふた)口(くち)飲(の)むと苦(くる)しくなり、金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)のそばまで這(は)つて行(い)つて死(し)んだのにちがいない。犯(はん)人(にん)はウィスキイの相(あい)手(て)をしていたが、むろん、自(じぶ)分(ん)は飲(の)まずに老(ろう)人(じん)にだけ飲(の)ませた。そして、老(ろう)人(じん)の死(し)んだのを見(み)とどけてから、自(じぶ)分(ん)の盃(さかずき)のウィスキイをびんに戻(もど)し、かつ指(しも)紋(ん)をぬぐいとつておいて、悠(ゆう)々(ゆう)と……もしくはいそいで、この場(ば)を立(たち)去(さ)つたのである。
係(かか)官(りかん)たちは、捜(そう)査(さ)に専(せん)念(ねん)しだした。
屋(おく)内(ない)はべつに取(とり)乱(みだ)されず、犯(はん)人(にん)が何(なに)かを物(ぶっ)色(しょく)したという形(けい)跡(せき)もないから、盗(とう)賊(ぞく)の所(しょ)為(い)ではないらしく、従(したが)つて殺(さつ)人(じん)の動(どう)機(き)は、怨(えん)恨(こん)痴(ちじ)情(ょう)などだろうという推(すい)定(てい)がついたが、さて現(げん)場(ば)では、とくに目(め)星(ぼ)しい発(はっ)見(けん)は何(なに)もない。
この時(とき)、またおかしかつたのは例(れい)の平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)が、相(あい)変(かわ)らず金(きん)魚(ぎょ)のことを気(き)にしていたことである。よほどの金(きん)魚(ぎょ)好(ず)きにちがいない。彼(かれ)は、死(し)んだ金(きん)魚(ぎょ)が三匹(びき)で一万(まん)円(えん)はしたろうということや、自(じぶ)分(ん)は月(げっ)給(きゅう)が少(すく)なく、とてもあんなのは買(か)えないということを、くりかえし同(どう)僚(りょう)に話(はな)したし、また事(じけ)件(んは)発(っけ)見(んし)者(ゃ)島(しま)本(もと)医(いが)学(く)士(し)にまで、同(おな)じことをいつた。
﹁私(わたし)は、女(おんな)より金(きん)魚(ぎょ)の方(ほう)が美(うつく)しいと思(おも)うんですよ。あなたは庭(にわ)で老(ろう)人(じん)と立(たち)話(ばな)しをしたつていいましたね。その時(とき)金(きん)魚(ぎょ)は、どんな恰(かっ)好(こう)してました?﹂
﹁さア、とくに注(ちゅ)意(うい)して見(み)たわけじやありませんからね。しかし美(うつく)しい金(きん)魚(ぎょ)だとは思(おも)いましたよ。ひらひら游(およ)いでいましてね﹂
﹁そうでしような。私(わたし)もそれは見(み)たかつたですよ﹂
刑(けい)事(じ)は、真(しん)実(じつ)残(ざん)念(ねん)そうに、ため息(いき)をしているのであつた。
被(ひが)害(いし)者(ゃ)刈(かり)谷(やお)音(とき)吉(ちろ)老(うじ)人(ん)は、もと高(こう)利(り)貸(か)しでへんくつで、昼(ひる)日(ひな)中(か)でも門(もん)に締(しま)りをしていて、呼(よび)りんを押(お)さないと、人(ひと)を門(もん)内(ない)へ通(とお)さなかつたというほどに用(よう)心(じん)ぶかく、それに妻(さい)子(し)はなく女(じょ)中(ちゅう)もおかず、たつた一(ひと)人(り)きりで暮(くら)していたというのだからそういう特(とく)徴(ちょう)から判(はん)断(だん)してみて、捜(そう)査(さ)の手(てが)懸(か)りは、かえつてつけやすいほどのものであつた。
当(とう)局(きょく)は、日(ひ)ならずして、三人(にん)の容(よう)疑(ぎし)者(ゃ)を見(み)つけだすことができた。
三人(にん)ともに、老(ろう)人(じん)の家(うち)へ時(とき)々(どき)出(で)入(い)りしているという事(じじ)実(つ)がある。そこから着(ちゃ)目(くもく)してある程(てい)度(ど)の内(ない)偵(てい)を進(すす)めて、その容(よう)疑(ぎし)者(ゃ)を、べつべつに任(にん)意(いし)出(ゅっ)頭(とう)の形(かたち)で警(けい)察(さつ)へ呼(よ)び出(だ)し、井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)が直(ちょ)接(くせつ)に訊(じん)問(もん)してみた。
第(だい)一の容(よう)疑(ぎし)者(ゃ)は、青(せい)流(りゅ)亭(うてい)というかなり大(おお)きな料(りょ)亭(うてい)の女(おか)将(み)であつて、進(しん)藤(どう)富(とみ)子(こ)という女(おんな)だつた。ほんとうの年(とし)はもう五十に近(ちか)く、しかし、磨(みが)き上(あ)げた美(うつく)しさで、三十を少(すこ)し越(こ)したぐらいにしか見(み)えない。その訊(じん)問(もん)の模(もよ)様(う)は、大(たい)略(りゃく)次(つぎ)の如(ごと)きものであつた。
﹁あなたは五月(がつ)五日(か)の夜(よる)夕(ゆう)方(がた)から十二時(じご)頃(ろ)まで、どこにいましたか﹂
﹁べつにどこへも行(い)きませんわ。ちやんと自(じぶ)分(ん)のうち、青(せい)流(りゅ)亭(うてい)のお帳(ちょ)場(うば)にいましたよ﹂
﹁ちがうでしよう。女(じょ)中(ちゅう)から板(いた)前(まえ)まで調(しら)べてある。夕(ゆう)方(がた)出(で)かけて、十二時(じ)ごろ、タクシーで帰(かえ)つたことがわかつている﹂
﹁おやおや、たいそうくわしいんですこと。――じや、申(もう)しますわ。あたしは女(おん)手(なで)一(ひと)つで、青(せい)流(りゅ)亭(うてい)を切(きり)廻(まわ)していますからね、人(ひと)には言(い)えぬ苦(くろ)労(う)もあるんですよ。ハッキリいうと、パトロンがあります。その、パトロンのところへ行(い)つていたんですわ﹂
﹁パトロンというのが、殺(ころ)された刈(かり)谷(やお)音(とき)吉(ち)じやないですか。こちらはあなたがあの老(ろう)人(じん)のところへ、月(つき)に一回(かい)か二回(かい)、夜(よる)になつてから行(い)くということをちやんと確(たし)かめてあるのですが﹂
﹁いやらしいこと、おつしやらないで下(くだ)さい。刈(かり)谷(や)さんは知(し)つています。昔(むかし)からの知(しり)合(あい)です。でも、あんなケチンボでへんくつな男(おとこ)に、どうして世(せ)話(わ)になんかなるものですか﹂
﹁すると刈(かり)谷(やろ)老(うじ)人(ん)のところへ月(つき)に一回(かい)か二回(かい)行(い)く、その用(よう)件(けん)は何(なん)ですか﹂
﹁用(よう)件(けん)は……それは申(もう)せませんわ。ぜつたいにあたし、申(もう)しませんから﹂
申(もう)立(したて)を拒(きょ)否(ひ)したとなつたら、それを強(し)いて言(い)わせる権(けん)限(げん)は警(けい)察(さつ)にもない。訊(じん)問(もん)はこれ以(いじ)上(ょう)にはあまり進(すす)まなかつた。
第(だい)二の容(よう)疑(ぎし)者(ゃ)は、金(きん)属(ぞく)メッキ工(こう)場(じょう)の技(ぎ)師(し)兼(けん)重(じゅ)役(うやく)であり、中(なか)内(うち)忠(ただし)という工(こう)学(がく)士(し)だつたが、この人(じん)物(ぶつ)は、刈(かり)谷(やろ)老(うじ)人(ん)に高(こう)利(り)の金(かね)を借(か)りていて、かなり苦(くる)しめられていたはずである。訊(じん)問(もん)すると、案(あん)外(がい)にも老(ろう)人(じん)のことを、借(しゃ)金(っきん)の取(とり)立(た)てがきびしくへんくつだが、面(おも)白(しろ)いところのある人(じん)物(ぶつ)だといつたし、また借(しゃ)金(っきん)のことで、べつに怨(えん)恨(こん)など抱(いだ)いてはいないのだと答(こた)えたが事(じじ)実(つ)としては青(せい)流(りゅ)亭(うてい)の女(おか)将(み)と同(おな)じく、いつも夜(よる)になつてから老(ろう)人(じん)を訪(たず)ねるのが常(つね)で、ある時(とき)、ひどくはげしい口(くち)調(ょう)で、二(ふた)人(り)が門(もん)の前(まえ)で口(くち)争(あらそ)いをしていたのをみたという、近(きん)所(じょ)の人(ひと)からの聞(きき)込(こ)みもないではない。彼(かれ)は、人(ひと)柄(がら)としては、まことに温(おん)和(わ)な風(ふう)貌(ぼう)の分(ふん)別(べつ)盛(ざか)りの紳(しん)士(し)である。趣(しゅ)味(み)がゴルフと読(どく)書(しょ)だという。そして、井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)との間(あいだ)に、次(つぎ)のような会(かい)話(わ)があつた。
﹁工(こう)場(じょう)でやるメッキは、どんな種(しゅ)類(るい)のものですか﹂
﹁なんでもやります。小(ちい)さなものでも大(おお)きなものでも﹂
﹁技(ぎじ)術(ゅつ)はとくに優(ゆう)秀(しゅう)だそうですね。むろん、電(でん)気(き)メッキもやるのでしような﹂
﹁やりますよ﹂
﹁メッキの薬(やく)品(ひん)は、どんなものを使(つか)いますか﹂
﹁いろいろですね。金(きん)銀(ぎん)、ニッケルやコバルトなどの化(かご)合(うぶ)物(つ)、そして酸(さん)やアルカリです﹂
﹁真(しん)鍮(ちゅう)もやるのでしよう﹂
﹁ええ、もちろん……﹂
﹁その真(しん)鍮(ちゅう)と銀(ぎん)のメッキではとくにどんな薬(やく)品(ひん)を使(つか)いますか﹂
その時(とき)、中(なか)内(うち)工(こう)学(がく)士(し)の顔(かお)色(いろ)がかすかに動(どう)搖(よう)したのを、警(けい)部(ぶ)はすばやく気(き)がついていた。それらの電(でん)気(き)メッキでは、青(せい)酸(さん)加(か)里(り)の溶(よう)液(えき)が使(しよ)用(う)される。その予(よび)備(ち)知(し)識(き)があつて、ことさらに尋(たず)ねてみたのだから、自(しぜ)然(ん)にこちらも、注(ちゅ)意(うい)ぶかくこの重(じゅ)役(うやく)の態(たい)度(ど)を観(かん)察(さつ)していたわけである。
工(こう)学(がく)士(し)は、ゴクンと唾(つば)をのんだ。
そしてたばこに火(ひ)をつけ、ゆつくりと、
﹁いけませんよ。老(ろう)人(じん)の毒(どく)殺(さつ)に用(もち)いられた青(せい)酸(さん)加(か)里(り)が、うちの工(こう)場(じょう)にもあるつてことを、私(わたし)の口(くち)から言(い)わせようとしているんでしよう。ハッハッハ、たしかにあります。しよつちゆう使(つか)つていますよ。しかし、門(もん)外(がい)不(ふし)出(ゅつ)、取(とり)扱(あつか)いには、十分(ぶん)注(ちゅ)意(うい)していましてね。私(わたし)にしても、そうみだりに持(もち)出(だ)すことはできない仕(しく)組(み)になつているんですから﹂
と、平(へい)静(せい)な顔(かお)色(いろ)に戻(もど)つて答(こた)えた。
五月(がつ)五日(か)夜(よる)のアリバイについて尋(たず)ねてみる。
すると当(とう)夜(や)は、映(えい)画(が)を観(み)に行(い)つたのだと答(こた)えたが、映(えい)画(が)の題(だい)名(めい)をきくと、すぐに答(こた)えられない。単(たん)に西(せい)部(ぶげ)劇(き)だといつたが、テクニカラーかどうか、の質(しつ)問(もん)ではすらすらと、
﹁テクニカラーでした。すばらしく美(うつく)しいものでした。筋(すじ)はありきたりの平(へい)凡(ぼん)なものでしたが……﹂
と答(こた)えている。
警(けい)察(さつ)から、市(しな)内(い)の全(ぜん)部(ぶ)の映(えい)画(がか)館(ん)へ電(でん)話(わ)で問(とい)合(あわ)せをした。
その返(へん)事(じ)だと、五月(がつ)五日(か)の夜(よる)、着(ちゃ)色(くしょく)にしろ無(むし)色(ょく)にしろ、西(せい)部(ぶげ)劇(き)を上(じょ)映(うえい)していた館(かん)は一(ひと)つもない。
﹁あの技(ぎ)師(し)さんに張(はり)込(こ)みをつけておけ!﹂
井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)は、鋭(するど)く部(ぶ)下(か)に命(めい)令(れい)した。
青(せい)流(りゅ)亭(うてい)の女(おか)将(み)進(しん)藤(どう)富(とみ)子(こ)も、工(こう)学(がく)士(し)中(なか)内(うち)忠(ただし)も、刈(かり)谷(やお)音(とき)吉(ち)毒(どく)殺(さつ)犯(はん)人(にん)としての容(よう)疑(ぎ)は、かなり濃(のう)厚(こう)だと見(み)てよいのだろう。
但(ただ)し、当(とう)局(きょ)側(くがわ)の見(けん)解(かい)では、まだ十分(ぶん)なきめ手(て)がない。監(かん)視(し)つきでひとまず帰(きた)宅(く)を許(ゆる)したのであつた。
やがて井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)は、第(だい)三の容(よう)疑(ぎし)者(ゃ)を呼(よ)び出(だ)したが、それは皮(ひに)肉(く)なことに、あの死(し)んでいたランチュウを、刈(かり)谷(やろ)老(うじ)人(ん)の家(うち)へ持(も)つてきたという金(きん)魚(ぎょ)屋(や)である。
四十五歳(さい)、名(なま)前(え)が笹(ささ)山(やま)大(だい)作(さく)だつた。
その容(よう)疑(ぎ)のもとは、中(なか)内(うち)工(こう)学(がく)士(し)の場(ばあ)合(い)と似(に)ていて、金(きん)魚(ぎょ)屋(や)と老(ろう)人(じん)との間(あいだ)に貸(たい)借(しゃ)関(くか)係(んけい)があり、裁(さい)判(ばん)沙(ざ)汰(た)まで起(おこ)したという事(じじ)実(つ)からである。金(きん)魚(ぎょ)屋(や)は、その住(じゅ)宅(うたく)と土(と)地(ち)とを抵(てい)当(とう)にして老(ろう)人(じん)に取(と)られて、再(さい)三再(さい)四立(たち)退(の)きを迫(せま)られている。怨(えん)恨(こん)があるはずだと、当(とう)局(きょく)は睨(にら)んだのであつた。
金(きん)魚(ぎょ)屋(や)は、見(み)たところまことに好(こう)人(じん)物(ぶつ)らしい男(おとこ)で、次(つぎ)のような申(もう)立(したて)を行(おこな)つた。
﹁刈(かり)谷(やろ)老(うじ)人(ん)が殺(ころ)されたことは知(し)つているね﹂
﹁知(し)つてますよ。いい気(き)味(み)でさ﹂
﹁おどろいたな。よつぽど憎(にく)んでいたと見(み)えるね﹂
﹁そりや私(わたし)は、ひどい目(め)にあつているんですから――あのおやじくらい、ごうつくばりでケチンボで、人(にん)情(じょう)なしの野(やろ)郎(う)はないですよ。あいつは税(ぜい)金(きん)がかかるから、表(おも)向(てむ)きの金(かね)貸(か)しをやめたが、相(あい)変(かわ)らずもぐりの金(かね)貸(か)しでした。多(たぶ)分(ん)、一億(おく)や二億(おく)の金(かね)はためていたと思(おも)うですが、これをまた、銀(ぎん)行(こう)にも預(あず)けず、株(かぶ)券(けん)にもせず、どこかにかくして持(も)つていやがつたにちがいないです。殺(ころ)されたあとで、家(うち)の中(なか)から、札(さつ)束(たば)の山(やま)が出(で)たんでしようね﹂
﹁ちがうよ。何(なに)も出(で)ない。その点(てん)はこつちでも不(ふ)思(し)議(ぎ)に思(おも)つているくらいだ。何(なに)か知(し)つていることはないのかい﹂
﹁さア、財(ざい)産(さん)をどう処(しょ)分(ぶん)していやがつたか、そいつは私(わたし)にやわかりませんや。が、ともかくたいへんなおやじでした。こないだ、ひよつくりきましてね。私(わたし)の利(りそ)息(く)がたまつている。利(りそ)息(く)の一部(ぶ)としてなるつたけ上(じょ)等(うとう)の金(きん)魚(ぎょ)をもつてこいつて、いやがるんです。私(わたし)は、癪(しゃく)だから、三匹(びき)でせいぜい五千(せん)円(えん)というランチュウを、三万(まん)円(えん)だとふつかけて持(も)つて行(い)つたんですが……﹂
﹁老(ろう)人(じん)は金(きん)魚(ぎょ)が好(す)きだつたのかね﹂
﹁どうですかね。あんまり好(す)きでもなかつたでしよう。しかし、行(い)つてみると、尺(しゃく)五寸(すん)ほどの瀬(せ)戸(と)の鉢(はち)が、庭(にわ)の土(つち)にいけてあつて、その鉢(はち)は、からつぽだけれど、水(みず)だけはつてあるし、ぐるりに、白(しろ)い砂(すな)をきれいにまいてあつて、かなり大(たい)切(せつ)にして金(きん)魚(ぎょ)を飼(か)うつもりだつてことはわかりました。なんでも、生(い)き物(もの)というものは、一度(ど)もまだ飼(か)つたことがない、この金(きん)魚(ぎょ)がはじめて飼(か)う生(い)き物(もの)だなんていいましてね。私(わたし)は、これじやいけない。雨(あま)水(みず)がはいらないようにしたり、日(ひ)よけも作(つく)り、猫(ねこ)の用(よう)心(じん)で、金(かな)網(あみ)もあつた方(ほう)がいいつてこと、注(ちゅ)意(うい)しておいてやつたんですが、どうしました、あの金(きん)魚(ぎょ)は、まだ元(げん)気(き)ですか﹂
﹁元(げん)気(き)じやないよ。老(ろう)人(じん)といつしよに死(し)んでしまつた。老(ろう)人(じん)が口(くち)から吐(は)きだした青(せい)酸(さん)加(か)里(り)で死(し)んだのさ﹂
﹁あんれま、もつてえねえことしましたね。それじや、あの金(きん)魚(ぎょ)は私(わたし)が持(も)つて行(い)つてから、まる一日(にち)とたたねえうちに、死(し)んでしまつたことになりますね﹂
﹁まる一日(にち)……というと、金(きん)魚(ぎょ)をもつて行(い)つたのはいつのことだね﹂
﹁五月(がつ)五日(か)の朝(あさ)のうちですよ。金(きん)魚(ぎょ)をよこせといつてきたのが、その前(まえ)の日(ひ)の夕(ゆう)方(がた)でしてね。どうしてだか、ひどくいそいでもつてこいつていうんでした。あいにくと、私(わたし)のところには、利(りそ)息(くが)代(わ)りになるほど金(きん)魚(ぎょ)がいねえ。同(どう)業(ぎょう)のところへ行(い)つて、そこから持(も)つていかなくちやならねえから、二日(か)ばかり待(ま)つてくれといつたんですが、どうでも、いそいでもつてこいつていうんです。五月(がつ)五日(か)は、お節(せっ)句(く)で子(こど)供(も)の日(ひ)でしよう。ちよつとしたあてこみの日(ひ)で、私(わたし)は公(こう)園(えん)の方(ほう)へ商(しょ)売(うばい)に行(い)くつもりだつたんですが、しかたがない、方(ほう)角(がく)ちがいのおやじのところへ、あのランチュウを持(も)つて行(い)つたというわけでさ﹂
老(ろう)人(じん)が殺(ころ)されたのは、その五日(か)の夜(よる)だつたから、朝(あさ)と夜(よる)との違(ちが)いはあつても、同(おな)じ日(ひ)に金(きん)魚(ぎょ)屋(や)が行(い)つて老(ろう)人(じん)に会(あ)つたという点(てん)が、なんとなく意(い)味(み)あり気(げ)に感(かん)じられる。
アリバイについて尋(たず)ねてみた。
すると金(きん)魚(ぎょ)屋(や)は、その頃(ころ)の時(じこ)刻(く)だつたら、パチンコ屋(や)にいたと答(こた)えたから、井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)はその実(じっ)否(ぴ)を、平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)に命(めい)じて確(たし)かめさせることにした。あの金(きん)魚(ぎょ)好(ず)きな男(おとこ)に、金(きん)魚(ぎょ)屋(や)のことを調(しら)べさせるのも、ちよつと面(おも)白(しろ)い、と思(おも)つただけのことである。
平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)は、ほかの方(ほう)面(めん)での聞(きき)込(こ)みを漁(あさ)りに出(で)かけていたから、署(しょ)へ帰(かえ)つてすぐに、井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)の前(まえ)へ呼(よ)ばれた。
﹁どうだつた? 何(なに)か掴(つか)んだかね﹂
﹁はァ、ちよつとした筋(すじ)でして……﹂
﹁ふーん、どんなこと?﹂
﹁刈(かり)谷(やお)音(とき)吉(ち)は、最(さい)近(きん)のことだが、だいぶたくさんに金(きん)塊(かい)を買(か)いこんでいたそうですよ。古(ふる)い小(こば)判(ん)などもあるそうで、これは地(ぢが)金(ね)屋(や)からの聞(きき)込(こ)みですが﹂
﹁そうかい。そいつは初(はつ)耳(みみ)だな。よしきた。その件(けん)もなお念(ねん)入(い)りに洗(あら)つてみろ。それから君(きみ)には、金(きん)魚(ぎょ)屋(や)とパチンコ屋(や)のことを調(しら)べてきてもらいたいんだがね﹂
警(けい)部(ぶ)が話(はな)したのは、金(きん)魚(ぎょ)屋(や)笹(ささ)山(やま)大(だい)作(さく)の申(もう)立(した)てについてである。途(とち)中(ゅう)まで平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)はだまつて聞(き)いた。そして、ランチュウが老(ろう)人(じん)の家(うち)へ届(とど)けられたのは、お節(せっ)句(く)の日(ひ)の朝(あさ)だとわかつたとたんに、
﹁えッ! なんですつて、ランチュウは……﹂
叫(さけ)ぶようにいつて眼(め)を輝(かがや)かした。
﹁オイ、どうしたんだ。ランチュウがどうかしたのかい。死(し)んでいたランチュウだよ﹂
警(けい)部(ぶ)の方(ほう)もびつくりした顔(かお)になつて聞(き)きかえしたが、平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)は、
﹁え、そうですよ。死(し)んでました。しかし、死(し)ぬ前(まえ)には、生(い)きていたんです﹂
そういつて何(なに)かの考(かんが)えを、頭(あたま)の中(なか)でまとめようとする眼(め)つきになつている。
﹁ばかだな。死(し)ぬ前(まえ)に、生(い)きていたのはあたりまえだろう﹂
﹁ええ……そうですね。それはたしかに、あたりまえですが……その生(い)きていた時(とき)には、元(げん)気(き)にひらひら游(およ)いでいたといいましたから……﹂
﹁ちよッ! なにいつてるんだ。ものが金(きん)魚(ぎょ)だろう。生(い)きていたら、ひらひら游(およ)ぐのだつてあたりまえだぞ。それともランチュウつてやつは、游(およ)がずに、しやつちよこ立(だ)ちでもしているのかな﹂
﹁あッ、そうか、それも……そうでした。ランチュウは頭(あたま)が重(おも)いせいか、游(およ)ぎながらでも、しやつちよこ立(だ)ちになることが多(おお)いんですよ。――ええと、しかし、へんですねえ﹂
﹁どうも困(こま)つた男(おとこ)だな。いつたい何(なに)がどうしたというんだね﹂
﹁そうでした。すみません。わけをハッキリと話(はな)さなくちやいけなかつたんです。実(じつ)は、この事(じけ)件(ん)の発(はっ)見(けん)者(しゃ)は、島(しま)本(もと)守(まもる)という若(わか)いお医(いし)者(ゃ)さんでしたね﹂
﹁そうだよ。そのとおりだよ﹂
﹁ところが、その島(しま)本(もと)が、私(わたし)に、金(きん)魚(ぎょ)はひらひらしていて美(うつく)しかつたといつたんですよ。――いや、そんなふうにいつたのじや、わかりませんね。事(じけ)件(んげ)現(ん)場(ば)での話(はなし)です。私(わたし)は、金(きん)魚(ぎょ)のことばかり気(き)にしていました。それから島(しま)本(もと)に、生(い)きていた時(とき)の金(きん)魚(ぎょ)はどんなだかつて聞(き)いたんです。島(しま)本(もと)は、ぼたんの鉢(はち)を老(ろう)人(じん)のところへ持(も)つてきて、庭(にわ)で老(ろう)人(じん)と立(たち)話(ばなし)をしたというのですから、その時(とき)に、金(きん)魚(ぎょ)を見(み)たはずだと思(おも)つたからです。果(はた)して島(しま)本(もと)は、とくに注(ちゅ)意(うい)はしなかつたけれど、金(きん)魚(ぎょ)を見(み)たつていいました。そして、ひらひらしていて美(うつく)しかつた、といつたんです﹂
﹁わかつたよ。わかつたが、それがどうしたんだね﹂
﹁島(しま)本(もと)の話(はなし)では、ぼたんの鉢(はち)を持(も)つてきたのが、事(じけ)件(んは)発(っけ)見(ん)のあの日、つまり五月(がつ)六日(か)からいうと、一(おと)昨(と)日(い)だといつたんじやないでしようか。その時(とき)以(いら)来(い)、老(ろう)人(じん)には会(あ)わなかつたということもいつたはずです。ところが金(きん)魚(ぎょ)があの土(つち)にいけた鉢(はち)の中(なか)へ入(い)れられたのは五月(がつ)五日(か)、お節(せっ)句(く)の朝(あさ)だということがわかつたんでしよう。六日(か)からいつて一(おと)昨(と)日(い)は、つまり、五月(がつ)四日(か)にあたりますね。その時(とき)には、鉢(はち)の中(なか)に、金(きん)魚(ぎょ)がいなかつたのじやないでしようか。
いない金(きん)魚(ぎょ)を、島(しま)本(もと)は、なぜ見(み)たんですか。いや、たしかに、見(み)たはずはないんです。それを、私(わたし)に、ひらひらしていたなんていつて……﹂
まわりくどい話(はな)しぶりだつたが、はじめて井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)にも、このことの重(じゅ)大(うだい)な意(い)味(み)がわかつてきた。
島(しま)本(もと)医(い)師(し)は、嘘(うそ)をいつている。
金(きん)魚(ぎょ)が死(し)んでいたのを見(み)て、多(たぶ)分(ん)その金(きん)魚(ぎょ)は、前(まえ)から飼(か)つてあつたものだと考(かんが)えたのであろう。まだ鉢(はち)に入(い)れられていない金(きん)魚(ぎょ)を、見(み)たといつて話(はな)したのである。
﹁なあるほどね。こりや、おかしくなつた﹂
と警(けい)部(ぶ)も首(くび)をかしげた。
﹁でしよう? かんちがい、ということもあります。しかし全(ぜん)然(ぜん)いなかつたものを見(み)たというのは……﹂
﹁大(だい)至(しき)急(ゅう)あのお医(いし)者(ゃ)さんを洗(あら)おうじやないか。何(なに)か出(で)るよ。すぐとなりに住(す)んでいるのだ。しかも医(いし)者(ゃ)だ。毒(どく)物(ぶつ)の知(ちし)識(き)もあるはずだし、青(せい)酸(さん)加(か)里(り)だつて入(にゅ)手(うしゅ)できるのだろう。……よし! やれ! パチンコ屋(や)なんか、あとまわしでいい!﹂
そうして二(ふた)人(り)は、いつしよに椅(い)子(す)を立(たち)上(あが)つてしまつた。
配(はい)下(か)のほとんど全(ぜん)員(いん)に手(ては)配(い)を命(めい)じておいて、はじめはしかし、島(しま)本(もと)守(まもる)には見(み)張(は)りだけをつけ、事(じけ)件(んげ)現(ん)場(ば)の金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)を調(しら)べた。
気(き)がついたとなると、あとからあとからと新(あたら)しい着(ちゃ)眼(くが)点(んてん)がひらけてくる。
小(こと)鳥(り)一羽(わ)飼(か)つたこともないという、ごうつくばりの因(いん)業(ごう)おやじが、なぜ金(きん)魚(ぎょ)を飼(か)う気(き)になつたか、その点(てん)にも問(もん)題(だい)がないことはない。
調(しら)べると、果(はた)してあつた。
金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)は、ぐるりに、白(しろ)い砂(すな)をしきつめてある。砂(すな)をはらいのけると、埋(う)めたと見(み)せた鉢(はち)が、すぽりと土(つち)から抜(ぬ)きとれるようになつているのがわかつた。そして、鉢(はち)の下(した)は、みかん箱(ばこ)の大(おお)きさの空(くう)洞(どう)で、つまり、鉢(はち)の下(した)に何(なに)かをかくしておく場(ばし)所(ょ)ができているのであつた。
残(ざん)念(ねん)ながら、その空(くう)洞(どう)は、文(もじ)字(ど)通(お)りの空(くう)洞(どう)で何(なに)もない。が金(きん)魚(ぎょ)屋(や)の申(もう)立(した)て中(ちゅう)にあつた老(ろう)人(じん)の財(ざい)産(さん)についての話(はなし)と、平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)が地(ぢが)金(ね)屋(や)から得(え)て来(き)た聞(きき)込(こ)みとを照(て)らし合(あわ)せてみて、誰(だれ)の胸(むね)にもピーンと響(ひび)くものがあつた。買(か)いこんだ金(きん)塊(かい)や古(ふる)小(こば)判(ん)である。それが前(まえ)にはかくされていて、今(いま)はないというだけのことである。
金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)の位(い)置(ち)から、庭(にわ)の楓(かえで)の葉(は)がくれではあるが、島(しま)本(もと)医(いい)院(ん)の白(しら)壁(かべ)が見(み)えていて、もしその壁(かべ)に穴(あな)があると、こつちを見(み)おろすこともできるはずである。多(たぶ)分(ん)老(ろう)人(じん)は、しばしば金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)の下(した)を覗(のぞ)きにきたことにちがいない。鉢(はち)に水(みず)があつただけでは、万(まん)一の場(ばあ)合(い)人(ひと)に怪(あや)しまれると気(き)がついて、急(きゅう)に金(きん)魚(ぎょ)を入(い)れることにしたが、島(しま)本(もと)医(いい)院(ん)からは、前(まえ)からして不(ふ)思(し)議(ぎ)に思(おも)い、老(ろう)人(じん)の挙(きょ)動(どう)を眺(なが)めていたものと考(かんが)えられる。これでもう謎(なぞ)は、大(だい)体(たい)解(と)けてしまつたのと同(おな)じになる。
﹁だいじようぶだ。やつつけろ!﹂
と井(いぐ)口(ちけ)警(い)部(ぶ)は、張(は)りきつて叫(さけ)んだ。
医(い)師(し)島(しま)本(もと)守(まもる)は、はじめは頑(がん)強(きょう)に犯(はん)行(こう)を否(ひに)認(ん)した。
が、家(かた)宅(くそ)捜(うさ)索(く)をすると、時(じ)価(か)概(がい)算(さん)一億(おく)円(えん)に相(そう)当(とう)する金(きん)塊(かい)、白(はく)金(きん)、その他(た)の地(ぢが)金(ね)が居(きょ)室(しつ)の床(ゆか)下(した)から発(はっ)見(けん)されたため、ついに包(つつ)みきれずして、刈(かり)谷(やお)音(とき)吉(ち)毒(どく)殺(さつ)のてんまつを自(じき)供(ょう)するに到(いた)つた。
自(じき)供(ょう)の内(ない)容(よう)は、ほとんどあらかじめ当(とう)局(きょ)側(くがわ)が想(そう)像(ぞう)していたのと同(おな)じである。
が、その中(なか)で、とくに興(きょ)味(うみ)深(ぶか)く思(おも)われたのは、金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)に関(かん)しての彼(かれ)の述(じゅ)懐(っかい)であつた。
﹁私(わたし)は、医(い)師(し)として、老(ろう)人(じん)の神(しん)経(けい)痛(つう)をみてやつたことがありそれが口(くち)をききあつたはじめです。庭(にわ)の金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)に、何(なに)かかくしていると気(き)がついてからは、近(きん)所(じょ)からも爪(つま)はじきされている老(ろう)人(じん)に対(たい)し、ことさら親(しん)切(せつ)にしてやつて、そのかくしているものが何(なに)かということを知(し)るのに努(つと)めたのでした。ある時(とき)老(ろう)人(じん)が口(くち)をすべらし、金(きん)の売(ばい)買(ばい)が自(じゆ)由(う)になつた話(はなし)をしたものだから、ハッキリとそれは金(きん)塊(かい)だろうということがわかつたわけです。――ウィスキーは、時(とき)々(どき)老(ろう)人(じん)が、縁(えん)側(がわ)へ出(で)て一(ひと)人(り)きりで、楽(たの)しそうにチビチビとやつているのを見(み)ていましたから、ぼたんの鉢(はち)を持(も)つて行(い)つた時(とき)、わざと半(はん)分(ぶん)飲(の)みかけのやつを、とくべつに味(あじ)がいいのだからといつて、いつしよに持(も)つて行(い)つておいてきました。庭(にわ)で立(たち)話(ばな)しをしたというのはほんとうで、その時(とき)に、金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)をよく見(み)ておいたら、まだ金(きん)魚(ぎょ)がはいつていなくて、水(みず)がはつてあるだけだとわかつたのでしようけれど、実(じつ)は私(わたし)は金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)には、いつもわざと眼(め)を向(む)けぬように心(こころ)がけていました。というのは、そんな挙(きょ)動(どう)を見(み)せて老(ろう)人(じん)が私(わたし)を警(けい)戒(かい)したら、という心(しん)配(ぱい)があつたからです。むろん、金(きん)魚(ぎょ)鉢(ばち)だから、金(きん)魚(ぎょ)がいるのだとばかり、はじめから思(おも)いこんでいたのでして、だから、死(し)んだ金(きん)魚(ぎょ)も、ぼたんの鉢(はち)を持(も)つて行(い)つた時(とき)、ひらひら游(およ)いでいたはずだと考(かんが)え、話(はな)しかけてきた刑(けい)事(じ)さんに、ばつを合(あわ)せるような返(へん)事(じ)をしたわけです。あとで考(かんが)えてみた時(とき)、事(じけ)件(んは)発(っけ)見(んし)者(ゃ)としての私(わたし)は、何(なに)一(ひと)つやりそこないをしなかつたという自(じし)信(ん)がありました。容(よう)疑(ぎ)はぜつたいにかからないものときめていたのですが、そんな小(ちい)さな不(ふち)注(ゅう)意(い)がもとで、とうとう疑(うたが)いがかかつたというのは、正(しょ)直(うじき)なところ、まことに残(ざん)念(ねん)でもあり、また悪(わる)いことは、やはりできないものだということを、しみじみ考(かんが)えさせられた次(しだ)第(い)です……﹂
これで事(じけ)件(ん)は完(かん)全(ぜん)に解(かい)決(けつ)されたといつてよいのであろう。
ほかに、三人(にん)の容(よう)疑(ぎし)者(ゃ)があることはあつたが、むろんこうなれば、問(もん)題(だい)とするところは何(なに)もない。
それらの人(ひと)について調(ちょ)査(うさ)の結(けっ)果(か)は、ついに発(はっ)表(ぴょう)されなかつたが、事(じけ)件(んか)解(いけ)決(つ)後(ご)、青(せい)流(りゅ)亭(うて)女(いお)将(かみ)進(しん)藤(どう)富(とみ)子(こ)は、醉(よ)つて腹(はら)を立(た)てた口(くち)調(ょう)になつて、やはり、ある料(りょ)亭(うてい)の女(おか)将(み)である女(おん)友(なと)達(もだち)に向(むか)い、
﹁ばかにしてるのさ、あたしはね。ほんとうはあの高(こう)利(り)貸(か)しに、むかしお金(かね)を借(か)りて、ひどい目(め)にあつたことがあるの。しかえしをしてやろうと思(おも)つていたわ。しかえしに、色(いろ)仕(じ)掛(か)けで、たらしこんでしこたま金(かね)を出(だ)させてやろうと考(かんが)えたつてわけ。ところが、ほんとうに因(いん)業(ごう)おやじでどうにもならない。おまけに、嫌(けん)疑(ぎ)までかけられてさ。警(けい)察(さつ)で、いろいろ尋(たず)ねられた時(とき)色(いろ)仕(じ)掛(か)けの話(はなし)なんかできやしないし、つくづく、いやになつちやつた……﹂
と語(かた)つたし、メッキ工(こう)場(じょう)の中(なか)内(うち)技(ぎ)師(し)は、自(じた)宅(く)でその妻(つま)に対(たい)し、
﹁いや、もう、ぜつたいにやらんよ。後(こう)楽(らく)園(えん)の鯉(こい)を釣(つ)りに行(い)つてたなんてこと、気(き)まりが悪(わる)くて人(ひと)に話(はな)せやしない。だから、映(えい)画(が)見(み)ていたなんていつちまつたのだが、ともかく、コリゴリだ﹇#﹁コリゴリだ﹂は底本では﹁コリコリだ﹂﹈。平(へい)生(ぜい)から君(きみ)がよせといつたのをきけばよかつた。これは私(わたし)の失(しっ)敗(ぱい)。甚(はなは)だすみませんでした。謝(あやま)ります﹂
いささかおどけた顔(かお)になつて、畳(たたみ)に手(て)をついて謝(あやま)つたが、一方(ぽう)、犯(はん)人(にん)逮(たい)捕(ほ)で第(だい)一の殊(しゅ)勲(くん)者(しゃ)平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)は、ある日(ひ)のこと、金(きん)魚(ぎょ)屋(や)さん笹(ささ)山(やま)大(だい)作(さく)の、思(おも)いがけぬ訪(ほう)問(もん)をうけた。
﹁あとでよくわかつたんだが、私(わたし)もおどろきましたね﹂
﹁ふーん、何(なに)をだね﹂
﹁この私(わたし)にまで嫌(けん)疑(ぎ)をかけていたんじやねえですかい。とんでもねえことですよ。私(わたし)はあのおやじを憎(にく)んでいたにや憎(にく)んでいた。しかし、殺(ころ)すのだつたら、青(せい)酸(さん)加(か)里(り)なんてやさしい殺(ころ)し方(かた)はしませんよ。てんびん棒(ぼう)かなんかで、殴(なぐ)り殺(ころ)しにでもしなきや、腹(はら)の虫(むし)がいえねえんですからね――。が、まア、殺(ころ)されやがつて、天(てん)罰(ばつ)というところでしよう。ありがてえと思(おも)います。旦(だん)那(な)にも、お礼(れい)を言(い)いてえと思(おも)いましてね﹂
﹁冗(じょ)談(うだん)じやないぜ。それじやまるで、ぼくが刈(かり)谷(や)を、殺(ころ)してやつたというふうに聞(きこ)えるじやないか﹂
﹁ああ、そうか。こいつは私(わたし)の言(い)いそこないだ。が、ともかく、お礼(れい)のつもりで、いいものを持(も)つてきましたよ。旦(だん)那(な)は金(きん)魚(ぎょ)が好(す)きだそうですね。ランチュウの子(こ)がありまして、こいつは、うまく育(そだ)てりや、大(たい)したものになるでしよう。いえ値(ねだ)段(ん)はいいです。さしあげるんですよ。餌(えさ)は、当(とう)分(ぶん)のうち、卵(たまご)の黄(き)身(み)にしてください。青(せい)酸(さん)加(か)里(り)だけは、禁(きん)物(もつ)ということにしましてね﹂
藻(も)まで添(そ)えて、数(すう)匹(ひき)の仔(しぎ)魚(ょ)を、親(しん)切(せつ)にも持(も)つてきてくれたのである。
人(にん)間(げん)の死(した)体(い)よりさきに、金(きん)魚(ぎょ)の死(し)んだことを気(き)にした平(ひら)松(まつ)刑(けい)事(じ)は、有(うち)頂(ょう)天(てん)になつて喜(よろこ)んで、その日(ひ)は署(しょ)を早(はや)帰(がえ)りしてしまつた。
自(じた)宅(く)には、金(きん)塊(かい)こそないけれど、でめきん、りゆうきん、しゆぶんきん、各(かく)種(しゅ)各(かく)様(よう)の金(きん)魚(ぎょ)が飼(か)つてある。ランチュウを木(もく)製(せい)の鉢(はち)にいれて長(なが)いこと眺(なが)めて、嬉(うれ)しそうに口(くち)笛(ぶえ)をふきだした。
︵終︶
●表記について
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- [#…]は、入力者による注を表す記号です。