First updated 09/20/1996
Last updated 04/03/2024
渋谷栄一校訂(C)
夕 顔
[凡例]
大島本﹁夕顔﹂︵﹁大島本源氏物語﹂影印版・DVD−ROM版︶を底本とし、その本行本文と一筆の本文訂正跡を基に本文整定した。
[主要登場人物]
光る源氏︵ひかるげんじ︶
呼称---君・帝の御子、十七歳 参議兼近衛中将
夕顔︵ゆうがお︶
呼称---女・常夏・女君、故三位中将の娘、頭中将の愛人
六条御息所︵ろくじょうのみやすんどころ︶
呼称---六条わたり・女、故東宮の妃、源氏の愛人
空蝉︵うつせみ︶
呼称---北の方・女房、故中納言兼衛門督の娘、伊予介の後妻
軒端荻︵のきばのおぎ︶
呼称---片つ方人・娘、伊予介の娘、紀伊守の兄妹
頭中将︵とうのちゅうじょう︶
呼称---頭中将・中将殿・君・中将・頭の君大夫、左大臣の嫡男、源氏の妻葵の上の兄 蔵人頭兼近衛中将
惟光︵これみつ︶
呼称---惟光・大夫、大弐乳母の子、源氏の乳兄弟
伊予介︵いよのすけ︶
呼称---伊予介・伊予、空蝉の夫
右近︵うこん︶
呼称---右近・右近の君・女、夕顔の乳母の子
光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語
第一章 夕顔の物語 夏の物語
(一)源氏、五条の大弐乳母を見舞う---六条わたりの御忍び歩きのころ
(二)数日後、夕顔の宿の報告---惟光、日頃ありて参れり
第二章 空蝉の物語
空蝉の夫、伊予国から上京す---さて、かの空蝉のあさましくつれなきを
第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語
霧深き朝帰りの物語---秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしに
第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語
(一)源氏、夕顔の宿に忍び通う---まことや、かの惟光が預かりのかいま見は
(二)八月十五夜の逢瀬---君も、﹁かくうらなくたゆめてはひ隠れなば
(三)なにがしの院に移る---いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむことを
(四)夜半、もののけ現われる---宵過ぐるほど、すこし寝入りたまへるに
(五)源氏、二条院に帰る---からうして、惟光朝臣参れり
(六)十七日夜、夕顔の葬送---日暮れて、惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて
(七)忌み明ける---九月二十日のほどにぞ、おこたり果てたまひて
第五章 空蝉の物語(2)
紀伊守邸の女たちと和歌の贈答---かの、伊予の家の小君、参る折あれど
第六章 夕顔の物語(3)
四十九日忌の法要---かの人の四十九日、忍びて比叡の法華堂にて
第七章 空蝉の物語(3)
空蝉、伊予国に下る---伊予介、神無月の朔日ごろに下る
︻定家注釈︼
︻校訂付記︼
第一章 夕顔の物語 夏の物語
[第一段 源氏、五条の大弐乳母を見舞う]
六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり。
御車入るべき門は鎖したりければ、人して惟光召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに、この家のかたはらに、桧垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透影、あまた見えて覗く。立ちさまよふらむ下つ方思ひやるに、あながちに丈高き心地ぞする。いかなる者の集へるならむと、やうかはりて思さる。
御車もいたくやつしたまへり、前駆も追はせたまはず、誰れとか知らむとうちとけたまひて、すこしさし覗きたまへれば、門は蔀のやうなる、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに、﹁何処かさして︵自筆奥入01︶﹂と思ほしなせば、玉の台も同じことなり。
切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。
︹源氏︺﹁遠方人にもの申す︵自筆奥入02︶﹂
と独りごちたまふを、御隋身ついゐて、
︹随身︺﹁かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲きはべりける﹂
と申す。げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、このもかのも、あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、
︹源氏︺﹁口惜しの花の契りや。一房折りて参れ﹂
とのたまへば、この押し上げたる門に入りて折る。
さすがに、されたる遣戸口に、黄なる生絹の単袴、長く着なしたる童の、をかしげなる出で来て、うち招く。白き扇のいたうこがしたるを、
︹童女︺﹁これに置きて参らせよ。枝も情けなげなめる花を﹂
とて取らせたれば、門開けて惟光朝臣出で来たるして、奉らす。
︹惟光︺﹁鍵を置きまどはしはべりて、いと不便なるわざなりや。もののあやめ見たまへ分くべき人もはべらぬわたりなれど、らうがはしき︵校訂01︶大路に立ちおはしまして﹂とかしこまり申す。
引き入れて、下りたまふ。惟光が兄の阿闍梨、婿の三河守、娘など、渡り集ひたるほどに、かくおはしましたる喜びを、またなきことにかしこまる。
尼君も起き上がりて、
︹尼君︺﹁惜しげなき身なれど、捨てがたく思うたまへつることは、ただ、かく御前にさぶらひ、御覧ぜらるることの変りはべりなむことを口惜しく思ひたまへ、たゆたひしかど、忌むことのしるしによみがへりてなむ、かく渡りおはしますを、見たまへはべりぬれば、今なむ阿弥陀仏の御光も、心清く待たれはべるべき﹂
など聞こえて、弱げに泣く。
︹源氏︺﹁日ごろ、おこたりがたくものせらるるを、安からず嘆きわたりつるに、かく、世を離るるさまにものしたまへば、いとあはれに口惜しうなむ。命長くて、なほ位高くなど見なしたまへ。さてこそ、九品の上にも、障りなく生まれたまはめ。この世にすこし恨み残るは、悪ろきわざとなむ聞く﹂など、涙ぐみてのたまふ。
かたほなるをだに、乳母やうの思ふべき人は、あさましうまほに見なすものを、まして、いと面立たしう、なづさひ仕うまつりけむ身も、いたはしうかたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり。
子どもは、いと見苦しと思ひて、﹁背きぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられたまふ﹂と、つきしろひ目くはす。
君は、いとあはれと思ほして、
︹源氏︺﹁いはけなかりけるほどに、思ふべき人びとのうち捨ててものしたまひにけるなごり、育む人あまたあるやうなりしかど、親しく思ひ睦ぶる筋は、またなくなむ思ほえし。人となりて後は、限りあれば、朝夕にしもえ見たてまつらず、心のままに訪らひ参づることはなけれど、なほ久しう対面せぬ時は、心細くおぼゆるを、﹃さらぬ別れはなくもがな︵自筆奥入03・04︶﹄﹂
となむ、こまやかに語らひたまひて、おし拭ひたまへる袖のにほひも、いと所狭き︵校訂02︶まで薫り満ちたるに、げに、よに思へば、おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと、尼君をもどかしと見つる子ども、皆うちしほたれけり。
修法など、またまた始むべきことなど掟てのたまはせて、出でたまふとて、惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて馴らしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさみ書きたり。
︹夕顔︺﹁心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花﹂
そこはかとなく書き紛らはしたるも、あてはかにゆゑづきたれば、いと思ひのほかに、をかしうおぼえたまふ。惟光に、
︹源氏︺﹁この西なる家は何人の住むぞ。問ひ聞きたりや﹂
とのたまへば、例のうるさき御心とは思へども、えさは申さで、
︹惟光︺﹁この五、六日ここにはべれど、病者のことを思うたまへ扱ひはべるほどに、隣のことはえ聞きはべらず﹂
など、はしたなやかに聞こゆれば、
︹源氏︺﹁憎しとこそ思ひたれな。されど、この扇の、尋ぬべきゆゑありて見ゆるを。なほ、このわたりの心知れらむ者を召して問へ﹂
とのたまへば、入りて、この宿守なる男を呼びて問ひ聞く。
︹惟光︺﹁揚名介︵奥入01・自筆奥入14︶なる人の家になむはべりける。男は田舎にまかりて︵校訂03︶、妻なむ若く事好みて、はらからなど宮仕人にて来通ふ、と申す。詳しきことは、下人のえ知りはべらぬにやあらむ﹂と聞こゆ。
︹源氏︺﹁さらば、その宮仕人ななり。したり顔にもの馴れて言へるかな﹂と、﹁めざましかるべき際にやあらむ﹂と思せど、さして聞こえかかれる心の、憎からず過ぐしがたきぞ、例の、この方には重からぬ御心なめるかし。御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて、
︹源氏︺﹁寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔﹂
ありつる御随身して遣はす。
まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしるく思ひあてられたまへる御側目を見過ぐさで、さしおどろかしけるを、答へたまはでほど経ければ、なまはしたなきに、かくわざとめかしければ、あまえて、﹁いかに聞こえむ﹂など言ひしろふべかめれど、めざましと思ひて、随身は参りぬ。
御前駆の松明ほのかにて、いと忍びて出でたまふ。半蔀は下ろしてけり。隙々より見ゆる灯の光、蛍よりけにほのかにあはれなり。
御心ざしの所には、木立、前栽など、なべての所に似ず、いとのどかに心にくく住みなしたまへり。うちとけぬ御ありさまなどの、気色ことなるに、ありつる垣根、思ほし出でらるべくもあらずかし。
翌朝、すこし寝過ぐしたまひて、日さし出づるほどに出でたまふ。朝明の姿は、げに人のめできこえむも、ことわりなる御さまなりけり。
今日もこの蔀の前渡りしたまふ。来し方も過ぎたまひけむわたりなれど、ただはかなき一ふしに御心とまりて、﹁いかなる人の住み処ならむ﹂とは、往き来に御目とまりたまひけり。
[第二段 数日後、夕顔の宿の報告]
惟光、日頃ありて参れり。
︹惟光︺﹁わづらひはべる人、なほ弱げにはべれば、とかく見たまへ︵校訂04︶あつかひてなむ﹂
など、聞こえて、近く参り寄りて聞こゆ。
︹惟光︺﹁仰せられしのちなむ、隣のこと知りてはべる者、呼びて問はせはべりしかど、はかばかしくも申しはべらず。﹃いと忍びて、五月のころほひよりものしたまふ人なむあるべけれど、その人とは、さらに家の内の人にだに知らせず﹄となむ申す。
時々、中垣のかいま見しはべるに、げに若き女どもの透影見えはべり。褶だつもの、かこと︵校訂05︶ばかり引きかけて、かしづく人はべるなめり。
昨日、夕日のなごりなくさし入りてはべりしに、文書くとてゐてはべりし人の、顔こそいとよくはべりしか。もの思へるけはひして、ある人びとも忍びてうち泣くさまなどなむ、しるく見えはべる﹂
と聞こゆ。君うち笑みたまひて、﹁知らばや﹂と思ほしたり。
おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御よはひのほど、人のなびきめできこえたるさまなど思ふには、好きたまはざらむも、情けなくさうざうしかるべしかし、人のうけひかぬほどにてだに、なほ、さりぬべきあたりのことは、好ましうおぼゆるものを、と思ひをり。
︹惟光︺﹁もし、見たまへ得ることもやはべると、はかなきついで作り出でて、消息など遣はしたりき。書き馴れたる手して、口とく返り事などしはべりき。いと口惜しうはあらぬ若人どもなむ、はべるめる﹂
と聞こゆれば、
︹源氏︺﹁なほ言ひ寄れ。尋ね寄らでは、さうざうしかりなむ﹂とのたまふ。
かの、下が下と、人の思ひ捨てし住まひなれど、その中にも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり。
第二章 空蝉の物語
[第一段 空蝉の夫、伊予国から上京す]
さて、かの空蝉の、あさましくつれなきを、この世の人には違ひて思すに、おいらかならましかば、心苦しき過ちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなむを、心にかからぬ折なし。かやうの並々までは、思ほしかからざりつるを、ありし﹁雨夜の品定め﹂の後、いぶかしく思ほしなる品々あるに、いとど隈なくなりぬる御心なめりかし。
うらもなく待ちきこえ顔なる片つ方人を、あはれと思さぬにしもあらねど、つれなくて聞きゐたらむことの恥づかしければ、﹁まづ、こなたの心見果てて﹂と思すほどに、伊予介上りぬ。
まづ急ぎ参れり。舟路のしわざとて、すこし黒みやつれたる旅姿、いとふつつかに心づきなし。されど、人もいやしからぬ筋に、容貌などねびたれど、きよげにて、ただならず、気色よしづきてなどぞありける。
国の物語など申すに、﹁湯桁はいくつ﹂と、問はまほしく思せど、あいなくまばゆくて、御心のうちに思し出づることも、さまざまなり。
︹源氏︺﹁ものまめやかなる大人を、かく思ふも、げにをこがましく、うしろめたきわざなりや。げに、これぞ、なのめならぬ片はなべかり︵校訂06︶ける﹂と、馬頭の諌め思し出でて、いとほしきに、﹁つれなき心はねたけれど、人のためは、あはれ﹂と思しなさる。
﹁娘をばさるべき人に預けて、北の方をば率て下りぬべし﹂と、聞きたまふに、ひとかたならず心あわたたしくて、﹁今一度は、えあるまじきことにや﹂と、小君を語らひたまへど、人の心を合せたらむことにてだに、軽らかにえしも紛れたまふまじきを、まして、似げなきことに思ひて、今さらに見苦しかるべし、と思ひ離れたり。
さすがに、絶えて思ほし忘れなむことも、いと言ふかひなく、憂かるべきことに思ひて、さるべき折々の御答へなど、なつかしく聞こえつつ、なげの筆づかひにつけたる言の葉、あやしくらうたげに、目とまるべきふし加へなどして、あはれと思しぬべき人のけはひなれば、つれなくねたきものの、忘れがたきに思す。
いま一方は、主強くなるとも、変らずうちとけぬべく見えしさまなるを頼みて、とかく聞きたまへど、御心も動かずぞありける。
第三章 六条の貴婦人の物語 初秋の物語
[第一段 霧深き朝帰りの物語]
秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしに思し乱るることどもありて、大殿には、絶え間置きつつ、恨めしくのみ思ひ聞こえたまへり。
六条わたりにも、とけがたかりし御気色を、おもむけ聞こえたまひて後、ひき返し、なのめならむはいとほしかし。されど、よそなりし御心惑ひのやうに、あながちなる事はなきも、いかなることにかと見えたり。
女は、いとものをあまりなるまで、思ししめたる御心ざまにて、齢のほども似げなく、人の漏り聞かむに、いとどかくつらき御夜がれの寝覚め寝覚め、思ししをるること、いとさまざまなり。
霧のいと深き朝、いたくそそのかされたまひて、ねぶたげなる気色に、うち嘆きつつ出でたまふを、中将のおもと、御格子一間上げて、見たてまつり送りたまへ、とおぼしく、御几帳引きやりたれば、御頭もたげて見出だしたまへり。
前栽の色々乱れたるを、過ぎがてにやすらひたまへるさま、げにたぐひなし。廊の方へおはするに、中将の君、御供に参る。紫苑色の折にあひたる、羅の裳、鮮やかに引き結ひたる腰つき、たをやかになまめきたり。
見返りたまひて、隅の間の高欄に、しばし、ひき据ゑたまへり。うちとけたらぬもてなし、髪の下がりば、めざましくも、と見たまふ。
︹源氏︺﹁咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎ憂き今朝の朝顔
いかがすべき﹂
とて、手をとらへたまへれば、いと馴れて、とく、
︹中将君︺﹁朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて花に心を止めぬとぞ見る﹂
と、おほやけごとにぞ聞こえなす。
をかしげなる侍童の、姿このましう、ことさらめきたる、指貫、裾、露けげに、花の中に混りて、朝顔折りて参るほどなど、絵に描かまほしげなり。
大方に、うち見たてまつる人だに、心とめたてまつらぬはなし。物の情け知らぬ山がつも、花の蔭には、なほやすらはまほしきにや、この御光を見たてまつるあたりは、ほどほどにつけて、我がかなしと思ふ女を、仕うまつらせばやと願ひ、もしは、口惜しからずと思ふ妹など持たる人は、卑しきにても、なほ、この御あたりにさぶらはせむと、思ひ寄らぬはなかりけり。
まして、さりぬべきついでの御言の葉も、なつかしき御気色を見たてまつる人の、すこし物の心思ひ知るは、いかがはおろかに思ひきこえむ。明け暮れうちとけてしもおはせぬを、心もとなきことに思ふべかめり。
第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語
[第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う]
まことや、かの惟光が預かりのかいま見は、いとよく案内見とりて申す。
︹惟光︺﹁その人とは、さらにえ思ひえはべらず︵校訂07︶。人にいみじく隠れ忍ぶる気色になむ、見えはべるを、つれづれなるままに、南の半蔀ある長屋に、わたり来つつ、車の音すれば、若き者どもの覗きなどすべかめるに、この主とおぼしきも、はひわたる時はべかめる。容貌なむ、ほのかなれど、いとらうたげにはべる。
一日、前駆追ひて渡る車のはべりしを、覗きて、童女の急ぎて、﹃右近の君こそ、まづ物見たまへ。中将殿こそ、これより渡りたまひぬれ﹄と言へば、また、よろしき大人出で来て、︹右近︺﹃あなかま﹄と、手かくものから、﹃いかでさは知るぞ、いで、見む﹄とて、はひ渡る。打橋だつものを道にてなむ、通ひはべる。急ぎ来るものは、衣の裾を物に引きかけて、よろぼひ倒れて、橋よりも落ちぬべければ、﹃いで、この葛城の神こそ、さがしうしおきたれ﹄と、むつかりて、物覗きの心も冷めぬめりき。︹童女︺﹃君は、御直衣姿にて、御随身どももありし。なにがし、くれがし﹄と数へしは、頭中将の随身、その小舎人童をなむ、しるしに言ひはべりし﹂など聞こゆれば、
︹源氏︺﹁たしかにその車をぞ見まし﹂
とのたまひて、﹁もし、かのあはれに忘れざりし人にや﹂と、思ほしよるも、いと知らまほしげなる御気色を見て、
︹惟光︺﹁私の懸想もいとよくしおきて、案内も残るところなく見たまへおきながら、ただ、我れどちと知らせて、物など言ふ若きおもとのはべるを、そらおぼれしてなむ、隠れまかり︵校訂08︶歩く。いとよく隠したりと思ひて、小さき子どもなどのはべるが言誤りしつべきも、言ひ紛らはして、また人なきさまを強ひてつくりはべる﹂など、語りて笑ふ。
︹源氏︺﹁尼君の訪ひにものせむついでに、かいま見せさせよ﹂とのたまひけり。
かりにても、宿れる住ひのほどを思ふに、﹁これこそ、かの人の定め、あなづりし下の品ならめ。その中に、思ひの外にをかしきこともあらば﹂など、思すなりけり。
惟光、いささかのことも御心に違はじと思ふに、おのれも隈なき好き心にて、いみじくたばかりまどひ歩きつつ、しひておはしまさせ初めてけり。このほどのこと、くだくだしければ、例のもらしつ。
女、さしてその人と尋ね出でたまはねば、我も名のりをしたまはで、いとわりなくやつれたまひつつ、例ならず下り立ちありきたまふは、おろかに思されぬなるべし、と見れば、我が馬をばたてまつりて、御供に走りありく。
︹惟光︺﹁懸想人のいとものげなき足もとを、見つけられてはべらむ時、からくもあるべきかな︵校訂09︶﹂とわぶれど、人に知らせたまはぬままに、かの夕顔のしるべせし随身ばかり、さては、顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ、率ておはしける。﹁もし思ひよる気色もや﹂とて、隣に中宿をだにしたまはず。
女も、いとあやしく心得ぬ心地のみして、御使に人を添へ、暁の道をうかがはせ、御在処見せむと尋ぬれど、そこはかとなくまどはしつつ、さすがに、あはれに見ではえあるまじく、この人の御心にかかりたれば、便なく軽々しきことと、思ほし返しわびつつ、いとしばしばおはします。
かかる筋は、まめ人の乱るる折もあるを、いとめやすくしづめたまひて、人のとがめきこゆべき振る舞ひはしたまはざりつるを、あやしきまで、今朝のほど、昼間の隔ても、おぼつかなくなど、思ひわづらはれたまへば、かつは、いともの狂ほしく、さまで心とどむべきことのさまにもあらずと、いみじく思ひさましたまふに、人のけはひ、いとあさましくやはらかにおほどきて、もの深く重き方はおくれて、ひたぶるに若びたるものから、世をまだ知らぬにもあらず。いとやむごとなきにはあるまじ、いづくにいとかうしもとまる心ぞ、と返す返す思す。
いとことさらめきて、御装束をもやつれたる狩の御衣をたてまつり︵校訂10︶、さまを変へ、顔をもほの見せたまはず、夜深きほどに、人をしづめて出で入りなどしたまへば、昔ありけむものの変化めきて、うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひ︵校訂11︶、はた、手さぐりもしるべきわざなりければ、﹁誰ればかりにかはあらむ。なほこの好き者のし出でつるわざなめり﹂と、大夫を疑ひながら、せめてつれなく知らず顔にて、かけて思ひよらぬさまに、たゆまずあざれありけば、いかなることにかと心得がたく、女方も、あやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける。
[第二段 八月十五夜の逢瀬]
君も、﹁かくうらなくたゆめてはひ隠れなば、いづこをはかりとか、我も尋ねむ。かりそめの隠れ処と、はた見ゆめれば、いづ方にもいづ方にも、移ろひゆかむ日を、いつとも知らじ﹂と思すに、﹁追ひまどはして、なのめに思ひなしつべくは、ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを、さらにさて過ぐしてむ﹂と思されず、と、人目を思して、隔ておきたまふ夜な夜ななどは、いと忍びがたく、苦しきまでおぼえたまへば、﹁なほ誰れとなくて、二条院に迎へてむ。もし聞こえありて、便なかるべきことなりとも、さるべきにこそは。我が心ながら、いとかく人にしむことはなきを、いかなる契りにかはありけむ﹂など、思ほしよる。
︹源氏︺﹁いざ、いと心安き所にて、のどかに聞こえむ﹂
など、語らひたまへば、
︹夕顔︺﹁なほ、あやしう。かくのたまへど、世づかぬ御もてなしなれば、もの恐ろしくこそあれ﹂
と、いと若びて言へば、﹁げに﹂と、ほほ笑まれたまひて、
︹源氏︺﹁げに、いづれか狐なるらむな。ただはかられたまへかし﹂
と、なつかしげにのたまへば、女もいみじくなびきて、さもありぬべく思ひたり。﹁世になく、かたはなることなりとも、ひたぶるに従ふ心は、いとあはれげなる人﹂と見たまふに、なほ、かの頭中将の常夏疑はしく、語りし心ざま、まづ思ひ出でられたまへど、﹁忍ぶるやうこそは﹂と、あながちにも問ひ出でたまはず。
気色ばみて、ふと背き隠る︵校訂12︶べき心ざまなどはなければ、﹁かれがれにとだえ置かむ折こそは、さやうに思ひ変ることもあらめ、心ながらも、すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ﹂とさへ、思しけり。
八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋、残りなく漏り来て、見慣らひたまはぬ住まひのさまも珍しきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤の男の声々、目覚まして、
︹隣人︺﹁あはれ、いと寒しや﹂
︹隣人︺﹁今年こそ、なりはひにも頼むところすくなく、田舎の通ひも思ひかけねば、いと心細けれ。北殿こそ、聞きたまふや﹂
など、言ひ交はすも聞こゆ。
いとあはれなるおのがじしの営みに起き出でて、そそめき騒ぐもほどなきを、女いと恥づかしく思ひたり。
艶だち気色ばまむ人は、消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきも憂きもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、我がもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなる事とも聞き知りたるさまならねば、なかなか、恥ぢかかやかむよりは、罪許されてぞ見えける。
ごほごほと鳴る神よりもおどろおどろしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上とおぼゆる。﹁あな、耳かしかまし﹂と、これにぞ思さるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしうめざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。
白妙の衣うつ砧の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ、空飛ぶ雁の声、取り集めて、忍びがたきこと多かり。端近き御座所なりければ、遣戸を引き開けて、もろともに見出だしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹︵校訂13︶、前栽の露は、なほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声々乱りがはしく、壁のなかの蟋蟀だに間遠に聞き慣らひたまへる御耳に、さし当てたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへて思さるるも、御心ざし一つの浅からぬに、よろづの罪許さるるなめりかし。
白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなる心地して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、﹁あな、心苦し﹂と、ただいとらうたく見ゆ。心ばみたる方をすこし添へたらば、と見たまひながら、なほうちとけて見まほしく思さるれば、
︹源氏︺﹁いざ、ただこのわたり近き所に、心安くて明かさむ。かくてのみは、いと苦しかりけり﹂とのたまへば、
︹夕顔︺﹁いかで、にはかならむ﹂
と、いとおいらかに言ひてゐたり。この世のみならぬ契りなどまで頼めたまふに、うちとくる心ばへなど、あやしくやう変はりて、世馴れたる人ともおぼえねば、人の思はむ所も、え憚りたまはで、右近を召し出でて、随身を召させたまひて、御車引き入れさせたまふ。このある人びとも、かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら、頼みかけきこえたり。
明け方も近うなりにけり。鶏の声などは聞こえで、御嶽精進にやあらむ、ただ翁びたる声にぬかづくぞ聞こゆる。起ち居のけはひ、堪へがたげに行ふ。いとあはれに、﹁朝の露に異ならぬ世を、何を貧る身の祈りにか﹂と、聞きたまふ。﹁南無当来導師﹂とぞ拝むなる。
︹源氏︺﹁かれ、聞きたまへ。この世とのみは思はざりけり﹂と、あはれがりたまひて、
︹源氏︺﹁優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契り違ふな﹂
長生殿の古き例︵奥入02・自筆奥入05︶はゆゆしくて、翼を交さむとは引きかへて、弥勒の世をかねたまふ。行く先の御頼め、いとこちたし。
︹夕顔︺﹁前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ﹂
かやうの筋なども、さるは、心もとなかめり。
[第三段 なにがしの院に移る]
いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふほど、にはかに雲隠れて、明け行く空いとをかし。はしたなきほどにならぬ先にと、例の急ぎ出でたまひて、軽らかにうち乗せたまへれば、右近ぞ乗りぬる。
そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、預り召し出づるほど、荒れたる門の忍ぶ草茂りて見上げられたる、たとしへなく木暗し。霧も深く、露けきに、簾をさへ上げたまへれば、御袖もいたく濡れにけり。
︹源氏︺﹁まだかやうなることを慣らはざりつるを、心尽くしなることにもありけるかな。
いにしへもかくやは人の惑ひけむ我がまだ知らぬしののめの道
慣らひたまへりや﹂
とのたまふ。女、恥ぢらひて、
︹夕顔︺﹁山の端の心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ
心細く﹂
とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、﹁かのさし集ひたる住まひの慣らひならむ﹂と、をかしく思す。
御車入れさせて、西の対に御座などよそふほど、高欄に御車ひきかけて立ちたまへり。右近、艶なる心地︵校訂14︶して、来し方のことなども、人知れず思ひ出でけり。預りいみじく経営しありく気色に、この御ありさま知りはてぬ。
ほのぼのと物見ゆるほどに、下りたまひぬめり。かりそめなれど、清げにしつらひたり。
︹下家司︺﹁御供に人もさぶらはざりけり。不便なるわざかな﹂とて、むつましき下家司にて、殿にも仕うまつる者なりければ、参りよりて、﹁さるべき人召すべきにや﹂など、申さすれど、
︹源氏︺﹁ことさらに人来まじき隠れ家求めたるなり︵校訂15︶。さらに心よりほかに漏らすな﹂と口がためさせたまふ。
御粥など急ぎ参らせたれど、取り次ぐ御まかなひうち合はず。まだ知らぬことなる御旅寝に、﹁息長川︵自筆奥入06︶﹂と契りたまふことよりほかのことなし。
日たくるほどに起きたまひて、格子手づから上げたまふ。いといたく荒れて、人目もなくはるばると見渡されて、木立いとうとましくものふりたり。け近き草木などは、ことに見所なく、みな秋の野ら︵校訂16︶にて、池も水草に埋もれたれば、いとけうとげに︵校訂17︶なりにける所かな。別納の方にぞ、曹司などして、人住むべかめれど、こなたは離れたり。
︹源氏︺﹁けうとくも︵校訂18︶なりにける所かな。さりとも、鬼なども我をば見許してむ﹂とのたまふ。
顔はなほ隠したまへれど、女のいとつらしと思へれば、﹁げに、かばかりにて隔てあらむも、ことのさまに違ひたり﹂と思して、
︹源氏︺﹁夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ
露の光やいかに﹂
とのたまへば、後目に見おこせて、
︹夕顔︺﹁光ありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそら目なりけり﹂
とほのかに言ふ。をかしと思しなす。げに、うちとけたまへるさま、世になく、所から、まいてゆゆしきまで見えたまふ。
︹源氏︺﹁尽きせず隔てたまへるつらさに、あらはさじと思ひつるものを。今だに名のりしたまへ。いとむくつけし﹂
とのたまへど、︹夕顔︺﹁海人の子なれば﹂とて、さすがにうちとけぬさま、いとあいだれたり。
︹源氏︺﹁よし、これも﹃我から﹄なめり﹂と、怨みかつは語らひ、暮らしたまふ。
惟光、尋ねきこえて、御くだものなど参らす。右近が言はむこと、さすがにいとほしければ、近くもえさぶらひ寄らず。﹁かくまでたどり歩きたまふ、をかしう、さもありぬべきありさまにこそは﹂と推し量るにも、︹惟光︺﹁我がいとよく思ひ寄りぬべかりしことを、譲りきこえて、心ひろさよ﹂など、めざましう思ひをる。
たとしへなく静かなる夕べの空を眺めたまひて、奥の方は暗うものむつかしと、女は思ひたれば、端の簾を上げて、添ひ臥したまへり。夕映えを見交はして、女も、かかるありさまを、思ひのほかにあやしき心地はしながら、よろづの嘆き忘れて、すこしうちとけゆく気色、いとらうたし。つと御かたはらに添ひ暮らして、物をいと恐ろしと思ひたるさま、若う心苦し。格子とく下ろしたまひて、大殿油参らせて、︹源氏︺﹁名残りなくなりにたる御ありさまにて、なほ心のうちの隔て残したまへるなむつらき﹂と、恨みたまふ。
﹁内裏に、いかに求めさせたまふらむを、いづこに尋ぬらむ﹂と、思しやりて、かつは、﹁あやしの心や。六条わたりにも、いかに思ひ乱れたまふらむ。恨みられむに、苦しう、ことわりなり﹂と、いとほしき筋は、まづ思ひきこえたまふ。何心もなきさしむかひを、あはれと思すままに、﹁あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばや﹂と、思ひ比べられたまひける。
[第四段 夜半、もののけ現われる]
宵過ぐるほど、すこし寝入りたまへるに、御枕上に、いとをかしげなる女ゐて、
︹もののけ︺﹁己がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かく、ことなることなき人を率ておはして、時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ﹂
とて、この御かたはらの人をかき起こさむとす、と見たまふ。
物に襲はるる心地して、おどろきたまへれば、火も消えにけり。うたて思さるれば、太刀を引き抜きて、うち置きたまひて、右近を起こしたまふ。これも恐ろしと思ひたるさまにて、参り寄れり。
︹源氏︺﹁渡殿なる宿直人起こして、﹃紙燭さして参れ﹄と言へ﹂とのたまへば、
︹右近︺﹁いかでかまからむ。暗うて﹂と言へば、
︹源氏︺﹁あな、若々し﹂と、うち笑ひたまひて、手をたたきたまへば、山彦の答ふる声、いとうとまし。人え聞きつけで︵校訂19︶参らぬに、この女君、いみじくわななきまどひて、いかさまにせむと思へり。汗もしとどになりて、我かの気色なり。
︹右近︺﹁物怖ぢをなむわりなくせさせたまふ本性にて、いかに思さるるにか﹂と、右近も聞こゆ。﹁いとか弱くて、昼も空をのみ見つるものを、いとほし﹂と思して、
︹源氏︺﹁我、人を起こさむ。手たたけば、山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く﹂
とて、右近を引き寄せたまひて、西の妻戸に出でて、戸を押し開けたまへれば、渡殿の火も消えにけり。
風すこしうち吹きたるに、人は少なくて、さぶらふ限りみな寝たり。この院の預りの子、むつましく使ひたまふ若き男、また上童一人、例の随身ばかりぞありける。召せば、御答へして起きたれば、
︹源氏︺﹁紙燭さして参れ。﹃随身も、弦打して、絶えず声づくれ﹄と仰せよ。人離れたる所に、心とけて寝ぬるものか。惟光朝臣の来たりつらむは﹂と、問はせたまへば、
︹管理人子︺﹁さぶらひつれど、仰せ言もなし。暁に御迎へに参るべきよし申してなむ、まかではべりぬる﹂と聞こゆ。この、かう申す者は、滝口なりければ、弓弦いとつきづきしくうち鳴らして、﹁火あやふし﹂と言ふ言ふ、預りが曹司︵校訂20︶の方に去ぬなり。内裏を思しやりて、﹁名対面︵自筆奥入13︶は過ぎぬらむ、滝口の宿直奏し、今こそ﹂と、推し量りたまふは、まだ、いたう更けぬにこそは。
帰り入りて、探りたまへば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。
︹源氏︺﹁こはなぞ。あな、もの狂ほしの物怖ぢや。荒れたる所は、狐などやうのものの、人を脅やかさむとて、け恐ろしう思はするならむ。まろあれば、さやうのものには脅されじ﹂とて、引き起こしたまふ。
︹右近︺﹁いとうたて、乱り心地の悪しうはべれば、うつぶし臥してはべるや。御前にこそわりなく思さるらめ﹂と言へば、
︹源氏︺﹁そよ。などかうは﹂とて、かい探りたまふに、息もせず。引き動かしたまへど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、﹁いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめり﹂と、せむかたなき心地したまふ。
紙燭持て参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御几帳を引き寄せて、
︹源氏︺﹁なほ持て参れ﹂
とのたまふ。例ならぬことにて、御前近くもえ参らぬ、つつましさに、長押にもえ上らず。
︹源氏︺﹁なほ持て来や、所に従ひてこそ﹂
とて、召し寄せて見たまへば、ただこの枕上に、夢に見えつる容貌したる女、面影に見えて、ふと消え︵校訂21︶失せぬ。
﹁昔の物語などにこそ、かかることは聞け﹂と、いとめづらかにむくつけけれど、まづ、﹁この人いかになりぬるぞ﹂と思ほす心騒ぎに、身の上も知られたまはず、添ひ臥して、︹源氏︺﹁やや﹂と、おどろかしたまへど、ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。言はむかたなし。頼もしく、いかにと言ひ触れたまふべき人もなし。法師などをこそは、かかる方の頼もしきものには思すべけれど。さこそ強がりたまへど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見たまふに、やるかたなくて、つと抱きて、
︹源氏︺﹁あが君、生き出でたまへ。いといみじき目、な見せたまひそ﹂
とのたまへど、冷え入りにたれば、けはひものうとくなりゆく。
右近は、ただ﹁あな、むつかし﹂と思ひける心地みな冷めて、泣き惑ふさま、いといみじ。
南殿の鬼の、なにがしの大臣脅やかしけるたとひ︵奥入04・自筆奥入09︶を思し出でて、心強く、
︹源氏︺﹁さりとも、いたづらになり果てたまはじ。夜の声はおどろおどろし。あなかま﹂
と諌めたまひて、いとあわたたしきに、あきれたる心地したまふ。
この男を召して、
︹源氏︺﹁ここに、いとあやしう、物に襲はれたる人のなやましげなるを、ただ今、惟光朝臣の宿る所にまかりて、急ぎ参るべきよし言へ、と仰せよ。なにがし阿闍梨、そこにものするほどならば、ここに来べきよし、忍びて言へ。かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな。かかる歩き許さぬ人なり﹂
など、物のたまふやうなれど、胸塞がりて、この人を空しくしなしてむことの、いみじく思さるるに添へて、大方のむくむくしさ、たとへむ方なし。
夜中も過ぎにけむかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして、松の響き、木深く聞こえて、気色ある鳥のから声に鳴きたるも、﹁梟﹂はこれにやとおぼゆ。うち思ひめぐらすに、こなたかなた、けどほく疎ましきに、人声はせず、﹁などて、かくはかなき宿りは取りつるぞ﹂と、悔しさもやらむ方なし。
右近は、物もおぼえず、君につと添ひたてまつりて、わななき死ぬべし。また、これも﹁いかならむ﹂と、心そらにて捉へたまへり。我一人さかしき人にて、思しやる方ぞなきや。
火はほのかにまたたきて、母屋の際に立てたる屏風の上、ここかしこの隈々しくおぼえたまふに、物の足音、ひしひしと踏み鳴らしつつ、後ろより寄り来る心地す。﹁惟光、とく参らなむ﹂と思す。ありか定めぬ者にて、ここかしこ尋ねけるほどに、夜の明くるほどの久しさは、千夜を過ぐさむ心地︵奥入03・自筆奥入08︶したまふ。
からうして︵校訂22︶、鶏の声はるかに聞こゆるに、﹁命をかけて、何の契りに、かかる目を見るらむ。我が心ながら、かかる筋に、おほけなくあるまじき心の報いに、かく、来し方行く先の例となりぬべきことはあるなめり。忍ぶとも、世にあること隠れなくて、内裏に聞こし召さむをはじめて、人の思ひ言はむこと、よからぬ童べの口ずさびになるべきなめり。ありありて、をこがましき名をとるべきかな﹂と、思しめぐらす。
[第五段 源氏、二条院に帰る]
からうして、惟光朝臣参れり。夜中、暁といはず、御心に従へる者の、今宵しもさぶらはで、召しにさへおこたりつるを、憎しと思すものから、召し入れて、のたまひ出でむことのあへなきに、ふとも物言はれたまはず。右近、大夫のけはひ聞くに、初めよりのこと、うち思ひ出でられて泣くを、君もえ堪へたまはで、我一人さかしがり抱き持たまへりけるに、この人に息をのべたまひてぞ、悲しきことも思されける、とばかり、いといたく、えもとどめず泣きたまふ。
ややためらひて、﹁ここに、いとあやしきことのあるを、あさましと言ふにもあまりてなむある︵校訂23︶。かかるとみの事には、誦経などをこそはすなれとて、その事どももせさせむ。願なども立てさせむとて、阿闍梨︵校訂24︶ものせよ、と言ひつるは﹂とのたまふに、
︹惟光︺﹁昨日、山へまかり上りにけり。まづ、いとめづらかなることにもはべるかな。かねて、例ならず御心地ものせさせたまふことやはべりつらむ﹂
︹源氏︺﹁さることもなかりつ﹂とて、泣きたまふさま、いとをかしげにらうたく、見たてまつる人もいと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。
さいへど、年うちねび、世の中のとあることと、しほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむ方もなけれど、
︹惟光︺﹁この院守などに聞かせむことは、いと便なかるべし。この人一人こそ睦しくもあらめ、おのづから物言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ。まづ、この院を出でおはしましね﹂と言ふ。
︹源氏︺﹁さて、これより人少ななる所はいかでかあらむ﹂とのたまふ。
︹惟光︺﹁げに、さぞはべらむ。かの故里は、女房などの、悲しびに堪へず、泣き惑ひはべらむに、隣しげく、とがむる里人多くはべらむに、おのづから聞こえはべらむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、物紛るることはべらめ﹂と、思ひまはして、︹惟光︺﹁昔、見たまへし女房の、尼にてはべる東山の辺に、移したてまつらむ。惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者の、みづはぐみて住みはべるなり。辺りは、人しげきやうにはべれど、いとかごかにはべり﹂
と聞こえて、明けはなるるほどの紛れに、御車寄す。
この人をえ抱きたまふまじければ、上蓆におしくくみて、惟光乗せたてまつる。いとささやかにて、疎ましげもなく、らうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれ出でたるも、目くれ惑ひて、あさましう悲し、と思せば、なり果てむさまを見むと思せど、
︹惟光︺﹁はや、御馬にて、二条院へおはしまさむ。人騒がしくなりはべらぬほどに﹂
とて、右近を添へて乗すれば、徒歩より、君に馬はたてまつりて、くくり引き上げなどして、かつは、いとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見たてまつれば、身を捨てて行くに、君は物もおぼえたまはず、我かのさまにて、おはし着きたり。
人びと、﹁いづこより、おはしますにか。なやましげに見えさせたまふ﹂など言へど、御帳の内に入りたまひて、胸をおさへて思ふに、いといみじければ、﹁などて、乗り添ひて行かざりつらむ。生き返りたらむ時、いかなる心地せむ。見捨てて行きあかれにけりと、つらくや思はむ﹂と、心惑ひのなかにも、思ほすに、御胸せきあぐる心地したまふ。御頭も痛く、身も熱き心地して、いと苦しく、惑はれたまへば、﹁かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり﹂と思す。
日高くなれど、起き上がりたまはねば、人びとあやしがりて、御粥などそそのかしきこゆれど、苦しくて、いと心細く思さるるに、内裏より御使あり。昨日、え尋ね出でたてまつらざりしより、おぼつかながらせたまふ。大殿の君達参りたまへど、頭中将ばかりを、﹁立ちながら、こなたに入りたまへ﹂とのたまひて、御簾の内ながらのたまふ。
︹源氏︺﹁乳母にてはべる者の、この五月のころほひより、重くわづらひはべりしが、頭剃り忌むこと受けなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このごろ、またおこりて、弱くなむなりにたる、﹃今一度、とぶらひ見よ﹄と申したりしかば、いときなきよりなづさひし者の、今はのきざみに、つらしとや思はむ、と思うたまへてまかれりしに、その家なりける下人の、病しけるが、にはかに出であへで亡くなりにけるを、怖ぢ憚りて、日を暮らしてなむ、取り出ではべりけるを、聞きつけはべりしかば、神事なるころ、いと不便なること、と思うたまへかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶき病みにやはべらむ、頭いと痛くて苦しくはべれば、いと無礼にて聞こゆること﹂
などのたまふ。中将、
︹頭中将︺﹁さらば、さるよしをこそ奏しはべらめ。昨夜も、御遊びに、かしこく求めたてまつらせたまひて、御気色悪しくはべりき﹂と聞こえたまひて、立ち返り、﹁いかなる行き触れにかからせたまふぞや。述べやらせたまふことこそ、まことと思うたまへられね﹂
と言ふに、胸つぶれたまひて、
︹源氏︺﹁かく、こまかにはあらで、ただ、おぼえぬ穢らひに触れたるよしを、奏したまへ。いとこそ、たいだいしくはべれ﹂
と、つれなくのたまへど、心のうちには、言ふかひなく悲しきことを思すに、御心地も悩ましければ、人に目も見合せたまはず。蔵人弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ。大殿などにも、かかることありて、え参らぬ御消息など聞こえたまふ。
[第六段 十七日夜、夕顔の葬送]
日暮れて、惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて、参る人びとも、皆立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、
︹源氏︺﹁いかにぞ。今はと見果てつや﹂
とのたまふままに、袖を御顔に押しあてて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、
︹惟光︺﹁今は限りにこそはものしたまふめれ。長々と籠もりはべらむも便なきを、明日なむ、日よろしくはべれば︵校訂25︶、とかくの事、いと尊き老僧の、あひ知りてはべるに、言ひ語らひつけはべりぬる﹂と聞こゆ。
︹源氏︺﹁添ひたりつる女は、いかに﹂とのたまへば、
︹惟光︺﹁それなむ、また、え生くまじくはべるめる。我も後れじと惑ひはべりて、今朝は谷に落ち入りぬとなむ見たまへつる。︹右近︺﹃かの故里人に告げやらむ﹄と申せど、︹惟光︺﹃しばし、思ひしづめよ、と。ことのさま思ひめぐらして﹄となむ、こしらへおきはべりつる﹂
と、語りきこゆるままに、いといみじと思して、
︹源氏︺﹁我も、いと心地悩ましく、いかなるべきにかとなむおぼゆる﹂とのたまふ。
︹惟光︺﹁何か、さらに思ほしものせさせたまふ。さるべきにこそ、よろづのことはべらめ。人にも漏らさじと思うたまふれば、惟光おり立ちて、よろづはものしはべる﹂など申す。
︹源氏︺﹁さかし。さ、皆思ひなせど、浮かびたる心のすさびに、人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり。少将の命婦などにも聞かすな。尼君ましてかやうのことなど、諌めらるるを、心恥づかしくなむおぼゆべき﹂と、口かためたまふ。
︹惟光︺﹁さらぬ法師ばらなどにも、皆、言ひなすさま異にはべる﹂
と聞こゆるにぞ、かかりたまへる。
ほの聞く女房など、﹁あやしく、何ごとならむ、穢らひのよしのたまひて、内裏にも参りたまはず、また、かくささめき嘆きたまふ﹂と、ほのぼのあやしがる。
︹源氏︺﹁さらに事なくしなせ﹂と、そのほどの作法のたまへど、
︹惟光︺﹁何か、ことことしくすべきにもはべらず﹂
とて立つが、いと悲しく思さるれば、
︹源氏︺﹁便なしと思ふべけれど、今一度、かの亡骸を見ざらむが、いといぶせかるべきを、馬にて︵校訂26︶ものせむ﹂
とのたまふを、いとたいだいしきこととは思へど、
︹惟光︺﹁さ思されむは、いかがせむ。はや、おはしまして、夜更けぬ先に帰らせおはしませ﹂
と申せば、このごろの御やつれにまうけたまへる、狩の御装束着、替へなどして出でたまふ。
御心地かきくらし、いみじく堪へがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危かりし物懲りに、いかにせむと思しわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、﹁ただ今の骸を見では、またいつの世にかありし容貌をも見む﹂と、思し念じて、例の大夫、随身を具して出でたまふ。
道遠くおぼゆ。十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆の火もほのかなるに、鳥辺野の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも、何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。
辺りさへすごきに、板屋のかたはらに堂建てて行へる尼の住まひ、いとあはれなり。御燈明の影、ほのかに透きて見ゆ。その屋には、女一人泣く声のみして、外の方に、法師ばら二、三人物語しつつ、わざとの声立てぬ念仏ぞする。寺々の初夜も、みな行ひ果てて、いとしめやかなり。清水の方ぞ、光多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼君の子なる大徳の声尊くて、経うち読みたるに、涙の残りなく思さる。
入りたまへれば、灯取り背けて、右近は屏風隔てて臥したり。いかにわびしからむと、見たまふ。恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたるところなし。手をとらへて、
︹源氏︺﹁我に、今一度、声をだに聞かせたまへ。いかなる昔の契りにかありけむ、しばしのほどに、心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち捨てて、惑はしたまふが、いみじきこと﹂
と、声も惜しまず、泣きたまふこと、限りなし。
大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひて、皆、涙落としけり。
右近を、︹源氏︺﹁いざ、二条へ﹂とのたまへど、
︹右近︺﹁年ごろ、幼くはべりしより、片時たち離れたてまつらず、馴れきこえつる人に、にはかに別れたてまつりて、いづこにか帰りはべらむ。いかになりたまひにきとか、人にも言ひはべらむ。悲しきことをばさるものにて、人に言ひ騒がれはべらむが、いみじきこと﹂と言ひて、泣き惑ひて、﹁煙にたぐひて、慕ひ参りなむ﹂と言ふ。
︹源氏︺﹁道理なれど、さなむ世の中はある。別れと言ふもの、悲しからぬはなし。とあるもかかるも、同じ命の限りあるものになむある。思ひ慰めて、我を頼め﹂と、のたまひこしらへて、﹁かく言ふ我が身こそは、生きとまるまじき心地すれ﹂
とのたまふも、頼もしげなしや。
惟光、﹁夜は、明け方になりはべりぬらむ。はや帰らせたまひなむ﹂
と聞こゆれば、返りみのみせられて、胸もつと塞がりて出でたまふ。
道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなく惑ふ心地したまふ。ありしながらうち臥したりつるさま、うち交はしたまへりしが、我が御紅の御衣の着られたりつるなど、いかなりけむ契りにかと、道すがら思さる。御馬にも、はかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また、惟光添ひ助けておはしまさするに、堤のほどにて、御馬よりすべり下りて、いみじく御心地惑ひければ、
︹源氏︺﹁かかる道の空にて、はふれぬべきにやあらむ。さらに、え行き着くまじき心地なむする﹂
とのたまふに、惟光、心地惑ひて、﹁我がはかばかしくは、さのたまふとも、かかる道に率て出でたてまつるべきかは﹂と思ふに、いと心あわたたしければ、川の水︵校訂27︶に手を洗ひて、清水の観音を念じたてまつりても、すべなく思ひ惑ふ。
君も、しひて御心を起こして、心のうちに仏を念じたまひて、また、とかく助けられたまひてなむ、二条院へ帰りたまひける。
あやしう夜深き御歩きを、人びと、﹁見苦しきわざかな。このごろ、例よりも静心なき御忍び歩きのしきるなかにも、昨日の御気色の、いと悩ましう思したりしに。いかでかく、たどり歩きたまふらむ﹂と、嘆きあへり。
まことに、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまひて、二、三日になりぬるに、むげに弱るやうにしたまふ。内裏にも、聞こしめし、嘆くこと限りなし。御祈り、方々に隙なくののしる。祭、祓、修法など、言ひ尽くすべくもあらず。世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにやと、天の下の人の騷ぎなり。
苦しき御心地にも、かの右近を召し寄せて、局など近くたまひて、さぶらはせたまふ。惟光、心地も騒ぎ惑へど、思ひのどめて、この人のたづきなしと思ひたるを、もてなし助けつつさぶらはす。
君は、いささか隙ありて思さるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交じらひつきたり。服、いと黒くして、容貌などよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。
︹源氏︺﹁あやしう短かかりける御契りにひかされて、我も世にえあるまじきなめり︵校訂28︶。年ごろの頼み失ひて、心細く思ふらむ慰めにも、もしながらへば、よろづに育まむとこそ思ひしか、ほどなく、またたち添ひぬべきが、口惜しくもあるべきかな﹂
と、忍びやかにのたまひて、弱げに泣きたまへば、言ふかひなきことをばおきて、﹁いみじく惜し﹂と思ひきこゆ。
殿のうちの人、足を空にて思ひ惑ふ。内裏より、御使、雨の脚よりもけにしげし。思し嘆きおはしますを聞きたまふに、いとかたじけなくて、せめて強く思しなる。大殿も経営したまひて、大臣、日々に渡りたまひつつ、さまざまのことをせさせたまふ、しるしにや、二十余日、いと重くわづらひたまひつれど、ことなる名残のこらず、おこたるさまに見えたまふ。
穢らひ忌みたまひしも、一つに︵校訂29︶満ちぬる夜なれば、おぼつかながらせたまふ御心、わりなくて、内裏の御宿直所に参りたまひなどす。大殿、我が御車にて迎へたてまつりたまひて、御物忌なにやと、むつかしう慎ませたてまつりたまふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえたまふ。
[第七段 忌み明ける]
九月二十日のほどにぞ、おこたり果てたまひて、いといたく面痩せたまへれど、なかなか、いみじく︵校訂30︶なまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣きたまふ。見たてまつりとがむる人もありて、﹁御物の怪なめり﹂など言ふもあり。
右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に、物語などしたまひて、
︹源氏︺﹁なほ、いとなむあやしき。などてその人と知られじとは、隠いたまへりしぞ。まことに海人の子なりとも、さばかりに思ふを知らで、隔てたまひしかばなむ、つらかりし﹂とのたまへば、
︹右近︺﹁などてか、深く隠しきこえたまふことははべらむ。いつのほどにてかは、何ならぬ御名のりを聞こえたまはむ。初めより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、﹃現ともおぼえずなむある﹄とのたまひて、﹃御名隠しも、さばかりにこそは﹄と聞こえたまひながら、﹃なほざりにこそ、紛らはしたまふらめ﹄となむ、憂きことに思したりし﹂と聞こゆれば、
︹源氏︺﹁あいなかりける心比べどもかな。我は、しか隔つる心もなかりき。ただ、かやうに人に許されぬ振る舞ひをなむ、まだ慣らはぬことなる。内裏に諌めのたまはするをはじめ、つつむこと多かる身︵校訂正31︶にて、はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所狭う、取りなしうるさき身のありさまになむあるを、はかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに見たてまつりしも、かかるべき契りこそはものしたまひけめと思ふも、あはれになむ。またうち返し、つらうおぼゆる。かう長かるまじきにては、など、さしも心に染みて、あはれとおぼえたまひけむ。なほ詳しく語れ。今は、何ごとを隠すべきぞ。七日七日に仏描かせても、誰が為とか、心のうちにも思はむ﹂とのたまへば、
︹右近︺﹁何か、隔てきこえさせはべらむ。自ら、忍び過ぐしたまひしことを、亡き御うしろに、口さがなくやは、と思うたまふばかりになむ。
親たちは、はや亡せたまひにき。三位中将となむ聞こえし。いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど、我が身のほどの心もとなさを思すめりしに、命さへ堪へたまはずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭中将なむ、まだ少将にものしたまひし時、見初めたてまつらせたまひて、三年ばかりは、志あるさまに通ひたまひしを、去年の秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしきことの聞こえ参で来しに、物怖ぢをわりなくしたまひし御心に、せむかたなく思し怖ぢて、西の京に、御乳母住みはべる所になむ、はひ隠れたまへりし。それもいと見苦しきに、住みわびたまひて、山里に移ろひなむと思したりしを、今年よりは塞がりける方にはべりければ、違ふとて、あやしき所にものしたまひしを、見あらはされたてまつりぬることと、思し嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみをしたまひて、人に物思ふ気色を見えむを、恥づかしきものにしたまひて、つれなくのみもてなして、御覧ぜられたてまつりたまふめりしか﹂
と、語り出づるに、﹁さればよ﹂と、思しあはせて、いよいよあはれまさりぬ。
︹源氏︺﹁幼き人惑はしたりと、中将の愁へしは、さる人や﹂と問ひたまふ。
︹右近︺﹁しか。一昨年の春ぞ、ものしたまへりし。女にて、いとらうたげになむ﹂と語る。
︹源氏︺﹁さて、いづこにぞ。人にさとは知らせで、我に得させよ。あとはかなく、いみじと思ふ御形見に、いとうれしかるべくなむ﹂とのたまふ。﹁かの中将にも伝ふべけれど、言ふかひなきかこと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、育まむに咎あるまじきを。そのあらむ乳母などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし﹂など語らひたまふ。
︹右近︺﹁さらば、いとうれしくなむはべるべき。かの西の京にて生ひ出でたまはむは、心苦しくなむ。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこに﹂など聞こゆ。
夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵に描きたるやうにおもしろきを見わたして、心よりほかにをかしき交じらひかなと、かの夕顔の宿りを思ひ出づるも恥づかし。竹の中に家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを聞きたまひて、かのありし院にこの鳥の鳴きしを、いと恐ろしと思ひたりしさまの、面影にらうたく思し出でらるれば、
︹源氏︺﹁年はいくつにかものしたまひし。あやしく世の人に似ず、あえかに見えたまひしも、かく長かるまじくてなりけり﹂とのたまふ。
︹右近︺﹁十九にやなりたまひけむ。右近は、亡くなりにける御乳母の捨て置きてはべりければ、三位の君のらうたがりたまひて、かの御あたり去らず、生ほしたてたまひしを思ひたまへ出づれば、いかでか世にはべらむずらむ。いとしも人に︵自筆奥入07︶と、悔しくなむ。ものはかなげにものしたまひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろならひはべりけること﹂と聞こゆ。
︹源氏︺﹁はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。自らはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女は、ただやはらかに、とりはづして人に欺かれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、あはれにて、我が心のままにとり直して見むに、なつかしくおぼゆべき﹂などのたまへば、
︹右近︺﹁この方の御好みには、もて離れたまはざりけり、と思ひたまふるにも、口惜しくはべるわざかな﹂とて泣く。
空のうち曇りて、風冷やかなるに、いといたく眺めたまひて、
︹源氏︺﹁見し人の煙を雲と眺むれば夕べの空もむつましきかな﹂
独りごちたまへど、えさし答へも聞こえず。かやうにて、おはせましかば、と思ふにも、胸塞がりておぼゆ。耳かしかましかりし砧の音を、思し出づるさへ恋しくて、﹁正に長き夜︵自筆奥入10︶﹂とうち誦じて、臥したまへり。
第五章 空蝉の物語(2)
[第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答]
かの、伊予の家の小君、参る折あれど、ことにありしやうなる言伝てもしたまはねば、憂しと思し果てにけるを、いとほしと思ふに、かくわづらひたまふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下りなどするを、さすがに心細ければ、思し忘れぬるかと、試みに、
︹空蝉︺﹁承り︵校訂32︶、悩むを、言に出でては、えこそ、
問はぬをもなどかと問はでほどふるにいかばかりかは思ひ乱るる
﹃益田︵自筆奥入11︶﹄はまことになむ﹂
と聞こえたり。めづらしきに、これもあはれ忘れたまはず。
︹源氏︺﹁﹃生けるかひなき︵自筆奥入11︶﹄や、誰が言はましことにか。
空蝉の世は憂きものと知りにしをまた︵校訂33︶言の葉にかかる命よ
はかなしや﹂
と、御手もうちわななかるるに、乱れ書きたまへる、いとどうつくしげなり。なほ、かのもぬけを忘れたまはぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。
かやうに憎からずは、聞こえ交はせど、け近くとは思ひよらず、さすがに、言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなむ、と思ふなりけり。
かの片つ方は、蔵人少将をなむ通はす、と聞きたまふ。﹁あやしや。いかに思ふらむ﹂と、少将の心のうちもいとほしく、また、かの人の気色もゆかしければ、小君して、﹁死に返り思ふ心は、知りたまへりや﹂と言ひ遣はす。
︹源氏︺﹁ほのかにも軒端の荻を結ばずは露のかことを何にかけまし﹂
高やかなる荻に付けて、﹁忍びて﹂とのたまにつれど、﹁取り過ちて、少将も見つけて、我なりけりと思ひあはせば、さりとも、罪ゆるしてむ﹂と思ふ、御心おごりぞ、あいなかりける。
少将のなき折に︵校訂34︶見すれば、心憂しと思へど、かく思し出でたるも、さすがにて、御返り、口ときばかりをかことにて取らす。
︹軒端荻︺﹁ほのめかす風につけても下荻の半ばは霜にむすぼほれつつ﹂
手は悪しげなるを、紛らはし、さればみて書いたるさま、品なし。火影に見し顔、思し出でらる。﹁うちとけで向ひゐたる人は、え疎み果つまじきさまもしたりしかな。何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ﹂と思し出づるに、憎からず。なほ﹁こりずまに、またもあだ名立ちぬべき︵自筆奥入12︶﹂御心のすさびなめり。
第六章 夕顔の物語(3)
[第一段 四十九日忌の法要]
かの人の四十九日、忍びて比叡の法華堂にて、事そがず、装束よりはじめて、さるべきものども、こまかに、誦経などせさせたまひぬ。経、仏の飾りまでおろかならず、惟光が兄の阿闍梨、いと尊き人にて、二なうしけり。
御書の師にて、睦しく思す文章博士召して、願文作らせたまふ。その人となくて、あはれと思ひし人のはかなきさまになりにたるを、阿弥陀仏に譲りきこゆるよし、あはれげに書き出でたまへれば、
︹文章博士︺﹁ただかくながら、加ふべきことはべらざめり﹂と申す。
忍びたまへど、御涙もこぼれて、いみじく思したれば、︹文章博士︺﹁何人ならむ。その人と聞こえもなくて、かう思し嘆かすばかりなりけむ宿世の高さ﹂と言ひけり。忍びて調ぜさせたまへりける装束の袴を取り寄せさせたまひて、
︹源氏︺﹁泣く泣くも今日は我が結ふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき﹂
﹁このほどまでは漂ふなるを、いづれの道に定まりて赴く︵校訂35︶らむ﹂と思ほしやりつつ、念誦をいとあはれにしたまふ。頭中将を見たまふにも、あいなく胸騒ぎて、かの撫子の生ひ立つありさま、聞かせまほしけれど、かことに怖ぢて、うち出でたまはず。
かれ、かの夕顔の宿りには、いづ方にと思ひ惑へど、そのままにえ尋ねきこえず。右近だに訪れねば、あやしと思ひ嘆きあへり。確かならねど、けはひをさばかりにやと、ささめきしかば、惟光をかこちけれど、いとかけ離れ、気色なく言ひなして、なほ同じごと好き歩きければ、いとど夢の心地して、﹁もし、受領の子どもの好き好きしきが、頭の君に怖ぢきこえて、やがて、率て下りにけるにや﹂とぞ、思ひ寄りける。
この家主人ぞ、西の京の乳母の女なりける。三人その子はありて、右近は他人なりければ、﹁思ひ隔てて、御ありさまを聞かせぬなりけり﹂と、泣き恋ひけり。右近、はた︵校訂36︶、かしかましく言ひ騒がむを思ひて、君も今さらに漏らさじと忍びたまへば、若君の上をだにえ聞かず、あさましく行方なくて過ぎゆく︵校訂36︶。
君は、﹁夢をだに見ばや﹂と、思しわたるに、この法事したまひて、またの夜、ほのかに、かのありし院ながら、添ひたりし女のさまも同じやうにて見えければ、﹁荒れたりし所に住みけむ物の、我に見入れけむたよりに、かくなりぬること﹂と、思し出づるにもゆゆしくなむ。
第七章 空蝉の物語(3)
[第一段 空蝉、伊予国に下る]
伊予介、神無月の朔日ごろに下る。女房の下らむにとて、手向け心ことにせさせたまふ。また、内々にもわざとしたまひて、こまやかにをかしきさまなる櫛、扇多くして、幣などわざとがましくて、かの小袿も遣はす。
︹源氏︺﹁逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな﹂
こまかなることどもあれど、うるさければ書かず。
御使、帰りにけれど、小君して、小袿の御返りばかりは聞こえさせたり。
︹空蝉︺﹁蝉の羽もたちかへてける夏衣かへすを見てもねは泣かれけり﹂
﹁思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな﹂と思ひ続けたまふ。今日ぞ、冬立つ日なりけるも、しるく、うちしぐれて、空の気色いとあはれなり。眺め暮らしたまひて、
︹源氏︺﹁過ぎにしも今日別るるも二道に行く方知らぬ秋の暮かな﹂
なほ、かく人知れぬことは苦しかりけりと、思し知りぬらむかし。かやうのくだくだしきことは、あながちに隠ろへ忍びたまひしもいとほしくて、みな漏らしとどめたるを、﹁など、帝の御子ならむからに、見む人さへ、かたほならずものほめがちなる﹂と、作りごとめきてとりなす人、ものしたまひければなむ。あまりもの言ひさがなき罪、さりどころなく。
︻定家注釈︼
定家の注釈として、巻末の奥入と本文中の付箋を掲載した。しかし、この巻には付箋はない︵剥落という場合もあろう︶。
自筆本奥入については本文中に記した。
︵ ︶の中に、出典名と先行指摘の注釈を記した。
奥入01 揚名介
此事源氏第一之難儀也 非可勘知事︵語釈、源氏釈・自筆本奥入︶
奥入02 長恨哥
七月七日長生殿 夜半無人私語時
在天願作比翼鳥 天長地久有時尽
此恨綿々無絶期︵長恨歌、源氏釈・自筆本奥入︶
奥入03 いはぬまハちとせをすくす心ちして
まつハまことに久しかりけり︵後拾遺667、源氏釈・自筆本奥入︶ 此哥近代哥歟 不立此證哥
奥入04 貞信公於南殿御後 被取釼鞘給 抜釼給之由 在大鏡 無他所見歟 人口傳歟︵出典未詳、源氏釈・自筆本奥入︶
︻校訂付記︼
他本との校合はせず、本文書写者自身の訂正及び先人によって指摘された誤写箇所のみを本文校訂の対象とした。
書写者の訂正は、元の文字を擦り消してその上に書き直した訂正と、脱字を細字で補入した訂正跡のみの模様である。前者の訂正跡については省略した。
後人による訂正跡が多数存在するが、明らかな誤写の訂正については諸本を参考にした。それ以外は、原文の形を尊重した。
校訂01 らうがはしき--羅うるハしき︵﹁可﹂を﹁る﹂と誤写したものであろう、﹁らうがはしき﹂と訂正した︶
校訂02 いと所狭き--い登せ起︵﹁所﹂を誤脱したものであろう、﹁所せき﹂と補訂した︶
校訂03 まかりて--佐可りて︵﹁万﹂を﹁さ﹂と誤読し﹁佐﹂と書いたものであろう、﹁まかりて﹂と訂正した︶
校訂04 見たまへ--見多まひ︵謙譲の形であるべきところを尊敬の形に過つ、﹁見たまへ﹂と訂正した︶
校訂05 かこと--かうと︵﹁こ2﹂を﹁う﹂と誤写したものであろう、﹁かこと﹂と訂正した︶
校訂06 なべかり--︵/+な1︶へ可り︵墨筆細字で﹁な1﹂を補訂、書写者の訂正であろう︶
校訂07 えはべらず--ミ侍ら2す︵﹁え2﹂を﹁ミ﹂と誤写したものであろう、﹁えはべらず﹂と訂正した︶
校訂08 まかり--さ可り︵﹁さ﹂とも﹁万﹂とも読める字体、﹁まかり﹂と訂正した︶
校訂09 あるべきかな--あるへ可那︵﹁き﹂を誤脱、﹁あるべきかな﹂と補訂した︶
校訂10 たてまつり--多てまつ1る︵﹁り﹂を﹁る﹂と誤写、﹁たてまつり﹂と訂正した︶
校訂11 御けはひ--佐け者ひ︵﹁御﹂を﹁佐﹂と誤写、﹁御けはひ﹂と訂正した︶
校訂12 隠る--可へる︵﹁く﹂を﹁へ﹂と誤写、﹁かくる﹂と訂正した︶
校訂13 呉竹--くれ︵﹁竹﹂を誤脱、﹁呉竹﹂と訂正した︶
校訂14 艶なる心地--ゑんある心ち︵﹁あ﹂は﹁る﹂の誤写であろう、﹁なる﹂と訂正した︶
校訂15 なり--なる︵﹁り﹂を﹁る﹂と誤写、﹁なり﹂と訂正した︶
校訂16 秋の野ら--秋の1ゝ︵ゝ/+1羅︶︵補入符号を入れて細字で﹁羅﹂と補訂、書写者の訂正であろう︶
校訂17 けうとげに--気ゝと遣尓︵﹁う﹂を﹁ゝ﹂と誤写、﹁けうとげに﹂と訂正した︶
校訂18 けうとくも--遣うそくも︵﹁と﹂を﹁そ﹂と誤写、﹁けうとく﹂と訂正した︶
校訂19 人え聞きつけで--人ハきゝ徒気て︵﹁ハ﹂は﹁盈﹂を﹁者﹂と誤読し﹁ハ﹂と書いたものであろう、﹁え﹂と訂正した︶
校訂20 曹司--さこし︵﹁う﹂を﹁こ﹂と誤写、﹁さうし﹂と訂正した︶
校訂21 消え--きこえ︵﹁こ﹂は衍字であろう、削除した︶
校訂22 からうして--可羅△︵墨滅︶して︵元の文字墨滅されて判読不能、﹁う﹂とあったものであろうか︶
校訂23 ある--あり︵﹁なむ﹂の係結びとして﹁る﹂とあるべき、﹁る﹂と訂正した︶
校訂24 阿闍梨--あまり︵﹁さ﹂を﹁万﹂と誤読し﹁ま﹂と書いたものであろう、﹁あさり﹂と訂正した︶
校訂25 はべれば--侍ら2ハ︵文意からここは未然形ではなく已然形であるべき、﹁はべれば﹂と訂正した︶
校訂26 馬にて--あ万尓て︵﹁む﹂を﹁あ﹂と誤読したか、﹁むま﹂と訂正した︶
校訂27 川の水--かの1みつ1︵﹁は﹂を脱したか、﹁かはのみづ﹂と訂正した︶
校訂28 なめり--な1め︵﹁り﹂を脱したか、﹁なめり﹂と訂正した︶
校訂29 一つに--ひとへ尓︵﹁つ﹂と﹁へ﹂の字体が曖昧、﹁ひとつ﹂と判読した︶
校訂30 なかなかいみじく--な可〳〵しく︵形容詞語幹の誤脱があるか、﹁いみじく﹂と訂正した︶
校訂31 身--事︵﹁事﹂は﹁身﹂の誤字であろう、﹁身﹂と訂正した︶
校訂32 承り--うけ給︵﹁給﹂は﹁賜﹂の誤写であろう、﹁承り﹂と訂正した︶
校訂33 また--多1万︵﹁たま﹂は﹁また﹂の誤写であろう、﹁また﹂と訂正した︶
校訂34 折に--可本尓︵﹁かほ﹂は誤写であろう、﹁をり﹂と訂正した︶
校訂35 赴く--を︵を/+1も︶むく︵補入符号を入れて墨筆細字で﹁も﹂と補訂、書写者の訂正であろう︶
校訂36 はた--い多︵﹁ハ﹂を﹁い﹂と誤写、﹁はた﹂と訂正した︶
校訂37 過ぎゆく--春起︵脱字があるか、﹁ゆく﹂を補う︶
源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
大島本
自筆本奥入