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ハイネ詩集
生田春月 訳
クラリツス
その一
何処をおまへが歩いてゐようとも
いつでもおまへはわたしを見る
そしておまへが冷遇すればするほど
わたしは一層おまへから離れない
たのしい悪意がわたしの心を占めてゐる
親切な感(きも)情(ち)なんかもうないのだ
だからわたしからすつかり離れようと思ふなら
おまへはわたしを愛さなきやならない
その二
おまへのわたしに笑つて見せることが遅すぎた
おまへのわたしに嘆息することがおそすぎた!
あの感情はもう疾(と)くに死んぢまつたんだ
おまへはあの時あんなに残酷に嘲つたのぢやないか
おまへの愛を酬いることが遅すぎた!
おまへの熱烈な愛の眼は
わたしの心に落ちて来る
ちやうど日光が墓標の上に落ちるやうに
* * *
わたしは知りたい、わたし逹が死ねば
わたし逹の魂(たましひ)は何処へ行くのだらう?
消えた火は何処へ行つたのだらう?
吹きやんだ風は何処へ行つたのだらう?
底本‥﹁ハイネ詩集﹂︵新潮文庫、第三十五編︶
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年)
﹁ハイネ詩集﹂(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力‥osawa
編集‥明かりの本
2017年7月7日作成
物語倶楽部作成ファイル‥
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