その遊びにどんな名がついているのか知らない。まだそんな遊びをいまの子どもたちがはたしてするのか、町を歩くとき私は注意してみるがこれまでみたためしがない。あのころつまり私たちがその遊びをしていた当とう時じでさえ、他たの子どもたちはそういう遊びを知っていたかどうかもあやしい。いちおう私と同どう年ねん輩ぱいの人にたずねてみたいと思う。 なんだか私たちのあいだにだけあり、後にも先にもないもののような気がする。そう思うことは楽しい。してみると私たちのなかまのたれかが創そう案あんしたのだが、いったいたれだろう、あんなあわれ深い遊ゆう戯ぎをつくり出したのは。 その遊びというのは、ふたりいればできる。ひとりがかくれんぼのおにのように眼めをつむって待っている。そのあいだに他のひとりが道ばたや畑にさいているさまざまな花をむしってくる。そして地べたに茶ちゃ飲のみ茶ちゃ碗わんほどの――いやもっと小さい、さかずきほどの穴あなをほりその中にとってきた花をいい按あん配ばいに入れる。それから穴あなに硝がら子すの破はへ片んでふたをし、上に砂すなをかむせ地面の他の部分とすこしもかわらないようにみせかける。 ﹁ようしか﹂とおにが催さい促そくする、﹁もうようし﹂と合あい図ずする。するとおにが眼めをあけてきてそのあたりをきょろきょろとさがしまわり、ここぞと思うところを指先でなでて、花のかくされた穴あなをみつけるのである。それだけのことである。 だがその遊びに私たちが持った興きょ味うみは他の遊びとはちがう。おににかくしおおせて、おにを負かしてしまうということや、おにの方では、早くみつけて早くおにをやめるということなどにはたいして興きょ味うみはなかった。もっぱら興きょ味うみの中心はかくされた土中の一ひと握にぎりの花の美しさにつながっていた。 砂すなの上にそっとはわせてゆく指先にこつんとかたいものがあたるとそこに硝がら子すがある。硝がら子すの上の砂すなをのける。だがほんのすこし。ちょうど人さし指の頭のあたる部分だけ。穴あなからのぞく。そこには私たちのこのみなれた世界とは全然別の、どこかはるかなくにの、おとぎばなしか夢ゆめのような情じょ趣うしゅを持った小さな別べっ天てん地ちがあった。小さな小さな別べっ天てん地ち。ところがみているとただ小さいだけではなかった。無むへ辺んさ際いに大きな世界がそこに凝ぎょ縮うしゅくされている小ささであった。そのゆえにその指さきの世界は私たちをひきつけてやまなかったのである。 いつもその遊びをしたわけではない。それをするのは夕ゆう暮ぐれが多かった。木にのぼったり、草の上をとびまわったり、はげしい肉体的な遊ゆう戯ぎにつかれてきて、夕まぐれの青やかな空気のなごやかさに私たちの心も何がなしとけこんでゆくころにそれをした。それをする相手も、たれであってもかまわぬというのではなかった。第一そんな遊びを頭からこのまないなかまもあった。女の子はたいていすきだった。 ふたりいればできると私はいったが、ひとりでもできないことはなかった。私はひとりでよくした。ただひとりのときは自分がふたりになってするだけのことである。つまり花をとってかくしておき、そこからすこしはなれたところへできうべくんば家の角を一つまわったところまで、いっておにになり、眼めをとじて百か二百かぞえ、それからさがしに出かけるのである。 だがそれをひとりでするときは心に流れるうらわびしさが、硝がら子すの指先にふれる冷たさや、土のしめっぽい香かおりや、美しい花の色にまでしみて余よけ計いさびしくなるのだった。 ふたりか三人でその遊びをしたあと、家へ帰る前に美しい作品を一つ土中にうめておきそのまま帰ることもあった。その夜はときどきうめてきた花のことを思い出し床とこの中でも思い出してねむるのである。 そんなとき土中のその小さな花のかたまりは私の心の中のたのしい秘ひみ密つであって、母にもたれにも話さない。つぎの朝いってさがしあててみると、花は土のしめりですこしもしおれずしかし明るい朝の光の中ではやや色あせてみえ私はそれと知らず幻げん滅めつを覚えたのであった。また前の晩ばんにうめておいた花のことをつぎの朝、子ども心の気まぐれにわすれてしまうこともあった。そういう花が私たちにわすられたままたくさん土にくちてまじったことだろう。 私たちは家に帰る前に、また、そのとき使った花や葉を全部あつめほんとうに土の中に土をもってうめ、上を足でふんでおくこともあった。遊びのはてにするこの精算は私の心に美しいもの純じゅ潔んけつなものをもたらした。子どもでありながらなんといじらしいことをしたものだろう。 ある日の日ひぐ暮れどき私たちはこの遊びをしていた。私に豆とう腐ふ屋やの林りん太たろ郎うに織しょ布くふ工場のツル――の三人だった。私たちは三人同い年だった。秋あき葉ばさんの常じょ夜うや燈とうの下でしていた。 ツルは女だからさすがに花をうまくあしらい美しいパノラマをつくる、また彼かの女じょはそれをつくり私たちにみせるのがすきだった。ではじめのうち林りん太たろ郎うと私のふたりがおにでツルのかくした花をさがしてばかりいた。 私はツルのつくった花の世界のすばらしさにおどろかされた。彼女は花びらを一つずつ用い草の葉や、草の実をたくみに点てん景けいした。ときには帯おびのあいだにはさんでいる小さい巾きん着ちゃくから、砂すな粒つぶほどの南なん京きん玉だまを出しそれを花びらのあいだに配はいした。まるで花園に星のふったように。そしてまた私はツルがすきだった。 遊びにはおのずから遊びの終わるときがくるものだが、最後にツルと林太郎とふたりで花をかくし私がひとりおにになった。﹁よし﹂といわれて私はさがしにいったが、いくらさがしてもみあたらない。﹁もっと向こうよ、もっと向こうよ﹂とツルがいうままにそのあたりをなでまわるがどうしてもみあたらない。林りん太たろ郎うはにやにや笑わらって常じょ夜うや燈とうにもたれてみている。林太郎はただツルの花をうずめるのをみていただけに相そう違いない。﹁お茶わかしたよ﹂ととうとう私はかぶとをぬいだ。すれば、ツルの方で意外のところから花のありかを指して摘きしてみせるのが当然なのだがツルはそうしなかった。﹁そいじゃ明あし日たさがしな﹂といった。 私は残念でたまらなかったのでまた地びたをはいまわったがついにみつからなかった。でその日は家に帰った。たびたび常じょ夜うや燈とうの下の広くもない地びたを眼めにうかべた。そのどこかに、ツルがつくったところのこの世のものならぬ美しさをひめた花のパノラマがあることを思った。その花や南なん京きん玉だまの有あり様さまが手にとるように閉とじた眼めにみえた。 朝起きるとすぐ私は常じょ夜うや燈とうの下へいってみた。そしてひとりでツルのかくした花をさがした。息をはずませながら。まるで金でもさがすように。だがついにみつからなかった。 それから以後たびたび思い出してはそこへいってさがした。花はもうしおれはてているだろうということはすこしも考えなかった。いつでも眼めを閉とじさえすれば、ツルのかくした花や南なん京きん玉だまが、水のしたたる美しさでうす明かりの中にうかぶのであった。たれか他ほかの者にみつけ出されると困こまるので、私はひとりのときにかぎってそこへさがしにいった。 遊び相手がなくてひとりさびしくいるとき、常じょ夜うや燈とうの下にツルのかくしたその花があるという思いは私を元気づけた。そこへかけつけ、さがしまわるあいだの希きぼ望うは何にもかえがたかった。いくらさがしてもみつからない焦しょ燥うそうもさることながら。 ところがある日、私は林りん太たろ郎うにみられてしまった。私が例のように常じょ夜うや燈とうの下をすみからすみまでさがしまわっていると、いつのまにきたのか林太郎が常じょ夜うや燈とうの石いし段だんにもたれてとうもろこしをたべていた。私は林太郎にみられたと気づいた瞬しゅ間んかんぬすみの現げん行こうをおさえられたようにびくっとした。私はとっさのあいだにごまかそうとした。 だが、林りん太たろ郎うは私の心の底までつまり私がツルをすいているということまでみとおしたようににやにやと笑わらって﹁まださがいとるのけ、ばかだな﹂といった。﹁あれ嘘うそだっただよ、ツルあ何も埋いけやせんだっただ﹂ 私は、ああそうだったのかと思った。心についていたものがのぞかれたように感じて、ほっとした。 それからのち、常じょ夜うや燈とうの下は私にはなんの魅みり力ょくもないものになってしまった。ときどきそこで遊んでいて、ここには何もかくされてはないのだと思うとしらじらしい気持ちになり、美しい花がかくされているのだと思いこんでいた以前のことをなつかしく思うのであった。 林太郎が私に真しん実じつを語らなかったら、私にはいつまでも常じょ夜うや燈とうの下のかくされた花の思いは楽しいものであったかどうか、それはわからない。 ツルとはその後、同じ村にいながら長いあいだ交こう渉しょうをたっていたが、私が中学を出たときおりがあって手紙のやりとりをし、あいびきもした。しかし彼かの女じょはそれまで私が心の中で育てていたツルとはたいそうちがっていて、普ふつ通うのおろかな虚きょ栄えい心しんの強い女であることがわかり、ひどい幻げん滅めつを味わったのは、ツルがかくしたようにみせかけたあの花についての事じじ情ょうと何か似にていてあわれである。