野狐 田中英光

 今日は、田中英光の「野狐やこ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後のカストリ雑誌の恋愛作品という印象の、不倫男のデタラメな三角関係の物語で、最後の最後まで泥沼の痴情が語られるのですが……田中英光氏は、作中で2つの古典を紐解いています。
 ひとつはボードレールの「悪の華」に記された「諦めよ、わが心よ。獣のごとく眠れ」という詩で、もう1つは中国の禅「無門関のじゅ」です。以下にこの詩を掲載してみます。
  
虚無の味 Le Goût du néant ボードレール
 
かつて闘いを愛せし、陰鬱の魂よ、
希望という拍車がその情熱を駆り立てしも、
もはや希望はお前にまたがろうとせず。
恥じらいも無く伏せよ、古き馬よ――
一つひとつ障害につまずくその蹄を休めよ。
 
あきらめよ、わが心よ――
獣のごとく、ただ眠れ。
 
敗れ、疲れ果てし魂よ! 老いたる掠奪者よ!
愛の味も、争いの火も、もはやお前に響かず。
さらば、銅のラッパの歌、さらば、笛の嘆き!
快楽よ、この陰鬱に沈む心を、もう誘うな。
 
愛すべき春さえ、香りを失いし。
そして〈時〉は、
凍りつく身体を飲みこむ雪のごとく、
一刻一刻、我を呑みこんでゆく。
  
我は高みにて、この丸き地球を見おろし、
もはや、一つの小屋すら、避け所として求めず。
ああ雪崩よ――
その崩落に、我をも巻き込んではくれぬか。
ボードレール『悪の華』より
  
そして「無門関の頌」というのは中国の禅宗のエピソードのひとつで
ある行者が老師の「大修行の人も因果を受けるや?」という問いに、
「不落因果(因果に落ちず)」と誤って答えたため、500回も狐に生まれ変わらされて、百丈和尚に救いを求めます。百丈和尚は「因果をくらまさず」と答えて、この魂を解放してやった。
無門関の頌には
「不落不昧、両彩一賽 不昧不落、千錯万錯」
と記されています。
「因果を無視するのも、こだわるのも、どちらも間違い。本当の悟りは、ただ自然に生きることにある。」
この2つの古典がなんだか印象に残りました。
  

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