島崎藤村 嵐

 今日は、島崎藤村の「嵐」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは平易な現代語で読める、藤村の近代文学で、4人の幼子が育つ家族のようすを描き出しています。
 新しい借家を探して子供とともに歩きまわる風景や、幼子たちのことが描かれます。

  不自由な男の手一つでも、どうにかわが子の養えないことはあるまい、その決心にいたったのは私が遠い外国の旅から自分の子供のそばに帰って来た時であった。
 
 事件性の無い、平和な家での日々を記しているのですが、真に迫る人間の描写に圧倒される近代文学でした。
 これは実録文学なのでは……と思えてくるような、虚構と思えない幼子たちの描写なのでした。当時の基準で言えばけっして貧困では無い一家のはずなのですが、近代独自の不自由さが子供や「私」にのしかかってくる描写があるのでした。また大正12年の歴史的な震災のことも描かれていて、その時に、子供たちが何を感じて何を思ったのか、ということについても本文に描かれていて、これは百年後にも読まれる文学なのだというように思いました。
 保育から縁遠い自分にとって百年前の子育て物語はなんだか、心にせまってくるものがある名作というように思いました。
 

縦書き文庫の装画

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)

※以下は物語の結末を含みます。クリックで表示されます。

 東京育ちの子供たちもどんどん大人になっていって、子どもたちは画家を志し、太郎は農と絵を仕事とするために旅立ってゆきました。「私たち」はずいぶん経ってから、森の中にある、太郎の新しい家を訪れます。この描写がなんだかとても、すてきでした。