今日は、チェスタトンの「金の十字架の呪い」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
これはブラウン師父が活躍する、謎解き物語の代表的な作品です。魚のかたちの絵が刻まれた十字架という世にもまれな財宝を狙う悪人との闘いを描きだした物語です。
けっこう入り組んだ小説で、初見ではほとんど意味が分からないまま読み終えてしまったのですが、読み直してみると、すごいことが描かれていて……。
※以下は完全にネタバレですので、読後に真相を知りたい場合のみ、クリックして表示してほしく思います。
本件は、推理小説やサスペンス小説の王道である、変装トリックのことが終盤に描かれます。
殺されたウォルター牧師に変装し、人々の目の前に現れた真犯人が描かれるのは、全体45%の箇所です。
「幸いにも、牧師が彼自身この場に現われた、彼は灰色の頭髪の人の善さそうに見える紳士であった」
これが事件を起こしたあとに変装した真犯人の姿なのでした。本文こうです。
幸いにも、牧師が彼自身この場に現われた、彼は灰色の頭髪の人の善さそうに見える紳士であった。好古家同志として教授に親しみのある話しをしてる間、興味よりは、むしろ敵意を以てその同伴の彼の一行を見なすようには思われなかった。
「私はあなた方のうちどなたも迷信深くない事をのぞみます」彼は愉快気に言った。「まず最初に、私はこの仕事において吾々の熱心な頭にかかってる悪い前非やまたはいかなる呪いもないという事を、皆さんにお話しせねばなりません。礼拝堂の入口の上で見つけたラテン語の銘を私は今ちょうど訳している所です、そしてそれは三つの呪いがふくまれてるように思われます。すなわち、閉ざされた室に這入る事に対しての呪、第二は棺桶を開く事に対する二重の呪い。そしてそれの内部に発見された金の霊宝に触れる事に対しての三重のそして最もおそろしい呪いです。その最初の二つはもう既に私が受けたのです」と彼は微笑をもってつけ加えた。「しかし私はもし皆さんが幾分でも何かを見ようとなさるなり彼等の最初のと二番目をお受けになるだろうという事を気遣います。物語りに依りますると、呪詛は、長い間においてそしてまたなおもっと後の機会に、かなりぐずぐずした形式で現われます。私は皆さん方にとってどちらが幾分かの慰めであるかどうかは知りません」それからウォルター氏は元気のない慈悲深い態度でもう一度微笑した。
牧師に変装をして微笑していろんな話しをしている……真相が分かってみると、百年前の小説にしてはずいぶん不気味な場面で、現代のサスペンス映画みたいだなと思いました。
権力を悪用し、命や希少品といった重要なものを完全に奪い去ってしまう、名前の無い真犯人というのが立ち現れる、チェスタトンのミステリー小説でした。こんかいはブラウン師父の健闘も及ばず、真犯人の逮捕にまでは至らないのが、かえって小説の独自性を作りあげているように思いました。
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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
AIがまとめ、人間が書き直した物語の要約はこちら。クリックで表示されます。※物語の結末を含みます。
大西洋を航海中の巨船モラヴィア号の食堂で、六人の男女が小さな卓子テーブルを囲んでいた。ビザンティン研究の権威スマイル教授、女流旅行家ダイアナ・ウェルズ夫人、洒落た浪費家ポール・ターラント、イギリス人講師レオナルド・スミス、もう一人の無口な講師、そして「ブラウンという名で通っている小柄な英国の坊さん」がいた。彼は「非常に注意深く会話に聞き入っていた」。
人々が立ち去った後、教授はブラウン師父だけに秘密を打ち明ける。その際、教授は彼に「あなたは今まで私が出逢った最も聡明なそしてまた最も潔白な方である」と言った。かつてギリシャの地下迷路で、教授は裏に魚の形をした標徴を持つ金の十字架を発見した。教授はその時、地下の薄明りの中で、古代のキリスト信者たちは「人間の足のはるか下に落ちて、薄明りと沈黙の陥没した世界に口をきかずに住み、そして暗くそして薄明な音響のない世界に動いて、ちょうど魚の様に見えたに違いない」という思いを抱いた。その地下で見えぬ声の主から「十字架を手放せ、さもなくば殺す」と脅された。以来、脅迫状が届き、敵はこの船中にもいるかもしれない。教授の話を聞いたブラウン師父は「彼はわしかもしれんな」と機嫌のいいさげすみを持って応じた。
船着後、教授はブラウンを伴いサセックス州ダルハムの墓地へ向かう。到着すると、ターラント、夫人、スミスら同船者たちが皆集まっていた。そこへウォルター牧師が現れ、一行に呪いの伝説を語る。十三世紀の領主ギイ・ド・ギソルが馬欲しさに金の十字架を奪い、鍛冶屋を経てユダヤ人の金貸しに渡り、ついにそのユダヤ人が領主の子息によって「残酷に焼かれ」、十字架は元の墓へ戻されたという。牧師は一行を地下礼拝堂へ案内し、蝋燭を灯す。
教授が石棺の中の黄金の十字架に触れた瞬間、支えの棒が外れ、巨大な蓋が落ちて教授は血を流して倒れる。師父ブラウンは「たおれた人の傍にひざまずいて、その様子を吟味しようとした」。その時、ターラントが教授を抱き上げる。するとブラウン師父は彼にささやく――「あんたは誰れかをつけとる探偵じゃ」。ターラントもそれを認める。ブラウンは既に航海中から彼の正体を見抜いていたのだ。
騒ぎの後、牧師ウォルター氏が自殺したとの報せが入る。しかしブラウン師父は「なんてわしは馬鹿じゃろう!わしはもうとうにそれがわからんければならんのだった」とつぶやき、真犯人の変装トリックを暴露する。
その暴露は、まず偽の呪いの伝説そのものを歴史的に論破することから始まる。ブラウン師父は言う。
「わしが信じないのは伝説じゃありませんのじゃ――それは歴史ですわい」「なぜならそれが歴史じゃないから」
そして彼は、あの伝説が中世の現実を無視した虚構であることを、ユダヤ人の立場を例に挙げて証明する。
「そのユダヤ人はきっと領主の家来じゃなかったのじゃろう。ユダヤ人は神の下僕として特別な位置を持っておったのじゃ、殊に、ユダヤ人は彼の宗教のために焼き殺されるはずはなかったのじゃ」
「それは決して中世紀の物語りではなかったのですわい。それは誰れかが小説かまたは新聞から取った意見でつくり上げられたものじゃな」
こうしてウォルター牧師に成りすました真犯人による偽の伝説を虚構と断じた上で、ブラウン師父は真犯人の手口を明確に語る。犯人は本物のウォルター牧師を殺害し、その黒い僧服を奪って、変装した。教授が触れた十字架の鎖(数珠)の残りを、棺の蓋の支え棒にぐるぐると巻きつける細工を施し、教授が触れた拍子に棒を外して蓋を落とし、事件をつくりあげたのである。そして犯人は死んだ牧師の死体を棺に隠し、自らが「牧師」に変装して太陽の光の下に現れ、最も丁寧な態度で一行を案内し、挨拶をしたのだ。
犯人の行方は依然として不明だが、教授が回復すれば手がかりが得られるかもしれない。やがて意識を取り戻した教授は、ビザンティン風の夢を語る。幾度となくそれ等の模様は火の上に置かれて色のあせる金のようにあわくなって行き、暗い岩壁の上には「ピカピカ光る形が指で魚の燐光の中に掏い上げたように描かれてあった」――それは彼が最初に敵の声を聞いた時に見上げた標徴であった。
かつて地下の暗闇で教授が語った「暗くそして薄明な音響のない世界に動いて、ちょうど魚のよう」であったキリスト信者たちの孤独を思う、ブラウン師父。当時の信者たちが戦争の被害に巻きこまれたことを述べつつ、最後にブラウン師父は静かにこう告げるのだった。
「魚は再び地下におしこめられるかもしれん、だがもう一度この明るい太陽の光りのもとに出て来るじゃろう。セント・アントニーが諧謔的に注意したように、ノアの大洪水に生き残るのははただ魚だけじゃ」
ファシズムの悪性の問題についても描きだされていますが、チェスタトンは優生学を否定する文章も他日に書いていました。またヒトラーのナチスがユダヤ人を迫害しはじめたころに、この非道をいちはやく批判した文人でもあるのでした。


