今日は、原民喜の「飢ゑ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
これはとても静かな事態を描きだした純文学で、原爆以前の原民喜作品の文学性とも通底しているものに思います。被爆後の広島を歩きまわる「僕」の姿が描き出されています。
路を歩いてゐても、何か郷愁に似たとてもいい匂ひがするので、あれは何だつたかしらと、暫く戸迷ひながら、さうだ、パンを焼いてゐる匂ひだな、世の中にはパンを焼いて食べる幸福な家庭だつてあるのかと、吃驚さされる。
作中にこういった描写があります。「この家におしかかつて来る飢ゑのくるめきは、次第にもうどうにもならなくなつてゐた。生暖かい白つぽい細雨が毒々しい樹木の緑を濡らし、湿気は飢ゑとともに到る処に匐い廻つた。そして、煙が、家の中で薪や紙を焚くので、煙はいつまでも亡霊のやうにあちこちに籠つてゐた。」サルトルの「嘔吐」やノーベル文学賞作品を連想させるような、すごい小説でした。調べてみると、戦後すぐの広島では戦災孤児の餓死者がもっとも多かった時期であった、という記録がありました。ほんのすこしではあっても、支える人がいる、ということの重要性を思わせられる物語に思いました。
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原民喜『夏の花』を全文読む。
追記 作中に、敗戦後の広島の、さまざまな人の姿が描き出されていました。原爆の惨禍を描いた中沢啓治さんのすぐ近くを歩いていた原民喜氏、という現実の風景を空想しました。


