今日は、小川未明の「塩を載せた船」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
屋根も無い環境で生きる、貧しい親子が、荒果てた野原にたどりついて……。
※以下は物語の結末を含みます。クリックで表示されます。
荒野をさまよっていた男は、太陽と月にみちびかれて宝物をみつけ、それを使ってりっぱな仕事をはじめ、ついに町を復興したという童話でした。手に入れた資本を、こんなに豊かに使うことができたら、それはすてきに生きられるのではというように思いました。災害の復興の仕事を実現してゆく描写があり、親子二世代にわたって物語が描きだされ、苦を乗り越えてゆくところが印象にのこる童話でした。
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『塩の舟』 小川未明
むかしむかし、ある町に、赤ちゃんをおぶったお父さんがやってきました。
お父さんはとってもおなかがすいていて、赤ちゃんも泣いていました。
「どうか、このあわれな子どもに、なにかたべものをください。」
お父さんは、大きなくらしのいいおうちの前に立って、そうお願いしました。
でも、おうちの人は、
「なにもあげるものはないよ!」
と、おこったような声でこたえただけでした。
お父さんは、つぎのうちでも、そのつぎのうちでも、おなじように言われてしまいました。
「こんなにりっぱなおうちにすんでいるのに、どうしてだれもたべものをくれないんだろう。」
お父さんはかなしくなりました。
お日さまが西にしずみかけながら、やさしく言いました。
「こんなに暗い町にいてもしかたがないよ。日がくれるまえに、べつの町へいってごらん。」
お父さんは、お日さまのいうことをきいて、赤ちゃんをおぶったまま、とぼとぼと歩いていきました。
それから三日ほどたったある日、お父さんはべつの町で、こわいうわさをききました。
「あの、さっきまでの町が、大きな大きな波にぜんぶさらわれてしまったんだって。」
お父さんは、びっくりして、ぞっとしました。
「ああ、あのけちな町の人たちも、こまっているかもしれない。いまごろは、きっとあわれなきもちになっているだろう。もしかしたら、はたらいてほしいとたのまれるかもしれない。よし、もういちど、あの町にいってみよう。」
お父さんは、いつものようにお日さまにたずねてみました。
お日さまは、やっぱりにこにこしながら、
「おまえがそうおもうなら、いってごらん。」
と言いました。
お父さんがもとの町へもどってみると、おどろきました。
家はみんなこわれて、人はだれもいませんでした。
荒れた野原がひろがっているだけでした。
ところどころに木がたっていて、その枝には、おかしなものがひっかかっていました。
お父さんは、くずれたおうちのあとを見ながら、しばらくぼんやりしていました。
やがて、お月さまが青いかおをだして、お父さんのうえをてらしました。
すると、お月さまがお父さんの耳もとで、こっそりささやきました。
「あの大きな波で、みんなのたからものも、おきにながされてしまった。でも、まだすこしだけのこっているよ。あそこをみてごらん。キラキラひかっているのは、ダイヤモンドだよ。あっちのピカピカしているのは、お金のきれはしだよ。もう、もとのおとなたちは、どこかへいってしまって、かえってこない。おまえは、そのたからもので、あたらしい、きれいな町をたてるきはないかい? そうするなら、たからもののあるばしょを、おしえてあげよう。」
お月さまは、まじめなこえでそう言いました。
お父さんは、しばらくかんがえました。
「わたしみたいなものでも、そんなことができるのかなあ。」
するとお月さまがこたえました。
「できるとも! おまえができなかったら、おまえのこどもがやればいい。おまえは、ちゃんと赤ちゃんをおぶっているじゃないか。」
お父さんは、やっときめました。
「お月さま、どうか、たからものをさがすのをてつだってください。」
お月さまのひかりは、どこにでもはいりこみました。
おかげで、お父さんはたくさんのたからものをひろえました。
朝になると、お日さまがお父さんをげんきづけました。
お父さんは、おかねもちになったわけではありませんが、とてもりこうで、まじめな人でした。
そこで、よいいろいろなおしごとができる人たちを、よせあつめました。
そして、みんなで力をあわせて、あたらしい町をどんどんつくりはじめました。
なん年かたって、その町は、とてもりっぱになりました。
でんしゃがはしり、たくさんの人がはたらく、にぎやかな町になりました。
でもだれも、このすてきな町が、あのこじきのお父さんによってつくられたとは、しらなかったでしょう。
そのあいだに、赤ちゃんはすくすくそだち、りっぱな若者になりました。
お父さんは、たからものをのこして、なくなりました。
若者はお父さんのあとをついで、まじめにはたらきました。
ある日のこと、若者はゆめをみました。
はじめてみるような、あまりにぎやかでない町を、ひとりで歩いているゆめです。
むこうに、しろいはなが、こんもりとさいていました。
若者がそのはなをめあてにあるいていくと、はなの木のしたに、小さなとこやさんがありました。
おやじさんは、ふとったかおで、子どもにどなっています。
その子どもは、よごれたしろいふくをきて、やせていて、目だけがぱっちりとしていました。
若者はたずねました。
「きみは、どこからきたの?」
すると、その子どもは、大きな目にいっぱいなみだをためて、こたえました。
「おとうさんも、おかあさんもいないんです。いもうとがひとりいたけど、いまはどこにいるか、しらないんです。」
そういうと、ゆめはさめてしまいました。
でも、若者は、その子のかおがどうしてもわすれられませんでした。
「でも、ぼくには、おとうとも、いもうともいないはずだ。」
その日、ずっと、そのゆめのことをかんがえました。
二、三日たって、またべつのゆめをみました。
あるこうじょうで、十三、四さいくらいの女の子が、うつむいて、いとをとっています。
すると、こわいかおをしたせの高いおとこが、むちでその子をぶちました。
「なにをぐずぐずしているんだ!」
女の子は、ふるえあがって、なきながら、またせっせとはたらきました。
ゆめがさめても、若者はその女の子のことも、どうしてもわすれられませんでした。
「どうして、こんなにかなしいゆめばかりみるんだろう。もっとたのしいゆめをみたいなあ。」
そうおもっていると、むかし、この町にきたみこさんが、こんなことを言っていたのをおもいだしました。
「このよのなかから、たのしいゆめがなくなると、どこからかふねが、ゆめをはこんでくるんだよ。」
でも、どんなふねが、どんなゆめをはこんでくるのか、だれもみたことがありませんでした。
さらに、またよる、三ばんめのゆめをみました。
くらいよる、ゆきがこおった、ほそいみちをあるいていくと、むこうからふえをふきながら、とぼとぼ歩いてくる、としよりの目の見えないおばあさんにあいました。
若者はききました。
「おばあさん、どうしてこんなさむいよるに、おしごとをしているの?」
すると、おばあさんはこたえました。
「わたしは、ふこうな女です。はじめのごしゅじんと、かわいいおとこの子がうまれたら、ごしゅじんはその子をつれて、いなくなってしまいました。そのあと、べつのごしゅじんとけっこんして、おとこの子とおんなの子をうみました。でも、ごしゅじんはびょうきでなくなり、わたしも目がみえなくなりました。ふたりの子は、しんせきにあずけたけれど、しんせきはふたりをどこかへやってしまいました。それから、わたしは、ふらふらとさまよっているのです。」
ゆめがさめると、それもゆめでした。
でも、そのおばあさんのすがたが、どうしても目はなれません。
若者は、ここへんのゆめがとてもきになって、おしごとがてにつかなくなりました。
そこで、よくうみべへいっては、海をながめてぼんやりしていました。
すると、お父さんのことばをおもいだしたのです。
「わたしは、まだほんとうにあわれな人をみたことがない。でも、もしおまえが、これからあわれな人をみたら、その人をすくってあげなさい。それが、わたしからおまえへの、たいせつなことばだ。」
若者は、海のうえが、ゆうやけでまっかになるのをみながら、お父さんのことばをかんがえていました。
「ぼくのみたゆめは、ほんとうのことなのかな? もしそうなら、あのあわれな少年と、女の子と、おばあさんを、たすけてあげなければならない。」
ある日、海のむこうに、めずらしいふねがとまっていました。
若者はすぐにそれを見つけて、
「どこからきたんだろう。あのふねは、ゆめをはこんでくる、ふしぎなふねかもしれない。」
とおもいました。
おひるごろ、白いひげのせがひくいふなのりさんが、りくにあがって、ぶらぶらさんぽをしていました。
若者は、そのふなのりさんをよびとめました。
「あのふねは、どこからきましたか? ゆめをはこんでくるというふねですか?」
すると、ふなのりさんは、おおきな口をあけてわらいました。
「それはおとぎばなしだよ。あのふねは、まいとしこのみなとにやってくる、ふつうのふねだよ。」
「まいとし?」
若者はおどろいて、そのおじいさんをじっとみました。
「おまえさんは、だれだい?」
ふなのりさんが、そうたずねました。
若者は、じぶんのお父さんが、この町をあたらしくたてた人だということをはなしました。
ふなのりさんはうなずきました。
「なるほど、りっぱな町になったね。わしは、むかしのこの町もしっているよ。わしは、むかしから、この町にしおをはこんでいるのだ。」
「しおを、ですか?」
「そうだよ、この町ではしおができないんだよ。」
ふなのりさんは、しばらく若者をみていましたが、つぎにいいました。
「おまえさんは、ゆめでもみなかったかい?」
若者は、このごろみたふしぎなゆめを、ぜんぶはなしました。
すると、ふなのりさんは、
「それは、みんなほんとうのことなんだよ。おまえさんと、おまえさんのお父さんのむかしをしっているのは、わしだけだよ。あわれな少年と、女の子と、おばあさんは、そんなにとおい町にはいないだろう。おまえさんは、その子たちと、おばあさんをさがしにいくがいい。にんげんというものは、おもいがけないところに、ふしぎなつながりがあるものだ。わしは、またらいねんか、さらいねん、もういちどこのみなとに、しおをはこんできよう。そのときには、ふこうな人たちが、しあわせになって、みんながよろこんでいるすがたをみたいものだ。」
若者は、そのはなしで、とてもかんどうしました。
そして、じぶんには、ふこうなお母さんと、ちがうお母さんからうまれた、おとうとといもうとがいることをしりました。
若者は、まっすぐなきもちで、お父さんのつくったうつくしい町をでて、ながいたびにでかけました。
どこにいるかわからない、あわれなお母さんと、おとうとと、いもうとをさがすたびです。
お日さまは、いつもにこにこしながら、若者のあるくみちをあたたかくてらしました。
「むかし、おまえのお父さんも、あかちゃんのおまえをおぶって、あてもなく歩いたものだ。おまえも、きぼうをすてずにあるくがいい。」
お日さまは、そう言いました。
よるになると、若者はおおぞらのお月さまをあおぎました。
お月さまも、きれいなこえでいいました。
「町よりも、たからものよりも、どんなおかねよりも、にんげんのあいというものは、かけがえのないたからものだよ。わたしは、そのふこうな人たちを、まいばんのようにてらしている。おまえも、うつくしい、やさしいこころを、いつまでもたいせつにしなさい。」
若者のたびは、それからも、ひるもよるも、つづきました。
お父さんからうけついだ、やさしいこころをだいじに、さがしつづけました。


