「見ること」の意味 中井正一

 今日は、 中井正一の『「見ること」の意味』を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 見ることは、眼の水晶体が、網膜に像を結像させること、すなわち射影することである、と書いていました。見ることによってなにかを「うつす」
「見ること」には2つの可能性がひらいている。それは「単なる映る世界として」見ることと、「一瞬一瞬移りゆくその移行を切断によって常につないでいくというふうに」動力学的に見る。
 古代ギリシャでは美術が、模倣そのものだったのに対して、近代芸術においては、「移動的等値性があって、移行的な力学性」が生じた。芸術的な見かた、というものがある。
 観劇にでかけるとき「母親は母親の威厳やとりすましを失って、一箇の人間になっている。博士はうっかり博士を忘れているし、軍人は劔を忘れ、商人は算盤を忘れ、僧侶は宗教を忘れて」……演劇や映画を、見る。
『人間が、未来から、ソッと汚濁に満ちたこの現実を鍵穴から覗いているような、「見る存在」になっている』……これが見ることの、おもしろさなんだというように、記していました。
 

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追記  現在……ボタン1回押すだけで動く自動音声朗読機能を実装するために新案を実験中で、いつもの更新がやや、とどこおっております。