おりき 三好十郎

 今日は、三好十郎の「おりき」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 三好十郎は戦後にも読まれ続けた詩人であり劇作家なんですけれども、今回の本を読んでいると、あきらかに日本のファシズムを肯定的に描いている……のです。前半は、農村にまだ機械文明が上手く入りこんでおらず、貧困と労苦が絶えない状態が描かれています。後半はもう戦争への参加一色の物語になっていて、読んでいてこういう本は、まったくおすすめできない近代文学だ、と思いました。資料として読むのならまあ問題は無いと思うんですけど。ぼくはwikipediaの「ファシズムの定義」の頁と同時に読んでみました。ただ、じっさいの作中の当事者は、戦後の蔑称となった「ファシスト」とはまったく異なる、やむべからざる事態によって戦争に参加するしか無くなる状況が描かれていて……要するに強制的な徴兵なんですが、これに誰も疑問を感じず賛同しているところが戦後には見受けられない表現なんです。貧しい青年がこの日本のファシズムから逃れて自由になる具体的な方法は、当時は無かった、というのが読後の感想です。金持ちの家系なら、海外留学させたら徴兵されなかったらしく、じつは漱石も兵役逃れをやっていたわけなんですけど、それらはごく限られた知識人だけが出来た裏技であって、大多数の人は徴兵から逃れるのはほとんど無理だった。
 三好十郎はファシズム思想を持っていたかというと、この本で読んだ範囲では「ロマンチックで神秘的な側面を詰め込んだ、集会やシンボルなどの美学の構造」と「帝国を目指す」それから「新しいナショナリストの権威主義的な国家の作成に賛同している」の3箇所には当てはまる部分が色濃かったのですが、もっとも重大な「暴力主義」や「男尊女卑」や「理想主義的変革」や「カリスマ的命令形態」というのはいっさい存在していませんでした。
 与謝野晶子や夏目漱石がどのようにファシズムと対峙したのか、あるいはファシズムにどの箇所で加担していたのか、それを本を読みながら調べてゆくのは興味深い謎解きで、百年前の賢い人びとが危機に対してどういうふうに考えていたのかを、歴史上の事実と答え合わせしながら読んでゆくと、今の自分たちが分からないままやっていることが、のちのちどういうように展開してゆくのか、想像しやすくなると思うんです。ちょっと古い時代の変化を追うことで、文明の変化が自分たちをどのように変えてゆくのか、どこを警戒すべきかが、少しは見えてくるのではないかと思いながら、この大戦中の物語を読み終えてみました。
 

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