パウロの混乱 太宰治

 今日は、太宰治の「パウロの混乱」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 太宰治といえば、イスカリオテのユダがどのようにキリストを裏切ったのか、その時の心情とはどういうものだったのかを描いた小説「駈込み訴え」が有名なのですが、今回はパウロとはどういう人間だったのか、文学的な物語読解を試みています。太宰は、自分の弱さを重んじているパウロを描きだします。苦難のなかでこそキリストの教えにかんする理解を深められるのだと考えたパウロに共感し、この箇所を饒舌な筆致で書き記していました。
 

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追記 太宰の聖書読解と、聖書の原典とをちょっと比較してみました。作中に、パウロが群衆に謝罪をして混乱に至ったという箇所があるのですが、ここがどうも太宰独自の空想的な脚色であるようです。本文のパウロに関するこの記載の部分……「おしまいには、群集に、ごめんなさい、ごめんなさいと、あやまっている。まるで、滅茶苦茶である。このコリント後書は、神学者たちにとって、最も難解なものとせられている様であるが、私たちには、何だか、一ばんよくわかるような気がする。高揚と卑屈の、あの美しい混乱である」
 じっさいの聖書のパウロは、群衆に「ごめんなさい」と謝る箇所は存在していませんでした。ここが太宰治の物語創作におけるの空想的描写に、なっていました。