新樹の言葉 太宰治

 今日は、太宰治の「新樹の言葉」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「大きい大きい沼を掻乾かいぼしして、その沼の底に、畑を作り家を建てると、それが盆地だ。」と甲府の地勢についての記載からはじまる小説です。
 ある郵便屋が急に呼び止めてきて「私」の本名を言い当て、にこにこ笑いながら「似ています」と言うのでした。
「あなたは幸吉さんの兄さんです」というのですが、私は「内藤幸吉」という名前をまったく知らない。考えてみても分からない。「私」は不愉快になってしまう……。
 宿に泊まっていると、やはり見知らぬ客人が新たにやってくる。
 

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(総ページ数/約20頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  「私」が「内藤幸吉」の兄だという推測は間違いで、人違いだ、と言って追い返そうとした。ところが会って話してみると、たしかに縁のあった人の家族だということが明らかになる。幼い頃の記憶がよみがえって、乳母のつるに育てられて、いろいろ教えてもらったことを思いだすのでした。本文にはこう書いています。「私は、つるを母だと思っていた。ほんとうの母を、ああ、このひとが母なのか、とはじめて知ったのは、それからずっと、あとのことである」
 この、幼いころに育ての親としていろいろ教えてくれた「つる」との交流を描いた場面が印象深かったです。
 物語は、つるが嫁いで生きた家と、そのごの離散したあとのことを語る青年と「私」との会話が展開します。
 異父兄弟というわけではないのですが、2人には、母としての「つる」との深い関わりがあったので、不思議な縁を感じて、話し込むのでした。
 かつて「つる」と内藤幸吉が十数年前に暮らした家が、料亭に改装された部屋を、「私」と「幸吉」と妹さんの3人が、訪れます。
 なんだか、太宰治の小説に親しんで遠い親戚のように思っている読者と、作者当人との関わりのような、なんとも不思議な関係性を描きだした小説でした。
 現実の父や母や一軒家は貧しさや病のためになくなってしまったのですが、子育てそのものは成功して子どもたちは良い仕事をして生きていて、母や家という存在そのものは上手く成立した。
 じつは郵便屋さんと妹さんはどうも恋仲のようである、という「私」の考察があり、起承転結がみごとな小説でした。原稿用紙40頁ほどで1時間ほどで読める短編小説です。太宰治の名作を読んでみたいという人にはとくにお勧めの小説だと思いました。
 物質的なものごとと、心的なものごとの対比が鮮やかな小説に思いました。「自愛」と「微笑」という言葉が印象的な文学作品でした。