今日は、田山録弥の「正宗君について」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
正宗白鳥は、徒然草の作者である吉田兼好をよく持ち出して、いっぽうで島崎藤村は芭蕉のことをよく書くのだそうです。正宗白鳥の作風は「傍観的な感じ」で「根は存外理想家であるが、世間に対する標準が物質的」で「隠遯的な気分はありながらしかも竟に隠遯的になることの出来ない」という作風があるんだそうです。
正宗白鳥が愛読したものはどういう詩世界かと思って徒然草をちょっとのぞき込んでみました。「花は盛りに月は隈無きをのみ見るものかは」花盛りや晴夜の満月といったものだけではない……桜の散りゆくさまや群雲の月を思い描く、というような情緒、そういうところが正宗白鳥の筆致と共通しているのか、と思いました。
夫人と家庭のようすについても終盤に記されていました。
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正宗白鳥と田山録弥は、
徒然草のこういう箇所を描こうとしたのでは、という感じがしました。(※クリックで表示されます。)
花は満開のときだけを見るものだろうか、月は曇りのないときだけを見るものだろうか。雨に向かって月を恋い慕い、家にこもって春の行方も知らずにいるのも、やはりしみじみと趣が深い。今にも咲きそうな枝先や、散ってしおれた庭などこそ、見どころが多い。和歌の詞書にも、「花見に出かけたが、早くも散り過ぎてしまったので」とか、「差し支えることがあって参られなかった」などと書いてあるのは、「花を見て」と書いてあるのに劣るだろうか。花が散るのを惜しみ、月が傾くのを慕う習わしは当然のことだが、特に頑固で風流を解さない人は、「この枝も、あの枝も散ってしまった。今は見どころがない」などと言うようだ。
何事も、始まりと終わりこそ趣がある。男女の情愛も、ただ直接に逢って会うことだけを言うものだろうか。逢えずじまいに終わったつらさを思い、はかない約束を嘆き、長い夜をひとりで明かし、遠く離れた人を思いやり、荒れた茅葺きの家で昔をしのぶことこそ、風流を解する者と言えよう。満月の曇りのないのを千里の遠くまで眺めるよりも、夜明け近くなってようやく待ち出た月が、たいそう趣深く青々として、深い山の杉の梢に見える木の間の影や、時雨れて村雲に隠れる様子は、この上なくしみじみと感じられる。椎や白樫などの、濡れているような葉の上にきらめいている月の光こそ、身に沁みて、情趣を解する友が欲しいと、都が恋しく思われる。
すべて、月や花は、ただ目で見るだけのものだろうか。春は家を出なくても、月の夜は寝室にいながらでも思いを馳せることこそ、たいそう頼もしく趣がある。教養のある人は、ひたすら風流に耽る様子も見せず、興じる様子も控えめである。田舎の人こそ、色狂いで、何につけても大げさに興じる。花の下では、体をくねらせて近寄り、脇目もふらずに見つめて、酒を飲み、連歌をして、挙げ句の果てには、大きな枝を無造作に折り取ってしまう。泉には手足を浸し、雪には降り立って足跡をつけるなど、何につけても、遠くから眺めるということがない。
そのような人が祭りを見た様子は、たいそう珍しかった。「見物がたいそう遅い。その間は桟敷は不要だ」と言って、奥の部屋で酒を飲み、物を食べ、囲碁や双六などして遊び、桟敷には人を置いておき、「お渡りです」と言うときに、それぞれが肝が潰れるように争って走り上がり、落ちそうになるまで簾を張り出して、押し合いながら、一つも見漏らすまいと見張って、「ああだ、こうだ」と何かにつけて言い、お渡りが過ぎてしまえば、「またお渡りがあるまで」と言って下りてしまう。ただ、物をただ見ようとするだけのようだ。都の人は仰々しいほどに落ち着いていて、眠ってしまい、あまり見ない。若く身分の低い者は、宮中勤めに出て、人の後ろに控えている者は、みっともなく近づくこともできず、無理に見ようとする人もいない。
何となく葵を掛け渡して優美な中に、夜が明けきらないころ、忍んで近づく車の趣が知りたくて、あれか、これかなどと思い巡らすと、牛飼いや下男などで見知っている者もいる。趣がありも、華やかでも、さまざまに行き交うのを見るのも退屈しない。日が暮れるころには、立て並べていた車も、所狭しと並んでいた人も、どこへ行ったのか、程なく少なくなって、車の騒がしさも収まってしまうと、簾や畳も取り払い、目の前が寂しげになっていくこそ、世の習いも思い知られて、しみじみとする。……
※ 以下は徒然草の原文です。
花は盛りに、月は隈なき〔曇なき〕をのみ見るものかは。雨にむかひて月を戀ひ〔和漢朗詠集の「對㆑月戀㆑雨序」の心を採つた〕、たれこめて春のゆくへ知らぬ〔「たれこめて春のゆくへも知らぬ間に待ちし櫻もうつろひにけり」〈古今集〉の意〕も、なほあはれに情ふかし。
咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころおほけれ。歌の詞書〔歌の題としてやゝ長き文章となり居るもの、はし書〕にも、「花見に罷りけるにはやく散り過ぎにければ。」とも、「さはることありて罷らで。」なども書けるは、「花を見て。」といへるに劣れる事かは。
花の散り月の傾くを慕ふ習ひはさる事なれど、殊に頑なる人ぞ、「この枝かの枝散りにけり。今は見所なし。」などはいふめる。萬の事も始め終りこそをかしけれ。男女情も、偏に逢ひ見るをばいふものかは。逢はでやみにし憂さをおもひ、あだなる契り〔はかない契り〕をかこち、長き夜をひとり明し、遠き雲居〔遠い所、遠く離れた戀人〕を思ひやり、淺茅が宿〔荒れはてたる宿〕に昔を忍ぶこそ、色好むとはいはめ。
望月の隈なきを、千里の外まで眺めたるよりも、曉近くなりて待ちいでたるが、いと心ふかう、青みたる樣にて〔明け方のほの青いやうな月〕、深き山の杉の梢に見えたる木の間の影、うちしぐれたるむら雲がくれのほど、またなくあはれなり。椎柴〔椎の木の茂り〕白樫などの濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、身にしみて、心あらむ友もがなと、都こひしう覺ゆれ。
すべて月花をばさのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、いと頼もしうをかしけれ。よき人は、偏にすける樣にも見えず、興ずる樣もなほざりなり。片田舎の人こそ、色濃く〔しつこく、あくどく〕よろづはもて興ずれ。
花のもとには、ねぢより〔ねぢり寄り、強ひて近寄る〕立ちより、あからめもせず〔わき目もせず〕まもり〔注目する〕て、酒飮み、連歌して、はては大きなる枝心なく折り取りぬ。泉には手足さしひたして、雪にはおりたちて跡つけなど、萬の物、よそながら見る事なし。
さやうの人の祭見しさま、いとめづらかなりき。「見ごと〔見る物、見る目的物〕いとおそし。そのほどは棧敷不用なり。」とて、奧なる屋にて、酒飮みもの食ひ、圍棊雙六など遊びて、棧敷には人をおきたれば、「わたり候。」といふときに、おの〳〵肝つぶる〈*る〉やうに爭ひ走りあがりて、落ちぬべきまで、簾張りいでて、押しあひつゝ、一事も見洩らさじとまもりて、とありかゝりと〔何のかのと〕物事にいひて、渡り過ぎぬれば、「又渡らむまで。」といひて降りぬ。唯物をのみ見むとするなるべし。
都の人のゆゝしげなるは、眠りていとも見ず。若く末々なるは、宮仕へに立ち居、人の後にさぶらふは、さまあしくも及びかゝらず〔及び腰になり、後から前の人にのりかゝらず〕、わりなく〔無理に〕見むとする人もなし。
何となく葵かけ渡して〔賀茂の祭には葵の葉を簾、柱、或は衣服にまでかけた〕なまめかしきに、明けはなれぬほど、忍びて寄する車どものゆかしきを、其か彼かなどおもひよすれば、牛飼下部などの見知れるもあり。をかしくも、きら〳〵しく〔華美で輝くさま〕も、さま〴〵に行きかふ、見るもつれ〴〵ならず。
暮るゝ程には、立て竝べつる車ども、所なく竝みゐつる人も、いづかたへか行きつらむ、程なく稀になりて、車どものらうがはしさ〔亂りがはしさ、亂雜〕も濟みぬれば、簾疊も取り拂ひ、目の前に寂しげになり行くこそ、世のためしも思ひ知られて哀れなれ。………
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