細雪(64)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その64を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回で、中巻が完結します。板倉の2回目の手術のために、鈴木病院に運ばれたという状態で、板倉の婚約者の妙子こいさんが付き添い、さらに蒔岡家の人たちもここに来たのでした。
 幸子は蒔岡家のなかでも、もっとも生活力と安定性のたかい母親だと思います。ただ、妹の雪子と妙子のことを思うと、妙子の婚約者である板倉が危篤になっている状態で、妙子こいさんにこう述べるのでした。
「こいさんが板倉と実際に結婚するものなら已むを得ないけれども、今板倉が死んでしまうのなら、彼との間に約束があったことなどは世間に知れない方がよい」
 金持の啓坊は板倉と妙子の婚姻を邪魔するつもりであるし、板倉は原因不明の病で苦しんでいる。妙子は自由に生きたいし啓坊の冷血さを許せないし板倉とは相性が良いのですが、姉の雪子に迷惑がかかるのだけは避けたい、という状態です。
 けっきょくは板倉は、片足を切る手術を受けました。妙子は現場に立ちあうことになり硝子戸ごしに「えらい凄さ」の手術の窮状をまのあたりにしたのでした。病状としては足の脱疽が起きていて、これを切るしか無かったということでした。
 旧式の洋館の「化物屋敷じみた病院」で手術を終えた板倉は「悲痛な声を洩らし」て嘆いていたのでした。
 その翌朝に「こいさんからお電話で、板倉さんが今亡くなられました」という連絡が入りました。
 自分としては、板倉はまだ生きつづけると思っていたので、意外な展開でした。
 それからお通夜や告別式が行われ、幸子も妙子もこれに参加をしたのでした。本文にはこう記されていました。「親兄弟たちが郷里の寺へ持って行って埋葬すると云うことであったが、彼等が田中の板倉写真館を閉じて引き揚げて行った時にも、蒔岡方へ何の挨拶にも来なかったのは、多分これ以上の交際を遠慮したのであろう」
 こうなるとおそらく、絶縁したはずの啓坊と妙子が、暗い事情を抱えつつ婚姻に向かうのではというように、自分には思えました。まさか突然板倉が病死するというのは、自分の読解ではなんとも意外でした。それまで板倉の身体が弱いというような記載は無かったんです。板倉は頑強な男という印象で、終戦間近であっても死なないような人間に見えていました。それが突然死んだという描写で、なんだか信じられないような展開でした。執筆時の1945年前後と1939年5月という、時世を反映した物語展開だったのではと思いました。「ハンブルクへ帰ったシュトルツ夫人から、幸子に」手紙が届いて、これを読む場面が描かれました。シュトルツ家はこれから、ドイツでの戦争に直面してゆくのだと思われます。次回からは下巻の第一章が始まります。 
 

0000 - 細雪(64)谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)