美容院にのぞむこと 芥川紗織

 今日は、芥川紗織の「美容院にのぞむこと」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 芥川紗織(間所紗織)は、たいへんに有名な画家で、日本全国の美術館に作品が所蔵されているのですが、今回の美容院に関する一文は……ごく短い掌編で……氏の思想や芸術とまったく関係のない、ただの手記のようなものなんです。芥川紗織芸術の迫力あるフォルムと、今回の「恐ろしく小心」で「恥かしがり」である芥川紗織さんの手記とで、いっさいの共通項が見出せないのが、逆に興味深い、謎の掌編でした。
 

縦書き文庫の装画

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記   wikipediaにはこう書いていました。

 1948年2月、東京音楽学校で知り合った山田紗織(声楽科卒。のち離婚後の再婚により間所紗織となる)と結婚する。このとき芥川は紗織に対して「作曲家と声楽家は同じ家に住めない」と主張し、音楽活動を禁じている。これはマーラーが妻・アルマに取った行動と酷似しているが、芥川の場合は、彼女の歌が「作曲の邪魔になる」というもっと即物的な理由であった。歌を禁じられた紗織は「音のない」美術に転向、程なく画家として認められる。
 
 流されるように生きたにもかかわらず、野性的でダイナミックな美術作品の数々を作れたというのがなんだか衝撃でした。「芥川紗織 生誕100年 特設サイト」と検索すると出てくる彼女のダイナミックな芸術と、本作の短い文章を比較してみると、初読では気がつかなかった掌編の、隠された文意が見えてくるように思いました。人と行動が一致してしまうことをとかく避けるというのが美術でも生活でも徹底されていてそれが「恥かしがり」という自己分析に繋がっているのでは、というように思いました。