死せる魂 ゴーゴリ(5)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第5章を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 前回、ギャンブル狂のノズドゥリョフにだまされてリンチされそうになったところ、ぎりぎりで逃亡できた主人公チチコフは、次の村へと馬を走らせています。馬車には従者もいます。
 日本人とロシア人の特徴的な違いのわかる描写があったんです。道で激しくぶつかってしまった、そのときに……「ロシア人の癖でこちらが悪かったと他人の前へ頭をさげることが出来ず」虚勢をはるんだそうです。日本人はとにかく「ごめんください」から「すみません」からお辞儀から謝罪会見に土下座と、謝罪がとにかく好きだというのがあると思うんです。ロシアでは強気に出て、問題がこんがらがりがちのようです。
 ぶつかって転がってしまった二つの馬車なんですが、御者二人は口論になる。向こう側には若い娘が乗っていました。本文こうです。
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 吃驚びっくりして軽く開けたままぼんやりしている口つきといい、涙ぐんだ眼もとといい——何もかもがまたなく可愛らしく見えたので、我等の主人公は、馬や馭者たちの間に起こった悶著もんちゃくなどはすっかり他所よそにして、しばらくはうっとりと娘に見惚れていた。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(5)
 
 今回、なぜゴーゴリが、この農村の牧歌的なところのある物語をダンテ神曲地獄篇に匹敵する、悪行と苦果の書として記そうとしたのか、その謎のヒントが記されていると思いました。
チチコフは、幻のように去っていった無垢な少女に見とれ……その少女が成長してゆく姿を空想するんです。本文こうです。
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 いつの間にか威張ったり気取ったりすることを覚えこみ、聴き覚えの教訓にしたがって身を振舞い、誰とどんな話を、どの位したらよいかとか、誰をどんな風に見たらいいかというようなことばかりに工風くふうを凝らして頭を悩ましたり、自分が少しでも余計なことをしゃべりはしないかと、しょっちゅう、そんなことが心配になるのだ。そして挙句の果にはすっかり自分でこんぐらがってしまい、とどのつまりは一生涯嘘をついてまわるばかりの、何ともはや得体の知れぬ代物になってしまうのだ!quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(5)
 
 ゴーゴリは、ウソというのが可愛らしいものだったり方便だったり、そういうように考えていないようで、ウソが最大の悪徳だと考えているようなんです。そういえばダンテ神曲地獄篇でも、下層に行くほど罪深い罪人が現れていって第七圏の暴力者の地獄などが恐ろしく描かれていたんですが、さらに最下層の第八圏や第九圏ではなぜか詐欺師や裏切り者という、ウソを悪用する人間がもっとも罪深く描かれているわけで、ゴーゴリはその詐欺師と裏切りについて、描こうとしているんだなと思いました。
 ウクライナの近現代史でも、権力者のウソというのが人々に致命的な害をもたらしていったわけで、文学でいうと『1984』でも大規模な権力がとんでもないウソを作り出すところを描きだしています。
 少女や従者や詩人のウソというのはなんだか面白いものだと思うんですが、権力者のウソというのは致命的な害をもたらしかねない。
 ゴーゴリは死せる魂を買い取るという詐欺を行いつづけるチチコフを通して、権力とウソのおそろしさを描こうとしているのか……と思いました。ロシアでは都合の悪いことがあると、悪事を強引に正義にすり替えようとする。日本の場合は謝罪の過程で大きいウソが入り混じる、という特徴があるのでは、と思いました。
 いよいよ詐欺師チチコフは、大地主のソバケーヴィッチのところへ辿りつきます。ソバケーヴィッチは売れるはずの無い鬼籍の魂を、幾らで買うのか、幾らで買うのかと、議論を繰り返し、金はどれだけ出せるのかという話しをえんえんやるのでした。ようやっと買い取れてから、チチコフは流行病で亡くなった村人の住み家へと、身をひそめながらゆくのでした。ハエのたかるおぞましい世界で、こんなひどいハイエナのようなことをしてまで、個人的幸福をつかまなければならないのかと……衝撃を受けつつ読みすすめました。次回に続きます。
 

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