今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その19を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
今回は、鯛の料理や、桜という日本独特の美しいものごとを記しています。三姉妹はいつも桜と言えば、京都で桜をみるんです。今回の章は「細雪」の物語としての特徴がさまざまに現れていますので、全文を読むつもりが無い人は、この章だけを読んでみると、この大長編作品がいったいどういうものなのか、かなり見えるはずなので、一読をお勧めしたいと思います。たぶん国語の教科書で細雪を掲載するとしたら、この19章だけを載せるのでは、と思いました。
作中で京都祇園は円山公園のしだれ桜がもう古びてしまっているということが指摘されているんですが、ちょっと調べてみると、この有名なしだれ桜が二代目に植え替えられたのはこの約10年後の昭和24年(1949年)で、初代しだれ桜の種子から育ったのが今も生きて花を咲かせているようです。本文にこう書いています。
古人の多くが花の開くのを待ちこがれ、花の散るのを愛惜して、繰り返し繰り返し一つことを詠んでいる数々の歌、———少女の時分にはそれらの歌を、何と云う月並なと思いながら無感動に読み過して来た彼女であるが、年を取るにつれて、昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が、決してただの言葉の上の「風流がり」ではないことが、わが身に沁しみて分るようになった。
戦争をしていない1952年から2022年までずっと、人口1万人あたりの死者が100人を超えることは1回も無かったんですけど、戦前と戦中はずっと、世界大戦と農業機械の未発達が原因だと思うんですが、2倍3倍の死者が続いていて1945年がもっともひどいんです。人口の調査結果を見るだけでも、1947年と1952年あたりに、平和による生活の安定がいちじるしいわけで、そこにまだぎりぎり至れない時代に、この細雪が描かれたんだなあと思いました。
今回は、幸子と貞之助夫婦の日常や、春の観光について記されていました。
ちょっと地図でこの三姉妹の観光先を調べてみました。谷崎は南禅寺と中之島の茶屋が好きなんだろうなと思いました。あと現代では圧倒的に南禅寺の桜が美しいのですが、じつは戦中では平安神宮の桜が美しかったらしいです。いま平安神宮というと銀杏並木であって、桜はあまり見受けられないんですが。
漱石の「草枕」終章や、森鴎外の「高瀬舟」の罪人のはなしでも思ったんですけど、非人情な世界が広がっている状況ではかえって、「愛着の情」を見出すことがあるんだなと思いました。
京都の旅を終えたあと、幸子は夫のノートを見つけます。夫婦で、なんとなく旅の歌を詠んでいるのでした。こんな歌でした。
いとせめて花見ごろもに花びらを
秘めておかまし春のなごりに
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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)