今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その46を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
旅先で出くわした台風がやっと退いて、空は晴れたのですが、恐怖心が消え去らないという状況でふたたび観光を再開した幸子は、娘を喜ばせるために歌舞伎でも観ようかと思うんですが、まだこれらは閉じたままだった。旅先で運悪く天災にみまわれたので、どうも故郷の関西が恋しくなってしまう。東京に住ませて新しい人生を歩ませることにした、妹の雪子のこともふびんに感じられる。幸子は雪子のさみしさを実感的に理解するのでした。「帰りたさにしくしく泣くと云う気持が、ほんとうに察しられるのであった」と書かれています。
雪子の東京での暮らしぶりというのは、手紙と話しだけで探ってきたわけですが、じっさいに行ってみて実際に見てみることで、雪子の状況が見えてくるというのが印象に残りました。幸子としてはやっぱり、はやく良い男と結婚をさせたいという気持ちが強いのでした。
これまで繰り返し出てきた、女中のお春どんのことが今回いろいろ書かれています。お春どんといえば、気前が良くて明るくて社交的で、顔立ちが整っていて可愛らしい女中さんだという印象だったんですが、ひとつ大きな欠点があって、ものぐさすぎて不潔さがすごい、汚れものもちっとも洗わずに押し入れに隠してしまうのだそうです。
ふつうなら、掃除や洗濯などをずっとやっていて、服装も整っていて清潔にする仕事だけやりつづけて、なにも話さないしなにも交流しない、というのが一般的な女中の存在だと思うんですが、お春どんはこの真逆なんです。掃除が大嫌いで手を洗うのさえ大嫌いで、匂いも汚れもひどい。こういう女中さんなのに、人づきあいは大好きで、誰にでも親切だし、家族やお客さんからは好まれる。お春どんは、仕事はできないけれども仁徳はあるという、妙な女性なのでした。掃除婦なら清潔だろうとか、そういうことのちょうど逆のところに居る人のほうが、なんだか人間的に思えてくる、近代の終わりごろの物語なのでした。
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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)