細雪(55)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その55を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 薄情な奥畑啓坊とはとにかく結婚しない、と妙子(こいさん)が宣言したので、そこは姉の夫である貞之助からも念入りに話を付けて、後腐れの無いようにすると、そのように幸子は考えるのでした。ただ妙子が結婚の約束をした板倉は、貧しくて「騒々しいガラガラした」生きかたをしてきたわけで、その板倉と妙子が結婚して、はたして上手くゆくのか、その問題について姉の幸子は悩んでいるのでした。
 幸子としては、妙子と板倉は将来的に上手くゆかないはずなので、これを徐々に縁遠くさせたいという考えがあるのでした。さらに妙子の姉の雪子も、さきに縁談をまとめたくなり焦ってしまうわけで……仲が良いのにもかかわらず「利害の対立」があってこの姉妹のことも気になる幸子なのでした。1938年から敗戦へと向かってゆく時代なので男がみな家から遠く離れていってしまうわけで、その厳しい時代に、四姉妹に幸福な家と婚姻をもたらそうとする、父代わりとなっている幸子の心労というのが、さまざまに記されてゆくのでした。
 妙子と板倉の婚約を辞めさせたい、というのがもっとも信頼する姉の思惑であるというのが、こういう考えの極端な違いが両者にあるというのが、かえって、ほんとうの家族の描写のように思える、姉妹の心情描写に思いました。
幸子の考えは本文ではこう書かれています。「妙子が板倉と自由結婚すると云うことになれば、これは明かに、社会的に嘲笑ちょうしょうを招くであろう」
 これは……以前、妙子はあやしい新聞社から不倫の記事を書かれてしまったことも影響しているのでした。
 妙子としては、困ったときに助けてくれた板倉は、人間的な付きあいをしてくれるし、ずっと一緒に居られると考えているのでした。
 今回の章は、細雪の終盤にまで関わる妙子と幸子の性格の差異が見えてくる章でしたので、細雪の後編を読むにあたって、かなり重要な記載があったように思いました。
 幸子の夫の言い分は、分かりやすく、今の妙子(こいさん)の状況をこう述べているのです。
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 こいさんと云う人は性格から云っても、過去の経歴から云っても、習慣的な方法で結婚するなんて云うことに向かない人だ、あの人は自分で好きな相手を見付けて自由結婚をするように出来ているのだ、又その方が、こいさんの場合には普通の結婚をするよりも有利である、こいさん自身もそれを知っていればこそそう云うのだから、なまじわれわれが干渉しない方がよかろう、これが雪子ちゃんとなると、とても世間の荒波の中へ放り出せるような人ではないから、われわれが何処迄どこまでも面倒を見、しかるべき順序をんで良縁を求めてやらなければならず、そうなれば又、血統とか、財産とか云うことも問題にしなければならないが、こいさんは違う、あの人は突き放されてもどうにかひとりでって行ける人だ、と云うのであった。quomark end - 細雪(55)谷崎潤一郎
 
 ただ幸子としては、板倉という「男の低級さ」が、伝統と家柄を守ってきた蒔岡4姉妹に不幸をもたらすというように思えてならず、妙子の言いかえしてきたことに、幸子はまるで姉妹喧嘩をしている幼子のように腹を立ててしまいます。幸子は「に上気して口惜くやし涙を浮かべている」という描写がありました。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)